衛星通信に使用するアンテナ・システム、そのフロント・エンドで用いるアンプが満たすべき要件とは?

概要

昨今の衛星通信(satcom)では、アクティブ電子走査アンテナ(AESA:Active Electronically Scanned Antenna)が使用されるようになりました。その結果、運用者や利用者にはより高い柔軟性がもたらされました。AESAでは、ビームフォーミングを採用したアレイ・アンテナが使用されます。各アンテナ素子のフロント・エンド(以下、FE)には、低ノイズ・アンプ(以下、LNA)とパワー・アンプ(以下、PA)が必要になります。本稿では、それらのアンプ製品を選定する際に検討すべき事柄について解説します。

はじめに

世界初の人工衛星が打ち上げられたのは60年以上も前のことです。それ以降、初期の衛星は低地球軌道(LEO:Low Earth Orbit)iに打ち上げられていました。ただ、サイズと打ち上げに関する制約が存在することから、対地同期軌道(GEO:Geosynchronous Earth Orbit)iiを周回する衛星が最もなじみ深いものとなっています。実際、GEO衛星は、各国政府や軍の多様なサービス、テレコム、衛星テレビ、地球の観測といった複数の主要なサービスを提供するために使用されています。しかし、現在の衛星事業は大きな転換期を迎えようとしています。LEOと中地球軌道(MEO:Medium Earth Orbit)iiiが、大規模なコンステレーションを運用するための魅力的な軌道として位置付けられるようになったのです。そうしたコンステレーションは、データに基づく様々なサービスを提供するために使用されます。例えば、衛星通信、地球の観測/マッピング、ナビゲーション、位置の特定といったサービスが想定されています。LEO、MEO、GEOの相対的な位置関係は図1のようになります。

GEO以外の軌道(非静止軌道)への移行が図られようとしていることにはいくつかの要因があります。例えば、打ち上げ費用を削減できることは理由の1つです。また、衛星において量産技術の採用が進んでいることも理由として挙げられます。加えて、通信/アンテナ/センサーに関する技術や、衛星間リンク用の光通信技術が進化していることも大きな要因です。更に、そうした大規模なプログラムに対して巨額の民間資本が投じられ、相乗効果が得られるようになったことも理由の1つです。

LEO衛星の利用が増加すると、軌道上の衛星リンクの設計に対して新たな課題がもたらされます。たとえば、7.5km/秒程度の速度で地球を周回しつつ地上と通信できるようにするために、GEOの固定通信リンクから適応型のリンクへの置き換えを図らなければなりません。そうした新たな衛星通信システムにおいて、AESAは適応型の動作により、アンテナの信号を適切な標的に向ける機能を提供します。また、同時に複数のユーザに対応できるよう複数のビームを操作する機能も実現します。軌道上の衛星については、使用するコンポーネントを選定する際に考慮すべき特有の要件が存在します。アンテナ素子と送受信用のシグナル・チェーンをつなぐFEのコンポーネントについては、特に要件が厳しくなります。本稿の目的は、FEで使用するアンプ製品を選定する際、検討すべき事柄を明らかにすることです。

GEOからLEOへの移行はなぜ行われるのか?

まずは、GEOからLEOへの移行が進められることになった理由について詳しく見てみることにします。

GEOの長所と短所

GEO衛星には、打ち上げ費用が高いという欠点があります。しかし、GEO衛星には非常に大きな長所も備えています。それは、GEO衛星の動きは地球の自転と同期しているというものです。つまり、GEO衛星は静止衛星として上空の固定の位置に存在することになります。そのため、衛星上では固定の位置にアンテナを配備すると共に、地上ではディッシュ形のパラボラ・アンテナを備える比較的低コストのVSAT(Very Small Aperture Terminal)端末を利用することができます。このことは、データ・サービスや、DTH(Direct-to-Home)の衛星テレビ・サービスを成功に導く主要な要因になりました。図2に示すように、GEO衛星では最も広いカバレッジ(地表のカバー領域の割合)が得られます。実際、GEO衛星を3基使用するだけで、グローバル・カバレッジを実現することが可能ですiv

