モータ用のエンコーダの設計手法、サステナブルな次世代アプリケーションを実現するには?

概要

定速式モータから可変速モータへの移行を進めれば、システムの性能を最適化することができます。また、価値の高いプロセスを実現しつつ、消費電力を削減することも可能になります。その移行を実現するためには、モータに電流量の情報と位置の情報をフィードバックするための最適な仕組みを構築しなければなりません。そのために不可欠なコンポーネントが、モータの回転位置や回転速度の測定に使用するエンコーダです。本稿では、エンコーダの機能、種類といった基本を押さえた上で、各種のアプリケーションで最も重視すべき性能指標について解説します。また、機械の状態監視、インテリジェントなエッジ・デバイス、堅牢性が高く寿命の長いセンサー・システムなど、エンコーダに関連するエレクトロニクス技術の将来の動向について俯瞰します。最後に、次世代のモータ用エンコーダに不可欠なシグナル・チェーンの設計について解説を加えます。

本稿で明らかにしたい事柄

モータ用のエンコーダを活用するためには、以下に挙げるような重要な疑問に答えられるようになる必要があります。

  • エンコーダとは何なのか?
    また、それを利用することで、インバータやモータ駆動システムの性能はどのように変化するのか?
  • 各種のアプリケーションにおいて、エンコーダの性能指標のうちどれが最も重要になるのか?
    分解能、精度、再現性といったエンコーダの仕様と、モータやロボット・システムの仕様をマッチングさせるにはどうすればよいのか?
  • エンコーダに関連するエレクトロニクス技術にはどのようなものがあるのか? その将来動向はどのようになっているのか?
    機械の状態監視(健全性の監視)や、インテリジェントなエッジ・デバイス、堅牢性が高いセンサー・システム、高速なネットワーク接続など、エンコーダに関連する将来の設計は、どのようにして実現されるのか?

本稿では、上記のような質問に対する答えを提供することを目標とします。

モータ制御に使用するクローズドループのフィードバック・システム

ここ数十年にわたり、旧来のグリッド接続型のモータからインバータ駆動型のモータへの移行は絶え間なく着実に進んでいます。このことは、産業分野で使用される回転機械において非常に重要な意味を持ちます。インバータ駆動型への移行を果たせば、モータならびにそれを利用する機器をより効率的に使用できるようになるからです。その結果、プロセスの簡素化や消費エネルギーの削減という大きな効果が得られます。また、可変速ドライブやサーボ駆動システムを活用すれば、モータ制御の性能を高められます。それにより、最も要件の厳しいアプリケーションにおいても品質を改善し、同期性能を高められるようになります。インバータ駆動型のモータ・システムは図1のような形で実現されます。主要な構成要素は、パワー・インバータ、高性能の位置検出システム、出力段の電流/電圧を対象とするクローズドループのフィードバック・システムです。これらを組み合わせることにより、モータの性能と効率が向上します。

モータの速度をオープンループで制御する場合、インバータにPWM(Pulse Width Modulation)制御を適用します。それにより、モータに可変周波数の電圧を印加することで可能になります。この手法は、定常状態あるいはゆっくりと変化する動的な状態に対してはある程度うまく機能します。実際、必ずしも高い性能が必要ではないアプリケーションの場合、多くのモータ・ドライブではエンコーダを必要としないオープンループの速度制御が使用されています。但し、この手法には以下に示すような欠点があります。

  • フィードバックを利用しないことから、速度制御の精度が限られる
  • 電流の制御を最適化することができないため、モータの効率を高められない
  • モータの同期が損なわれないようにするために、過渡応答に対して厳密な制限をかける必要がある
図1. モータの制御に使用するクローズドループのフィードバック・システム
図1. モータの制御に使用するクローズドループのフィードバック・システム

モータ用のエンコーダとは何なのか?

