電圧リファレンスの選択方法
なぜ電圧リファレンスは必要なのか?
自動車、電子レンジ、携帯電話など、あらゆる電子機器は、何らかの形で現実の世界と相互に作用する必要があります。そして、現実の世界はすべてアナログの事象によって成り立っています。つまり、あらゆる電子機器では、速度、圧力、長さ、温度といった現実世界の値を、電子の世界の測定可能な量に対応づけなければならないということです。その測定可能な量としては、多くの場合、電圧が用いられます。そして、電圧を測定するためには何らかの基準が必要になります。その基準として用いられるのが電圧リファレンス(リファレンスIC)です。システム設計者は、電圧リファレンスが必要であるか否かという検討を行う必要はありません。検討すべきは、どの電圧リファレンスを選択すればよいのかということです。
電圧リファレンスとは、回路が必要とする期間にわたって既知の電位を提供し続ける回路/回路素子のことです。その期間は、数分、数時間、あるいは数年にわたる可能性があります。ある製品が、バッテリの電圧や電流、消費電力、信号の大きさ/特性、障害の特定といった現実世界に関する情報を必要としているケースを考えます。その場合、対象となる信号を何らかの基準と比較する必要があります。コンパレータ、A/Dコンバータ(ADC)、D/Aコンバータ(DAC)、検出回路などがそれぞれの役割を果たすためには、電圧リファレンスを用意しなければなりません(図1)。測定の対象となる信号の値を既知の値と比較することにより、どのような信号でも正確に定量化することが可能になります。

図1. ADC(LTC1286)用の電圧リファレンス。一般的な使用例を示しています。
電圧リファレンスの仕様
電圧リファレンスには多くの種類があります。製品によっては多様な機能を備えているものもありますが、その主機能はあくまでも既知の電圧出力を提供することです。したがって、電圧リファレンスでは、精度と安定性に優れる電圧を出力できるか否かが最も重要になります。逆に言えば、その既知の値からの変動分である出力誤差が電圧リファレンスにおける重要な仕様になります。表1に、代表的な製品についてまとめました。通常、電圧リファレンスの仕様は、次の節以降で説明する各指標を用い、特定の条件下における不確実性を予測できるように定められます。
温度係数 | 初期精度 | IS | 構造 | VOUT | 電圧ノイズ* | 長期ドリフト | パッケージ | |
LT1031 | 5ppm/°C | 0.05% | 1.2mA | 埋め込みツェナー | 10V | 0.6ppm | 15ppm/kHr | H |
LT1019 | 5ppm/°C | 0.05% | 650µA | バンドギャップ | 2.5V、 4.5V、5V、10V | 2.5ppm | SO-8、PDIP | |
LT1027 | 5ppm/°C | 0.05% | 2.2mA | 埋め込みツェナー | 5V | 0.6ppm | 20ppm/月 | SO-8、PDIP |
LT1021 | 5ppm/°C | 0.05% | 800µA | 埋め込みツェナー | 5V、7V、10V | 0.6ppm | 15ppm/kHr | SO-8, PDIP、H |
LTC6652 | 5ppm/°C | 0.05% | 350µA | バンドギャップ | 1.25V、 2.048V、2.5V、3V、3.3V、4.096V、5V | 2.1ppm | 60ppm/√kHr | MSOP |
LT1236 | 5ppm/°C | 0.05% | 800µA | 埋め込みツェナー | 5V、10V | 0.6ppm | 20ppm/kHr | SO-8、PDIP |
LT1461 | 3ppm/°C | 0.04% | 35µA | バンドギャップ | 2.5V、3V、3.3V、4.096V、5V | 8ppm | 60ppm/√kHr | SO-8 |
LT1009 | 15ppm/°C | 0.2% | 1.2mA | バンドギャップ | 2.5V | 20ppm/kHr | MSOP-8、SO-8、Z | |
LT1389 | 20ppm/°C | 0.05% | 700nA | バンドギャップ | 1.25V、 2.5V、4.096V、5V | 20ppm | SO-8 | |
LT1634 | 10ppm/°C | 0.05% | 7µA | バンドギャップ | 1.25V、2.5V、4.096V、5V | 6ppm | SO-8、MSOP-8、Z | |