GEO衛星にはこのような大きな長所があります。それにもかかわらず、LEO衛星への移行が進みつつあるのはなぜでしょうか。上述したようにその理由はいくつも存在します。ただ、そのほとんどは通信ネットワークを進化させたいということに帰着します。本稿の読者は、おそらく「自分は高度なネットワーク接続が実現された世界で生きている」と感じていらっしゃるでしょう。しかし、世界人口のレベルで見ると、インターネット接続が全く利用できない、あるいは十分に利用できない地域に住んでいる人がかなりの割合を占めています。例えば、赤道上空に配備されたGEO衛星を使用する場合、極地に対するサービスはかなり低下します。それに対し、大規模な衛星通信コンステレーションをLEOに配備すれば、そうした地域にも比較的高速な接続を提供することが可能になります。既にインターネット接続が提供されている地域については、LEOコンステレーションによって、一般消費者にもB2B企業にも更に高速なデータ・レート(ファイバ接続と同等)を提供することができます。現在提案されているLEOコンステレーションは、それに組み込まれる冗長性を含めるとかなり大規模なものになります。利用可能な衛星の数が多いということは、ネットワークのレジリエンスが高まるということを意味します。このレジリエンスに対しては、政府や軍事関係者だけでなく、民間からも高い関心が寄せられています。加えて、LEO衛星では、GEO衛星と比べて製造コストと打ち上げコストを低く抑えられます。そのため、新たな技術が利用できるようになった時点で、衛星ネットワークを容易にアップグレードすることが可能です。

図1. GEO、MEO、LEOの概要
図1. GEO、MEO、LEOの概要
図2. GEO、MEO、LEOから見た地表のカバレッジ
図2. GEO、MEO、LEOから見た地表のカバレッジ

衛星の軌道

非静止軌道上のコンステレーションは、特定の軌道上または複数の軌道上の衛星で構成されます。一般的な軌道としては、まず衛星が概して赤道上を周回する赤道軌道が挙げられます。SESが運用しているMEO上のコンステレーション「O3b mPOWER」は、この赤道軌道を利用しています。もう1つの代表的な軌道としては傾斜軌道があります。この軌道は、赤道軌道に対して何度かの傾きを持っています。衛星は地球の自転と同じく西から東へと周回します。もう1つの代表的な軌道としては、各衛星が特定の経度線に沿って北極点と南極点の上を通って周回する極軌道が挙げられます。この軌道はOneWebなどが利用しています。Telesatの「Lightspeed」やSpaceXの「Starlink」など、いくつかの大規模なLEOコンステレーションは、傾斜軌道と極軌道を組み合わせて使用しています。その目的は、北部地域の最適なカバレッジを実現することです。傾斜軌道では、サービスを提供できる緯度の範囲が限られます。一方、極軌道は上に挙げた3つの軌道の中で最も高いグローバル・カバレッジを提供します。但し、位置決めのために余分に燃料を消費するという欠点があります。そのため、主に、傾斜軌道衛星のシェルと組み合わせて北部の高緯度帯をカバーするために使用されています。なお、極軌道には、放射線の影響を受けやすいという欠点も存在します。衛星は、円形のプレーン上に、地表からの高さが一定になるように配備されます。コンステレーションのサイズは、プレーン数にプレーンあたりの衛星の数を乗じた値で表現されます(図3)v

LEOコンステレーションの配備

既に一部のコンステレーションの打ち上げは完了しています。それ以外にも、数百あるいは数千もの小衛星をLEOに打ち上げることが計画されています。LEO衛星をベースとする衛星通信には、GEO衛星を利用する場合と比べて2つの明確な長所があります。1つは、軌道の高さに起因する信号の遅延を小さく抑えられることです。GEO衛星を利用する場合と比較して、地球からLEO衛星までの信号経路ははるかに短く(約1/35)になります。そのため、信号の遅延は1桁小さい約25ミリ秒に抑えられます。このことから、データ集約型のリアルタイム・サービスの提供を約束する5Gのサービスの拡大にも、LEO衛星による通信を利用できると考えられています。もう1つの長所は、個々のユーザに対し、コンステレーション全体のデータ容量を上限とするはるかに広いデータ帯域幅を提供できる可能性があることです。その場合、個々のLEO衛星のデータ容量を非常に小さなエリアに集中させることが条件になります。カバレッジ領域内において、通常、衛星は多数のユーザ/ハブを接続するためにダウンリンクのビームを複数生成します。それらのビームは空間的に分離されているので、割り当てられた周波数帯は再利用することができます。それにより、ビーム間の干渉を防ぎつつ、データの可用性を最適化することが可能になります。このデータの集中化は、HTS(High Throughput Satellite)やVHTSといったスループットの高いGEO衛星でも実現可能です。ただ、GEO衛星のトータルのデータ容量は、標準的なLEOコンステレーションの容量よりも小さくなりますvi。一方で、大きなデータ容量を備える大規模なコンステレーションにも制約は存在します。それは、ユーザが同時に利用できるのは、トータルのデータ容量の一部(33%~50%)に限られるというものです。コンステレーションを構成する数多くの衛星は、任意の時点において海洋や人が住んでいない地域の上空に位置するからです。

