概要
アナログ・デバイセズは、様々な昇降圧コントローラ製品や昇圧コントローラ製品を提供しています。その中には、PassThru™技術を採用しているものがあります。同技術によって実現されるパススルー(PassThru)・モードでは、負荷に電源が直接的に接続されます。その目的は、効率とEMC(electromagnetic compatibility:電磁両立性)性能を高めることです1、2。本稿では、パススルー・モードを備えるコントローラによってどのようなメリットが得られるのかを明らかにします。具体的には、同モードによって、蓄電システムで駆動されるシステムの動作時間を延伸できる理由を詳しく説明します。パススルー・モードは、スーパーキャパシタを使用するシステムにおいて特に有効に機能します。
はじめに
一般に、バッテリの寿命を延ばすということは、システムの動作時間を延伸するということを意味します。それだけでなく、長いバッテリ寿命はシステムの性能の向上やコストの削減にもつながります。一般に、バッテリの寿命を延ばすためには3種のアプローチが用いられます。「バッテリ技術の改良」、「より良いデバイスの設計」、「エネルギー管理システムの革新」の3つです。これらのうち、「バッテリ技術の改良」には次の2つの手法が含まれます。1つは、特定のアプリケーションに対して最適なバッテリを選択することです。もう1つは、充電方法を制御し、温度を調整し、損失を最小限に抑えるための適切なバッテリ管理(バッテリ・マネージメント)システムを設計することです。「より良いデバイスの設計」については、効率的なハードウェア・コンポーネントと堅牢なファームウェアについての検討を行うことになります。その両方について配慮しなければ、機能と寿命の最適なバランスを図ることはできません。「エネルギー管理システムの革新」というのは、インテリジェントな技術によってエネルギーの消費量を最適化するということです。例えば、AIで使用するアルゴリズムや、新たなトポロジを導入するといった具合です。それだけでなく、最新のパワー・マネージメント・システムを活用することも有効な手段になります。例えば、省電力モードに代表される効率的なDC/DCコンバータの制御手法をシステムに導入するということです。本稿のテーマであるパススルー・モードは、そうした制御手法の1つです。
スーパーキャパシタの特徴
バッテリ駆動のシステムでは、スーパーキャパシタなどの蓄電システムが併用されることがあります。実際、この手法は様々な用途において有効に機能します3。そのメリットとしては、電力のショート・バーストに対応するための急速な充放電の実現、蓄電システムの寿命の延伸、全体的なシステム効率の向上などが挙げられます。実際、スーパーキャパシタは、エネルギーの急速な貯蔵やバックアップ用の電力の供給に最適なデバイスです。また、極端な温度や条件にも耐えることができます。バッテリにスーパーキャパシタを組み合わせれば、その代表的な例である電気自動車のように性能の向上とバッテリの寿命の延伸を実現することができます。更に、スーパーキャパシタは環境に優しいデバイスでもあります4。
図1は、スーパーキャパシタとバッテリの違いを示したものです。両者の定格電圧が同じである場合、6セル、0.1AhのLi-Poバッテリの方が動作範囲の全体にわたって安定した電圧を出力できます。つまり、電圧源として優れた特性を示します。一方、スーパーキャパシタでは、負荷に電流を流すに連れて電圧がほぼ線形に低下していきます。このスーパーキャパシタの放電特性を考慮すると、そのエネルギーの変換に使用するシステムはより効率的なものでなければならないことがわかります。このような用途に最適なのは、昇降圧動作に対応するDC/DCコンバータです。その種のコンバータであれば、入力電圧が出力電圧の設定値よりも低いか高いかにかかわらず、出力電圧を適切な値にレギュレートすることができるからです。
パススルー(PassThru)・モードとは何か?