モータ用のエンコーダは、回転シャフトの速度と位置を追跡するためのものです。それにより、クローズドループによるフィードバックに必要な信号を提供します。汎用のサーボ・ドライブでは、エンコーダを使用してシャフトの位置を特定します。その結果に基づき、ドライブの回転速度を算出します。ロボティクスや離散型の制御システムでは、シャフトの位置の測定結果は正確かつ再現性が高いものでなければなりません。エンコーダとしては、光学エンコーダと磁気エンコーダが最も広く使用されています(図2)。光学エンコーダは、リソグラフィによって形成した微細なスリットを備えるガラス・ディスクで構成されます。このディスクを通過した光や、ディスクで反射した光の変化をフォトダイオードによって検出します。フォトダイオードのアナログ出力は、増幅、デジタル化された後、有線ケーブルを使ってインバータのコントローラに送信されます。一方の磁気エンコーダは、モータのシャフトに取り付けた磁石を使って構成されます。また、アナログ出力としてsin波とcos波を提供する磁界センサーを備えています。このセンサーの出力が増幅、デジタル化されます。図2を見ればわかるように、光学センサーと磁気センサーのシグナル・チェーンは似たようなものになります。

エンコーダの種類、必要な技術、性能指標

シングルターンのアブソリュート・エンコーダの場合、電源を投入すると、機械的または電気的に360°の範囲を対象として絶対位置が測定されます。それにより、モータのシャフトの位置情報を即座に把握することができます。一方、マルチターンのアブソリュート・エンコーダは、絶対角度を測定する機能に加え、360°の回転数をカウントする機能を備えています。インクリメンタル・エンコーダは、回転の開始点に対する相対的な位置を取得するために使用します。同エンコーダは、0°を表すインデックス・パルスと、回転数をカウントするためのシングルパルス、または方向の情報を表すデュアルパルスを出力します。

図2. 光学エンコーダ(a)と磁気エンコーダ(b)
図2. 光学エンコーダ(a)と磁気エンコーダ(b)

エンコーダの性能を表す指標の1つに分解能があります。これは、エンコーダにおいて1回転あたりに識別できる位置の数のことです。わかりやすく言うと、モータ・シャフトが1回転すると、角度は360°変化することになります。その角度を、例えば1°、0.1°といった具合にどれだけの大きさを単位として識別できるのかということです。一般に、最高の分解能が得られるのは光学技術を採用したエンコーダです。光学エンコーダまたは磁気エンコーダでは、中程度の分解能から高分解能の範囲に対応することができます。エンコーダによって低分解能から中程度の分解能を得たい場合には、レゾルバ(回転トランス)またはホール・センサーが使用されます。光学エンコーダまたは磁気エンコーダを使用する場合には、シグナル・コンディショニング回路としても分解能の高いものを用意しなければなりません。ほとんどの光学エンコーダはインクリメンタル型のものとして実現されています。エンコーダにおいては、再現性(repeatability:繰り返し精度)が重要な性能指標になります。これは、エンコーダがどれだけ一貫して指定された同じ位置に戻れるのかを表す尺度です。再現性は、ロボティクスや、プリント基板の組み立て時にICなどを配置するために使用されるピック&プレース・マシンなど、反復作業を必要とするアプリケーションにおいて非常に重要です。

図3. エンコーダの種類
図3. エンコーダの種類
表1. エンコーダの主要な性能指標
指標 定義 備考
分解能 1回転に対して識別できる位置の数(n) 高分解能:16ビット~24ビット

中程度の分解能:13ビット~18ビット

低分解能:12ビット未満
絶対精度 1回転における実際の位置と、報告(出力)された位置の差(INLに似ている) 位置制御のアプリケーションの性能は絶対精度に依存する
差分精度 隣接する2つの位置の距離の報告値と、理想的な距離の値との差(DNLに似ている) 速度制御のアプリケーションの性能は差分精度に依存する
再現性 エンコーダがどれだけ一貫して指定された同じ位置に戻れるか 再現性はロボティクスなどの反復作業で重要になる

精度と再現性の重要性

食品の包装工程や半導体の製造工程では、自動化を実現するためにピック&プレース・マシンやロボットが一般的に使用されています。そうしたプロセスの効率を高めるには、優れた精度と再現性を備えた機械やロボットが必要です。高い精度、再現性、効率を達成するには、高性能のエンコーダを使用しなければなりません。

図4に示したのは、ロボティクスにおけるエンコーダの使用例です。この場合、モータは、高精度の減速機を介してロボット・アームの各関節を駆動します。ロボットの関節の角度は、モータのシャフトの角度を高精度に測定するために取り付けられた高精度のエンコーダ(θm)と、アームに追加で取り付けられたエンコーダ(θj)を組み合わせて測定されます。

