AN-1179: アナログ・デバイセズの RS-485/RS-422、CAN、およびLVDS/M-LVDS トランシーバーのジャンクション温度算出
はじめに
半導体の信頼性はジャンクション温度によって決まり、この温度はデバイスの消費電力、パッケージの熱抵抗、プリント回路基板(PCB)のレイアウト、ヒートシンク・インターフェース、周囲動作温度などの要素に依存しています。このアプリケーション・ノートでは、これらの考慮すべき事項について説明し、アナログ・デバイセズの絶縁型/非絶縁型 RS-485 および RS422、CAN(コントローラ・エリア・ネットワーク)、LVDS(低電圧差動伝送)、M-LVDS(マルチポイント低電圧差動伝送)トランシーバの最大ジャンクション温度と最大消費電力を求めるための指針を提供します。
ジャンクション温度
ジャンクション温度とは、IC 内の半導体ダイの温度のことです。ジャンクション温度を低く維持することにより、デバイスの長期信頼性が高まります。式 1 を使ってジャンクション温度を求めます。
ここで、
TJはジャンクション温度(°C)。
TAは周囲温度(°C)。
θJAはジャンクション温度と周囲温度間の熱抵抗(°C/W)。
PDISSはデバイスの総消費電力(W)。
最大周囲動作条件は、アナログ・デバイセズのすべてのデータシートに記載されています。ジャンクション温度、熱抵抗、消費電力は明記されているか、または計算可能です。
式 1 はジャンクション温度を求める 1 つの方法です。複雑な 3 次元有限要素法解析、熱電対を使って IC の温度を直接測定する方法などがあります。
熱抵抗
ジャンクション温度と周囲温度間の熱抵抗 θJA(°C/W)は、IC の熱くなったジャンクション部から周囲の空気に熱が伝わる際の抵抗と定義されます。
アナログ・デバイセズのデータシートに記載されている熱抵抗値は、冷却用エアフローやボード上にヒートシンクがない JEDEC 標準 4 層基板を想定しています。IC パッケージにエアフローを使用すると、パッケージの熱抵抗が小さくなり、最大定格ジャンクション温度に至る消費電力の増加が可能となります。ヒートシンクは、デバイスから PCB および筐体への導電経路を提供することにより、熱を除去してデバイスの熱抵抗を小さくすることができます。
最大消費電力
トランシーバー・デバイスの熱特性と信頼性特性を評価する際、バス・インターフェース(トランシーバー+負荷)の消費電力が極めて重要です。総消費電力は、出力負荷によりトランシーバーが消費する電力とトランシーバーの静止時消費電力の合計値です。
個々のデバイスの最大安全消費電力は、ダイのジャンクション温度が消費電力に伴って上昇することにより制限されます。通常、最大定格ジャンクション温度は150ºCです。周囲温度動作条件と熱抵抗が分かれば、対応する最大消費電力を計算できます。この最大消費電力は、場合によっては標準のトランシーバー・アプリケーションでの消費電力よりはるかに大きくなることがあります
ジャンクション温度が 150ºC になると、デバイス・パッケージのプラスチック特性が変化します。この温度上限値を一時的にでも超えると、パッケージがダイに加える応力が変化して、トランシーバーのパラメータ性能を恒久的に変えてしまうことがあります。ジャンクション温度がより長い時間 150ºC を超えた場合、機能を損なうおそれがあります。
絶対最大定格
アナログ・デバイセズのデータシートに、絶縁型/非絶縁型RS-485 および RS-422、CAN、LVDS/M-LVDS トランシーバーの絶対最大定格が記載されています。絶対最大定格に記載されている以上のストレスを加えると、デバイスに恒久的な損傷を与えることがあります。デバイスを長時間にわたり絶対最大定格状態に置くと、デバイスの信頼性に影響を与えることがあります。
デバイスのポートフォリオ
CAN トランシーバ
アナログ・デバイセズの CAN トランシーバーは、データ層リンク、ハードウェア・プロトコラ、CAN バスの物理配線間に差動物理層インターフェースを提供します。AN-1123 アプリケーション・ノートには、CAN の実装ガイドが記載されています。アナログ・デバイセズは絶縁型 CAN トランシーバーの ADM3052、ADM3053、ADM3054、ならびに非絶縁型 CAN トランシーバーの ADM3051 を提供しています。絶縁型 CAN デバイスには、アナログ・デバイセズの iCoupler®および isoPower®絶縁技術が搭載されています(iCoupler技術とisoPower技術のセクション参照)。
これらの製品のデータシートでは、絶対最大定格表で最大ジャンクション温度を 130°C または 150°C と規定しています。熱インピーダンス(ジャンクションから周囲)と周囲温度動作条件も記載されています。所定の周囲温度動作条件(ここでは 85°C または 125°C)での最大許容消費電力を式 1 で求めます。
