はじめに
オートゼロ・アンプまたはチョッパ安定化アンプの話題になるたびに、まず決まって「こういうアンプはどういう動作をするのか?」と聞かれます。デバイス内部の動作について知りたいという気持ちもあるでしょうが、エンジニアが何より疑問に思うのはおそらく、「DC精度は非常に優れているみたいだが、こういうアンプを回路に使用した場合、いったいどんな癖のある動作に対処しなければならないだろうか?また、どうすれば問題点を回避して設計できるだろうか?」ということではないでしょうか。この記事の「その1」では、この2つの質問にお答えしたいと思います。次号の「その2」では、よく利用されているタイムリーなアプリケーションをいくつかご紹介し、こうしたアンプの際立った利点のほか、いくつかの欠点についても解説します。
チョッパ・アンプ_その動作原理
最初のチョッパ・アンプは、50年以上も前に発明されました。これは、DC電圧をAC信号に変換することによって、DCアンプのドリフトをキャンセルするというものでした。初期の構成では、入力信号をスイッチングしてAC結合し、AC信号を同期復調して出力側でDC信号に戻していました。これらのアンプは帯域幅に限界があり、チョッピング動作から発生する大きいリップル電圧ノイズを除去するために、後段にはフィルタ回路が必要でした。
チョッパ安定化アンプは、チョッパ・アンプを利用して信号経路で使われている従来の広帯域アンプを安定化させることにより、帯域幅の制限という問題を解決しました(1)。初期のチョッパ安定化アンプは、反転動作しかできませんでした。これは、安定化アンプの出力が、広帯域差動アンプの非反転入力に直接接続されていたためでした。現代のチョッパアンプは、2段以上のアンプ構造を用いるオートゼロ方式を採用しています。その違いは、安定化アンプの信号を差動入力のいずれかに接続するのではなく、追加の「nulling(ゼロ補正)」入力端子を介して広帯域アンプやメイン・アンプに接続する点です。高周波数の信号の場合、メイン・アンプに直接接続したり、フィードフォワード技術を利用して、ゼロ調整アンプを介して広帯域幅動作で安定したゼロを維持できます。
この技術では、DC安定性と良好な周波数応答性を実現しながら、反転と非反転のいずれの構成も可能です。ただし、高レベルのデジタル・スイッチングの“ノイズ” からなる干渉信号が生じることがあるため、帯域幅を広くすると、その特有の周波数でのノイズがトータルの精度に悪影響を及ぼすことがあります。また、クロック信号と入力信号の間で発生するエイリアシングに類似した相互変調歪み(IMD)も生じるため、和と差の周波数に誤差信号が発生します。この点については、後ほど詳しく説明します。
オートゼロ・アンプの原理
図1aと1bに示すように、オートゼロ・アンプはクロック・サイクルごとに2つのフェーズで動作します。この簡略回路図には、ゼロ調整アンプ(AA)、メイン(広帯域幅)アンプ(AB)、コンデンサ(CM1とCM2)、そして入力とコンデンサのところにスイッチがあります。組み合わせたアンプは、代表的なオペアンプのゲイン構成になっています。
オートゼロ・フェーズのフェーズA (図1a)では、入力信号はメイン・アンプ(AB)のみに供給します。メイン・アンプのゼロ調整入力に、コンデンサCM2に蓄積された電圧が加えられると同時に、ゼロ調整アンプ(AA)が動作して自身のゼロ調整電圧をCM1に印加します。フェーズB では、CM1からのゼロ調整電圧を利用して、ゼロ調整アンプがメイン・アンプに加えられた入力差電圧を増幅し、メイン・アンプのゼロ調整入力とCM2に増幅した電圧を供給します。


どちらのアンプも、差動入力とオフセット調整入力を備えた、オフセット調整可能なオペアンプ・モデル(図2)を使用しています。

ゼロ調整フェーズ(フェーズA-図1a)では、ゼロ調整アンプの入力を互いに短絡し、さらにメイン・アンプの反転入力端子(同相入力電圧)にも短絡します。AAの入力オフセット電圧(VOS)にほぼ等しいゼロ調整入力のゲイン係数と、そのオフセット電圧の積を得るために必要な反転電圧をゼロ調整アンプのゼロ調整端子に戻し、アンプ固有のオフセット電圧を相殺してゼロに調整します。ゼロ設定電圧はCM1にも印加されます。メイン・アンプは通常のオペアンプと同様に動作します。メイン・アンプのゼロ調整電圧には、CM2に蓄積された電圧が印加されます。
出力フェーズ(フェーズB-図1b)では、ゼロ調整アンプの入力をメイン・アンプの入力端子に接続します。この時、CM1はゼロ調整アンプに必要なオフセット補正電圧を引き続き供給します。差電圧入力信号はゼロ調整アンプで増幅され、さらにメイン・アンプのゼロ調整入力回路のゲイン係数によって増幅されます。この信号はさらに、メイン・アンプ自体(AB)のゲインによって直接増幅されます。オペアンプの帰還によってゼロ調整アンプの出力電圧を調整し、メイン・アンプの入力差電圧をゼロに近い数値にするために必要な電圧がメイン・アンプのゼロ調整入力で得られるようにします。アンプAAの出力はコンデンサCM2にも印加されますが、コンデンサは次のフェーズAの間必要な電圧を保持します。