LT1029 | 20ppm/°C | 0.20% | 700µA | バンドギャップ | 5V | 20ppm/kHr | Z | |
LM399 | 1ppm/°C | 2% | 15mA | 埋め込みツェナー | 7V | 1ppm | 8ppm/√kHr | H |
LTZ1000 | 0.05ppm/°C | 4% | 埋め込みツェナー | 7.2V | 0.17ppm | 2µV/√kHr | H | |
*0.1Hz~10Hz、ピークtoピーク |
初期精度
初期精度とは、特定の温度(通常は25°C)で測定した出力電圧のばらつきのことです。初期の出力電圧は、製造ばらつきが原因で同じ製品でも個々に異なる可能性があります。ただ、個々の製品において値が一定であれば、キャリブレーションによって容易に補償することができます。
温度ドリフト
温度ドリフトとは、温度の影響によって出力電圧に生じる変化量のことです。電圧リファレンスの性能評価においては、最も注目される仕様の1つです。温度ドリフトは、回路の構成要素の不完全性や非線形性によって発生します。そのため、多くの場合、線形ではありません。
温度ドリフトTCは、電圧リファレンスの誤差における支配的な要因です。多くの製品では、TCはppm/°Cという単位で規定されています。ドリフト量に一貫性があれば、キャリブレーションによって補償することができます。温度ドリフトは線形なものだと誤解している方は少なくありません。その誤解は、「この製品であれば、狭い温度範囲内のドリフトは小さく収まるだろう」という思い込みにつながります。実際にはその逆のことが起こり得ます。一般に、TCは、動作温度範囲の全体にわたって生じ得る誤差を把握できるようにするために「ボックス法」を用いて規定されます。つまり、電圧の最小値と最大値だけに基づいて計算された値が示されます。したがって、最大値と最小値が発生する温度が明示されているわけではありません。
規定の温度範囲にわたって非常に線形性の高い電圧リファレンスでも、慎重に調整されているわけではない電圧リファレンスでも、誤差の面で最も条件が厳しくなるのは最高動作温度や最低動作温度においてだと想定されます。つまり、最大出力電圧と最小出力電圧は、最高動作温度と最低動作温度で生じる可能性が非常に高いということです。しかし、実際には、非常に慎重に調整された電圧リファレンスの場合、温度ドリフトが非常に小さいことが多く、誤差の特性が温度に対して非線形になる可能性があります。
例えば、温度ドリフトが100ppm/°Cと規定された電圧リファレンスがあったとします。その場合、内蔵部品のミスマッチに起因するドリフトによって本来の非線形性が完全に覆い隠されてしまい、どの温度範囲でもドリフト性能が線形であるかのように見える可能性があります。それに対し、温度ドリフトが5ppm/°Cと規定された電圧リファレンスの場合、そのドリフト性能は非線形なものとして現れます。
これについては、図2に示す出力電圧の温度特性を見れば容易に理解できるはずです。この図では、2種類の温度特性を示しています。1つは補償されていないバンドギャップの特性です。ご覧のように、ドリフト性能は放物線状になります。そのため、出力電圧は最高温度/最低温度で最小値、中間の温度で最大値に達します。もう1つは、温度補償が施されたバンドギャップをベースとする「LT1019」の特性です。この種の製品では、温度範囲の中央付近で傾きが最大になる「S」字型の曲線のようなドリフト性能を示します。この場合、温度ドリフトは全体的に小さく抑えられますが、非線形性が高くなります。

図2. 電圧リファレンスの温度特性
温度ドリフトの仕様をうまく活用するにはどうすればよいのでしょうか。最良の方法は、規定の温度範囲内におけるトータルの誤差の最大値を算出することです。そのためには、温度ドリフトの特性について十分に理解しておかなければなりません。また、規定された温度範囲外の誤差を計算するのはお勧めできません。
長期安定性
リファレンス電圧は、他の変数に依存することなく、時間の経過と共に変化します。その変化量を表すのが長期安定性です。初期の変動は、主に機械的な応力の変化に起因して発生します。多くの場合、リード・フレーム、ダイ、モールド樹脂の膨張率の違いが発生原因です。この応力の影響によって、初期の変動は大きな値になる傾向があります。ただ、この種の変動の量は、時間が経過するにつれて急速に減少します。また、初期ドリフトには、原子のレベルで生じるデバイスの特性変動など、回路素子の電気的な特性の変化も含まれています。長期的な変動は、回路素子の電気的な変化によるものであり、経時変化とも呼ばれます。このドリフトは、初期ドリフトに比べると低い変化率で生じます。加えて、時間の経過と共に更に減少する傾向があります。多くの場合、長期安定性は[ドリフト]/√kHrという単位で規定されます。電圧リファレンスでは、高温になるほど経時変化が早くなる傾向があります。