表 1 に、最大許容消費電力を示します。これとは別に、消費電力に対応するジャンクション温度の算出に使用した式 1 を使って、所定の負荷条件における CAN デバイスの消費電力を算出できます。前述したように、表 1 の最大消費電力は標準的なトランシーバー・アプリケーションでの消費電力よりも大きい場合があります。
CAN製品番号 | ジャンクション温度(°C) | 最大 TA(°C) | 熱インピーダンス(°C/W) | 消費電力(W) |
ADM3051 | 150 | 125 | 110 | 0.227 |
ADM3053 | 130 | 85 | 53 | 0.849 |
ADM3054 | 150 | 125 | 53 | 0.472 |
ADM3054 のデータシートには、所定の負荷条件におけるロジック側とバス側の電流値を記載しています。出力負荷抵抗が 60Ω のとき、ロジック側最大電流は3.0mA、バス側最大電流は 75mA です。電源電圧 5V の場合の消費電力を式 2 で求めます。
ここで、
V はトランシーバの電圧(V)。
I はトランシーバの電流(ロジック側、静止時、バス側)(mA)。
RLは CAN のアプリケーションで駆動する標準負荷です。
バス側の電流が負荷抵抗 RLに流れることはありません。したがって、通常 RLに流れる電流部分だけが減じられます。
消費電力が 352.5mW で熱抵抗が 53ºC/W の場合、対応するジャンクション温度の上昇は約 18ºC です。式 1 で周囲動作温度を125ºC とすると、ジャンクション温度は 143ºC になります。
LVDS ドライバおよびレシーバ
アナログ・デバイセズの LVDS ドライバ(トランスミッタ)およびレシーバーは、ポイント to ポイント・アプリケーション向けにシングルエンドから差動への高速シグナリング・ソリューションを提供します。例えば、ADN4663 LVDS ドライバは最大600Mbps で動作し、ADN4664 LVDS レシーバーは最大 400Mbpsで動作可能です。アナログ・デバイセズの LVDS ポートフォリオは、±15kVの強い ESD耐性を特長とします。AN-1177アプリケーション・ノートに、LVDS と M-LVDS の回路実装ガイドが記載されています。
LVDS のデータシートでは、最大ジャンクション温度を絶対最大定格表に記載しています。どの LVDS デバイスも最大ジャンクション温度は 150ºC です。絶対最大定格表に熱抵抗と最大周囲動作温度を規定しています。式 1 を使って消費電力を算出します。最大周囲温度動作条件における LVDS デバイスごとの最大許容消費電力を、表 2 に示します。
LVDS製品番号 | ジャンクション温度(°C) | 最大 TA(°C) | 熱インピーダンス(°C/W) | 消費電力(W) |
ADN4661 | 150 | 85 | 149.5 | 0.435 |
ADN4662 | 150 | 85 | 149.5 | 0.435 |
ADN4663 | 150 | 85 | 149.5 | 0.435 |
ADN4664 | 150 | 85 | 149.5 | 0.435 |
ADN4665 | 150 | 85 | 150.4 | 0.432 |
ADN4666 | 150 | 85 | 150.4 | 0.432 |
ADN4667 | 150 | 85 | 150.4 | 0.432 |
ADN4668 | 150 | 85 | 150.4 | 0.432 |
ADN4670 | 150 | 85 | 59 | 1.102 |
表 2に記載された最大消費電力の代わりに、LVDSデバイスが標準的な条件で消費する電力を計算し、式 1 を使ってそれに対応するジャンクション温度を求めてみます。前述のように、最大消費電力は標準のトランシーバー・アプリケーションでの消費電力よりはるかに大きい場合があります。例えば ADN4664 のデータシートに記載されている 2 チャンネル・スイッチング時の電源電流は、代表値で 47mA です。式 3 を使って電源電圧 3.3Vでの消費電力を算出します。
ここで、
V はレシーバーの電圧(V)。
I はレシーバーの電流。
消費電力が 155mW で熱抵抗が 149.5ºC/W の場合、対応するジャンクション温度の上昇は 23ºC です。式 1 で周囲動作温度を 85ºCとすると、ジャンクション温度は 108ºC になります。
M-LVDS トランシーバ
