概要
本稿では「理想ダイオード」の話題を取り上げます。ここで言う理想ダイオードとは、バック・ツー・バックの形で接続したMOSFETと、それらの動作を制御するコントローラを集積したICのことです。特に、システム全体を保護するための機能を統合した理想ダイオードICは数多くのメリットをもたらします。ダイオードは非常に有用なデバイスであり、多くのアプリケーションで重要な役割を果たしています。標準的なシリコン・ダイオードの場合、順方向の降下電圧の値は0.6V~0.7Vとなります。ショットキー・ダイオードの場合、その値は約0.3Vです。このことが大きな問題になるケースはさほど多くはありません。但し、非常に多くの電流が流れるアプリケーションは例外となります。その降下電圧によって発生する大きな電力損失は重要な課題になり得ます。理想ダイオードは、そうしたアプリケーションに最適なデバイスです。MOSFETを使えば、標準的なシリコン・ダイオードを置き換えることができます。アプリケーションによっては、この手法を採用することで大きなメリットが得られます。
はじめに
ダイオードに順方向の電圧を印加すると、その方向に電流が流れます。逆方向に電圧を印加しても電流は流れません。理想ダイオードというのは、オン抵抗の小さいパワー・スイッチ(通常はMOSFET)を使用して、ダイオードの一方向の電流の流れを再現したデバイスのことです。ダイオードとは異なり、理想ダイオードでは順方向の降下電圧による損失は生じません。バック・ツー・バックの形で接続したMOSFET(以下、バック・ツー・バックMOSFET)によって理想ダイオードを構成し、それらを制御するための回路を用意すれば更なる効果が得られます。例えば、優先順位に従った電源の選択、電流の制限、突入電流の制限といったシステム・レベルの制御機能を強化することが可能になります。従来、そうした機能は様々なコントローラに分散した形で実装されていました。そのため、システム全体にわたる保護を実現するためには複雑な制御が必要でした。本稿では、まず理想ダイオードの主要な仕様について検討します。続いて、理想ダイオードを適用すべきアプリケーションの例を示します。その上で、最新の理想ダイオード製品を紹介します。その製品は、システム全体の保護に必要な各種の機能を統合した単一のICソリューションとして実現されています。
理想ダイオードの基本
図1に示したのは、NチャンネルのパワーMOSFETを使用して構成した基本的な理想ダイオードです。ダイオードの機能は、MOSFETが内在するボディ・ダイオードによって実現します。このMOSFETは、図1(上)のダイオードと同じ方向に電流を流す形で配置されています。VAがVCより高い場合、MOSFETのボディ・ダイオードを通じて図の左から右に向かって電流が流れます。このMOSFETは、制御回路によってオン/オフ制御されます。MOSFETがオンになると、左から右に電流が流れる際の順方向の電圧降下を小さく抑えることができます。VCがVAより高い場合、逆方向の電流(右から左)が流れるのを防ぐために、制御回路によってMOSFETを素早くオフにしなければなりません。理想ダイオードで生じる電圧降下は、MOSFETのオン抵抗RDS(ON)と電流量によって決まりますが、基本的には小さく抑えられます。例として、負荷に対して1Aの電流を供給するケースを考えます。一般的なダイオードの標準的な降下電圧は600mV程度です。そのため、ダイオードでは1A×600mV = 600mW程度の損失が生じます。一方、理想ダイオードで使用するMOSFETのオン抵抗が10mΩであったとします。その場合、MOSFETで生じる電圧降下は1A×10mΩ = 10mVです。そのため、理想ダイオードの電力損失は、1A2×10mΩ = 10mWに抑えられます。
MOSFETに関する技術は進化を続けており、オン抵抗を非常に小さく抑えることが可能になりました。その結果、図2のような理想ダイオードも提供されるようになりました。このソリューションでは、バック・ツー・バックMOSFETを採用しています。直列接続のMOSFETを追加することで電圧降下はやや増加しますが、システムを制御する機能の幅が大きく広がります。
図2のQ1は、もともと存在していたMOSFET( 図1のMOSFET)です。これにより、VBからVAに流れる逆方向の電流を制御/阻止することができます。Q2は、バック・ツー・バック接続を実現するために追加したMOSFETです。これにより、VAからVBに流れる順方向の電流を制御/阻止することが可能になります。このソリューションでは、システム・レベルの制御を実現することができます。具体的には、どちらか一方あるいは両方のMOSFETをオン/オフにするという制御が行えます。それにより、どちらかの方向に流れる電流を制限することが可能になります。
理想ダイオードを適用すべきアプリケーション
