概要
本稿(Part 1)では、まず今日の電力インフラにおいて電力品質(PQ:Power Quality)を測定することがなぜ重要なのかを明らかにします。その上で、PQの監視が必要な代表的なアプリケーション分野を紹介します。更に、PQの監視に使用する計測機器について定めたIEC規格の概要を示します。最後に、同規格で定められた2つのクラスの概要と相違点についてまとめます。なお、Part 2では「規格に即したPQメータの設計方法」というテーマで解説を行います。その中では、設計に役立つソリューションについて特に詳しく説明する予定です。
なぜ、電力インフラのPQを測定する必要があるのか?
発電方法や消費動態の変化に伴い、PQに対して新たな関心が寄せられるようになりました。特に重要なのは、様々な再生可能エネルギー源を利用して様々なレベルの電圧が広く生成されるようになったことです。その結果、PQに関連する問題がより多く発生するようになったのです。電力グリッドには数多くのエントリ・ポイントが設けられ、様々なレベルの電圧、非同期の負荷が追加されるようになりました。加えて、電力消費のパターンも大きく変化しています。その変化の原因となる代表的な例としては、数百kWの電力を必要とする電気自動車(EV)用の充電器が挙げられます。また、数多くのデータ・センターと、その関連設備である暖房/換気/空調機器なども大きな要素です。産業分野のアプリケーションの例としては、可変周波数ドライブやスイッチング・トランスなどを使って動作するアーク炉が挙げられます。その種のアーク炉は、多くの不要な高調波を電力グリッドに注入します。それだけでなく、電圧のディップ、スウェル、過渡的なブラウンアウト、フリッカの原因にもなります。
電力事業の分野において、PQとは消費者に供給される電圧の品質のことを指します。そのサービス品質の良否は、振幅、位相、周波数について定められた一連の規制によって決まります。ただ、定義上はPQは電圧と電流の両方を表すことになります。ここで、電圧は発電側が容易に制御することができます。一方、電流は消費者の使用状況によって大きく左右されます。PQに関する問題の概念とその影響は、最終的な消費者に依存してかなりの幅を持つことになります。
PQが低いと、経済的な影響が生じます。このことについては、ここ数年の間に広く研究/調査されてきました。世界全体で見た場合、その影響は数十億米ドルの規模に達すると推定されています1。そして、すべての研究が「PQの監視は、多くのビジネス分野の経済的な結果に直接的な影響を与える」と結論づけています。PQが低ければ、ビジネスの経済面に悪影響が及ぶことは明らかです。しかし、PQを効率的/効果的かつ大規模に監視するのは容易ではありません。施設内でPQを監視するには、高度な訓練を受けた人材を配すると共に、電力システムの多くのポイントに高価な機器を長期間にわたって(あるいは無期限で)設置する必要があります。
PQを監視すべきアプリケーション分野
ビジネス分野によっては、PQの監視はコスト削減に向けた戦略の1つとして扱われています。一方で、PQの監視を極めて重大な活動として認識しているビジネス分野も存在します。PQに関する問題は、電力インフラに関連する多様な領域で発生する可能性があります(図2)。発電/配電、EVの充電、工場、データ・センターなどに関連するビジネス分野では、PQの監視はより重要なものとして位置づけられています。
電力会社、送電/配電事業者
電力会社は、発電所を含む分配システムによって消費者にサービスを提供します。そのサブシステムから送電線を介して供給された電圧は、変電所の変圧器によってより低いレベルまで降圧されます。その際に、特定の高調波や次数間高調波(インターハーモニクス)が生成されることになります。それらの高調波に伴う電流は、高調波歪みに加え、力率の低下、損失の増加、電気機器における過熱を引き起こします2。その結果、機器の寿命が短くなったり、冷却コストが増加したりする可能性があります。非線形な単相負荷が変電所の変圧器から電力を受け取ると、電流波形の形が崩れます。非線形な負荷の不平衡は、変圧器における損失の増加、中性点の負荷の増加、低電力回路の遮断器の予期せぬ動作、消費電力の誤った測定につながります3。非線形な負荷により、図3に示したような影響が生じるということです。
風力発電システムや太陽光(PV)発電システムも、電力グリッドのPQに関するいくつかの問題を引き起こします。風力発電では、風の間欠性が原因で高調波や短時間の電圧変動が生じます4。また、PV発電システムのインバータでは、多くの場合、エネルギーの収集効率を高めるために高速なスイッチングが実行されます。それにより、電圧のトランジェント、高調波歪み、RFノイズの原因となり得るノイズが発生します。
