1/f ノイズの基本、その除去方法

はじめに

本稿のテーマは 1/f ノイズです。1/f ノイズはフィルタでは除去できず、高精度の計測を行う際の阻害要因になる可能性があります。では、高精度の計測において、1/f ノイズを低減/除去するにはどうすればよいのでしょうか。本稿では、その方法について解説します。

1/f ノイズとは何か?

1/f ノイズとは、そのパワーが周波数に反比例する低周波ノイズのことです。これは電子部品において発生するものですが、音楽、生物学、さらには経済学の世界でも観測されると言われています1。1/f ノイズの発生源については未だ広く議論が交わされている段階にあります。この分野の研究は現在でも盛んに行われています2

図 1 に、アナログ・デバイセズのオペアンプ IC「ADA4622-2」の電圧ノイズ・スペクトル密度を示しました。これを見ると、グラフが 2 つの領域にはっきりと分かれていることがわかります。グラフの左側は 1/f ノイズが支配的な領域で、右側は広帯域ノイズが支配的な領域です。両者の中間にあるクロスオーバー・ポイントを1/f コーナー周波数と呼びます。

Figure 1
図 1. ADA4622-2 の電圧ノイズ・スペクトル密度

1/f ノイズを測定/規定する方法

複数のオペアンプのノイズ密度をグラフで比較すると、製品によって 1/f コーナー周波数が異なることがわかります。各製品を簡単に比較するには、それぞれのノイズを同じ帯域幅で測定する必要があります。周波数の低い電圧ノイズについては、0.1 Hz ~ 10 Hzにおけるピーク to ピーク・ノイズが標準的な仕様として規定されています。オペアンプの場合、0.1 Hz ~ 10 Hzのノイズは図 2 に示す回路によって測定することができます。

Figure 2
図 2 . 低周波ノイズの測定方法

この回路では、非反転入力をグラウンドに接続し、オペアンプのゲインを 1 0 0 に設定しています。オペアンプを両電源で動作させることにより、入力と出力をグラウンド電位にすることができます。

アクティブ・フィルタは、測定されるノイズの帯域幅を制限する役割を果たします。それと同時に、オペアンプからのノイズに 10,000 のゲインを加えています。それにより、被測定デバイスが発生源となっているノイズが適切に測定されるようにします。オペアンプの出力は AC結合でフィルタに入力されるため、オペアンプのオフセットは無視できます。

フィルタの出力はオシロスコープに接続します。0.1 Hz~ 10 Hz の帯域幅全体を測定できるように、ピーク toピーク電圧を 10 秒間測定します(1/10 秒が 0.1 Hz)。フィルタのゲインは 1000 なので、オシロスコープに表示された測定結果は 1,000,000 で除算する必要があります。それにより、0.1 Hz ~ 10 Hz のノイズが計算されます。図3に、ADA4622-2 の 0.1 Hz ~ 10 Hz におけるノイズの測定結果を示しました。ADA4622-2 は 0.1 Hz ~ 10Hz のノイズが非常に小さく、標準値はわずか 0.75 μVp-p です。

Figure 3
図 3. 0.1 H z ~ 10 H z のノイズ
( VSY = ± 15 V、G = 1,000,000)

1/f ノイズが回路に与える影響

回路の総ノイズは、その回路を構成する各部品の 1/f ノイズと広帯域ノイズを合計することで求まります。受動部品には 1/f ノイズがあり、電流ノイズにも 1/f ノイズの成分が含まれています。しかし、抵抗値が小さい場合、1 / f ノイズや電流ノイズは一般的に非常に小さく、考慮する必要はありません。そこで、本稿では電圧ノイズのみに着目することにします。

回路の総ノイズを求めるには、1 / f ノイズと広帯域ノイズを計算して合計する必要があります。0.1 Hz ~ 10 Hzというノイズの仕様を採用して 1/f ノイズを計算する場合、1/f コーナー周波数は10 Hz 未満であると仮定していることになります。1/f コーナー周波数が 10 Hz よりも高い場合には、次の式によって 1/f ノイズを見積もることができます3