理想ダイオードは、多くのアプリケーションで使用されています。図3に示したのは、産業用のUPS(無停電電源装置)で使用されるバックアップ電源システムの例です。この例では24Vのシステム電源を使用します。その電圧は、19.2VDC~30VDCの範囲で変動する可能性があるとしましょう。また、過渡的な電圧は最大60Vにも達する可能性があります。このシステム電源のバックアップ用に使用しているのが24Vのバッテリです。バックアップ用の電力を最大限に確保するために、バッテリはシステムが通常動作を行っている際(バッテリは待機状態)、24Vまで完全に充電されます。ここで、何らかの原因でシステム電源が遮断されると、バッテリからバックアップ用の電力が供給されることになります。バッテリからの給電は、システム電源が復帰するまで続けられます。ただ、放電を続けると、バッテリの電圧は24Vから19.2V未満まで低下していきます。それまでにシステム電源が復帰しなければ、システムはそれ以上動作できなくなります。このような一連の動作が実行される際には、システム電源とバックアップ用のバッテリを切り替える処理が必要になります。その処理はORing(OR結合)と呼ばれており、それを実現するために理想ダイオードが使用されます。ただ、一般的な障害に対するシステムの堅牢性を高めるためにはORingの機能だけでは不十分です。それ以外に、過電圧(OV:Overvoltage)保護回路、低電圧(UV:Undervoltage)保護回路、ホット・スワップ回路、電子ヒューズ(eヒューズ)といった保護用の機構が必要になります。
ORingと電源セレクタの比較
図4は、電源のORing機能について説明するための概念図です。ここでは、図を簡素化することを目的とし、理想ダイオードの代わりに通常のダイオードのシンボルを使用しています。このシンプルなORingの構成では、電圧が高い方の電源が優先されます。つまり、その電源から負荷に対して電力が供給されます。その間、他方の電源は待機状態で維持されます。このソリューションは、両電源の電圧にある程度の差がある場合には効果的に機能します。しかし、2つの電圧が非常に近い値であるか、両電圧が変動しやすく、より高い電圧を供給する電源が頻繁に切り替わる場合には問題が生じます。つまり、選択される電源が頻繁に切り替わる可能性があるということです。
2つの理由から、このアプリケーションにはシンプルなORing機能は適していません。1つ目の理由は、バッテリの電圧がシステムの公称電圧である24Vと同等であることです。このことが理由となって、選択される電源が頻繁に切り替わる可能性があります。これは望ましいことではありません。電源のインピーダンスと負荷電流の条件によっては、この問題はより顕著になります。例えば、電源VSから負荷に電力を供給している場合、負荷電流によってVSのインピーダンスに起因する電圧降下が生じます。それにより、VSの端子の電圧がバッテリの端子の電圧(この時点では無負荷の状態)よりわずかに低くなります。すると、電源の切り替え処理が行われ、バッテリから負荷電流が供給されることになります。その結果、今度はバッテリのインピーダンスによって電圧降下が生じ、バッテリの端子電圧が低下します。一方、システム電源が無負荷の状態になることで、その端子電圧は上昇します。両者の比較が行われた結果、今度はVSが電源として選択されることになります。この状況では、2つの電源の電圧に大きな差が出るまで、両者の切り替わりが継続することになります。
もう1つの原因は、電源の仕様にあります。24Vのシステム電源は、実際には19.2VDC~30VDCまでの値をとります。また、過渡的な状態ではピーク電圧が60Vに達します。一方、バックアップ用のバッテリは24VDCに充電されています。従って、システム電源の電圧は正常な範囲内なのに、バッテリの電圧を下回るという状態が起こり得ます。その場合、バッテリが電源として選択されることになります。そうすると、バッテリが最適とは言えない電圧まで放電することになります。これも望ましいことではありません。この例では、システム電源の電圧が24V~19.2Vの範囲にある場合、バッテリの充電と放電を同時に行おうとする可能性があります。上記のような状況で役に立つのが電源セレクタです。図5に、その概念図を示しました。この電源セレクタは、バック・ツー・バックMOSFETをベースとする理想ダイオードによって実現されています。コントローラによってバック・ツー・バックMOSFETを制御することで、機械的なスイッチを開くのと同じように両方向の電流パスを完全に遮断することができます。図6は、バック・ツー・バックMOSFETをベースとする理想ダイオードをスイッチのシンボルによって表したものです。図5では、電源セレクタの機能を理解しやすくするためにこのシンボルを使用しています。この例では、VSに高い優先度に設定しています。VB側のスイッチは通常はオフの状態にあり、VSが正常な電圧範囲を下回った場合だけオンになります。
図7は、電源セレクタの動作を示したものです。それぞれ、バッテリが待機している状態とバックアップ用の電源として機能している状態を表しています。
システムを保護するための重要な要件
図6のシンボルは、開、閉どちらかの状態を実現する機械的なスイッチと同じ意味を表しています。ただ、実際のコントローラでは、適切な電流検出回路を使用することにより、電流の流れを調整する機能も実現できます。バック・ツー・バックMOSFETを適切に制御することで、突入電流制限(ホット・スワップ)、過負荷/短絡保護(eヒューズ)、UV/OV保護といった重要な保護機能を実装できるということです。
