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AN-2573: 産業レベル信号用の完全絶縁型で堅牢な4 チャンネルのマルチプレックスされたデータ・アクイジション・システム
回路の機能とその利点
図1 の回路は、完全絶縁型の堅牢な産業用4 チャンネル・データ・アクイジション・システムであり、16 ビットのノイズ・フリー・コードの分解能と最大42kSPS の自動チャンネル・スイッチング・レートを実現します。マルチプレックスされたシグナル・チェーンでの高速セトリング成分を一意的に選択しているため、42kSPS のスイッチングでのチャンネル間クロストークは15ppm FS 未満(−90dB 未満)になります。
図1. 4 チャンネルのデータ・アクイジション・システムの機能ブロック図(簡略図:接続の一部およびデカップリングは非表示)
この回路は、±5V、±10V、0V~10V、および0mA~20mA の標準的な産業用信号レベルを取得し、デジタル化します。入力バッファには過電圧保護機能もあり、それによって、一般的なショットキー・ダイオード保護回路に付随するリーク・エラーを除去します。
この回路のアプリケーションには、プロセス制御(PLC/DCS モジュール)、バッテリ試験、科学用マルチチャンネル計測、およびクロマトグラフィーなどがあります。
回路の説明
信号経路
入力信号の4 つのチャンネルは、クワッド、レールto レール入出力オペアンプADA4096-4 によってバッファされます。ADA4096-4 は、位相反転に対する過電圧保護、または±15V電源の上下32V までの入力に対するラッチアップを搭載しているため、過電圧保護回路の追加が不要になります。
入力は、±10V の代表的な低周波数の産業用信号向けに設計されています。入力バッファはソースに対し高インピーダンスであり、マルチプレクサのスイッチング・トランジェントから入力を隔離します。
バッファの入力上のRC ネットワーク(10Ω/10nF)は、帯域幅が1.6MHz であり、高周波ノイズ・フィルタリングが可能です。
ADA4096-4 の出力上のRC ネットワーク(47Ω/47nF)は、マルチプレクサのスイッチング・トランジェントからバッファを絶縁します。図2 に等価回路を示します。ドレイン・キャパシタCD は、入力電圧で充電しておいてから、次のチャンネルにスイッチングします。チャンネル間には20V もの電圧が加わることがあり、マルチプレクサが次のチャンネルにスイッチングするときに、トランジェント電流が発生します。
図2. RC キックバック絶縁回路
マルチプレクサADG1204 は、ドレイン容量が低く(< 4pF)、キックバック電荷を最小限に抑えます。
マルチプレクサの出力は、オペアンプADA4898-1 によってバッファされ、スイッチのオン抵抗による負荷エラーの影響を防止します。ADA4898-1 は、ユニティゲインで安定しており、85ns以下で0.1%に落ち着き、入力電圧ノイズはわずか0.9nV/√Hz です。最も厳しい条件でのバッファへの入力信号は±10V、21kHzの矩形波で、これは2 つの隣接するチャンネルのそれぞれの入力にフルスケールの正電圧およびフルスケールの負電圧が印加されている場合です。
ADA4898-1 の入力上のRCネットワーク(1.8kΩ/68pF)は、帯域幅が1.3MHz であり、広帯域ノイズ・フィルタとして機能します。このフィルタの時定数は122ns で、16 ビットのセトリング・タイムは約1.34μs(時定数の約11 倍)で達成されます。
ADA4898-1 バッファの出力は、±10V のバイポーラ・シングルエンド信号を、2.5V のコモンモード電圧を中心とする±4V の差動信号に変換する高精度差動ファンネル・アンプAD8475 を駆動します。AD8475 は、トリムされ整合された内蔵の高精度抵抗が0.4 倍のゲインに設定されており、最大±12.5V の入力を受け入れて、5V 単電源で動作できます。コモンモード電圧は、AD7176-2 ADC のREFOUT ピン(2.5V)から供給されます。
AD7176-2 の差動入力レンジは、5V の電圧リファレンスADR4550 により±5V に設定されています。
AD7176-2は、ADCとして、またマルチプレクサ・コントローラとして動作します。MUX_IO ビットをイネーブルにすると、AD7176-2 内のGPIO ピンがADCチャンネルのシーケンス処理および変換と同期して、トグルできるようになります。このため、チャンネル変更はADC と同期され、外部同期が不要になります。GPIO ピンにより、デジタル・インターフェースへの2 本の制御ライン(他の方法ではマルチプレクサの制御に必要)が省かれます。
