質問:
センサーのバイアス向けに、高い精度で高電圧を供給できる回路を構築したいと考えています。何かお勧めの方法はありますか?

回答:
高精度の帰還抵抗を内蔵したICを利用するとよいでしょう。
はじめに
出力値を設定可能な高電圧対応の電源回路を設計するのは容易ではありません。経年変化や温度ドリフト、製造プロセスに起因するばらつきによって、出力電圧に誤差が生じるからです。特に、帰還経路で使用される抵抗回路は、一般的な誤差の発生源になり得ます。本稿では、高精度の帰還抵抗を内蔵するICを使用した新たな回路を紹介します。その回路は、センサーに対するバイアス供給用に設計したものです。抵抗回路を使って帰還経路を実現する従来の設計と比べて、高い精度を実現できます。また、ドリフトが小さく、柔軟性が高いことに加え、コストを削減することも可能です。
図1に示したのは、従来の手法で設計したバイアス回路の例です。これを使えば、任意の高電圧を生成することが可能です。D/Aコンバータ(DAC)「AD5683R」は、制御電圧を生成する役割を果たします。また、140Vのレールtoレール出力に対応するオペアンプ「LTC6090」は、ゲインを得るために使用しています。この回路は、0V~5Vの制御電圧に基づき約0V~110Vの出力電圧を生成します。
多くの場合、高電圧を必要とするセンサーは容量式です。そのため、通常は抵抗(図1のR2)を使って、オペアンプの出力を負荷であるセンサーから分離します。それにより、潜在的な安定性の問題を回避するということです。
この回路でも、十分に良好な性能が得られるケースは少なくありません。ただ、より高い精度が必要な場合や、より長期にわたって性能を維持する必要がある場合には、抵抗回路の代わりにICを使って帰還経路を実現する方法を検討するとよいでしょう。
ICによる帰還経路の実現
図2に示した回路は、以下に示す目標を満たすべく設計したものです。
- 制御電圧は 0V ~ 5V
- 出力電圧は約 0V ~ 110V で設定可能
- 出力電流は 10mA 以上
- 初期精度は± 0.1%(代表値)
- 高精度の外付け抵抗は不要
この回路は、制御電圧の発生回路、積分器、帰還経路の3つで構成されています。先述したように、帰還経路は抵抗回路の代わりにICを使って構成しています。
制御電圧の範囲は0V~5Vです。回路のゲインは22であり、出力されるバイアス電圧は約0V(0V×22)~110V(5V×22)となります。制御電圧の生成には、AD5683Rを使用します。AD5683Rは分解能が16ビットのnanoDAC®であり、ドリフトが2ppm/°Cのリファレンスを内蔵しています。制御電圧の幅は5Vなので、約0V~110Vのバイアス電圧を約1.68mVのステップで生成することが可能です。
積分器は、レールtoレール出力のLTC6090を使って構成しています。同ICは、入力バイアス電流がpAレベルであることを特徴とする高電圧対応のオペアンプです。入力バイアス電流が少ないことは、高い精度を実現するための必須の要件です。また、LTC6090は140dBを超えるオープンループ・ゲインを提供します。そのため、ループ・ゲインが有限であることから生じるシステムの誤差はわずかな値に抑えられます。
LTC6090は帰還電圧と制御電圧を比較し、その差分(すなわち誤差)を積分します。それによって出力VBIASを所望の値に調整します。抵抗R1とコンデンサC1で決まる時定数に応じて積分時間が生じますが、それによって回路の精度に影響が及ぶわけではありません。したがって、R1、C1としては特に高精度のものを使用する必要はありません。2.2μFのコンデンサCLOADと11kΩの抵抗RLOADはテスト用の負荷です。これらを並列に接続することで、センサーをモデル化しています。

「LT1997-2」は、構成が可能な高精度のディファレンス・アンプです。これにより、減衰量が22(ゲインが0.4545…)の帰還ループを構成しています。この減衰量を得るために、LTC1997-2をどのように接続すればよいかは、オンライン計算ツールを使用することで簡単に確認できます(図3)。
LT1997-2は非常に柔軟性が高く、様々な減衰量(ゲイン)が得られます。そのデータシートには、いくつもの設定例が示されています。また、同ICの評価用ボードは、ジャンパによって設定を切り替えることで様々な減衰量が得られるように設計されています。
LTspice®には、各コンポーネントのモデルが用意されています。それらを使用して図2の回路のシミュレーションを実施し、設計上の目標値を達成できることを確認しました。

