プラグ&プレイ機能を備えるデジタル入力のD級アンプ、優れたオーディオ性能の実現が容易に

概要

本稿では、プラグ&プレイ機能を備えるデジタル入力のD級アンプを紹介します。それらの製品を採用すれば、I2C対応のプログラミング、低ジッタのサンプリング・クロック、ロジック信号用のレベル・シフタ、慎重な基板設計、EMI(電磁干渉)対策用のフィルタが不要になります。そのため、システム設計が大幅に簡素化されます。本稿では、この種のD級アンプを採用し、基板面積、コスト、労力を削減しつつ、高性能のオーディオ性能を実現する方法を明らかにします。

はじめに

本稿で紹介するデジタル入力のD級アンプ(オーディオ・アンプ)は、プラグ&プレイに対応する新世代の製品です。アナログ入力を使用する従来のD級アンプと比べてはるかに優れたオーディオ性能を達成します。より重要なポイントは、デジタル入力のD級アンプを採用することにより、消費電力、複雑さ、ノイズ、システムのコストを削減できるという追加のメリットが得られるということです。

これまで電子機器のメーカーは、効率が高くフィルタが不要なアナログ入力のD級アンプを広く採用してきました。主な用途としては、スマートフォンやタブレット端末、ホーム・セキュリティ・システム、スマート・スピーカなどが挙げられます。アナログ入力のD級アンプにより、それらの機器が備えるポータブル・オーディオ・スピーカの出力に関する要件に対応してきたということです。実際、D級アンプを採用すれば、バッテリに直接接続できる、損失を最小限に抑えられる、部品点数を削減できるといったメリットが得られます。また、80dBを超える電源電圧変動除去比(PSRR)を達成できることもメリットの1つです。この性能は、GSM(Global System for Mobile Communications)の217Hzの復調信号によって生じる可聴ノイズを防ぐ上で重要になります。

アナログ入力のD級アンプを使用する場合、通常はアプリケーション・プロセッサにD/Aコンバータ(DAC)とライン・ドライバ・アンプを集積することになるはずです(図1)。その結果、ダイのコスト、消費電力、スピーカ出力のノイズが増大します。また、基板のアナログ経路に信号が結合してしまうと性能が劣化します。それを防ぐためには、基板のレイアウトを慎重に行う必要があります。

図1. アナログ入力のD級アンプをスピーカ・アンプとして使用した従来型のシステム。アプリケーション・プロセッサにDACとライン・ドライバ・アンプ(ライン・アンプ)を集積する必要があります。そのため、ダイのコスト、消費電力、スピーカ出力のノイズが増加します。
図1. アナログ入力のD級アンプをスピーカ・アンプとして使用した従来型のシステム。アプリケーション・プロセッサにDACとライン・ドライバ・アンプ(ライン・アンプ)を集積する必要があります。そのため、ダイのコスト、消費電力、スピーカ出力のノイズが増加します。

一方、デジタル入力のD級アンプを採用すれば、基板設計に関連するほとんどの問題が解消されます(図2)。例えば、大電流を供給するバッテリと負荷であるスピーカの接続に使用する配線を最短にするために、シングルチャンネルのD級アンプを基板上の離れた場所に配置することができます。また、上述したように、アナログ入力のD級アンプではDACとライン・ドライバ・アンプが必要になります。デジタル入力のD級アンプではそれらは不要なので、実装面積とシステム・コストを抑えつつ、設計を簡素化することが可能になります。

システム設計の簡素化

デジタル入力のほとんどのD級アンプは、PCM(Pulse Code Modulation)の入力データ(I2Sの入力データ)を受け取ります。そのためには、BCLK、LRCLK、DINという3本の配線が使用されます。PCMデータを入力とするD級アンプを使用する場合、アプリケーション・プロセッサに変調機能やデータのアップサンプリング機能を集積する必要はありません(図2)。なお、PCM入力のD級アンプの中でも、古い実装方法を採用した一部の製品では、ジッタのないサンプリング・クロックを生成するためのクリーンなマスタ・クロック(MCLK)が必要になります。一方、「MAX98357」、「MAX98360」「MAX98365」のような新しいPCM入力のD級アンプであれば、MCLKの入力は必要ありません。そのため、ピン数や消費電力、基板の複雑さが低減されます。

図2. PCM入力のD級アンプをスピーカ・アンプとして採用したシステム。配線は3本で済むことに加え、アプリケーション・プロセッサに変調機能やデータのアップサンプリング機能を集積する必要はありません。
図2. PCM入力のD級アンプをスピーカ・アンプとして採用したシステム。配線は3本で済むことに加え、アプリケーション・プロセッサに変調機能やデータのアップサンプリング機能を集積する必要はありません。

同じデジタル入力のD級アンプでも、古いタイプの製品では、サンプリング・レートやビット深度を調整可能ではあるものの、複雑なプログラミングが必要になることがあります。それに対し、新世代の製品では、広範にわたるサンプル・レートとビット深度を自動的に検出して自己構成が行われるようになっています。つまり、プラグ&プレイが実現されているのでプログラミングは一切必要ありません。

マルチチャンネルに対応する必要がある場合、デジタル入力のD級アンプを採用すれば、外付けのコンデンサや基板上の配線の数を減らすことができます。PCM入力に対応するためにBCLK、LRCLK、DINの各配線を用意するだけで、ステレオのデータや8チャンネルのTDMデータに対応できます(図2)。一方、アナログ入力のステレオD級アンプの場合、通常は2つの差動入力信号(配線は4本)を、ACカップリング用のコンデンサによってルーティングしなければなりません(図1)。