コンステレーションのサイズが、コストとミッション期間に及ぼす影響

コンステレーションを構成する衛星は、以前よりも安価に製造できるようになりました。その一因は、量産技術が採用されるようになったことにあります。また、ミッション期間が短く、運用環境も放射線の面でそれほど過酷ではないため、安価なコンポーネントを使用できます。つまり、ハーメチック型ではなく、主にプラスチック製のパッケージに収容された製品を使用できるということです。通常、LEO衛星のミッション期間は5~7年ほどに限られます。その理由は2つあります。1つは、LEOにおいては大気の抵抗が大きいので、軌道を維持するための燃料の消費量が増加することです。もう1つは、LEO衛星はサイズが小さいので燃料の容量が限られることです。通常、放射線に対する耐性については、GEO衛星と比べるとLEO衛星に求められるレベルの方が低くなります。例えば、LEO衛星で使われるコンポーネントの場合、TID(Total Ionizing Dose)vii耐性の許容レベルは30kradです。それよりもミッション期間が長く、放射線被ばく量も多いGEO衛星では、一般的に100kradが求められます。

図3. 複数の軌道を組み合わせて構成されたLEOコンステレーション
図3. 複数の軌道を組み合わせて構成されたLEOコンステレーション

LEOの課題、主要な具現化技術

コンステレーションに対するデータ・フローの管理はますます複雑になっています。データは、無線または光を使用する衛星間リンク(ISL:Intersatellite Link)を介して、地上局からコンステレーションに伝送されます。この仕組みが必要なのは、LEO衛星は常に地上局の見通し線上にあるとは限らないからです。

固定の位置にとどまるGEO衛星とは異なり、非静止軌道上の衛星は、地球からは空を横切って移動するように見えます。その動きは、軌道を維持するために必要な周回速度に基づいています。大気の抵抗が大きく、軌道が低いことから、LEO衛星はそれよりも高い軌道の衛星と比べて高速に移動する必要があります。SpaceXのコンステレーションであるStarlinkでは、地表から高度550kmに位置する1つの衛星シェルが提案されています。その高度における飛行速度は7.5km/秒です。このことは、ある地点にいるユーザからは、そのシェルの個々の衛星を4.1分間しか見ることができないということを意味します。GEO衛星のユーザは、衛星に対して固定されたアンテナを使用できます。それに対し、LEO衛星のユーザは、上空を移動する同衛星を追尾できるアンテナを使用しなければなりません。同様に、衛星のアンテナについては、軌道上を移動しながら地球上のサービス提供エリアを追跡できるようにする必要があります。O3bをはじめ、コンステレーションを構成するMEO衛星では、機械操向式のアンテナが使用されます。これが可能なのは、周回速度が低速であるためです。LEO衛星の場合、機械操向式のシステムでは追跡に関する要件を満たすことはできません。そのため、何らかの形式のAESAを使用する必要があります。LEO衛星ではビームのステアリングも必要になることから、一般的にマルチビームを使用することになります。それにより、衛星において、データ用の複数のゲートウェイやサービス提供エリアに対してサービスとデータのスループットを最適化することが可能になります。LEO衛星のアプリケーションに必要なのは、電子的なビーム・ステアリングをサポートするアンテナです。それにより、複数のビームの方向を個別に制御できるようにしなければならないということです。一部のコンステレーションでは、衛星1基につきステアリングが可能な最大16本のユーザ用ビームを生成するという仕様が提案されています。