熱ヒステリシス
熱ヒステリシスは見落とされがちな仕様です。しかし、実際には支配的な誤差要因になる可能性があります。これは本質的に機械的なものであり、温度サイクルによるダイの応力の変化が原因で生じます。ヒステリシスは、大きな温度サイクルの後に、特定の温度における出力電圧の変動として観測できます。温度係数や時間に依存したドリフトとは無関係であり、初期のキャリブレーションの効果を低下させます。
ほとんどの電圧リファレンスは、後続の温度サイクルにおいて、公称出力電圧を中心として変動する傾向を示します。そのため、熱ヒステリシスの値は、通常は予測可能な値に制限されます。各メーカーは、それぞれ独自の方法でこのパラメータについて規定しています。結果として、その標準値が誤解の原因になることがあります。「LT1790」や「LTC6652」などの場合、データシートに出力電圧の分布データが記載されています。そうしたデータは、出力電圧の誤差を見積もる上で非常に役に立ちます。
その他の仕様
アプリケーションの要件によっては、以下に示すような仕様も重要になります。
- 電圧ノイズ
- ライン・レギュレーション、PSRR
- 負荷レギュレーション
- ドロップアウト電圧
- 電源電圧
- 電源電流
電圧リファレンスの種類
電圧リファレンスは、大きくシャント型とシリーズ型の2種類に分けられます。アナログ・デバイセズは、シリーズ型、シャント型の製品として表2に示すようなものを提供しています。
種類 | 品番 | 概要 |
シリーズ型 | LT1019 | 高精度、バンドギャップ |
LT1021 | 高精度、低ノイズ、埋め込みツェナー | |
LT1027 | 高精度、5V、埋め込みツェナー | |
LT1031 | 高精度、低ノイズ/低ドリフト、10V、ツェナー | |
LT1236 | 高精度、低ノイズ、埋め込みツェナー | |
LT1258 | マイクロパワー、LDO、バンドギャップ | |
LT1460 | マイクロパワー、高精度、バンドギャップ | |
LT1461 | マイクロパワー、超高精度、バンドギャップ | |
LT1790 | マイクロパワー、LDO、バンドギャップ | |
LT1798 | マイクロパワー、LDO、バンドギャップ | |
LT6650 | マイクロパワー、400mV/調整可能、バンドギャップ | |
LTC6652 | 高精度、低ノイズ、LDO、バンドギャップ | |
シャント型 | LM129 | 高精度、6.9V、埋め込みツェナー |
LM185 | マイクロパワー、1.2V/2.5V、ツェナー | |
LM399 | 高精度、7V、ヒーター付きツェナー | |
LT1004 | マイクロパワー、1.2V/2.5V、バンドギャップ | |
LT1009 | 高精度、2.5V、バンドギャップ | |
LT1029 | 5V、バンドギャップ | |
LT1034 | マイクロパワー、デュアル(1.2Vのバンドギャップ、7Vのツェナー) | |
LT1389 | ナノパワー、高精度、バンドギャップ | |
LT1634 | マイクロパワー、高精度、バンドギャップ | |
LTZ1000 | 超高精度、ヒーター付きツェナー |
シャント型の電圧リファレンス
シャント型の電圧リファレンスは、2つの端子を備えるデバイスです。通常、規定された電流範囲で動作するように設計されています。シャント型リファレンスのほとんどはバンドギャップを利用しています。出力電圧は様々ですが、ツェナー・ダイオードと同じようなものだと捉えれば簡単に使用することができます。