パススルー・モードは、入力電力範囲が広い機器に不可欠な機能だと言えます。標準的な昇降圧コントローラなど、従来型の制御を使用する場合と比べて、蓄電システムの効率を改善し、寿命を延ばすことができます。パススルー・モードでは、あらかじめ定義しておいた電圧ウィンドウの範囲内では入力がそのまま出力に引き渡されます。つまり、DC/DCコンバータの入出力があたかも短絡しているかのような動作が実現されます。パススルー・モードは、電源(スーパーキャパシタなど)と負荷の間のネットワークとして機能し、指定された許容範囲内に電圧を維持します。電源から負荷への直接的なパスを提供することで、機器が最大限の効率で動作することを可能にします。パススルー・モードは、スーパーキャパシタに対する負荷がある状態と無負荷になる状態のサイクルを削減します。また同モードによって、EMCを含む機器の性能が全体的に向上します。つまり、スーパーキャパシタから給電する任意の機器において最適な効率を確保するための非常に有効な手段になります。
パススルー・モードによって蓄電システムの寿命を延ばす
図2に示したのは、昇降圧コンバータで使用する4つのスイッチです。パススルー・モードでは、ウィンドウの定義に従って電源から出力(負荷)への直接的なパスが提供されます(青色の矢印)。つまり、入力はそのまま出力に引き渡されることになります。このモードでは、スイッチング動作は行われません。そのため、スイッチング損失を抑えることができます。つまり、パススルー・モード向けに定義したウィンドウ内では効率が向上するということです。また、スイッチング動作が実行されないことからEMC性能も向上します。パススルー・モードを備える昇降圧コンバータでは、昇圧動作時の出力電圧の値と降圧動作時の出力電圧の値を個別に設定できます。そのため、柔軟性が得られます。この点が、1つの公称出力電圧しか設定できない一般的な昇降圧コントローラとは異なります。この機能を使用すれば、入力電圧が異常な振る舞いを示したときに負荷を保護する効果も得られます。これについては「車載エレクトロニクスに対する給電と保護、スイッチング・ノイズを排除しつつ99.9%の効率を達成」1をご覧ください。アナログ・デバイセズは、パススルー・モードを備える製品として「LT8210」を提供しています。同ICは、この機能を備える市場で唯一の昇降圧コントローラです。パススルー・モードの詳細については、「パススルー機能付き4スイッチ昇降圧コントローラによるスイッチング・ノイズ除去」もご覧ください。
LT8210のデータシートやデモ用ボードのドキュメントを参照すると、パススルー・モードの効果を確認できます。図3に示したのは、LT8210のデモ用ボード「DC2814A-A」で取得した効率のプロファイルです。入力電圧が4V~24V、負荷が10%~80%の場合の効率をプロットしています。このデモ用ボードの仕様は、入力電圧が4V~40V、最大負荷電流が3A、出力電圧が8V~16Vです。図3を見ると、パススルー・モードで動作している場合、昇降圧動作している場合と比べて高い効率が得られていることがわかります。負荷が重い状態では最大5%、10%といった負荷が軽い状態では最大17%も効率が向上しています。このように、パススルー・モードは特に負荷が軽い条件下において大きな威力を発揮します。
パススルー・モードを備えるLT8210では、昇圧動作時の出力電圧の値と降圧動作時の出力電圧の値を個別に設定できます。ただ、入力電圧が出力電圧の設定値に近い場合には、昇降圧領域での動作が行われます。1つのインダクタによる電流レギュレーションについては、降圧制御領域と昇圧制御領域に重なる部分があるからです。
パススルー・モードの効果について理解するために、図4のようなシステムについて考えてみましょう。このシステムは、DCモータ用のドライバとして機能します。その中で、4スイッチの昇降圧コンバータは、POL(Point of Load)コンバータのプリレギュレータとしての役割を果たしています。大元の電源としては、24Vのスーパーキャパシタを使用しています。一方、DCモータの入力仕様は9V、0.3Aです。ここで、昇降圧コンバータはパススルー・モードでも動作しますし、4個のスイッチを使用した従来型の昇降圧動作も実行します。後者の場合、連続導通モード(CCM:Continuous Conduction Mode)で動作することになります。これはパススルー・モードとは別物である点に注意してください。図3のグラフにはいくつかの動作領域がありますが、それらのうち降圧、昇圧、昇降圧の動作が行われるということです。