上述したようなコンステレーションにおいて柔軟性を確保するにはどうすればよいのでしょうか。その鍵は、ビーム・ステアリングをサポートするアンテナを採用することです。それにより、プライマリの衛星通信/EO用のアップリンク/ダウンリンクと、セカンダリのトラッキング/テレメトリ/制御(TT&C:Tracking, Telemetry, and Control)用のリンクの両方を含む通信リンクが維持されます。

AESAとビームフォーミング

従来のパラボラ・アンテナは、通常はトランスミッタとレシーバー用の1つのフィードを備えています。そして、1つの方向に向けて固定されるか、または機械的に向きが制御されます。電子ビーム・ステアリングに対応するアレイ・アンテナは、複数のアンテナ素子で構成されます。その放射パターンは、メイン・ローブと呼ばれるものを形成するように設計されます。そのためには、アレイ内の隣接するアンテナ素子の放射パターンを組み合わせるということが行われます。図4に示したように、メイン・ローブは所望の方向に放射エネルギーを送信します。理想的には、メイン・ローブによってすべての送信エネルギーが伝送されるべきです。しかし、実際には一部のエネルギーは所望の方向ではないサイド・ローブに向けられます。アンテナを設計する際の目標は、メイン・ローブのエネルギーを最大化し、サイド・ローブのエネルギーを最小化することです。メイン・ローブの形状と向きは、個々のアンテナ素子の振幅と位相を調整することによって制御できます。最新のIC技術を活用すれば、ゲインと位相をマイクロ秒単位で調整/更新する機能を実装することが可能です。それにより、衛星や飛行機のアプリケーションを対象とする大規模なアレイ・アンテナにおいても、高速なステアリングを実現できますviii。LEO衛星のアプリケーションではサイド・ローブの低減が不可欠です。衛星と地球の距離が近いため、サイド・ローブによって干渉が生じてしまうおそれがあるからです。

図4. 単方向のアレイによるビーム・ステアリング1
図4. 単方向のアレイによるビーム・ステアリング1

AESAで使用するFE用コンポーネントの選定

衛星通信システムは、FDD(Frequency Division Duplex:周波数分割複信)システムとして実現されます。つまり、トランスミッタとレシーバーは異なる周波数で動作します。ほとんどの場合、この種のシステムには、割り当てられた周波数帯を使用するアップリンクとダウンリンクのそれぞれに対して独立したアンテナが設けられます。

航空宇宙/防衛分野の他のアプリケーションと同様に、衛星においても、SWaP-C(サイズ、重量、電力、コスト)はシステム/サブシステムで使用するコンポーネントを選定する際に重要な意味を持ちます。軌道上で運用されるアプリケーションの場合、サイズと重量は打ち上げ能力によって制限されます。サイズと重量が大きくなると、打ち上げにかかる費用が膨れ上がります。実際、大規模なコンステレーションの場合、複数の衛星を1基のロケットに搭載して打ち上げられるように、各衛星を所定のフォーム・ファクタに収めなければなりません。また、軌道上のシステムで使われる電源は、太陽光エネルギーとバッテリ・バックアップ・システムにほぼ完全に依存します。したがって、コンポーネントを選定する際には消費電力が重要な仕様になります。