Equation 1

各変数の意味は以下のとおりです。

en1Hz :1 Hz におけるノイズ密度

fh :1/f コーナー周波数

fl :アパーチャ時間の逆数

例えば、ADA4622-2 の 1/f ノイズを見積もる場合であれば、fh は約 60 Hz となります。fl はアパーチャ時間の逆数になるように設定します。ここで言うアパーチャ時間とは、総計測時間のことです。アパーチャ時間を 10 秒とすると、fl は 0.1 Hz です。en1Hz は約 1 Hz におけるノイズ密度であり、その値は 55 nV√Hz です。これにより、0.1 Hz ~ 60 Hz で 139 nVrms という結果が得られます。これをピーク to ピーク値に変換するには 6.6 を乗算します。ピーク to ピークのノイズは約 0.92 μV p-pとなります4。0.1 Hz ~ 10 Hz という仕様のノイズの値よりも約 23% 高くなりました。

一方、広帯域ノイズは、次の式によって計算できます。

Equation 2

各変数の意味は以下のとおりです。

en :1 kHz におけるノイズ密度

NEBW :ノイズ等価帯域幅

ノイズ等価帯域幅は、フィルタのカットオフ周波数を超えた領域から加わるノイズを考慮に入れたものです。この背景には、フィルタの特性が徐々にロールオフするという事実があります。ノイズ等価帯域幅は、フィルタの極の数と種類に依存します。シンプルな単極のバターワース・ローパス・フィルタの場合、NEBWは「1.57 × フィルタのカットオフ周波数」となります。

ADA4622-2 の広帯域ノイズ密度は、1 kHz においてわずか 12 nV√Hz です。カットオフ周波数が 1 kHzのシンプルな RC フィルタを出力に適用すると、広帯域ノイズ(RMS 値)は以下の式で計算できます。

Equation 3

 

実際にこれを計算すると、約 475.5 nVrms となります。

なお、シンプルなローパス RC フィルタの伝達関数は、単極のバターワース・ローパス・フィルタの伝達関数と同じであることに注意してください。

Equation 4

総ノイズを求めるには、1/f ノイズと広帯域ノイズを加算します。両者のノイズ源には相関関係がないので、2 乗和平方根を使用できます(以下参照)。

この式により、ADA4622-2 の総 RMS ノイズを計算することができます。1 kHz のシンプルなローパス RC フィルタを出力に配置した場合、総 RMS ノイズは 495.4nVrms となります。この値は、広帯域ノイズの値よりも4% 大きいだけです。この例から、1/f ノイズの影響が生じるのは、DC から非常に低い帯域までを測定の対象とする回路だけであることがわかります。1/f コーナー周波数を 1 decade 以上上回ると、総ノイズに対する 1/f ノイズの影響はほとんど気にしなくてよいほど小さくなります。

上述したように、ノイズは 2 乗和平方根で加算することができます。このことから、大きなノイズ源に対し、その1/5 未満のレベルの小さなノイズ源は無視しても構わないと言えます。ノイズの寄与の割合が 1/5 未満であるということは、総ノイズの増加の割合に換算すると約 1% にしかならないからです5

1/f ノイズを除去/低減する方法

チョッピング(チョッパ安定化)は、アンプのオフセット電圧を低減するための手法として広く使われています。1/f ノイズは DC に近い低周波ノイズなので、チョッピングによって効果的に低減することが可能です。具体的には、入力信号を入力段でチョッピングし、出力段で再度信号をチョッピングするということを行います。これは、矩形波を用いた変調と等価な処理です。

Figure 4
図 4 . ADA4522 のアーキテクチャ

図 4 に、「ADA4522-2」のアーキテクチャをブロック図として示しました。ADA4522 は、55 V の電源電圧に対応可能なゼロ・ドリフト・アンプ・ファミリーです。図 4の回路では、CHOPIN 段において入力信号がチョッピング周波数で変調されます。CHOPOUT 段では、入力信号が元の周波数に同期復調されます。それと同時に、アンプの入力段のオフセットと 1/f ノイズがチョッピング周波数で変調されます。

入力オフセット電圧が低下することに加え、同相電圧に対するオフセット電圧の変化が抑えられるので、優れたDC リニアリティと高い同相ノイズ除去比(CMRR)が実現されます。また、オフセット電圧の温度ドリフトも抑えられます。そのため、チョッピングを適用したアンプは、よくゼロ・ドリフト・アンプと呼ばれます。ただ、1 つ注意しなければならない重要なポイントがあります。それは、ゼロ・ドリフト・アンプで除去できるのはアンプの 1/f ノイズのみだということです。言い換えると、センサーなどのノイズ源で発生した 1/f ノイズはそのまま通過します。