ロボットの場合、エンコーダのデータシートに記載されている中で最も重要な性能指標は再現性です。その値のオーダーとしては、通常はmm未満であることが求められます。エンコーダの再現性の仕様とロボットのリーチ(最大可動範囲)を把握することで、ロータリ・エンコーダ全体としての仕様を推定することができます。

図4. ロボティクスにおけるエンコーダの使用例。ロボットのリーチ(L)、モータ用のエンコーダ(θm)、関節用のエンコーダ(θj)の組み合わせによって性能が決まります。特にエンコーダの再現性が重要になります。
図4. ロボティクスにおけるエンコーダの使用例。ロボットのリーチ(L)、モータ用のエンコーダ(θm)、関節用のエンコーダ(θj)の組み合わせによって性能が決まります。特にエンコーダの再現性が重要になります。

関節用のエンコーダに必要な角度の再現性(θ)は、三角法によって求めることができます。すなわち、次式のように、ロボットの再現性をリーチで割った値の逆正接として算出されます。

数式 1

ロボット全体のリーチは、複数の関節の組み合わせによって決まります。角度について、システム全体としての目標精度を達成するためには、それよりも高性能のセンサーを使用する必要があります。この例の場合、関節ごとの再現性の仕様が十分に優れていなければなりません。ここでは10倍の性能を想定することにします。モータ用のエンコーダの場合、再現性は変速機のギア比(G)によって定義されます。

ここでは、表2に示したロボット・システムについて考えます。この場合、関節用のエンコーダには20ビット~22ビットの再現性が必要になります。一方、モータ用のエンコーダには14ビット~16ビットの分解能が必要です。

表2. ロボットの仕様とエンコーダの仕様の関係
ロボット・システム ロボット1 ロボット2
想定するギア比(G) 100
再現性の仕様 ±0.05 mm ±0.01 mm
リーチ(L) 1.30 m 1.10 m
エンコーダの再現性の仕様 θ  0.0022° 0.0005°
θj/10  0.00022°(約20ビット) 0.00005° (約22ビット)
θm = θj × G  0.02°(約14ビット) 0.005° (約16ビット)
1ロボットのリーチの値は複数の関節によって決まります。システム全体として求められる精度を達成するためには、個々のエンコーダの精度が高くなければなりません。

エンコーダに関連する技術の将来動向

図5は、エンコーダに関連する将来の動向についてまとめたものです。また、そうした動向がどのような技術によって支えられるのかを説明しています。

図5. エンコーダに関する将来動向。その動向を支える技術についてまとめています。
図5. エンコーダに関する将来動向。その動向を支える技術についてまとめています。

Rockwell Automationは、サーボ・ドライブ、エンコーダ、エンコーダの通信ポートに関する調査を行いました1。それによれば、フィードバック通信用のトランシーバーについては20%の年間成長率が見込まれています。現在は、2本のワイヤによって100Mbpsの通信(IEEE 802.3dg規格の100BASE-T1L)1を実現するシングルペア・イーサネット(SPE:Single-Pair Ethernet)に対応したトランシーバーについての検討が行われています。そのトランシーバーは、将来のエンコーダを駆動するためのインターフェースを備えたものになります。遅延については、1.5マイクロ秒以下という目標値が想定されます。そのような遅延性能であれば、フィードバック用のデータ・アクイジションをより迅速に行い、制御ループの応答時間をより短くすることができます。

ロボティクスやタービン、ファン、ポンプ、モータといった回転機械は状態基準保全(Conditional Based Maintenance)の対象になります。状態基準保全では、装置の状態や性能に関連するデータをリアルタイムに記録し、最適な制御、目標とする予知保全の実現を図ります。予知保全を実現すれば、装置のライフサイクルの初期段階で、製造工程でダウンタイムが生じるリスクを軽減することができます。また、信頼性の向上、大幅なコスト削減、製造現場の生産性の向上を実現することが可能になります。エンコーダにMEMS(Micro Electro Mechanical Systems)加速度センサーを付加すれば、品質管理の重要性が高い装置で生じる振動の情報をフィードバックすることができます。エンコーダを使用する場合には、ケーブル、通信機能、電源が既に存在していることになります。コントローラに振動の情報をフィードバックする際には、それらを活用することが可能です。このことは、エンコーダにMEMS加速度センサーを付加する上で好都合だと言えます。MEMS加速度センサーで取得した振動のデータはエンコーダからサーボに送られます。CNC(Computer Numerical Control)マシンのような一部のアプリケーションでは、それらのデータを使用してシステムの性能をリアルタイムに最適化することも可能です。