軌道上で運用するアプリケーションを対象としてアレイ・アンテナを設計するケースを考えます。その場合、アレイのサイズと素子の間隔を考慮し、FEで使用するコンポーネントとしてはできるだけ小さいものを使用することが求められます。具体的には、受信アンテナで使用するLNAと、送信アンテナで使用するPAまたはドライバ・アンプについて、その観点から検討を実施する必要があります。アレイの各アンテナ素子には、それぞれに専用のFEを用意しなければなりません。通常、そうしたFEには複数のコンポーネントが必要になります。また、それらのコンポーネントは、アンテナ素子のできるだけ近くに配置しなければなりません。その目的は、ノイズ指数を直接的に増加させる要因となるパターンによる損失を低減することです。標準的な実装方法としては、複数のアンテナ素子に対してビームフォーミング専用のICを1つ使用します。そして、アンテナ素子についてはそれぞれに専用のFEを用意します。具体的には、レシーバーのFEとしてはLNA、トランスミッタのFEとしてはPA/ドライバ・アンプを使用します。ゲインの高い受信アンテナでは、ゲインの高い複数のLNAを直列に接続して使用するケースがあります。それにより、FEの実装として必要な入力ゲインを達成するということです。この場合、対象とする周波数が高いほど素子の間隔を狭くする必要があります。そのため、コンポーネントのサイズは重要です。Kaバンド(26GHz~28GHz)に対応するレシーバーの場合、格子の間隔をλ/2とすると、素子の間隔は約5mmとなります。LEO衛星のアプリケーションに必要な広い走査角を維持するには、アンテナ素子をλ/2の間隔で配置しなければなりません。GEO衛星のプラットフォームで使用されるアレイ・アンテナの場合、走査に関連する要件はそこまで厳しくないため(±9)、素子の最小間隔にはもう少しゆとりがあります。最新のLNAであれば、フォーム・ファクタは2mm×2mmのパッケージに収まります。つまり、重要なコンポーネントの配置が行いやすくなります。また、多くの製品のパッケージ内にはDCブロックとRFチョークも収められています。そのため、レイアウトの作業は更に簡素化されます。

当然のことながら、アンプを選定する際には、それぞれの性能も重要な検討項目になります。LEO衛星の受信アンテナでは、アンプのノイズ指数(NF:Noise Figure。単位はdB)が最も重要な項目になります。アレイに必要な素子数、つまりはアンテナのサイズに直結するシステムのNFに影響が及ぶからです。LEO衛星はGEO衛星よりも小さいので、アンテナを収容するスペースに制約が生じる可能性があります。一般的には、アレイのサイズを扱いやすいレベルに抑えるために、システムのNFが2dB未満になるようにしなければなりません。システムのNFを1dB低減すれば、アンテナ素子の数を半分に減らせます。したがって、システムのNFに影響を及ぼすものとして、LNAのNFは非常に重要です。また、LNAのゲインも重要な仕様です。受信信号を復元して増幅するためには、高いゲインが必要になるからです。一般に、十分なゲインを得ることを目的として、FEでは複数段のLNAが使用されます。加えて、通信リンクの機能/性能は、大気の条件が変化したとしても維持されなければなりません。そのため、FEを構成するデバイスの直線性(出力IP3)も重要な仕様になります。レシーバーの信号強度は、主に送信元である地上局の性能によって決まります。ただ、(複雑な変調方式を適用して)最大限のデータ・レートを維持するためには、レシーバーの直線性も重要になります。アナログ・デバイセズは、Kaバンドに対応する低消費電力のLNAとして「ADL8142」を提供しています。この製品の場合、消費電力IDQを調整しながら受信パスの変動を補償することにより、直線性を確保できるようになっています。送信アンテナにおいては、FEとしてPAまたはドライバ・アンプを使用します。受信アンテナ側と同様に、最大限の送信速度を確保するためにはアンプの直線性が重要になります。送信アンテナでは、アンプの出力電力(OP1dB)によって各アンテナ素子が寄与できる電力量が決まります。また、軌道上で運用されるアプリケーションの場合、アンプの電力付加効率(PAE:Power Added Efficiency)も重要になります。その理由は2つあります。1つは、太陽光パネル(またはバッテリ・バックアップ・システム)から利用できる電力が限られることです。もう1つは、アンプの効率が低いと、未変換電力によって生成される熱に対処するために、より強力な冷却機構が必要になることです。

