はじめに
多くの場合、システムにおいて電力変換の機能を担うレギュレータ回路を設計するのは、複雑かつ難易度の高い作業になります。車載システムもその例外ではありません。しかも、自動車の場合、非常に多くのレギュレータ回路を実装する必要があります。本稿では、それらのうちLEDドライバに焦点を絞ることにします。LEDドライバの中核的な要素となるのはコントローラICです。その基本的な機能は、電源回路用のDC/DCコントローラICと同様です。また、そうしたスイッチング方式のDC/DCコントローラと同じように、車載用のLEDドライバでも昇圧、降圧、昇降圧など、いくつかのトポロジが使い分けられます。本稿では、それぞれのトポロジのメリットやトレードオフについての解説を通し、各種のアプリケーションに適用すべき製品を容易かつ直感的に選択できるようにすることを目標とします。
LEDは、フィラメントやガスを利用する従来の電球などとは全く異なるものです。LEDでは、特定の種類の半導体接合を利用することにより、可視域の様々な色の光や、赤外光(IR)、紫外光(UV)などを生成することができます。そのため、車載アプリケーションにおいてもLED照明が多用されています。それらを活用することにより、日中/夜間の走行時における安全性を高めることが可能になります。ただ、LEDを駆動するにあたっては効率のことを考慮しなければなりません。効率の向上は、電気自動車におけるバッテリの寿命の延伸につながるからです。また、1つのシステムに複数のLEDを搭載するのも有効な手法です。そのようにすれば、単一のコンポーネントの故障によってシステム全体が停止するという危険性を回避することが可能になるからです。
LEDは様々な用途で使用されます。そのため、それぞれの用途に応じて最適な手法で駆動する必要があります。LEDからは、適切に制御された光を出力しなければなりません。電源システムに対する負荷として見た場合、LEDは通常の負荷とは性質が異なります。LEDは、半導体の接合部を流れる正確かつ安定した電流に依存して光を生成します。言い換えれば、システムのグラウンド(または車載システムのシャーシ)を基準とした終端の電圧とは無関係に動作します。したがって、LEDをベースとする照明システムでは、様々なトポロジのスイッチング制御を利用できます。
車載LEDシステムに最適なトポロジを選択する方法
車載システムで使用するLEDドライバのトポロジの選択は、システム設計の全体に影響を及ぼします。例えば、最小入力電圧、LEDストリングの最大電圧、シャーシへのリターンの可否、出力の短絡の可否(LEDをグラウンドに接続できるか否か)、最大入力電流、出力電流/LED電流、PWM調光などについて考慮しなければなりません。
降圧型のコンバータ
降圧(ステップダウン)型のLEDドライバは、LEDストリングのトータルの電圧よりも高い電圧を基にして必要な電流値を生成/レギュレートします。降圧LEDドライバを使う場合、LEDはシステムのグラウンドに安全に短絡することができます。つまり、両者の安全性は本質的に確保されます。シャーシへのリターンが可能であり(電力用に使う配線は1本)、LEDによるマトリックスやアニメーションのアプリケーションに簡単に適応させられます。図1に示したのは、その種のシステムの基本的な概念図です。図2には、より具体的な回路例を示しました。コントローラによってハイサイドのスイッチの動作を調整することで、電流量の制御を行います。
降圧LEDドライバには注目すべき重要な特徴があります。例えば、固定周波数での動作、優れたスイッチング制御と低抵抗のスイッチによって得られる高い効率、アナログ調光範囲の全体にわたる高い精度などです。また、優れたEMI(電磁干渉)性能を実現するために、適切に設計されたスペクトラム拡散周波数変調(SSFM:Spread Spectrum Frequency Modulation)機能を搭載した製品も提供されています。
昇圧型のコンバータ
昇圧(ステップアップ)型のLEDドライバは、LEDストリングのトータルの電圧よりも低い電圧を基にして必要な電流値を生成/レギュレートします。この種のLEDドライバは、多くのLEDから構成される単一のストリングに電流を流す必要のある多くの車載システムに適しています。標準値が12Vの車載システムの動作範囲は6V~18Vとなります。つまり、LEDドライバは最小6Vの電圧を基にして必要な電流を生成しなければなりません。LEDを点灯し続けるためには、大きな昇圧比が必要になるということです。図3に示したのは、この種のシステムの概念図です。図4には、より詳細な回路例を示しました。コントローラはローサイドのスイッチの動作を調整することで、電流を制御します。
メリット | トレードオフ | アプリケーション |