状態基準保全を適用すれば、産業用アセットの耐用年数を延ばすことができます。それを下支えするのが、堅牢性が高くより寿命の長い位置センサーです。磁気センサーは、周囲の磁界の角度位置を表すアナログ出力を生成します。これは、光学エンコーダの代替になるものです。磁気エンコーダであれば、湿度が高い場所や、汚れ、埃の多い場所でも使用することが可能です。光学式のソリューションの場合、そうした過酷な環境では本来の性能や寿命を活かすことができません。

ロボティクスをはじめとするアプリケーションでは、電源が喪失した場合でも機械的なシステムの位置を常に把握しておく必要があります。標準的なロボットやコボット、自動組み立て装置などでダウンタイムが生じると、コストがかさんだり効率が低下したりすることになります。ダウンタイムの中には、システムの稼働中に突然電源が喪失した後、リホーミングと再起動のために必要になる時間が含まれます。アナログ・デバイセズが開発した磁気マルチターン・メモリは、外部電源を使用することなく、外部磁界の回転数を記録することができます2。これを採用すれば、システムのサイズとコストの低減につながります。

ロボットやコボットにおいて、モータ用のエンコーダや関節用のエンコーダと共に使用するA/Dコンバータ(ADC)には、16ビット~18ビットの分解能が必要です。場合によっては22ビットのADCが必要になることもあります。また、光学式のアブソリュート・エンコーダを使用する場合、最大24ビットの分解能を備える極めて性能の高いADCが必要になるかもしれません。

モータ用エンコーダのシグナル・チェーン

図7~10は、エンコーダと共に使用するシグナル・チェーンの構成例です。それぞれ、磁気式センサーであるAMR(Anisotropic magnetoresistance)センサー、ホール・センサー、光学センサー、レゾルバに対応しています。システムで使用されるコンポーネントは、以下に示す5つのカテゴリに分類されます。

1. シャフトの位置と速度を追跡する磁気センサー(AMRセンサー、ホール・センサー)

2. 機械の状態監視

a. MEMSセンサー

b. 温度センサー

3. インテリジェンス

a. ADC内蔵/非内蔵のマイクロコントローラ

b. レゾルバ‐デジタル・コンバータ(RDC)

4. ケーブル・インターフェース

a. RS-485/RS-422対応の高速トランシーバー

b. SPI/RS-485エクステンダ・トランシーバー

5. シグナル・コンディショニング

a. 高性能のADC(分解能は12ビット~24ビット)

AMRセンサーを使用するシステム

ここでは、AMRセンサーを使用して磁気エンコーダを実現する場合の構成要素について説明します。

AMRセンサー

磁気ベースの位置センサーについては、堅牢性と精度の最適な組み合わせを得たい場合、AMRセンサーを選択するとよいでしょう。図6に示すように、AMRセンサーはモータのシャフトに取り付けた双極子磁石に対向する形で配備します。

図6. AMRセンサーを使用するシステム
図6. AMRセンサーを使用するシステム

ホール・センサーでは磁界の強さを感知します。それとは異なり、AMRセンサーは磁界の方向の変化を感知します。AMRセンサーでは、システム内のエアギャップや機械的な公差の変化に対して非常に高い耐性が得られます。また、AMRセンサーには動作磁界の上限がありません。そのため、高磁界で動作する際の浮遊磁界に対しても極めて高い堅牢性を示します。

ADA4571」は、アナログ・デバイセズが提供するAMRセンサーです。遅延の小さいシグナル・コンディショニング回路を内蔵しており、シングルエンドのアナログ信号を出力します。この1チップのソリューションでは、公称角度誤差がわずか0.10°に抑えられています。また、最大5万rpmの速度に対応して動作することが可能です。デュアル品である「ADA4571-2」を採用すれば、安全性が不可欠なアプリケーションにおいて、性能を損なうことなく完全な冗長性を実現することができます。