アナログ・デバイセズの M-LVDS トランシーバーは、複数のノード間での双方向通信を可能にすることにより、実績あるLVDS シグナリング方式を更に進化させています。ADN4690E、ADN4692E、ADN4694E、ADN4695E は、M-LVDS を高速(データ・レート最大 100Mbps)で送受信するトランシーバーです。ADN4691E 、 ADN4693E 、 ADN4696E 、 ADN4697E は、最大200Mbps のデータ・レートで動作可能です。M-LVDS トランシーバーは全二重および半二重モードで使用可能で、8 ピンおよび 14 ピンの SOIC パッケージに収容されています。AN-1177 アプリケーション・ノートに、LVDS と M-LVDS の回路実装ガイドが記載されています。
ADN4690E/ADN4692E/ADN4694E/ADN4695E のデータシートに、消費電力とジャンクション温度のパッケージ・タイプ別の算出方法を記載しています。表 3に、8 ピンおよび 14 ピン SOICパッケージの熱抵抗値を示します。
M-LVDS製品番号 | 最大 TA(°C) | 熱インピーダンス(°C/W) | SOIC パッケージ・タイプ | 二重通信 |
ADN4690E | 85 | 121 | 8 ピン | 半二重 |
ADN4694E | 85 | 121 | 8 ピン | 半二重 |
ADN4692E | 85 | 86 | 14 ピン | 全二重 |
ADN4695E | 85 | 86 | 14 ピン | 全二重 |
ADN4690E/ADN4692E/ADN4694E/ADN4695E のデータシートに仕様規定されているトランシーバーの消費電力は 94mW です。
消費電力が 94mW で熱抵抗が 121ºC/W の場合、対応するジャンクション温度の上昇は 11ºC です。式 1で周囲動作温度を 85ºC とすると、ジャンクション温度は 96ºC になります。消費電力が94mW で熱抵抗が 86ºC/W の場合、対応するジャンクション温度の上昇は 8ºC です。式 1 で周囲動作温度を 85ºC とすると、ジャンクション温度は 93ºC になります。
ADN4691E/ADN4693E/ADN4696E/ADN4697E のデータシートに、消費電力とジャンクション温度のパッケージ・タイプ別の算出方法を記載しています。表 4に、8 ピンおよび 14 ピン SOICパッケージの熱抵抗値を示します。
M-LVDS製品番号 | 最大 TA(°C) | 熱インピーダンス(°C/W) | SOIC パッケージ・タイプ | 二重通信 |
ADN4691E | 85 | 121 | 8 ピン | 半二重 |
ADN4696E | 85 | 121 | 8 ピン | 半二重 |
ADN4693E | 85 | 86 | 14 ピン | 全二重 |
ADN4697E | 85 | 86 | 14 ピン | 全二重 |
ADN4691E/ADN4693E/ADN4696E/ADN4697E のデータシートに記載されている最大電源電流は、ドライバとレシーバーの両方をイネーブルした場合で 25mA です。トランシーバーが駆動する標準負荷(RL)は 50Ω です。式 4 を使って総消費電力を算出します。
バス側の電流が負荷抵抗 RLに流れることはありません。したがって、通常 RLに流れる電流部分だけが減じられます。
消費電力が 77mW で熱抵抗が 121ºC/W の場合、対応するジャンクション温度の上昇は 9ºC です。式 1 で周囲動作温度を 85ºC とすると、ジャンクション温度は 94ºC になります。
消費電力が77mWで熱抵抗が86ºC/Wの場合、対応するジャンクション温度の上昇は 7ºC です。式 1 で周囲動作温度を 85ºC とすると、ジャンクション温度は 92ºC になります。
RS-485/RS-422 トランシーバ
アナログ・デバイセズは、多くのアプリケーションに適合する標準の RS-485/RS-422 トランシーバーと iCoupler 絶縁型 RS485/RS-422 トランシーバーを豊富に提供しています。RS-485 トランシーバーは、ノイズ耐性を高める差動伝送ラインを使用することにより、長距離の双方向通信が可能です(最大 1.22km)。AN-960 アプリケーション・ノートに、RS-485/RS-422 回路の実装ガイドが記載されています。表 5 に、iCoupler および isoPower絶縁技術を内蔵したアナログ・デバイセズの絶縁型 RS-485 トランシーバーのデータを示します(iCoupler 技術と isoPower 技術のセクション参照)。
式 5 と式 6 は、ADM2587E と ADM2582E のデータシートから得た標準的な負荷条件である 54Ω のデータを使って、それぞれのデバイスの消費電力を算出した例です。
バス側の電流が負荷抵抗 RLに流れることはありません。したがって、通常 RLに流れる電流部分だけが減じられます。