EV用の充電器
EV用の充電器は、電力グリッドと電力をやり取りする際、PQに関するいくつかの課題に直面する可能性があります(図4)。EV用の充電器では、パワー・エレクトロニクスをベースとしたコンバータが使用されます。配電事業者の観点から言えば、それらのパワー・コンバータは電力システムに対して高調波と次数間高調波を注入するノイズ源となります。また、パワー・コンバータが適切に設計されていなければ、充電器は直流電流の注入源になる可能性があります。更に、EV用の急速充電器は、電力グリッドに急激な電圧の変化や電圧フリッカを引き起こす原因になります。一方で、送電システムまたは配電システムに障害が生じていると、EV用の充電器に供給される電圧にディップが現れたり、瞬停が発生したりすることになります。供給される電圧がEV用の充電器の許容限度を下回ると、低電圧保護機能が作動したり、電力グリッドからの切断が生じたりする可能性があります。そうすると、ユーザ・エクスペリエンスが大きく劣化します5。
工場
米電力研究所(EPRI:Electric Power Research Institute)の報告書によれば、「電源の変動や電圧の障害によって生じるPQの問題により、米国の産業用施設では年に約1190億米ドル(約16兆円)のコストが発生している」といいます6。また、欧州銅協会(European Copper Institute)によると、「EUに加盟している25の国は、PQに関連する様々な問題により、年に1600億米ドル(約21兆円)に相当する経済的な損失を被っている」といいます7。これらのコスト/損失は、ダウンタイムや製造ロス、知的生産性の損失と関連して発生しています8。
通常、PQの低下は、アーク炉や産業用モータによる負荷の断続や変動に起因して発生します。そうした障害は、サージ、ディップ、高調波歪み、瞬停、フリッカ、シグナリング電圧の発生原因になります9。工場の設備内で生じる障害を検出して情報を記録するためには、電気設備全体のいくつかのポイントにPQの監視装置を設置しなければなりません。特に、負荷の存在する場所に設置することが望ましいと言えます。インダストリ4.0に対応した新たな技術が登場したことから、負荷におけるPQの監視には産業用のパネル・メータやサブメータによって対応できるようになりました。その結果、各負荷に供給される電力の質を包括的に把握することが可能になりました。
データ・センター
現在、ほとんどのビジネス活動は、電子メール、データ・ストレージ、クラウド・サービスなどを利用して行われています。つまり、何らかの形でデータ・センターに依存しているということになります。データ・センターには、クリーンな電力を、高い信頼性で停電することがないように供給しなければなりません。卓越したレベルでPQの監視を実現できれば、電源の供給停止によるコスト増を回避できる可能性が高まります。また、電源ユニット(PSU:Power Supply Unit)の問題に関連するメンテナンスや交換を管理することが容易になります。データ・センターでは、ITラックの配電ユニット(PDU:Power Distribution Unit)に無停電電源(UPS:Uninterruptable Power Supply)システムが統合されます。つまり、ITラックにPQの監視機能を追加することになります。このような統合を図ることにより、電力の問題を電源コンセントのレベルで可視化することが可能になります。
Emerson Network Powerの報告書によれば、「データ・センターで発生する予期せぬ停電は、UPS機能やバッテリなどから成るUPSシステムの障害が主原因となって発生している」といいます10。報告されたうち約1/3の停電によって、企業は25万米ドル(約3300万円)ほどのコストを負担しなければならなかったそうです11。あらゆるデータ・センターは、クリーンな電力を継続して得られるようにするためにUPSシステムを導入しています。それにより、電力会社側に起因する電力の問題のほとんどを分離して軽減することが可能になります。但し、UPSシステムによって、IT機器自体のPSUに起因して発生する問題を防止できるわけではありません。IT機器のPSUは非線形な負荷です。この種の負荷は、高調波歪みを引き起こす可能性があります。また、可変周波数により速度を制御するファンを備えた高密度の冷却システムのような機器に起因する問題も生じます。それらの問題とは別に、PSUはサージ、電圧のトランジェント、スウェル、サグ、スパイク、不平衡/変動、周波数の変動、設備の接地不良といった様々な形で生じる干渉にもさらされます。
PQの測定について定めたIEC規格