最も一般的な使い方としては、電圧リファレンスの一方の端子をグラウンドに接続し、もう一方の端子を抵抗に接続します(図3)。そして、抵抗のもう一方の端子は電源に接続します。そうすると、3端子の回路が構成されることになります。リファレンスと抵抗を接続したノードが出力端子として機能します。抵抗の値は、リファレンスを流れる最小電流と最大電流が、電源電圧の全範囲と負荷電流の全範囲にわたって規定の値に収まるように選択する必要があります。電源電圧と負荷電流がそれほど変化しない限り、この回路をリファレンスとして使用するのは非常に簡単だと言えるでしょう。どちらか、または両方が大きく変化する可能性がある場合には、その変化に対応できるように抵抗値を選択しなければなりません。その結果として、この回路は公称値を使用した構成と比べてかなり多くの電力を消費することになるはずです。その意味では、この回路はクラスAのアンプのように機能すると考えることができます。
シャント型のリファレンスの長所としては、使い方が容易であることが挙げられます。パッケージが小型であること、電流と負荷の広範な条件にわたって安定性に優れていることも長所です。また、負電圧のリファレンスも簡単に設計することができます。更に、外部抵抗を利用することにより電圧リファレンスに印加される電圧を下げられるので、非常に高い電源電圧で使用することも可能です。あるいは、電源より数mV程度低い出力を得るといったことも可能なので、非常に低い電源電圧にも対応できます。シャント型の代表的な製品としては、「LT1004」、「LT1009」、「LT1389」、「LT1634」、「LM399」、「LTZ1000」などがあります。

図3. シャント型の電圧リファレンスの使い方
シリーズ型の電圧リファレンス
シリーズ型の電圧リファレンスは、3本(またはそれ以上)の端子を備えるデバイスです(図4)。LDO(低ドロップアウト)レギュレータと似たものなので、それと同様の多くの長所を備えています。特に、広い電源電圧範囲にわたって消費電流は比較的一定で、必要な場合だけ負荷に電流を供給することができます。そのため、シリーズ型の電圧リファレンスは、電源電圧や負荷電流が大きく変化する回路に適しています。シャント型のリファレンスとは異なり、電源との間に直列抵抗を配置する必要がなく、特に多くの負荷電流を要する回路に対して有用です。
代表的な製品としては、「LT1460」、「LT1790」、「LT1461」、「LT1021」、「LT1236」、「LT1027」、「LT6660」、LTC6652などが挙げられます。なお、LT1021やLT1019などの製品は、シャント型の電圧リファレンスとしてもシリーズ型の電圧リファレンスとしても動作させることができます。

図4. シリーズ型の電圧リファレンスの使い方
リファレンス回路
電圧リファレンスICは、様々な方法で設計/実現されています。それぞれの方法には固有の長所と短所があります。以下、代表的な2つの方法について説明します。
ツェナー・ベースの電圧リファレンス
埋め込みツェナー型の電圧リファレンスは、設計が比較的容易です。ツェナー・ダイオード(またはアバランシェ・ダイオード)の逆電圧の値は予測可能です。また、その値は温度の変化に対してほぼ一定で、時間の経過に対しても非常に安定しています。更に、ツェナー・ダイオードの多くはノイズが非常に小さく、狭い温度範囲で保持されていれば時間の経過に対して非常に安定しています。そのため、リファレンス電圧の変動をできるだけ小さく抑えなければならないアプリケーションに適しています。
上記のような安定性は、他の種類のリファレンス回路と比べて内蔵部品の数が少なくダイの面積が小さいことによって実現されていると考えられます。また、ツェナー素子の構造が慎重に構築されていることも、安定性が得られる理由の1つです。但し、初期電圧のばらつきと温度ドリフトは比較的大きくなります。そうした欠点を補償するため、あるいは様々な出力電圧を実現するために、追加の回路が設けられることもあります。ツェナー・ダイオードは、シャント型のリファレンスでもシリーズ型のリファレンスでも使用されます。
LT1021、LT1236、LT1027などの製品では、内蔵電流源とアンプを使用してツェナー電圧と電流の値を調整します。それにより安定性を向上させると共に、5V、7V、10Vといった様々な出力電圧に対応します。そうした付加回路を使うことで、様々なアプリケーションにツェナー・ダイオードを適合させるのが容易になるということです。但し、それらの回路を追加すると、電源のヘッドルームをある程度増やす必要があります。また、それらの回路によって誤差が増大する可能性もあります。