パススルー・モードについては、昇圧動作時の出力電圧が12V、降圧動作時の出力電圧が27Vに設定されています。つまり、スーパーキャパシタの最初の電圧はパススルー・モードの範囲内に存在することになります5。このシステムは、スーパーキャパシタの電圧が24V~12Vである間はパススルー・モードで動作するということです。その際の効率は99.9%に達します。DC/DCコンバータは、パススルー・モードの範囲から外れると、昇降圧動作に移行します。その場合、昇圧モードに移行する前に効率が大きく低下することに注意してください。このシステムは、従来型の昇降圧制御で動作する場合、出力電圧が16Vという一定の値にレギュレートされます。つまり、パススルー・モードの範囲の上限値と下限値の中間付近に出力電圧が設定されます。
図5は、2種類の昇降圧コンバータの効率を比較したものです。その条件は、入力電圧が4V~24V、出力が2.7Wとしています。従来型の制御を使用する場合と比べると、パススルー・モードで動作する場合の効率は22%~27%向上します。また、2つのシステムの違いをより詳しく確認するために、双方向プログラマブルDC電源(ITECHの「IT6010C-80-300」)のバッテリ・エミュレータ機能を使用して評価を実施しました。その設定は、開始電圧が24V、終了電圧が0V、電荷が0.005Ah、内部抵抗が0.01mΩというものです。この条件により、120秒以上の実行時間でスーパーキャパシタの応答をエミュレーションすることができます。図6に示したのは、2つのシステムの応答波形です。チャンネル1はバッテリ・エミュレータの電圧、チャンネル2はモータの電圧、チャンネル3はモータの電流を表しています。図6(b)に示したように、従来型の制御を採用したシステムの稼働時間はわずか150秒でした。それに対し、図6(a)を見ると、パススルー・モードを採用したシステムの稼働時間は224秒に達することがわかります。つまり、パススルー・モードを採用することで、システムの稼働時間は49%も延びたということです。
CCMで動作するシステムと比べて、パススルー・モードを採用したシステムでは以下のような理由から効率が高くなります。
- パススルー・モードによって、降圧動作が生じなくなる
- 稿末の参考資料 5「A Two-Stage Multiple-Output Automotive LED Driver Architecture(複数の出力に対応する車載 LED ドライバに適した 2 段構成のアーキテクチャ)」で推奨されているように、パススルー・モードの範囲内にバッテリの電圧を設定できる
- スイッチング損失に着目して負荷が軽い場合の動作が設計されている
まとめ
パススルー・モードは、スーパーキャパシタによって給電される任意の機器において効率を高めるための有用な技術です。同モードを採用した同期型の昇降圧コントローラとしてはLT8210が提供されています。これを活用すれば、従来型の制御(CCMの昇降圧動作)を採用したシステムと比べて、スーパーキャパシタから機器に給電する際の効率を大幅に改善することができます。本稿で示した例では、パススルー・モードによって効率が27%も改善されました。また、システム全体の総稼働時間を49%も延ばすことができました。
参考資料
1David Megaw「 車載エレクトロニクスに対する給電と保護、スイッチング・ノイズを排除しつつ 99.9% の効率を達成」Analog Dialogue、Vol. 54、No. 1、2020 年 2 月
2Frederik Dostal「パススルー動作が可能な昇降圧レギュレータ」Analog Devices、2021年11月
3Srdjan M. Lukic、Jian Cao、Ramesh C. Bansal、Fernando Rodriguez、Ali Emadi「Energy Storage Systems for Automotive Applications(車載アプリケーション向けの蓄電システム)」IEEE Transactions on Industrial Electronics、Vol. 55、No. 6、2008年6月
4「Supercapacitors Could Be Key to a Green Energy Future(スーパーキャパシタは、未来のグリーン・エネルギー社会の鍵になるのか?)」National Science Foundation、2008年7月
5Satyaki Mukherjee、Alihossein Sepahvand、Vahid Yousefzadeh、Montu Doshi、Dragon Maksimović「A Two-Stage Multiple-Output Automotive LED Driver Architecture(複数の出力に対応する車載LEDドライバに適した2段構成のアーキテクチャ)」2020 IEEE Energy Conversion Congress and Exposition (ECCE)、2020年10月