アンプ全体のオープン・ループDCゲインは、ゼロ調整アンプのゲインと広帯域幅アンプのゼロ調整端子ゲインの積にほぼ等しい値になります。アンプ全体のオフセット電圧は、メイン・アンプとゼロ調整アンプのオフセット電圧の合計をメイン・アンプのゼロ調整端子のゲインで割った値にほぼ等しくなります。この端子のゲインが非常に高いため、アンプ全体のオフセット電圧が非常に低くなります。
ゼロ調整フェーズのサイクルに戻る時、CM2に蓄積された電圧がメイン・アンプのDCオフセットを引き続き効果的に補正します。ゼロ調整から出力までのフェーズを、内部クロックとロジック回路で設定したレートで連続的に繰り返します。(オートゼロ・アンプの動作原理の詳細については、AD8551/AD8552/AD8554 またはAD8571 のアンプのデータシートを参照してください。
オートゼロ・アンプの特性
オートゼロ・アンプがどのように動作するかがわかったところで、今度は通常のアンプと比べて、オートゼロ・アンプにはどのような挙動があるかを考えることにしましょう。まず、オートゼロ・アンプ全体のゲイン帯域幅は、チョッピングのクロック周波数に関係があるとよく言われますが、これは事実ではありません。チョッピングのクロック周波数は一般に数百Hzから数kHzくらいですが、最近のオートゼロ・アンプ製品の多くでは、ゲイン帯域幅とユニティ・ゲイン帯域幅が1~3MHz、あるいはこれよりもはるかに高い製品がラインナップされています。
様々な望ましい特性を持つことが、これまでの動作説明から推測できます。2個のアンプのゲイン積であるDCオープン・ループゲインは非常に高く、通常は1000 万倍(140dB) 以上です。未調整のアンプ・オフセットに対してゼロ調整端子ゲインが大きいので、オフセット電圧が非常に小さくなります。オートゼロ・アンプの標準的なオフセット電圧は1μV程度です。小さいオフセット電圧は、オフセット電圧のDC変動に関連するパラメータ、CMRRとPSRRの向上にもなります。これらの値は一般に140dBを超えます。オフセット電圧は連続的に補正されるため、時間の経過に伴うオフセットのシフトは無視できるくらい小さく、1 ヶ月当たりわずか40~50nVにすぎません。同じことが温度変化の影響についてもいえます。この種のアンプの優れた設計では、オフセット温度係数が1℃当たりわずか数nVにすぎません。
このアンプのもう一つの特徴としては、“1/fノイズ” がないという特性です。通常のアンプの場合、数Hzから数百Hzの範囲の“コーナー” 周波数より低い周波数では、入力電圧ノイズ・スペクトル密度が周波数に反比例して急激に増加します。この低周波数ノイズは、チョッパ安定化アンプまたはオートゼロ・アンプの自動補正回路に対するオフセット誤差に似ています。周波数がDCに近づくにつれ、自動補正動作の効果が高くなります。オートゼロ・アンプでは高速チョッパ動作させるため、ほぼDC周波数まで低周波数ノイズが比較的平坦になります(1/fノイズはまったく発生しません)。1/fノイズがないことは、DCレベルで測定するアプリケーションでは大きな利点と言えます。
これらのデバイスはMOS入力であるため、バイアス電流や電流ノイズも非常に低くなります。ただし、MOS入力なので、広帯域幅電圧ノイズ性能はあまりよくありません。特に、高精度のバイポーラ・プロセス・アンプと比較すると、多少ノイズが大きく見えます。高精度のバイポーラ・プロセスのアンプは、大きめの入力素子を使用してマッチングを改善し、場合によっては入力段のテール信号が大きいこともあります。アナログ・デバイセズのアンプ「AD8551」シリーズでは、競合製品の約半分のノイズしかありません。ただし、改良の余地はまだあり、一部のメーカー(アナログ・デバイセズを含む)は、将来さらに低ノイズのオートゼロ・アンプを開発する予定があります。
チョッピング・スイッチのオープンやクローズの動作の時に、電荷注入(コンデンサに対するスイッチ駆動電圧の容量性結合)が発生します。このほか、スイッチング動作によるチョッピング周波数とその高調波により、電圧と電流の過渡的な“ノイズ” が生じます。こうした動作に伴うノイズは、アンプの広帯域幅ノイズ・フロアよりも大きく、信号経路で使用する周波数帯域幅の範囲にまで誤差要因になる可能性があります。さらに悪いことには、こうしたスイッチングによって出力信号の相互変調歪みが劣化し、和と差の周波数でさらに誤差信号が加わります。サンプリング・データ・システムを熟知していれば、これは高調波に対する入力信号とクロック信号の間のエイリアシングによく似ていると思われるでしょう。実際のところ、ゼロ調整フェーズと出力フェーズでアンプのゲイン帯域幅に少しでも相違があると、クロック周波数でクローズド・ループ・ゲインがわずかに変動します。IMDの大きさは内部マッチングに応じて変化するため、クロックの“ノイズ” の大きさには関係しません。IMDと高調波歪みの積のために入力信号を基準にして、一般に最大約-100~-130dBとクローズド・ループ・ゲイン(dB値)が追加されます。以下に説明するように、簡単な回路技術を適用することにより、帯域外であればIMDとクロック・ノイズの両方を制限できます。