LM399やLTZ1000は、ヒーター素子を内蔵しています。それと追加のトランジスタを使用することで、ツェナー・ダイオードの温度ドリフトを安定させます。結果として、温度と時間に対し、非常に高い安定性が得られます。また、ツェナー・ダイオードをベースとする製品はノイズが極めて小さく、最高の性能を得ることができます。LTZ1000の場合、0.05ppm/°Cの温度ドリフト、2μV/√kHrの長期安定性、1.2μVP-Pのノイズ性能を達成しています。目安として、実験室で使用する機器の場合、LTZ1000におけるノイズと温度によるトータルの不確実性はわずか1.7ppm程度に収まります。経時変化の影響としては、1ヵ月あたり1.7ppmに対して1ppmの数分の1が加わることになります。
バンドギャップ・リファレンス
上述したように、ツェナー・ダイオードを使用すれば、非常に性能の高い電圧リファレンスを実現できます。しかし、その種の製品は柔軟性に欠けます。特に、ツェナー・ダイオードには7Vを超える電源電圧が必要です。また、出力電圧の値は比較的限定されます。それに対し、バンドギャップ・リファレンスであれば、電源のヘッドルームをほとんど確保することなく(多くの場合100mV未満)、様々な出力電圧を生成できます。また、非常に正確な初期電圧を得ることが可能です。温度ドリフトを小さく抑えるように設計することもできるので、アプリケーションにおいて時間のかかるキャリブレーションを実施する必要がありません。
バンドギャップ・リファレンスの動作は、バイポーラ接合トランジスタの基本的な特性に基づいています。図5は、基本的なバンドギャップ・リファレンスであるLT1004の回路を簡略化して示したものです。マッチングしていないバイポーラ接合トランジスタのペアでは、温度に比例してベース‐エミッタ間の電圧VBEに差が生じます。その差を利用することで、温度に依存して直線的に量が変化する電流を生成することができます。トランジスタのVBEは温度によって変動しますが、抵抗の大きさが適切であれば、上記の電流が抵抗とトランジスタを介して駆動され、抵抗の両端の電圧の変動が相殺されます。この効果は完全に線形に現れるわけではありません。しかし、付加回路によって補償を施すことにより、温度ドリフトを非常に小さく抑えることができます。

図5. バンドギャップ・リファレンス回路の例。温度係数がゼロになるように設計されています。
基本的なバンドギャップ・リファレンスに関する数学的な解析は、非常に興味深いものだと言えます。既知の温度係数を固有の抵抗比と組み合わせることにより、理論上は温度ドリフトが生じない電圧リファレンスを構成できるからです。図5の回路では、トランジスタQ10のエミッタの面積が同Q11のエミッタの面積の10倍になるように設計しています。ここで、トランジスタQ12と同Q13のコレクタ電流は等しくなります。それにより、これら2つのトランジスタのベースの間には、次式で表す既知の電圧が生じます。

ここで、kはボルツマン定数(1.38×10-23〔J/K〕)、Tはケルビン温度(273 + T〔°C〕)、qは電子の電荷(1.6x10-19〔C〕)です。25°CではkT/qの値は25.7mVとなり、温度係数は86μV/°Cとなります。ΔVBEは、この電圧にln(10)(つまり2.3)を掛けたものであり、25°Cにおける電圧は約60mV、温度係数は0.2mV/°Cとなります。
この電圧がベースとベースの間に接続された50kΩの抵抗に印加されると、温度に比例した電流が生じます。その電流によって、ダイオード接続されたQ14にバイアスがかかり、25°Cにおける電圧が575mV、温度係数が-2.2mV/°Cとなります。抵抗を使用することで、正の温度係数を持つ電圧降下が生じます。それがQ14の電圧に追加され、リファレンス電圧は約1.235V、理論上の温度係数は0mV/°Cとなります。図5には、それぞれの電圧降下の値を示してあります。残りの回路は、バイアス電流を供給し、出力を駆動するために使用しています。
アナログ・デバイセズは、様々なバンドギャップ・リファレンスを提供しています。例えば、小型で低価格の高性能製品であるLT1460や、超低消費電力のシャント型電圧リファレンスのLT1389、高精度で低ドリフトのLT1461、LTC6652などです。出力電圧としては、1.2V、1.25V、2.048V、2.5V、3.0V、3.3V、4.096V、4.5V、5V、10Vなどに対応しています。電圧と電流のオーバーヘッドを最小限に抑えつつ、これらのリファレンス電圧を多様な電源や負荷の条件に対応して供給することができます。LT1461、LT1019、LTC6652、LT1790のような超高精度の製品や、LT1790、LT1460(SOT23)、LT6660(2mm×2mmのDFN)のように非常に小型の製品、LT1389のように非常に消費電流の少ない(同ICは800nA)製品が用意されています。多くの場合、ノイズと長期安定性についてはツェナー・ベースの電圧リファレンスの方が優れています。しかし、LTC6652のような新たなバンドギャップ・リファレンス製品であれば、ピークtoピークのノイズは2ppm(0.1Hz~10Hz)のレベルです。つまり、ツェナー・ベースの電圧リファレンスとの差は縮まっています。