ADA4570」はADA4571の派生品種です。性能は同等ですが、より過酷な環境で使用できるようにするために差動出力を備えています。ADA457xファミリは、角度の精度と再現性が高いことを特徴とします。これを採用すれば、クローズドループ制御の性能を改善し、モータのトルク・リップルや騒音を低減することが可能になります。1チップのソリューションであることから、信頼性が高く、サイズと重量を低減できます。また、競合する技術と比べてシステムへの適用が容易です。

シグナル・コンディショニングと給電

AD7380」は、分解能が16ビットの逐次比較型(SAR)ADCです。4MSPSのデュアル同時サンプリングを実現できます。また、エンコーダを使用するシステムの場合、実装スペースに制約があることが多いはずです。同ADCのパッケージのサイズはわずか3mm×3mmなので、そのような条件にも対応できます。つまり、システム・レベルのメリットをいくつも提供できる製品だと言えます。加えて、4MSPSのスループット・レートにより、sin波とcos波のサイクルを確実に捕捉し、エンコーダの位置を最新の状態に保つことができます。更に、スループット・レートが高いことから、オンチップでオーバーサンプリングを実現できます。そのように使用すれば、エンコーダによって得た正確な位置の情報を、ASICやマイクロコントローラ(MCU)といったデジタルICからモータに伝える際、時間的な問題を軽減することが可能になります。AD7380でオンチップのオーバーサンプリングを実行する場合、付加的なメリットとして2ビット相当、分解能が向上します。この手法は、分解能を高めるためのオンチップの機能として簡単に使用できます。アプリケーション・ノートAN-20033では、この手法について詳しく説明しています。ADCのVCCとVDRIVE、アンプ・ドライバの電源ピンには、「LT3023」などのLDO(低ドロップアウト)レギュレータによって給電できます。LT3023、「ADP320」、「LT3029」といったマルチ出力/低ノイズのLDOレギュレータを使用すれば、シグナル・チェーンを構成するすべての部品に対して給電することが可能です。

トランシーバー

ADM3066E」は、RS-485に対応するトランシーバーICです。トランスミッタとレシーバーのスキューが極めて小さいことを特徴とします。そのため、EnDat 2.2といったモータ用のエンコーディング規格で求められる高精度クロックの伝送に最適です。類似品種の「ADM3065E」では、モータ制御のアプリケーションにおいて標準的な長さのケーブルを使用した場合に、確定的ジッタを5%未満に抑えられることが実証されています。同ICは電源電圧範囲が広いので、アプリケーションにおいてトランシーバーの電源電圧として3.3V/5Vを使用した場合、このレベルのタイミング性能を実現できます。詳細については、「フィールドバス使用時の通信速度と距離の向上」をご覧ください5

マイクロコントローラ

12ビット以下の低い分解能しか必要としないアプリケーションでは、AD7380を使用するのではなく、マイクロコントローラが内蔵するADCを使用しても構いません。例えば、小型で超低消費電力のマイクロコントローラ「MAX32672」であれば、12ビット/1MSPSのADCを内蔵しているので、それを使用すればよいということです。同製品は、Arm® Cortex®-M4Fをベースとしています。また、強化されたセキュリティ機能、ペリフェラル、パワー・マネージメント用のインターフェースなども備えています。

 

図7. AMRセンサー用のシグナル・チェーン
図7. AMRセンサー用のシグナル・チェーン

アセットの状態監視

ADXL371」は、機械の状態監視の用途に適したMEMS加速度センサーです。3軸、デジタル出力、±200gに対応し、消費電力が極めて少ないことを特徴とします。3mm×3mmの小型パッケージで提供されており、最高105°Cの温度でも動作する費用対効果の高い製品です。同ICがインスタント・オン・モードで動作する場合、消費電流はわずか1.7µAに抑えられます。この状態で、衝撃の有無を継続的に監視することができます。内部で設定された閾値を超える衝撃のイベントが検出された場合、同ICはそのイベントに関する情報を記録するために十分な速さで通常動作モードに切り替わります。

