質問:
GaN FETを使用して、4スイッチ型の昇降圧DC/DCコンバータを設計したいと考えています。GaN FET専用のコントローラを使用しなくても、適切な回路を構成することは可能でしょうか?

回答:
よく知られているように、GaN FETの駆動は容易ではありません。シリコンをベースとするMOSFET向けに設計されたドライバ製品で駆動することは可能ですが、いくつかの配慮が必要になります。重要なのは、適切な駆動電圧と小さな保護用回路を選択することです。そうした点に気を配れば、4個のFETスイッチを制御することで必要な機能を実現する4スイッチ昇降圧コンバータを適切に構成できます。つまり、高い周波数に対応可能で安全性が高いオールインワンのドライバを実現することが可能になります。
はじめに
多くのアプリケーションでは、基板サイズの縮小と電力効率の向上が強く求められています。この課題の解決手段として、窒化ガリウムをベースとする電界効果トランジスタ(GaN FET)を採用する例が増えています。実際、GaN FETはそうしたニーズに対する理想的なソリューションになり得ます。パワー・デバイスとしてGaN FETを用いれば、超高速のスイッチングを実現しつつ、それに伴う損失を抑えることが可能になるからです。その結果、より電力密度の高いソリューションが実現されます。パワー・デバイスを使用する際には、それを駆動するためのドライバが必要になります。シリコン・ベースのMOSFET(以下、Si MOSFET)に対応するドライバ製品であれば、市場にあふれています。それに対し、GaN FET専用のドライバ製品や、GaNFET用のドライバを内蔵したコントローラ製品の数は限られています。Si MOSFET向けの選択肢と同様のレベルまで種類が増えるのは数年先のことになるでしょう。アナログ・デバイセズは、GaN FET専用のシンプルなドライバICとして「LT8418」などを提供しています。それだけでなく、「LTC7890」や「LTC7891」といったより高度な昇降圧コントローラなども製品化しています。しかし、GaN FETを採用した4スイッチ昇降圧ソリューションを対象とするシンプルな製品はまだ提供していません。一般に、GaN FETの駆動は難易度が高いとされています。しかし、何に注意すべきなのかを把握していれば、そこまで難しくはありません。実際、Si MOSFET向けに設計されたコントローラをGaN FETの駆動に適応させることも可能です。Si MOSFET向けの昇降圧コントローラの例としては「LT8390A」が挙げられます。この製品のスイッチング周波数は2MHz、デッド・タイムはわずか25ナノ秒です。そのため、GaN FETの駆動に用いるコントローラの有力な候補になります。図1の昇降圧コンバータでは、インダクタと直列にセンス抵抗を配置していますが、同抵抗は両方のホット・ループの外側に存在することになります。これは、昇降圧コンバータの新たな構成方法です。これにより、コントローラは、昇圧と降圧の両方の動作領域においてピーク電流モードの制御を実行できます(4スイッチ昇降圧コンバータでも対応可能)。本稿では、GaN FETを使用した4スイッチ昇降圧コントローラに焦点を絞ります。ただ、その内容は単純な降圧コントローラや昇圧コントローラにも拡張することが可能です。
図1. LT8390Aの評価用ボード(EVAL-LT8390A-AZ)の回路図。GaN FETを採用して4スイッチ昇降圧コンバータを構成しています。24V/5Aの出力に対応します。
5V動作のゲート・ドライバが必須
一般に、大電力の変換に使用されるゲート・ドライバは5Vを上回る入力電圧によって動作します。通常、Si MOSFET用に設計されたゲート・ドライバの場合、入力電圧は7V~10Vまたはそれ以上の範囲です。このことがGaN FETを駆動する場合の課題になります。GaN FETでは、一般にゲート電圧の絶対最大定格が6Vであるためです。このことが原因で、プリント基板の設計に関連して想定外かつ致命的な障害が生じることもあります。基板上では、ゲートとソースのリターン・ラインに浮遊インダクタンスが存在します。それによってリンギングが発生し、ゲート電圧の絶対最大定格を超える電圧が生じる可能性があるのです。したがって、GaN FETを安全かつ効率的に駆動するには、基板レイアウトを慎重に実施しなければなりません。つまり、ゲートとソースのリターン・ラインについてはインダクタンスを最小限に抑えるように配慮する必要があるということです。それだけでなく、GaN FETのゲートに致命的な過電圧が印加されるのを防ぐために、部品を追加するといった形で保護機構を適用しなければなりません。