PQについては、電力の大きさが公称仕様値からどこまで外れてもよいのかということが問題になります。それについて、PQの規格では測定可能な規定値を定めています。電力システムの各種コンポーネントには、それぞれ異なる規格が適用されます。IEC(International Electrotechnical Commission:国際電気標準会議)は、PQの規格としてIEC 61000-4-30を策定しました。同規格は、交流(AC)電力システムのPQに関するパラメータの値の測定方法とその結果を解釈する方法を定めています。PQの各パラメータの値は、50Hz/60Hzの基本周波数に対して示されています。また、同規格では、PQの測定機器についてクラスAとクラスSという2つのクラスを設けています。両クラスの概要は以下のようになります。
- クラス A:PQ のパラメータの測定に関して、最高レベルの正確度と精度を規定しています。契約に関する事柄や係争の解決に向けて、非常に正確な測定を実現しなければならない計測機器に適用されます。また、規格に準拠しているか否かを検証するために使用される機器にも適用できます。
- クラス S:PQ の評価、統計分析アプリケーション、不確実性の低い PQ の問題の診断に使用されます。このクラスの計測機器は、規格で定義されているパラメータのサブセットに関する情報を得るために使用されます。この種の機器による測定は、ネットワーク上の複数のサイト、完全な拠点、単一の機器に対して行うことができます。
IEC 61000-4-30は、測定方法を規定すると共に、その結果の解釈に関する指針を定めたものです。つまり、PQメータの性能を定義するものであることに注意する必要があります。計測機器の設計に関するガイドラインとして使用できるものではありません。
IEC 61000-4-30では、PQの監視に使用するクラスA、クラスSの計測機器向けに、以下に示すパラメータを定義しています12。
- 電力の周波数
- 供給する電圧と電流の大きさ
- フリッカ
- 供給電圧のディップとスウェル
- 電圧の瞬停
- 供給電圧の不平衡
- 電圧/電流の高調波と次数間高調波
- 急激な電圧の変化
- 過小偏差と過大偏差
- 供給電圧に含まれるメイン・シグナリング電圧
クラスAとクラスSの主な相違点
先述したように、IEC 61000-4-30ではクラスAについてクラスSよりも高いレベルの正確度と精度を規定しています。ただ、両者の違いはその点だけではありません。計測機器を同規格に準拠させるには、時刻同期、プローブの品質、キャリブレーションの周期、温度範囲などの要件を満たす必要があります。表1は、各クラスの計測機器に求められる要件についてまとめたものです。これらを満たさなければ、各クラスの認証を取得することはできません。
クラスA | クラスS | |
電圧測定の正確度 | ±0.1% | ±0.5% |
電流測定の正確度 | ±1% | ±2% |
電圧と電流のrms値の計算 | 半サイクル・ステップ | 1サイクル・ステップ |
周波数測定の正確度 | ±10 mHz | ±50 mHz |
150/180サイクルの集合値 | ギャップは許容しない。UTCの10分刻みに同期 | 集合値間のギャップは許容 |
高調波の測定の対象とする最大次数 | 50次 | 40次 |
24時間あたりのタイムクロックの不確実性 | ±1秒 | ±5秒 |
時刻同期 | GPSレシーバ、無線タイミング信号、またはネットワーク・タイミング信号 | 不要 |
動作温度範囲 | 0°C~45°C | メーカーが規定 |
まとめ
PQに関する問題は、電力インフラの全体にわたって現れます。それらの問題を監視する機器を用意することにより、性能、サービス品質、機器の寿命を改善することができます。また、経済的な損失を低減することにもつながります。Part 2では、規格に準拠したPQメータの設計方法について解説します。その中では、統合ソリューションやすぐに利用可能なプラットフォームを紹介する予定です。そのプラットフォームを活用すれば、PQの監視に対応する製品の開発を大幅に加速することができます。加えて、開発コストを削減することも可能になります。
参考資料
1Panuwat Teansri、Worapong Pairindra、Narongkorn Uthathip、 Pornrapeepat Bhasaputra、Woraratana Pattaraprakorn「The Costs of Power Quality Disturbances for Industries Related Fabricated Metal, Machines and Equipment in Thailand(タイの金属製品/機械設備関連産業において電力品質の障害に伴い生じるコスト)」GMSARN International Journal、Vol. 6、2012年