フラクショナル・バンドギャップ・リファレンス
フラクショナル・バンドギャップ・リファレンスは、バイポーラ・トランジスタの温度特性に基づいた電圧リファレンスです。この種のリファレンスでは、わずか数mVといった低い値の出力を得ることができます。この種の製品は、非常に低い電圧で動作する回路に適用できます。特に、閾値が一般的なバンドギャップ電圧(約1.2V)より低くなければならないコンパレータのアプリケーションに適しています。
図6に示したのは「LM10」のコア部の回路です。この回路では、特性が温度に正比例する素子と反比例する素子を通常のバンドギャップ・リファレンスと同様の方法で組み合わせています。それにより、200mVという一定の値のリファレンス電圧を出力します。通常、フラクショナル・バンドギャップ・リファレンスでは、ΔVBEを利用して温度に比例する電流を発生させ、VBEを利用して温度に反比例する電流を発生させます。抵抗素子を使い、それらを適切な比率で組み合わせることによって、温度による変動の少ないリファレンス電圧を生成します。抵抗の値を変えれば、温度特性に影響を与えることなくリファレンス電圧の値を変化させることも可能です。フラクショナル・バンドギャップ・リファレンス回路は、電流を組み合わせるという点で従来のバンドギャップ・リファレンス回路とは異なるものです。一般に、従来の回路では、電圧を組み合わせています(通常、VBEと逆のTCを備えるI×R)。

図6. 200mVを生成するリファレンス回路
LM10の回路のようなフラクショナル・バンドギャップ・リファレンスは、一部で減算も利用しています。「LT6650」はその種の製品であり、アンプを組み合わせることで400mVのリファレンス電圧を出力します。アンプのゲインを変化させることによってリファレンス電圧を変化させることが可能であり、バッファされた出力を得ることができます。その簡単な回路により、0.4Vから電源電圧より数mV下の範囲のあらゆる電圧を出力できます。「LT6700」(図7)と「LT6703」は、更に集積度を高めたソリューションです。400mVのリファレンス電圧とコンパレータを組み合わせることで、電圧モニタやウィンドウ・コンパレータとして使用できるようになっています。400mVのリファレンス電圧を使用していることから、振幅の小さい入力信号をモニタリングすることができます。モニタ回路を簡素化できるだけでなく、非常に低い電源電圧で動作する回路のモニタリングも実現可能です。閾値がより高い場合には、単純な抵抗分圧回路を追加することで対応できます(図8)。これらの製品はパッケージが小型で(SOT23)、消費電流が少なく(10μA未満)、広い電源電圧範囲(1.4V~18V)に対応します。LT6700のパッケージは2mm×3mmのDFN、LT6703のパッケージは2mm×2mmのDFNです。

図7. LT6700のブロック図。400mVという低い閾値電圧との比較が行えます。

図8. 入力電圧の分圧。この方法を使えば、より高い閾値に対応できます。
電圧リファレンスの選択方法
ここまでに数多くの電圧リファレンス製品を紹介してきました。では、これらの選択肢の中から、アプリケーションに適したものを選ぶにはどうすればよいのでしょうか。以下、選択肢を絞り込む上で役立ついくつかのヒントを示します。
- 電源電圧が非常に高い:その場合、シャント型の電圧リファレンスを選択します。
- 電源電圧または負荷電流が大きく変化する: その場合、シリーズ型の電圧リファレンスを選択します。
- 高い電力効率が求められる: その場合、シリーズ型の電圧リファレンスを選択します。
- 必要な温度範囲は明確になっている: アナログ・デバイセズは、0°C~70°C、-40°C~85°C、-40°C~125°Cなど、様々な温度範囲を対象として動作/性能を保証した製品を提供しています。