ADM2587E では、消費電力が 0.567W で熱抵抗が 50ºC/W のとき、対応するジャンクション温度の上昇は 28ºC です。式 1 で周囲動作温度を 85ºC とすると、ジャンクション温度は 113ºC になります。ADM2582E について同様の計算を行います。
ADM2486 のデータシートでは、5V 電源時のロジック側電流を4mA と仕様規定しています。対応するバス側電流は 58mA、バス側電圧は 5V なので(データ・レート 20Mbps 時)、消費電力値は 271mW となります(式 7 参照)。
バス側の電流が負荷抵抗 RLに流れることはありません。したがって、通常 RLに流れる電流部分だけが減じられます。
ADM2486では、消費電力が271mWで熱抵抗が73ºC/Wのとき、対応するジャンクション温度の上昇は 19.8ºC です。式 1 で周囲動作温度を 85ºC とすると、ジャンクション温度は 105.4ºC になります。
製品番号 | ジャンクション温度(°C) | 最大 TA(°C) | 熱インピーダンス(°C/W) | 消費電力(W) |
ADM2481 | 102 | 85 | 65 | 0.256 |
ADM2482E | 95 | 85 | 61 | 0.156 |
ADM2483 | 104 | 85 | 73 | 0.256 |
ADM2484E | 93 | 85 | 73 | 0.103 |
ADM2485 | 104 | 85 | 73 | 0.266 |
ADM2486 | 105 | 85 | 73 | 0.271 |
ADM2487E | 91 | 85 | 61 | 0.103 |
ADM2490E | 102 | 105 | 60 | 0.291 |
ADM2491E | 100 | 85 | 60 | 0.241 |
ADM2582E | 141 | 85 | 50 | 1.13 |
ADM2587E | 113 | 85 | 50 | 0.567 |
ADM2682E | 143 | 85 | 52 | 1.13 |
ADM2687E | 114 | 85 | 52 | 0.567 |
ADM2682E と ADM2687E のデータシートには、標準的なバス負荷条件での電源電流が記載されています。消費電力の計算はADM2587E および ADM2582E の場合と同様です。
ADM2482E、ADM2487E、ADM2485、ADM2490E、ADM2491E、ADM2481、ADM2483、および ADM2484E の場合、標準的バス負荷時のトランシーバーの消費電力は、ADM2486 と同様の方法で算出します。消費電力を計算し、式 1 を使って、所定の熱抵抗と周囲動作温度でのジャンクション温度を求めることができます(表 5 参照)。
ヒートシンクと熱設計
ヒートシンク、PCB レイアウトなど、熱設計を適切に実施する方法のガイドラインについては、アナログ・デバイセズの MT093 チュートリアルを参照してください(参考資料のセクション参照)。このチュートリアルには、消費電力の考慮が必要なアプリケーションでの PCB レイアウトの指針が記載されています。
iCOUPLER 技術と isoPOWER 技術
標準のカスタマ・アプリケーションにおいて回路部品間を絶縁することで、システムの安全性とデータの保全性が高まります。一般に、高電圧デバイスはバス側に配置されますが、絶縁により、このバス側に生じる危険な電圧レベルからシステム側の敏感な回路部品を保護することができます。また、絶縁は、システムでのデータ・アクイジションの精度に影響を及ぼす同相ノイズとグラウンド・ループを低減させ、除去できることさえあります。
絶縁した RS-485 ノードで電源を絶縁するためのオプションとソリューションについては、アナログ・デバイセズの技術記事MS-2155 を参照してください(参考資料のセクション参照)。技術記事 MS-2155 に、ADM2587E RS-485 トランシーバーに採用されている、アナログ・デバイセズの isoPower 絶縁型 DC/DC コンバータ技術についての説明があります。ADM2587E には、アナログ・デバイセズの iCoupler データ絶縁技術も搭載されています。
iCoupler技術を使用した絶縁型 RS-485 および CANトランシーバーを使えば、設計者はフォトカプラで問題となるコスト、サイズ、消費電力、性能、信頼性上の制約を受けずに、絶縁を実施した設計が可能です。
参考資料
MT-093 チュートリアル Thermal Design Basics.Analog Devices, Inc., 2009.
Ronan, Colm.技術記事 MS-2155:絶縁した RS-485 ノードのための絶縁した電源を分割する選択方法と回路 Analog Devices, Inc., 2011