アナログ・デバイセズの「AD857x」ファミリーなど、最新のクロック方式を採用したオートゼロ・アンプの新製品では、このような挙動を大幅に抑えています。AD857x ファミリーは、スペクトラム拡散クロッキング技術(特許取得)を採用し、チョッパ関連ノイズを基本的に疑似ランダムにすることで、単一のクロック周波数が原因で発生する問題をなくしています。内在するスイッチング・ノイズでも、“エイリアシング” 信号でも、単一周波数のピークが発生しないため、広い帯域で大きな誤差信号を発生させることなく、公称チョッピング周波数を超える信号帯域幅でデバイスを利用できます。このようなアンプは、数kHz以上の信号帯域幅で特に効果的です。
最近の一部のデバイスには、やや高いチョッピング周波数を使用し、有効な帯域幅を拡張できるものもあります。ただし、この方法ではVOS性能が低下し、入力バイアス電流が増大します(電荷注入の影響については、下記を参照)。このため、設計のトレードオフを十分に検討する必要があります。設計とレイアウトの両方に十分配慮すれば、スイッチング・ノイズを最小限に抑えることができます。
上述のように、大抵のオートゼロ・アンプはMOS入力のため、入力バイアス電流がかなり低くなります。入力信号源インピーダンスが大きいというような条件には非常に望ましい特長です。ただし、電荷注入によって入力バイアス電流特性に予期しない影響が生じます。
低い温度では、ゲートのリーク電流と入力保護ダイオードのリーク電流が非常に低くなるため、入力バイアス電流の主な要因は、入力MOSFETとスイッチ・トランジスタの電荷注入になります。電荷注入は反転入力と非反転入力上で方向が反対になるため、入力バイアス電流の極性も反対になります。その結果、入力オフセット電流が入力バイアス電流よりも大きく なります。幸い、電荷注入に起因するバイアス電流は10~20pAとごくわずかであるため、同相電圧の影響を比較的受けません。
デバイスの温度が上昇して40~50℃よりも高くなると、入力保護ダイオードの逆リーク電流が支配的になり、温度の増加に伴って入力バイアス電流が急増します(温度が10℃上昇するたびにリーク電流は約2倍に増加)。リーク電流は各入力で極性が同じであるため、このように高い温度では入力オフセット電流が入力バイアス電流よりも小さくなります。この温度範囲の入力バイアス電流は、入力同相電圧に大きく依存します。これは、入力保護ダイオードの逆バイアス電圧が、同相電圧の変化に伴って変動するためです。入力保護ダイオードが正と負のどちらの電源レールにも接続されている回路では、電源電圧範囲で同相電圧が変動することで、バイアス電流の極性が変化します。
蓄積コンデンサが存在するため、多くの場合、オートゼロ・アンプが出力飽和から回復するには時間が長くかかります(一般に「過負荷回復時間」といいます)。これは特に、外部コンデンサを使用している回路に当てはまります。コンデンサを内蔵している最新の設計の製品では回復時間が早くなっていますが、それでも回復までに数ミリ秒の時間が必要です。AD855x およびAD8571 ファミリーでは、“通常” アンプとほとんど変らない速さで回復し、その時間は100μsにもなりません。同じことが、ターンオン・セトリング時間にもいえます。
最後に、自動補正機能には複雑な追加回路が必要になるため、オートゼロ・アンプの場合、通常のアンプのAC性能(帯域幅、スルーレート、電圧ノイズ、セトリング時間)と同レベルの性能を得るには、非チョッパ・アンプよりも大きい動作電流が必要になります。消費電力の最も低いオートゼロ・アンプでも、数百μA程度の動作電流が必要です。こうしたアンプの帯域幅は200kHz程度ですが、広帯域幅ノイズ性能は1kHz時に約150nV/√Hzになります。これに対して、標準的なCMOSアンプやバイポーラ・アンプの中には、こうしたアンプとほぼ同じ帯域幅性能を備えながら、ノイズはもっと低く、動作電流も10μA以下のものがあります。
アプリケーション
これまで述べたような違いがすべてあっても、オートゼロ・アンプの使用法は他のオペアンプとそれほど変わりません。次号では、この記事の「その2」とし、アプリケーション上の留意点について解説し、電流検出、圧力センサやその他のストレイン・ブリッジ、赤外線(熱電対列)センサ、高精度の電圧リファレンスのアプリケーションの例を紹介します。
脚注
(1) Edwin GoldbergおよびJules Lehmann、米国特許番号2,684,999:安定化DCアンプ