評価環境の構築
シミュレーションによる確認を行った後、実際のハードウェアを使って評価を実施しました。その作業を迅速に行うために、以下に示す評価用ボードを活用することにしました。
- EVAL-AD5683R:AD5683R の評価用ボード
- DC1979A:LTC6090 の評価用ボード。図 2 の回路の評価用に変更を加えています。
- DC2551A-B:LT1997 の評価用ボード。図 2 の回路の評価用に変更を加えています。
- DC2275A:DC/DC コンバータ IC「LT8331」の評価用ボード。同 IC を昇圧モードで使用します。入力は 10V ~ 48V、出力は 120V/ 最大 80mA です。
- DC2354A:降圧コンバータ IC「LTC7149」の評価用ボード。同 IC によって負の電圧を生成します。入力は 3.5V ~ 55V、出力は -3.3V/-5V(-56V/ 最大 4A まで対応可能)です。
これらを使って、図5のような評価環境を構築しました。
制御電圧の生成
図2の回路の制御電圧は、AD5683Rの評価用ボードによって生成します。同ボードは、USBポートを介してPCに接続します。そのPCには、アナログ・デバイセズのACE(分析、制御、評価用ソフトウェア)がインストールされています。ACEは、AD5683Rの構成や同DACの出力電圧の設定に使用できるシンプルなGUI(Graphical User Interface)を備えています(図6)。同DACの出力電圧によって、高電圧のバイアス出力の値が決まります。

DC精度
表1と図7に、評価結果をまとめました。これらの結果は、周囲温度(24°C)の条件下で、Keysight Technologiesのデジタル・マルチメータ「34460A」によって取得したものです。AD5683Rの評価用ボードからの出力はACEを介して制御されており、小数点以下4桁の値に丸められています。なお、この結果は、1組のボードを対象として取得したものであり、仕様(最小値/最大値)を示すものではありません。
制御電圧〔V〕 | バイアス電圧の目標値〔V〕 | バイアス電圧の実測値〔V〕 | 誤差〔%〕 |
0.0000 | 0 | 0.0121 | – |
0.5000 | 11 | 11.004 | 0.036% |
1.0000 | 22 | 22.005 | 0.023% |
1.5000 | 33 | 33.005 | 0.015% |
2.0000 | 44 | 44.005 | 0.011% |
2.5000 | 55 | 55.007 | 0.013% |
3.0000 | 66 | 66.007 | 0.011% |
3.5000 | 77 | 77.008 | 0.010% |
4.0000 | 88 | 88.008 | 0.009% |
4.5000 | 99 | 99.010 | 0.010% |
5.0000 | 110 | 110.009 | 0.008% |
出力するバイアス電圧が40V以下である場合、回路が備えるアンプのオフセットが誤差の支配的な要因になることがわかります。バイアス電圧が低くなると、ゲイン誤差よりもオフセットの影響の方が大きくなります。バイアス電圧が高くなると、オフセットの寄与分は小さくなり、ゲイン誤差が支配的になります。誤差については、後ほど詳しく分析することにします。
AC応答
図8~図10をご覧ください。これらは、制御入力として値の異なるステップ信号を加えた場合の出力電圧と帰還電圧の測定結果です。バイアス電圧は、目標値に向かってなだらかに上昇していくことがわかります。



スタートアップ時の波形
続いて、電源と信号を印加した直後のスタートアップ波形を観察しました。その目的は、誤ってバイアス出力に高い電圧を印加していないことを確認することです。AD5683Rは0Vから立ち上がる制御電圧を供給します。その電圧が上昇したとき、バイアス出力に約3Vのグリッチが観測されました。このバイアス出力では高電圧を供給するので、この評価においては容認できる事象だと判断しました。
例えば、この回路が製造システムで使用するためのものであったとしましょう。その場合、制御電圧を印加した後に高電圧を印加するといった具合にシーケンスを定義しておくことが望ましいでしょう。そうすれば、スタートアップ時にバイアス出力に生じる高電圧のスパイクが印加されるおそれを排除できます。この機能は、「ADM1186」のようなシンプルなアナログ・シーケンサを使うことで実装できます。