ADT7320」は、高精度のデジタル温度センサーです。ユーザがキャリブレーションや補正を実施しなくても、長期間にわたって優れた安定性と信頼性を発揮します。定格の動作温度範囲は-40°C~150°Cで、パッケージは4mm×4mmの小型LFCSPです。

表3. AMRセンサー用のシグナル・チェーンに適した製品
コンポーネント 推奨製品
MEMS加速度センサー ADXL371, ADXL372, ADXL314, ADXL375
温度センサー ADT7320
電源(LDOレギュレータ) ADP320, LT3023, LT3029
12ビット/16ビットのSAR ADC MAX11198, AD7380, AD7866
AMRセンサー ADA4570, ADA4571, AD4571-2
デュアルコンパレータ LTC6702
トランシーバー(RS-485、RS-422) MAX22506E, ADM3066E, ADM4168E, MAX22500E
ADC内蔵マイクロコントロー MAX32672, MAX32662

ホール・センサーを使用するシステム

「AD22151」、「AD22151G」を使用すれば、ホール方式の磁気エンコーダを設計することができます。AD22151Gは、リニア出力の磁界トランスデューサです。その出力は、パッケージの上面に垂直に印加された磁界に比例した電圧となります。エンコーダ・システムを設計する場合には、回転するモータのシャフトに磁石を等間隔に配置します。その磁石がホール・センサーの付近を通過するとき、同センサーの電圧出力がピークに達します。使用する磁石やセンサーが多いほど分解能は高くなります。このようなホール効果を利用したエンコーダを使用する場合にも、先ほどAMRセンサーに関連して紹介した製品を使用できます。マイクロコントローラとしてはMAX32672を使用できますし、有線インターフェースとしてはADM3066Eを使用できます。ADXL371とADT7320を併用すれば、過酷な環境においてもエンコーダを使用した状態監視を実現できます。

表4. ホール・センサー用のシグナル・チェーンに適した製品
コンポーネント 推奨製品
MEMS加速度センサー ADXL371, ADXL372, ADXL314, ADXL375
温度センサー ADT7320
電源(LDOレギュレータ) ADP120, ADP220, ADP320, LT3023, LT3029, LT3024, LT3027
トランシーバー(RS-485、RS-422) MAX22506E, ADM3066E, ADM4168E, MAX22500E
ホール・センサー AD22151, AD22151G
ADC内蔵マイクロコントローラ MAX32672, MAX32662

光学エンコーダを使用するシステム

光学エンコーダ用のシグナル・チェーンでも、AMRセンサーに関連し紹介したのとほぼ同じ製品を使用できます。但し、光学エンコーダのより高い分解能に対応するには、ADCとしてより性能の高いものを使用すべきです。ここでは、分解能が24ビットのシグマ・デルタ(ΣΔ)ADC「AD7760」を推奨します。このADCでは、出力データ・レートが2.5MSPSの場合に100dBのS/N比が得られます。広い入力帯域幅と高速性、ΣΔ変換ならではの長所を兼ね備えているので、高速データ・アクイジションの用途に最適です。

図8. ホール・センサー用のシグナル・チェーン
図8. ホール・センサー用のシグナル・チェーン

 

図9. 光学エンコーダ用のシグナル・チェーン
図9. 光学エンコーダ用のシグナル・チェーン
表5. 光学エンコーダ用のシグナル・チェーンに適した製品
コンポーネント 推奨製品
MEMS加速度センサー ADXL371, ADXL372, ADXL314, ADXL375
温度センサー ADT7320
電源(LDOレギュレータ) ADP320, LT3023, LT3029
12ビット/16ビット/24ビットのADC MAX11198, AD7380, AD7866, AD7760
高精度のオペアンプ ADA4622-4
デュアルコンパレータ LTC6702
トランシーバー(RS-485、RS-422) MAX22506E, ADM3066E, ADM4168E, MAX22500E
ADC内蔵マイクロコントローラ MAX32672, MAX32662

レゾルバを使用するシステム

レゾルバをベースとするエンコーダには、機械的な信頼性や精度が高いといった長所があります。但し、磁気エンコーダやAMRセンサー(ADA4571など)と比べてレゾルバは高価です。