Si MOSFET用の一般的なゲート・ドライバとは異なり、LT8390Aは5Vに対応するゲート・ドライバ機能を備えています。これは、より低い電圧でFETのゲートを駆動するケースを想定して特別に設計されたものです。このことから、同ICはGaNFETの駆動に向けた理想的な選択肢になり得ます。ただ、1つ問題があります。それは、同ICは偶発的な過電圧に対する保護機能を備えていないというものです。ただ、これは同ICに限った話ではありません。Si MOSFET用のドライバ製品で、その種の機能を内蔵しているものは少ないはずです。特に、多くのドライバ製品ではトップ側のSi MOSFET向けのブートストラップ電源がレギュレートされていません。そのため、トップ側のドライバがドリフトし、GaN FETの絶対最大定格を超えてしまうということが簡単に起こり得ます。上述した問題に対処するにはどうすればよいのでしょうか。図2は、それに対する答えをわかりやすく示すために用意したものです。この回路では、5.1Vに対応するツェナー・ダイオードD5、D6をブートストラップ・コンデンサと並列に配置しています。それにより、過大な電圧をGaN FETの推奨駆動レベルにクランプします。このようにすれば、ゲート電圧が安全な動作範囲内に収まります。
図2. GaN FETを保護するための部品を適用した回路
また、より強固な保護を実現するために、ブートストラップ・ダイオードD3、D4と直列に10Ωの抵抗を追加しています。非常に高速に動作し、大きな電力を扱うスイッチ・ノードにはリンギングが発生する可能性があります。10Ωの抵抗を追加することで、そのレベルを抑えられます。
デッド・タイムとボディ・ダイオードの問題
従来のDC/DCコンバータでは、キャッチ・ダイオード(フリー・ホイール・ダイオード)が使われていました。これは、スイッチがオフの期間に導通します。その後、同ダイオードを別のスイッチで置き換えた同期整流方式のDC/DCコンバータが広く使われるようになりました。この方式を採用すれば、ダイオードの順方向の導通損失を回避できます。但し、トップ側とボトム側のスイッチが同時にオンになるタイミングが存在すると、シュートスルーが発生します。そうすると、両方のスイッチがグラウンドに短絡し、部品の故障をはじめとする致命的な結果を招くおそれがあります。この問題を解消するために、DC/DCコントローラではデッド・タイムを確保する形でスイッチの制御を行います。デッド・タイムというのは、トップ側のスイッチもボトム側のスイッチもオンにならない期間のことです。一般的なDC/DCコントローラでは、最大60ナノ秒ほどのデッド・タイムを確保しています。Si MOSFETをスイッチとして使用する場合、デッド・タイムの期間はボディ・ダイオードが導通するので、DC/DCコンバータ全体としての動作に大きな問題は生じません。
GaN FETを使用する場合、この点が問題になります。GaN FETにはボディ・ダイオードが存在しないからです。それが、Si MOSFETよりはるかに高速なスイッチングを実現できる理由の1つでもあります。Si MOSFETを使用する場合、デッド・タイムの期間にはボディ・ダイオードが導通します。一方、GaN FETを使用する場合、導通電圧はダイオードでは標準的な0.7Vではなく2V~4Vに達します。この導通電圧と導通電流の積をとると、デッド・タイムの期間にSi MOSFETを使用する場合と比べて6倍近くの電力損失が発生する可能性があります。このような電力損失は、長いデッド・タイムと相まって過熱の問題につながります。そうすると、GaN FETが損傷してしまうかもしれません。最良の解決策は、デッド・タイムを最小限に抑えることです。しかし、Si MOSFET用のコントローラでは、同FETはターンオン/ターンオフが遅い(数十ナノ秒)という事実に基づいてデッド・タイムが設定されています。つまり、シュートスルーを防止するために長めのデッド・タイムが確保されています。
LT8390Aの場合、デッド・タイムは25ナノ秒に設定されています。これは、同期整流方式の他のコントローラ製品と比べれば短いと言えます。高い周波数、多くの電力に対応するSi MOSFETの制御には適しているのですが、GaN FETに対しては長すぎます。GaN FETはわずか数ナノ秒でオンになる極めて高速なデバイスです。したがって、デッド・タイムの期間の導通損失を削減するためには相応の対策を適用すべきです。具体的には、追加のキャッチ・ダイオード(ショットキー・ダイオード)をGaN FETと逆並列に接続します。このようにして、伝導損失の少ない迂回用のパスを設けるのがお勧めの手法です。図2の回路のショットキー・ダイオードD1、D2は、そのような意図で追加したものです。D1は、同期整流方式の降圧側のGaN FETに接続されています。一方、D2は、昇圧側のGaN FETに接続されています。単純な降圧コンバータに必要なのはD1のみであり、単純な昇圧コンバータに必要なのはD2のみです。