2Sai Kiran Kumar Sivakoti、Y. Naveen Kumar、D. Archana「Power Quality Improvement In Distribution System Using D-Statcom in Transmission Lines(送電線にD-Statcomを適用した配電システムにおける電力品質の向上)」International Journal of Engineering Research and Applications (IJERA)、Vol. 1、Issue 3
3Gabriel N. Popa、Angela Lagar、Corina M. Dinis「Some Power Quality Issues in Power Substation from Residential and Educational Buildings(住宅/教育施設向けの受変電設備で生じる電力品質の問題)」10th International Symposium on Advanced Topics in Electrical Engineering (ATEE)、IEEE、2017年
4Sulaiman A. Almohaimeed、Mamdouh Abdel-Akher「Power Quality Issues and Mitigation for Electric Grids with Wind Power Penetration(風力発電の普及に伴う電力グリッドの電力品質の問題、その緩和)」Applied Sciences、2020年12月
5George G. Karady、Shahin H. Berisha、Tracy Blake、Ray Hobbs「Power Quality Problems at Electric Vehicle's Charging Station(電気自動車用の充電ステーションにおける電力品質の問題)」SAE Transactions、1994年
6David Lineweber、Shawn McNulty「The Cost of Power Disturbances to Industrial and Digital Economy Companies(事業会社/デジタル経済企業において電力障害に伴い生じるコスト)」Electric Power Research Institute, Inc.、2001年6月
7Roman Targosz、Jonathan Manson「Pan-European Power Quality Survey(汎欧州における電力品質の調査)」9th International Conference on Electrical Power Quality and Utilisation、IEEE、2007年
8Subrat Sahoo「Recent Trends and Advances in Power Quality(電力品質に関する最近の動向と進歩)」Power Quality in Modern Power Systems、2020年
9A. El Mofty、K. Youssef「Industrial Power Quality Problems.(産業における電力品質の問題)」16th International Conference and Exhibition on Electricity Distribution, 2001. Part 1: Contributions、 CIRED (IEE Conf. Publ No. 482)、IEEE、2001年6月
10「Cost of Data Center Outages(データ・センターにおいて停電に伴い生じるコスト)」Ponemon Institute、2016年1月
11「Data Center Outages Are Common, Costly, and Preventable(データ・センターで頻発する停電とそれに伴い生じるコスト、この問題は回避可能)」Uptime Institute
12「IEC 61000-4-30:2015: Electromagnetic Compatibility (EMC)-Part 4-30: Testing and Measurement Techniques-Power Quality Measurement Methods(IEC 61000-4-30:2015:電磁両立性(EMC)-第4-30部:テスト/計測技術-電力品質の測定方法)」International Electrotechnical Commission、2015年2月