LEDストリングをグラウンドに接続できる、シャーシへのリターンが可能 | 入力電圧は LEDの電圧よりも高くなければならない | ハイ・ビーム/ロー・ビーム |
マトリックス・スイッチでストリング全体をシャントすることが可能 | ほとんどの車載システムではプリブースト・レギュレータが必要 | 方向指示器/アニメーション |
帯域幅が広い(fSWの1/5以上) |
マトリックス・ヘッドライト |
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EMI性能が最も高い | 短絡保護システム | |
インダクタのサイズを最小限に抑えられる |
メリット | トレードオフ | アプリケーション |
グラウンドへの接続、シャーシへのリターンが可能 | 入力電圧は LEDの電圧よりも高くなければならない | ハイ・ビーム/ロー・ビーム |
一般的にソリューション全体のサイズは最小 | 帯域幅が狭い(fSWの1/20未満) | ヘッドアップ・ディスプレイ |
EMI性能は良好 | 定格電流の高いインダクタが必要 | バックライト |
バッテリはLEDドライバに直接接続 | 出力はグラウンドに短絡できない |
昇圧コンバータによる昇降圧動作
昇圧LEDドライバ製品の中には、LEDのカソードを電源に接続する形で構成できるものがあります。この構成により、昇降圧型の動作を実現することが可能になります。トータルの出力電圧はVIN(VBATTERY)であり、それがLEDストリングのトータルの電圧に加わります。このトポロジのメリットは、LEDストリングの電圧が電源電圧よりも高くても、低くても、等しくても駆動できることです。コントローラICによってのみ動作が制限されることになり、同ICの最小電源電圧が下限値、同ICの最大出力電圧が上限値になります。
メリット | トレードオフ | アプリケーション |
バッテリはLEDドライバに直接接続 | 効率は低い | ハイ・ビーム/ロー・ビーム |
LEDの電圧は電源電圧より高くても低くてもよい | 帯域幅が狭い(fSWの1/20未満) | 方向指示器 |
EMI性能は良好 | 定格電流の高いインダクタが必要 | 日中走行用ライト |
マトリックスを使ってストリング全体を短絡可能 | 出力をグラウンドに短絡できない | 同一の出力に複数のストリングを接続可能 |
昇圧コンバータを用いた降圧動作
昇圧LEDドライバの中には、(標準的な降圧型のもののようにグラウンド基準で使用するのではなく)電源を基に降圧モードで動作するように構成できるものがあります。この構成には、降圧LEDドライバと同じ制約が存在します。すなわち、LEDストリングのトータルの電圧は入力電源電圧よりも低くなければなりません。
メリット | トレードオフ | アプリケーション |
EMI性能は良好 | 入力電圧は LEDの電圧よりも高くなければならない | ハイ・ビーム/ロー・ビーム |
マトリックスを使ってストリング全体を短絡可能 | ほとんどの車載システムではプリブースト・レギュレータが必要 | 方向指示器 |
同じドライバを複数のアプリケーションで使用可能 | 出力(LEDのカソード)をグラウンドに短絡できない | 日中走行用ライト |
昇降圧コンバータ
昇降圧LEDドライバを使えば、LEDストリングのトータルの電圧よりも高い電源電圧からでも低い電源電圧からでも、電流を生成/レギュレートすることができます。コンバータは、降圧モードでは入力電圧に接続されたハイサイドのスイッチの動作を調整し、昇圧モードでは出力側のローサイドのスイッチの動作を調整します。このトポロジは最も複雑なものですが、最も高い柔軟性が得られます。VINとVOUTの範囲は、コントローラICによってのみ制約されます。これは、マトリックス・アプリケーションに適した選択肢となります。
メリット | トレードオフ | アプリケーション |
最も多用途性に優れたトポロジ | 最少で2個のスイッチと2個のフリーホイール・ダイオードが必要 | ハイ・ビーム/ロー・ビーム |
マトリックスを使ってストリング全体を短絡可能 | 一般に変換効率は最も低い | 方向指示器 |
同じドライバを複数のアプリケーションで使用可能 | 一般にEMI性能は最も低い | 日中走行用ライト |
短絡保護システム |
まとめ
車載向けのLED照明システムは、スイッチング・レギュレータを使うことによって様々な形で構成できます。アプリケーションにもよりますが、適切なトポロジと構成を選択することで、自動車全体にわたって照明に関する様々な要件を満たす完全なサブシステムを構築することが可能になります。システムに適したトポロジと構成を選択することが、複雑さ、効率、EMI性能、安全性などの要件を最適化することにつながります。