より高い周波数、より大きな電力
LT8390Aのスイッチング周波数は最高2MHzです。そして、GaN FETでは、Si MOSFETに比べてスイッチング損失が大幅に少なく抑えられます。そのため、より高いスイッチング周波数、より高い電圧を選択した場合でも、電力損失はSi MOSFETを使用する場合と同程度になります。「EVAL-LT8390A-AZ」は、GaN FETとLT8390Aを組み合わせて構成した評価用ボードです。このボードにおいてスイッチング周波数を2MHzに設定すれば、GaN FETを使用することによる効果を確認できます。すなわち、実装面積を抑えつつ、高い効率が得られることがわかります。
GaN FETを採用した場合、室温において24V/120Wの電力を出力できます。基板のサイズは、Si MOSFETとLT8390Aを組み合わせた評価用ボード「DC2598A」と同程度です。DC2598Aでは、12V/48Wの出力が得られます。図3は、GaN FETを採用した昇降圧コンバータを2MHzで動作させた場合の最大電力(負荷電流)を示したものです。一方、図4では、上記の2つのボードにおける効率を比較しています。より高い電圧、2.5倍の出力電力という条件でも、GaN FETを採用したボードではSi MOSFETを採用したボードよりも高い効率が得られています。GaN FETを採用すれば、同程度のボード面積で、より高い電圧、より多くの電力に対応できるということです。
図3. EVAL-LT8390A-AZにおける最大負荷電流と入力電圧の関係。このボードでは、広い入力電圧範囲、高いスイッチング周波数で120Wの電力を生成できます。
図4. GaN FET/Si MOSFETを採用したコンバータの効率の比較。GaN FETを採用すれば、より高い電圧でより高い効率を実現できます。
まとめ
本稿で説明したように、Si MOSFET用のDC/DCコントローラを使用することでも、GaN FETを効果的に駆動することができます。EVAL-LT8390A-AZでは、もともとSi MOSFET用に設計されたLT8390Aを使用しています。同ICでGaN FETを駆動すれば、Si MOSFETを使用する場合と同程度の基板面積、より高い効率で、簡単に多くの出力電力を得ることができます。表1は、GaN FETの駆動に適したコントローラ製品についてまとめたものです。GaN FETを並列接続した昇降圧コンバータを使用することで、より多くの電力に対応したいケースなどもあるでしょう。そのようなアプリケーションを構築したい場合には、アナログ・デバイセズにお問い合わせください。本稿で説明したように、Si MOSFET用に設計されたものであっても、5V動作のゲート・ドライバを備えるコントローラであれば、保護用の外付け部品を追加することでGaN FETを安全に駆動することができます。この方法を採用すれば、電力変換用のアプリケーション設計における選択肢を増やすことが可能になります。
品番 | トポロジ | 最大入出力電圧 | スイッチング周波数 | GaN対応の安全機能 |
LTC7890 | GaN用のデュアル降圧コントローラ | 100V | 100kHz~3MHz |
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LTC7891 | GaN用の降圧コントローラ | 100V | 100kHz~3MHz |
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LT8418 | GaN用のハーフブリッジ・ゲート・ドライバ | 100V | 最高10MHz |
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LT8390/ LT8390A/ LT8392 |
4スイッチ昇降圧コントローラ | 60V | LT8390/LT8392:150kHz ~ 650kHz LT8390A:600kHz ~ 2MHz |
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LT8391/ LT8391A/ LT8391D |
4スイッチ昇降圧LEDコントローラ | 60V | LT8391/LT8391D:150kHz ~ 650kHz LT8391A:600kHz ~ 2MHz |
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