評価環境の外観
LTC6090の評価用ボードは、LT1997-2の評価用ボードの下部に実装しました。これら2つのボードについては、この評価を行うために変更を加える必要がありました。DACと電源ICの評価用ボードは、そのままの構成で使用しました。
誤差の解析
続いて、誤差の解析を実施しました。表2は、回路内の主な誤差の発生源と代表値/最大値をまとめたものです。
バイアス出力が110Vの場合、誤差の最大値を計算すると、0.0382%(42mV)になります。これには、部品のばらつき、温度の変化(-40~125°Cの全範囲)に伴う変動など、すべての誤差が含まれています。一方、バイアス出力が110Vの場合、誤差の代表値は0.00839%と算出されます。これは、実測結果である0.008%(9mV)とよく一致しています。
各電源電圧の選択理由
評価に使用したハードウェアには、±5V、24V、120Vの電源電圧を供給しました。以下、どのような理由でこれらの電圧を選んだのか説明しておきます。
- 5V の電源:AD5683R に必要です。
- 同DACから5Vの出力を得るためには、電源電圧を5Vよりやや高く設定する必要があります。負荷が小さい場合でも、最大出力値が制限されることがあります。詳細については、AD5683Rのデータシート(15ページの図38)をご覧ください。
- -5V の電源:0V に近い制御電圧の入力によって、LTC6090と LT1997-2 が動作できるようにするために使用します。
- LTC6090の入力同相範囲はV-より3V高い値に制限されています。
- LTC7149の評価用ボードは-5Vの電源を生成するために利用しました。
- LTC7149の評価用ボードは最大4Aを出力できます。
- -5Vを供給する場合に回路が必要とする電流は25mA以下です。そのため、チャージ・ポンプをベースとするシンプルなインバータ(例えば「ADP5600」)でも対応できるはずです。
- 120V の電源:LTC6090 の V+ に必要です。
- LTC6090はレールtoレール出力に対応しますが、負荷が重い場合には、V+に対するヘッドルームを確保する必要があります。
- 24V の電源:LT1997-2 の正電源に必要です。
- この電圧は、Over-The-Top®動作を回避するために使用しました。LT1997-2のいくつかの性能は、Over-The-Top領域では低下します。詳しくは、LT1997-2のデータシート(14ページ)をご覧ください。
誤差の最大値(データシートより)* | ||||||||
誤差〔%〕 | 誤差〔μV〕 | 誤差〔nA〕 | 帰還ノードでの誤差〔μV〕 | バイアス・ノードでの誤差〔mV〕 | 制御電圧が1V、出力が22Vのときの誤差〔%〕 | 制御電圧が5V、出力が110Vのときの誤差〔%〕 | ||
LT1997-2のゲイン | 0.008 | 0.0080 | 0.0080 | |||||
LT1997-2の電圧オフセット | 200 | 282 | 6.204 | 0.0282 | 0.0056 | |||
LT1997のIBのオフセット | 10 | 227 | 4.994 | 0.0227 | 0.0045 | |||
LTC6090のオフセット | 1000 | 1000 | 22 | 0.1000 | 0.0200 | |||
トータルの誤差〔%〕 | 0.1589 | 0.0382 |
誤差の代表値(データシートより)** | ||||||||
誤差〔%〕 | 誤差〔μV〕 | 誤差〔nA〕 | 帰還ノードでの誤差〔μV〕 | バイアス・ノードでの誤差〔mV〕 | 制御電圧が1V、出力が22Vのときの誤差〔%〕 | 制御電圧が5V、出力が110Vのときの誤差〔%〕 | ||
LT1997-2のゲイン | 0.001 | 0.00100 | 0.00100 | |||||
LT1997-2の電圧オフセット | 20 | 28.2 | 0.6204 | 0.00282 | 0.00056 | |||
LT1997のIBのオフセット | 0.5 | 11.35 | 0.2497 | 0.00114 | 0.00023 | |||
LTC6090のオフセット | 330 | 330 | 7.26 | 0.03300 | 0.00660 | |||
トータルの誤差〔%〕: | 0.03796 | 0.00839 |
*製造ばらつきと温度ドリフトを含む