- 必要な精度について現実的な判断を下す:アプリケーションに必要な精度について、的確に理解することが重要です。このことは、どれが重要な仕様なのかを特定することにつながります。要件を念頭に置き、仕様で示された温度ドリフトの値に温度範囲を掛けます。また、初期精度の誤差、熱ヒステリシス、想定している製品の寿命にわたる長期ドリフトを加算します。一方、工場から出荷される際にキャリブレーションされる項目や定期的にキャリブレーションされる項目は除きます。このような作業を行うことで、トータルの精度の見当がつきます。最も要求の厳しいアプリケーションでは、ノイズ、ライン・レギュレーション、負荷レギュレーションの誤差も加算しなければなりません。一例として、初期精度の誤差が0.1%(1000ppm)、-40°C~85°Cにおける温度ドリフトが25ppm/°C、熱ヒステリシスが200ppm、ピークtoピークのノイズが2ppm、時間ドリフトが50ppm/√kHrの電圧リファレンスの場合、回路が構成された時点でトータルの不確実性が4300ppmを超えると考えられます。また、回路に電源が供給されてから最初の1000時間で不確実性は50ppm増加します。一方、初期精度については、キャリブレーションを実施することにより、3300ppm + 50ppm×√(t/1000〔時間〕)に低減することができます。
- 実際の電源電圧範囲を明確にする:予想される最大の電源電圧はどの程度になるのかを明らかにします。また、電圧リファレンスが耐えなければならないバッテリの負荷ダンプや、ホットスワップによる誘導性の電源スパイクなどの障害が発生するかどうかの検討を行います。その結果、選択肢が大きく絞られる可能性があります。
- 電圧リファレンスの消費電力を明確にする: 電圧リファレンスの消費電流は、いくつかのカテゴリに分かれます。1mA以上、約500μA、300μA未満、50μA未満、10μA未満、1μA未満といった具合です。
- 負荷電流の値を明確にする:負荷電流の値は大きいのか、電圧リファレンスは電流シンクに対応する必要があるのかという検討を行います。多くの電圧リファレンスは、負荷に対してわずかな電流しか供給できません。また、大きな電流をシンクできるものはほとんど存在しません。そのため、製品を選択する際には、負荷レギュレーションの仕様が良い指針になります。
- 実装スペースはどの程度確保できるのか: 電圧リファレンスは、様々なパッケージで提供されています。例えば、メタル・パッケージ、プラスチック・パッケージ(DIP、SOIC、SOT)、超小型パッケージ(LT6660が採用している2mm×2mmのDFN)などが挙げられます。パッケージのサイズが大きい電圧リファレンスは、小さなパッケージのものよりも機械的な応力による誤差が小さいと考えられています。実際、パッケージが大きく性能に優れる製品もありますが、パッケージのサイズと性能はほぼ無関係であることを示唆する証拠も存在します。一般に、小さなパッケージで提供される製品は、ダイのサイズも小さいはずです。その場合、必要な回路を小さなダイに収めるために、性能に関する何らかのトレードオフが生じていた可能性が高いと言えます。通常、大きな性能差を生じさせるのは、パッケージそのものではなく、パッケージの実装方法である可能性が高いはずです。したがって、実装方法と実装位置に注意を払うことにより、電圧リファレンスの性能を最大限に発揮できる可能性が高まります。また、フットプリントの小さいデバイスでは、フットプリントの大きいデバイスと比べてプリント基板が曲がる際にかかる応力が小さくなります。これについては、「AN82:Understanding and Applying Voltage References」をご覧ください。
まとめ
アナログ・デバイセズは、多様な電圧リファレンス製品を提供しています。ツェナー・ベースのリファレンスやバンドギャップ・リファレンスだけでなく、各種のリファレンスを使って設計されたシリーズ型の製品やシャント型の製品を用意しています。性能グレードや温度グレード、パッケージが異なるあらゆる製品を入手可能です。最高の精度が得られる製品もあれば、小型で低価格な製品も存在します。アナログ・デバイセズは、膨大な種類の電圧リファレンス製品を用意しているので、あらゆるアプリケーションのニーズに対応できます。
上で紹介した「AN82:Understanding and Applying Voltage References」はこちらからダウンロードできます。ぜひご活用ください。
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