アナログ・デバイセズが提供する衛星通信用のIC

アナログ・デバイセズは、ビームフォーミングを利用する様々なアプリケーションを対象として多様な種類のデバイスを開発しています。具体的なアプリケーションとしては、衛星通信システム、民間用/軍用のレーダー、5Gベースの通信システムなどを想定しています。特に衛星通信に焦点を絞った製品としては「ADAR3000」と「ADAR3001」が挙げられます。これらの製品は、Kaバンドを使用する衛星の送信側/受信側にビームフォーミングの機能を提供します。どちらの製品もビームフォーミングの機能は4ビーム/16チャンネルに対応しており、遅延時間と減衰量をプログラムすることができます。パッケージはコンパクトなBGAを採用しています。これらのビームフォーミングICを補完するデバイスとして、ビームの分配を担う「ADAR5000」(4:1のウィルキンソン・スプリッタ/コンバイナ)も提供しています。先述したように、アンテナのFEで使用できるLNAとしてはADL8142などを提供しています。ADL8142は、Kaバンド(23GHz~31GHz)を使用する衛星アプリケーション向けに設計された製品です。パッケージは、サイズがわずか2mm×2mmのLFCSP/QFNを採用しています。性能としては、低いNF(1.6dB)、高い直線性(OIP3が20dBm)、高いゲイン(27dB)を達成しています(図5)。しかも、わずか1.5Vの電源電圧、わずか50mWの消費電力で動作します。COTS(Commercial off-the-shelf)版の他に、商用宇宙版である「ADL8142S」も提供しています。送信側向けの製品としては、「ADL8107」や「HMC498」を用意しています。前者の対応周波数は8GHz~15GHz、ゲインは28dB、P1dBは19dBmです(図6)。後者の対応周波数は17GHz~24GHzであり、ゲインは22dB、P1dBは26dBmです。いずれも高いゲインと直線性を備えているので、アンテナ素子用のドライバとして使用できます。

図5. ADL8142の特性。(a)はゲインと周波数の関係、(b)はNFと温度/周波数の関係を表しています2。
図5. ADL8142の特性。(a)はゲインと周波数の関係、(b)はNFと温度/周波数の関係を表しています2
図6. ADL8107の特性。(a)はゲインと周波数の関係、(b)はOP1dBと周波数の関係を表しています3。
図6. ADL8107の特性。(a)はゲインと周波数の関係、(b)はOP1dBと周波数の関係を表しています3

まとめ

非静止軌道で運用される最新の衛星コンステレーションにおいては、ビームフォーミングを利用するアンテナが不可欠な要素だと言えるでしょう。それにより、ユビキタス、フレキシブル、広帯域幅のデータ通信を提供するという目標を達成することが可能になるからです。アナログ・デバイセズは、そうしたアンテナの設計向けに高い柔軟性を備えるシグナル・チェーン製品を提供しています。具体的には、データ・コンバータや周波数コンバータ、ビームフォーマ、FE用のアンプなどを用意しています。アンテナ用のFEは、システムのノイズ性能を左右します。それだけでなく、シグナル・チェーン全体として機械的な制約や消費電力の制約を満たす上で重要な要素となります。アナログ・デバイセズは、LNAであるADL8142をはじめ、衛星通信に特有な要件を満たす高性能の製品群を開発しています。

参考資料

1 Keith Benson「アンテナの設計を簡素化するフェーズド・アレイ向けのビームフォーミングIC」Analog Dialogue、Vol. 53、No. 01、2019年1月
2 ADL8142 data sheet(データシート)、Analog Devices、2022年
3 ADL8107 data sheet(データシート)、Analog Devices、2022年

i LEOは、地表からの高度が約160km~2000kmの軌道として定義されています。
ii GEOは、地表からの高度が3万5786km(2万2236マイル)の軌道として定義されています。
iii MEOはLEOとGEOの間に存在します。例えば、O3bの場合、地表からの高度は8000kmです。
iv カバレッジは、北半球と南半球の高緯度帯で制限されます。
v この他に、冗長性を持たせるためのバックアップとして使用される衛星が存在する場合もあります。
vi 当初、TelesatのLightspeedは294基の衛星によって15Tbpsのデータ容量を実現すべく設計されました。標準的なVHTSの場合、データ容量は2~3Tbpsです(2022年)。
vii TIDとは、電離放射線の累積的な影響により、デバイスの閾値のずれ、リーク電流の増加、機能の停止などが引き起こされる現象のことです。
viii ビームフォーミングの詳細については、稿末に示した参考資料1をご覧ください。

著者

Jim Ryan

Jim Ryan

Jim Ryanは、アナログ・デバイセズのプロダクト・マーケティング・マネージャです。アイルランドのリムリックを拠点とする宇宙製品グループに所属しています。当社で30年以上にわたり、テスト・エンジニアリング、製品アプリケーション、マーケティングなどの分野の職務に従事。高精度のコンバータ、民生用AV、RFなどの分野を対象とする多様な製品を担当してきました。リムリック大学で理学学士号(電子工学)と工学修士号(コンピュータ・システム)を取得。英国のオープン大学では経営学の修士号を取得しています。