チョッピングを利用することには、出力にスイッチングの影響が及び、入力バイアス電流が増加するという代償が伴います。オシロスコープで観測すると、アンプの出力にはグリッチとリップルが現れるはずです。また、スペクトラム・アナライザで観測すると、ノイズのスペクトルにスパイクが生じていることを確認できるでしょう。ただ、ADA4522 など、アナログ・デバイセズが提供する最新のゼロ・ドリフト・アンプであれば、特許取得済みのオフセット/リップルの補正用ループ回路によってスイッチングの影響は最小限に抑えられます6

Figure 5
図 5 . 時間領域で見た出力電圧ノイズ6

チョッピングの手法は、計装アンプA/D コンバータ(ADC)にも適用できます。実際、真のレール to レールを実現するゼロ・ドリフトの計装アンプ「AD8237」や、低ノイズ/低消費電力の新たな 24 ビットのシグマ・デルタ(ΣΔ)型 ADC「AD7124-4」、そして最近リリースされた超低ノイズの 32 ビット ΣΔ 型 ADC「AD7177-2」などの製品にこの手法が適用されています。それにより、1 / f ノイズの除去と温度ドリフトの最小化が実現されています。

矩形波を使用する変調には 1 つの欠点があります。それは、矩形波には多くの高調波成分が含まれているということです。各高調波のノイズが DC に復調されてしまうのです。そこで、矩形波の代わりに正弦波を使用して変調をかければ、ノイズの影響を格段に受けにくくなります。また、大きなノイズや干渉が存在するケースでも、非常に小さな信号を復元することができます。この手法は、ロックイン・アンプで使われています7

Figure 6
図 6 . ロックイン・アンプを用いた表面汚染の計測7

 

図 6 に示した例では、光源を制御するために正弦波を用いてセンサーの出力を変調します。信号は光検出回路によって検出されます。シグナル・コンディショニング段を通過した後に、信号は復調されます。信号の変調と復調には、同じ正弦波が使用されます。復調処理によってセンサーの出力は DC に戻りますが、シグナル・コンディショニング段の 1/f ノイズは変調周波数にシフトされます。復調処理は、アナログ領域で行うこともできますし、ADC による変換後にデジタル領域で行うことも可能です。DC より上のノイズは、非常に狭い帯域(例えば 0.01 Hz)のローパス・フィルタによって除去されます。その結果、センサーからの元の出力のみが非常に小さなノイズとともに残ることになります。センサーからの出力は正確に DC に位置しなければならないので、正弦波の精度と忠実度が重要なポイントになります。この手法を適用することにより、シグナル・コンディショニング回路の 1/f ノイズが除去されます。ただし、センサーの 1/f ノイズは除去されません。

センサーに励起信号が必要な場合、AC 励起によってセンサーからの 1/f ノイズを除去することができます。AC励起は、センサー用の励起源を交互にオン/オフしてセンサーからの矩形波出力を生成し、その出力を励起の各フェーズから差し引くことによって行われます。この手法を使えば、センサーの 1/f ノイズだけでなく、センサーのオフセット・ドリフトと寄生素子による熱電対効果も排除されます8

Figure 7
図 7. ブリッジ・センサーのAC励起8

 

AC 励起は、ディスクリートのスイッチをマイクロコントローラで制御することによって実現できます。低ノイズ、低ドリフトを特長とする PGA 内蔵の 24 ビット ΣΔ 型ADC「AD7195」は、センサーの AC 励起を実現するためのドライバを備えています。この ADC では、センサーの励起と ADC による変換の同期をとることができます。それにより、AC 励起が透過的に管理されます。結果として、AC 励起を容易に利用することができます。

Figure 8
図 8 . CN- 0155(PGA を内蔵した 24 ビット、Σ Δ 型 A/ D コンバータを使い、
AC 励起電圧を使った高精度重量計の設計)で紹介している回路図