AD7176-2 では、0μs~1ms の範囲でプログラマブルな変換遅延を設定できます。変換遅延は、(GPIO ビットで制御される)各チャンネル変更と変換の開始との間の遅延です。遅延調整により、マルチプレクサおよびコンディショニング回路のセトリング・タイムを延長できます。
信号経路内の部品はすべて、42kSPS のチャンネル・スイッチング・レートに適合する合計最小セトリング・タイムが得られるように選択されています。その結果、フルスケール信号に対するチャンネル間の低周波クロストークは、−90dB 以下になります。
チャンネル・スイッチングと変換の開始との間には、プログラマブルな変換遅延を挿入できます。それによって、さらなる最適化が必要となる場合に、ADC を駆動する回路のためのセトリング・タイムを最大にできます。
デジタル・アイソレーションとisoPower
ADuM3471 は、パルス幅変調(PWM)コントローラと低インピーダンス・トランス・ドライバ(X1 およびX2)を内蔵したクワッド・チャンネル・デジタル・アイソレータです。絶縁型DC/DC コンバータに必要な追加部品は、トランス(Coilcraft KA4976-AL、巻数比1:5、1 次インダクタンス64μH)と単純な全波ショットキー・ダイオード整流器(4 個のSD103AW-7-F ダイオード)だけです。電源回路は、5Vまたは3.3Vの入力電圧時に、最大2W を出力する絶縁された安定化電源です。これにより、絶縁型DC/DC コンバータを別途用意する必要がなくなります。
iCoupler®チップスケール・トランス技術により、ロジック信号を絶縁しています。また、内蔵トランス・ドライバと絶縁型2 次側制御回路により、絶縁型DC/DC コンバータの効率が向上します。内部発振器の周波数は、200kHz~1MHz の範囲内で調整可能であり、OC ピンに接続された抵抗の値で決まります。抵抗が100kΩ の場合、スイッチング周波数は500kHz です。
ADuM3471 の安定化は正側電源を用いて行われます。安定化用の帰還は、出力電圧が16.76V のときに帰還電圧が1.25V になるように選択された分圧器ネットワークから行われます。帰還電圧は、ADuM3471 の内部帰還設定電圧1.25V と比較されます。安定化は、外部トランスを駆動するPWM 信号のデューティサイクルを変化させると実現されます。
LDO レギュレータADP7102 は、16.76V の出力電圧を15V まで下げて安定化させます。トランスからの負の非安定化整流電圧は約−21V です。負電圧レギュレータADP7182 は、−15V の安定化電圧の供給に使用されます。±15V の安定化電圧を用いて、高電圧部品(ADA4096-4、ADG1204、およびADA4898-1)に給電します。
性能の測定
ノイズ・フリー・コードの分解能
図3 に示すように、チャンネル入力をGND に短絡した状態で、この回路が17 ビットのノイズ・フリー・コードの分解能を測定しました。
図3. .42kSPS スイッチングでのノイズおよび分解能
チャンネル間でマルチプレックスするときのセトリング
9.6V の電源(バッテリ・パック)を、チャンネル1 およびチャンネル3 の入力として本システムに接続しました。−9.6V の電源をチャンネル2 とチャンネル4 に接続しました。
マルチプレクサは、GPIO ビットを00 にセットすることにより、手動でチャンネル1 に設定しました。図4 に示すように、1000 個のサンプルのヒストグラムを得ました。ノイズ・フリー・コードの分解能は16 ビットを上回りました。
図4. シングル・チャンネル9.6V 変換のヒストグラム
次に、マルチプレクサをイネーブルにしました(4μs 遅延で42kSPS)。図5 に示すように、チャンネル1 について1000 個のサンプルのヒストグラムを得ました。ノイズ・フリー・コードの分解能は16 ビットを上回りました。
図5. マルチプレクサが42kSPS で+9.6V と−9.6V の間をスイッチングする場合のチャンネル1 変換のヒストグラム(変換遅延4μs)
各構成の結果、図6 に示すように、チャンネル間でマルチプレックスするときに平均値のオフセット・シフトがわずかにある状態で、16 ビットを上回るノイズ・フリー・コードの分解能が得られました。このシフトは、42kSPS で約300μV(15ppm FS、16 ビットで1LSB)であり、変換遅延(AD7176-2 のADC モード・レジスタで設定)を増加し、それによって変換前のセトリング・タイムを延長することによって低減できます。