ホット・スワップ
図3に示したシステムのボードには、ホット・スワップ機能が用意されています。その目的は、バックプレーン(システム電源とバックアップ用バッテリを備える)にボードを差し込む際、入力コンデンサCを充電する突入電流を制限することです。このホット・スワップ機能は、図2のQ2を流れる電流を検出/制御することで実現できます。
eヒューズ
eヒューズは、システムを過電流または短絡状態から保護するために使用されます。この機能は、図2に示したQ2を使用し、同MOSFETを流れる電流を監視/制限/停止することで実現できます。eヒューズを使用するアプリケーションでシステムの電力バジェットを最適化するためには、電流制限に用いる閾値検出の精度が重要になります。
UV/OV保護
コントローラは、電源の電圧を常に監視しています。低電圧ロックアウト(UV Lockout)機能は、電源電圧がその最小レベル(この例では19.2V)を超えるまで、図2のQ2を確実にオフの状態に維持します。一方、OV保護機能は、入力電圧が、設定された最大レベル(この例では30Vを超える値を設定)を過渡的に上回った場合にQ2をオフにするという制御を実現します。
理想ダイオード回路の重要な仕様、それらがシステムの性能に及ぼす影響
理想ダイオードを使用してORing機能や電源セレクタ機能を実現する場合、どのような仕様が重要になるのでしょうか。以下、これについて解説します。
逆電流に対する応答時間
再び図2をご覧ください。逆電流に対する応答時間とは、VAとVBの関係が逆転し、VBがVAより高くなった後、Q1がオフになるまでにかかる時間のことです。VBからVAに逆電流が流れるのを防ぐためには、逆電流に対する応答時間tRは短くなければなりません(100ナノ秒など)。ここまでに示してきた例で逆電圧が発生する可能性があるのは、システム電源VSが負荷を駆動している間にオフになったり、過渡的に低電圧になったり、短絡したりした場合です。そうした状況では、tRの時間中に、ボードに実装されたコンデンサCまたはバックアップ用のバッテリからVSに流れる逆電流を防止するか、最小限に抑える必要があります。
過電圧の状態からの回復
図8に示したのは、バックアップ用のバッテリを備えていないシステムの例です。この場合、コンデンサCがバックアップ用の電力を供給する役割を果たしします。これは、一般にホールドアップ・コンデンサとして知られています。この構成において、VSに過渡的な過電圧が発生するとQ2がオフになります。コンデンサCは、放電によってその電圧が低下するまで、システムの動作を維持するために必要な電力を供給します。VSの値が通常の範囲内に戻ると、Q2は再びオンになります。Q2が再びオンになるまでの時間tONは、コンデンサの電圧の低下を最小限に抑えるために短くなければなりません。図9は、電圧の低下とtONの関係を示したものです。ホールドアップ・コンデンサの容量が同じであるとすると、tONが半分になれば低下する電圧も半分に抑えられます。
ここまで、一般的な障害に対応してシステムの堅牢性を高めるための手法をいくつか紹介してきました。すなわち、電源セレクタ、ホット・スワップ機能、eヒューズ、UV/OV保護機能などが重要な役割を果たします。また、それらの機能に関連する重要な仕様などについても説明してきました。しかし、単一の機能を提供するICをいくつも使用することで、これらすべての機能をシステムに組み込むのは非常に煩雑です。ソリューションが複雑になると共に、多くの部品が必要になるからです。この問題を解決するのが、高度に統合された新たなソリューション「MAX17614」です。このICは、それ単体で、高性能の理想ダイオード機能だけでなく、電源システムを完全に保護するための数多くの機能を提供します。動作電圧は4.5V~60Vであり、理想ダイオード機能/電源セレクタ機能を利用する場合には3A出力のソリューションとなります。また、調整が可能な電流制限機能、ホット・スワップ機能、eヒューズ、UV/OV保護機能も備えています。図10は、MAX17614を使用してORing機能を提供する例です。一方、図11の回路は、同ICを使用して電源セレクタの機能(VSが優先)を実現します。
まとめ
本稿では、バック・ツー・バックMOSFETをベースとするソリューションを紹介しました。そのソリューションを活用すれば、電源セレクタ、ホット・スワップ機能、eヒューズ、UV/OV保護機能など、システム向けの多くの制御機能を実現できます。従来のソリューションでは、システムを完全に保護するためには、単一の機能を提供する複数のICを組み合わせる必要がありました。この手法は複雑かつ煩雑なものになります。本稿で紹介した理想ダイオードをベースとするソリューションは、UPS用のバックアップ電源システムの例を見てもわかるように非常に有用です。必要なすべての機能を単一のICに統合することで、簡素な設計によってシステム全体を保護することが可能になります。