**温度は25°C
ICによる帰還と抵抗回路による帰還の比較
図1に示した従来の回路と、図2に示したICによって帰還を実現する回路を比較してみましょう。図2の回路では、帰還経路にLT1997-2を配置しています。図14に示すように、LT1997-2はマッチングした高精度の抵抗を内蔵しています。
チップ抵抗 | LT1997-2 | コメント* | |
サイズ | ✔ | 2× (3.1mm × 1.6mm) vs.(4 mm × 4 mm) | |
コスト | ✔✔✔ | 2×(0.11米ドル) vs. 3.39米ドル(1000個購入時の単価) | |
抵抗の精度 | ✔✔ | 0.1% vs. 0.008% | |
温度ドリフト | ✔✔ | 25ppm/°C vs. 1ppm/°C | |
センサーの最大電圧 | ✔ | 200V vs. 270V |
*RT1206BRD07150KL:Digi-Keyで1000個を購入した場合の単価(2020年12月時点)
LT1997-2IDF#PBF:アナログ・デバイセズのウェブサイトで1000個を購入した場合の単価(2020年12月時点)
金属皮膜抵抗回路 | LT1997-2 | コメント* | |
サイズ | ✔✔ | (8.9mm × 3.5mm × 10.5mm) vs. (4mm × 4mm × 0.75mm)抵抗回路はスルー・ホール型、高さは10.5mm | |
コスト | ✔✔✔ | 22.33米ドル vs. 3.76米ドル(500個購入時の単価) | |
抵抗の精度 | 同等 | 同等 | 0.005% vs. 0.008% |
温度ドリフト | 同等 | 同等 | 1.5ppm/°C vs. 1ppm/°C |
センサーの最大電圧 | ✔ | 350V vs. 270V |
*Y0114V0525BV0L:Digi-Keyで500個を購入した場合の単価(2020年12月の時点)
LT1997-2IDF#PBF:アナログ・デバイセズのウェブサイトで500個を購入した場合の単価(2020年12月の時点)
シリコン・ベースの抵抗回路 | LT1997-2 | コメント* | |
サイズ | ✔ | (3.04mm × 2.64mm) vs. (4mm × 4mm) | |
コスト | ✔ | 1.90米ドル vs. 3.39米ドル(1000個購入時の単価)) | |
抵抗の精度 | ✔ | 0.035% vs. 0.008% | |
温度ドリフト | 同等 | 同等 | 1ppm/°C vs. 1ppm/°C |
センサーの最大電圧 | ✔✔ | 80V vs. 270V |
*MAX5490VA10000+:Maxim Integratedのウェブサイトで1000個を購入した場合の単価(2020年12月の時点)
LT1997-2IDF#PBF:アナログ・デバイセズのウェブサイトで1000個を購入した場合の単価(2020年12月時点)
LT1997-2は、2個のチップ抵抗と比べればかなり高価です。しかし、はるかに優れた性能が得られます。また、金属皮膜抵抗回路と比較すると、サイズとコストの両方でLT1997-2の方が優れています。シリコン・ベースの抵抗回路と比較した場合には、精度と動作電圧の面でLT1997-2が勝っています。更に、LT1997-2には様々な値の抵抗が集積されています。そのため、競合するソリューション(外付けのジャンパによって柔軟にゲインを選択できる)に対しても、優位性を持ちます。
実は、高精度の抵抗を内蔵するICを採用すると、もう1つのメリットが得られます。抵抗値の合成に使用する接合部はIC内に存在しており、プリント基板上に露出することはありません。そのため、感度が高いノードを不要な入力から保護することが可能です。また、多くのゲイン設定では、内部抵抗は外部でグラウンドまたは出力に接続されます。そのため、回路の精度に影響を及ぼす可能性のあるリーク経路を排除できます。高電圧の回路においては、多くの場合、リーク経路は誤差の発生源になります。詳細については、LTC6090のデータシート(14ページ)をご覧ください。
まとめ
本稿では、出力値を設定可能な高電圧バイアス回路を紹介しました。従来、この種の回路では、抵抗とオペアンプを組み合わせて帰還回路を構成し、高い精度の出力を得ていました。この方法はシンプルで理解しやすいものですが、高い精度と再現性の高い性能を実現するのは、必ずしも容易ではありません。それに対し、抵抗を内蔵したICを利用して帰還経路を構成すれば、高い精度で一貫した結果を得ることが可能になります。