AD2S1200」は、レゾルバからの信号を角度/角速度に対応するデジタル値に変換するレゾルバ‐デジタル・コンバータです。図10に、レゾルバに対応するシグナル・チェーンの構成例を示しました。2つのアンプを使用して3次のバターワース・ローパス・フィルタを構成し、レゾルバの信号をAD2S1200に引き渡しています。詳細については回路ノート「CN0276」をご覧ください。

実装スペースを節約しつつ、設計の複雑さを軽減するには、SPIエクステンダ「LTC4332」を使用するとよいでしょう。そうすれば、システムのパーティショニングが可能になります。すなわち、エンコーダ側ではなくサーボ側にマイクロコントローラを配置することもできるようになります。エンコーダ側にマイクロコントローラが必要な場合には、MAX32672のSPI(Serial Peripheral Interface)をAD2S1200に対するリンクとして使用します。また、LTC4332の代わりにRS-485トランシーバーのADM3065Eを使用することが可能です。

LTC4332を使用する場合には、AD2S1200のSPI出力を堅牢性に優れるフィールドバスの差動インターフェースに変換します。LTC4332は3本のスレーブ選択ラインを備えています。そのため、MEMS加速度センサーや温度センサーといった追加のセンサーをAD2S1200と同じバスで配線することができます。

表6. レゾルバ用のシグナル・チェーンに適した製品
コンポーネント 推奨製品
MEMS加速度センサー ADXL371, ADXL372, ADXL314, ADXL375
温度センサー ADT7320
電源(LDOレギュレータ) ADP120, ADP220, ADP320, LT3023, LT3029, LT3024, LT3027
高精度のオペアンプ AD8694, AD8692, AD8397
トランシーバー(SPI/RS-485、RS-485) LTC4332, ADM3065E
レゾルバ‐デジタル・コンバータ AD2S1200, AD2S1205, AD2S1210

まとめ

アナログ・デバイセズは、エンコーダに関する深い専門知識と高度な技術力を有しています。そのため、お客様が将来の産業用モータ向けにエンコーダやネットワークを設計する際、様々な形で支援を提供することができます。例えば、小型で強力なマイクロコントローラ、MEMS加速度センサーのADXL371、温度センサーのADT7320を使用すれば、エンコーダにアセットの状態に関するインサイトを生成する機能を盛り込むことが可能になります。ADA4571のような業界をリードするAMRセンサーも提供しています。それらの製品は、信頼性の向上、サイズ/重量の低減を実現します。また、光学エンコーダやレゾルバといったセンサー・ソリューションと比べて、エンコーダへの組み込みが容易です。AD7380やAD7760といったミドル・エンドからハイ・エンドのADCを採用すれば、ピック&プレース・マシンやロボットにおいて高い精度と再現性を実現することが可能になります。

図10. レゾルバ用のシグナル・チェーン
図10. レゾルバ用のシグナル・チェーン

参考資料

1Dayin Xu「100BA SE- T1L for Motor Feedback Communication(100BASE-T1Lによるモータ用のフィードバック通信)」Rockwell Automation、2022年5月

2Stephen Bradshaw、Christian Nau、Enda Nicholl「非給電状態からのTPO機能を実現可能なマルチターン・ポジション・センサー」Analog Dialogue、Vol. 56、No. 3、2022年9月

3Jonathan Colao「AN-2003:アナログ・デバイセズのAD7380 SAR ADCファミリにおけるオンチップ・オーバーサンプリング」Analog Devices、2020年6月

4EnDat 2.2 -- Bidirectional Interface for Position Encoders(EnDat 2.2 -- 位置エンコーダ用の双方向インターフェース)」Heidenhain、2017年9月

5Richard Anslow、Neil Quinn「フィールドバス使用時の通信速度と距離の向上」Analog Devices、2020年3月

著者

Richard Anslow

Richard Anslow

Richard Anslowは、アナログ・デバイセズのシニア・マネージャです。産業用オートメーション・ビジネス・ユニットでソフトウェア・システム設計エンジニアリングの分野を担当。専門は状態基準保全、モータ制御、産業用通信を対象とする設計技術です。アイルランドのリムリック大学で工学分野の学士号と修士号を取得。パデュー大学でAIと機械学習を対象とした大学院の課程も修了しています。