実装

ゼロ・ドリフト・アンプとゼロ・ドリフト ADC を使用する場合、それぞれのチョッピング周波数と相互変調歪み(IMD)に注意することが非常に重要です。2 つの信号を組み合わせた場合、その波形には、元の 2 つの信号の成分に加えて、2 つの信号の和と差の成分が含まれます。

例として、ゼロ・ドリフト・アンプの「ADA4522-2」と ΣΔ 型 ADC の AD7177-2 を用いたシンプルな回路を考えてみます。その場合、各 IC のチョッピング周波数が混合し、それらの和と差の周波数に対応する信号が生成されます。ADA4522-2 のチョッピング周波数は800 kHz、AD7177-2 のチョッピング周波数は 250 kHzです。これら2つのチョッピング周波数が混合することにより、550 kHz と 1050 kHz に信号成分が生じます。ここで、AD7177-2 のデジタル・フィルタは最大コーナー周波数が 2.6 kHz です。つまり、IMD 成分の周波数よりもはるかに低いため、全ての IMD 成分は除去されます。次に、同じゼロ・ドリフト・アンプを 2 つ直列接続して使用するケースを考えます。2 つの IC にはそれぞれ内部クロック周波数が存在します。それらの差の周波数に IMD が生成されます。この差は非常に小さいはずなので、IMD は DC に非常に近い周波数に現れることになります。したがって、対象とする帯域幅の範囲内に含まれる可能性が高くなります。

どのような場合でも、ゼロ・ドリフト製品( チョッピングを利用する IC)を使用する回路を設計する際にはIMD について考慮することが重要です。ほとんどのゼロ・ドリフト・アンプでは、ADA4522-2 よりもはるかに低いチョッピング周波数を採用していることに注意しなければなりません。逆に、チョッピング周波数が高いことが、高精度のシグナル・チェーンを設計するうえで、ADA4522 ファミリーの製品を使用する主要なメリットの 1 つだと言えます。

まとめ

1/f ノイズは、高精度の DC シグナル・チェーンの性能を制限してしまう恐れがあります。しかし、同ノイズは、チョッピングや AC 励起などの手法を適用することで除去することができます。これらの手法は代償も要しますが、最新のオペアンプや ΣΔ 型 ADC ではそうした問題も解決されています。ゼロ・ドリフト製品は、さまざまな最終アプリケーションで容易に利用できるようになっています。

参考資料

1. William.H.Press 「Flicker Noisesin Astronomyand Elsewhere(天文学などの分野におけるフリッカ・ノイズ)」Comments in Astrophysics, 1978 年

2. F.N.Hooge「1/f Noise Sources(1/f ノイズの発生源)」IEEE Transactions on Electron Devices Vol. 41, 11.,1994 年

3. MT-048「Op Amp Noise Relationships: 1/f Noise, RMS Noise and Equivalent Noise Bandwidth(オペアンプのノイズに関連する事柄: 1/f ノイズ、RMS ノイズ、等価ノイズ帯域幅)」Analog Devices, 2009 年

4. Walt Jung「Op Amp Applications Handbook(OP アンプ大全)」Newnes, 2005 年

5. MT-047「Op Amp Noise (オペアンプのノイズ)」Analog Devices, 2009 年

6. Kusuda Wong「高精度回路でも使いやすくなった新しいゼロドリフト・アンプAnalog Dialogue 49-07

7. Luis Orozco「同期検波を活用し、微小信号を高精度に計測Analog Dialogue 48-11

8. Albert OʼGrady「Transducer/Sensor Excitation and Measurement Techniques(トランスデューサやセンサーの励起/計測手法)Analog Dialogue 34-5

謝辞

オペアンプの内部に存在するノイズの発生源について、Scott Hunt 氏と Gustavo Castro 氏の過去の研究を参考にさせていただきました。両氏に感謝の意を表します。

著者

Robert Kiely

Robert Kiely

Robert Kiely は、カリフォルニア州サンタクララにある計装・高精度テクノロジ・グループに所属するスタッフ・アプリケーション/マーケティング・エンジニアです。2010 年にアナログ・デバイセズに入社しました。ΣΔ 型 ADC、高精度アンプ、電圧リファレンスなどを含む高精度のシグナル・チェーンや製品が専門です。アイルランドのリムリック大学でVLSI システムを専攻し、電気工学の学士号/修士号を取得しています。