図6. マルチプレックスする場合およびしない場合のチャンネル1 変換のヒストグラム
積分非直線性
Fluke 5700 多機能キャリブレータとAgilent 3458 マルチメータを用いて、−11V~+11V の積分非直線性(INL)を1V ステップで測定しました。
結果を図7 に示します。ここで、エンドポイント直線性誤差はゼロにキャリブレーションされています。
AD7176-2 の代表的なINL 仕様は±3ppm FS です。基板上の他のデバイスも非直線性をもたらしますが、それらのすべてが同じ電圧でピークに達するわけではなく、図7 に示すようにU 字型の曲線になります。
図7. INL(単位:ppm FSR)と入力電圧の関係
キャリブレーション・レジスタのデフォルト値を用いると、−11Vおよび+11V から計算したオフセットとゲイン誤差は、25ºC でそれぞれ318μV と0.04% FS でした。
表1 に、温度あたりのオフセット・ドリフトおよびゲイン・ドリフトに対する各デバイスの寄与を示します。
Part No. | Offset Drift | Gain Drift |
ADA4096-4 | 0.4 µV/°C | Not applicable |
ADA4898-1 | 0.4 µV/°C | Not applicable |
AD8475 | 2.5 µV/°C | 1 ppm/°C |
AD7176-2 | 110 nV/°C | 0.5 ppm/°C |
ADR4550 | Not applicable | 2 ppm/°C (maximum) |
RSS Value | 2.56 µV/°C | 2.29 ppm/°C |
Maximum Value | 3.41 µV/°C | 3.5 ppm/°C |
バリエーション回路
4mA~20mA の入力構成
電圧入力を499Ω の抵抗でグラウンドに接続することにより、この回路は0mA〜20mA の4 チャンネル・シングルエンド入力として動作します。フルスケール信号はADC レンジの約半分であるため、本システムのダイナミック・レンジは1 ビット減少します。入力は、コネクタJ2 に適切に外部接続することによって、電流入力について再構成できます。
例えば、チャンネル1 の電圧モードでは、電圧はJ2 の端子1 に印加され、グラウンドは端子3 に印加されます。電流モードでは、電流は端子1 と端子2 に印加され、グラウンドは端子3 に印加されます。
Input | Voltage Mode Input Terminals | Current Mode Input Terminals |
Channel 1 | 1, 3 (GND) | 1 and 2, 3 (GND) |
Channel 2 | 4, 6 (GND) | 4 and 5, 6 (GND) |
Channel 3 | 7, 9 (GND) | 7 and 8, 9 (GND) |
Channel 4 | 10, 12 (GND) | 10 and 11, 12 (GND) |
±5V の入力構成
図1 の回路では、AD8475 の0.4 倍のゲイン設定を選択しました。0.8 倍のゲイン設定を選択した場合、フルスケール・レンジが±10Vから±5V に減少し、感度が2 倍になります。0.8 倍のゲイン設定により、4mA~20mA の入力と250Ω の終端抵抗を用いる場合に、ADC 入力範囲を完全に利用できるようになります。
帯域幅の拡大
入力帯域幅は、ADA4000-4 への入力バッファを変更し、第2 段入力フィルタ・キャパシタを縮小することによって拡大できます。また、交流信号を測定する際の歪み性能も大幅に向上します。
設計を8 チャンネルに拡張
AD7176-2 ADC のAN2/AN3 入力には、バッファ、マルチプレクサ、アッテネータからなる第2 チャンネルを接続して、8 チャンネル動作を実現できます。ただし、チャンネルを自動的にシーケンス処理できるのは、一度に4 つまでです。このため、ADCをシングル変換モードで実行し、チャンネル変換を4 回行うごとにチャンネル・マッピングを再構成することを推奨します。
AD7173-8 は、4 ビットのGPIO を持ち、外部マルチプレクサの16 チャンネル間のシーケンス処理が可能です。AD7173-8 は、AD7176-2 よりも低速(チャンネル・スイッチングが6.21kSPS)ですが、消費電力は少なくなります。