デジタル入力のD級アンプでは、ほとんどの場合、デジタル回路用の低い電源電圧(1.8V)とスピーカ用の高い電源電圧(2.5V~5.5V)が必要になります。それに対し、MAX98357やMAX98360は単電源で動作します。そのため、部品点数を削減し、基板の設計を簡素化することが可能です。MAX98365も3.0V~5.5Vの単電源で動作します。ただ、この製品は1.8V~5.5Vと3.0V~14.0Vの2つの電源で動作させることも可能です。また、デジタル入力用のロジック電圧はこれらの電源電圧には依存しません。入力ロジック電圧は1.2V~5.5Vの範囲の任意の値に設定でき、レベル・シフタは必要ありません。

ジッタに対する耐性、クロックの生成方法

デジタル入力のD級アンプを使用する場合、通常はクロック・ジッタという新たな課題に直面することになるでしょう。ほとんどの製品では、優れたオーディオ品質を得るためにBCLKまたはMCLKのジッタ・レベルをかなり低く抑える必要があります。ただ、D級アンプ製品のデータシートを見ても、ジッタに対する耐性について明記されているケースは少ないはずです。記載されている場合の標準的な仕様は、rms値で約200ピコ秒程度となります。一般に、クロック・ジッタが大きいと、D級アンプのダイナミック・レンジまたはフルスケールにおけるTHD + N(全高調波歪み+ノイズ)性能が低下します。

多くのシステムでは、アプリケーション・プロセッサ用のリファレンス発振器の周波数が都合良くBCLKの周波数の倍数になっているとは限りません。そのため、低ジッタのクロックをD級アンプに供給するのは容易ではないはずです。例えば、GSMに対応する携帯電話では、水晶発振器の周波数として一般的に13MHzが使用されます。また、多くのビデオ・ソリューションでは27MHzという周波数が選択されます。どちらのリファレンス周波数も、オーディオ・アプリケーションで使用される一般的なサンプリング・レート(44.1kSPSや48kSPS)の倍数ではありません。したがって、それらのシステムでは複雑なフラクショナルN型のフェーズ・ロック・ループ(PLL)を使用してオーディオ用のクロックを生成することになります。加えて、オーディオ用のリファレンス発振器として独立したものを必要とするソリューションも存在します。その場合、複雑さと部品点数(BOM)が増加することになります。

以上のような理由から、オーディオ性能を損なうことなく大きなクロック・ジッタに耐えられるデジタル入力のD級アンプが求められています。そのようなD級アンプを採用すれば、システムの複雑さを緩和できる好ましいソリューションが得られます。BCLKの生成方法として最も簡単なものは、クロックのサイクルをスキップするというものです(図3)。しかし、それでは非常に大きなジッタが発生してしまいます。例えば、13MHzのリファレンス・クロックのサイクルをスキップして、6.144MHzのBCLK(48kSPS×128 OSR)を生成するとします。その場合、ジッタのピーク値は38.4ナノ秒、rms値は22.2ナノ秒になります。これらは、ほとんどのDACが耐えられるジッタの値と比べて2桁も高い値です。

しかし、本稿で紹介した新たなD級アンプ製品であれば、それだけのクロック・ジッタが存在していても、103dBを超えるダイナミック・レンジを達成できます。クロックのサイクルをスキップする手法は、アプリケーション・プロセッサにわずかな論理ゲートを集積するだけで実現可能です。また、それらの新たなD級アンプ製品を採用した場合、発振器や、PLLの実装に必要となるループ・フィルタも不要です(図4)。

図3. 12.288MHzのMCLKの生成方法。25MHzのクロックのサイクルをスキップしています。
図3. 12.288MHzのMCLKの生成方法。25MHzのクロックのサイクルをスキップしています。
図4. PCM入力のD級アンプを採用したシステム。サイクルのスキップによってクロックを生成しています。
図4. PCM入力のD級アンプを採用したシステム。サイクルのスキップによってクロックを生成しています。

ジッタに対する耐性の評価結果

MAX98357/MAX98360/MAX98365のダイナミック・レンジは、サイクルのスキップによってクロック・ジッタが増加しても劣化しません。これについては、実測評価で確認されています(図5)。クロック・ジッタが存在する場合、これらの製品のダイナミック・レンジは、120dBのダイナミック・レンジをうたうDACと比べて20dB以上高くなります。なお、シグマ・デルタ(ΣΔ)型DACのジッタ耐性については、稿末に示した参考資料「Analyzing Audio DAC Jitter Sensitivity(オーディオ用DACのジッタ感度を解析する)1をご覧ください。

図5. ジッタの有無とダイナミック・レンジの関係。ジッタが存在しない場合と、サイクルのスキップによって11.5ナノ秒(rms値)のクロック・ジッタが生じた場合の評価結果を示しています。
図5. ジッタの有無とダイナミック・レンジの関係。ジッタが存在しない場合と、サイクルのスキップによって11.5ナノ秒(rms値)のクロック・ジッタが生じた場合の評価結果を示しています。

まとめ

本稿では、プラグ&プレイ機能を備える新たなデジタル入力のD級アンプを紹介しました。これらの製品を採用すれば、I2C対応のプログラミング、低ジッタのサンプル・クロック(MCLK)、ロジック信号用のレベル・シフタ、慎重な基板設計、EMI対策用のフィルタは必要ありません。シンプルな基板設計により、高い効率、優れたEMI性能、大きな出力を得ることができます。MAX98357とMAX98360のパッケージはWLPまたはQFNであり、3.2Wの出力を得ることが可能です。MAX98365のパッケージはWLPであり、17.6Wの出力を供給できます。

参考資料

1Matt Felder、Patrick Gallagher、Brian Donoghue「Analyzing Audio DAC Jitter Sensitivity(オーディオ用DACのジッタ感度を解析する)」EDN、2012年9月

著者

Matt Felder

Matt Felder

Matt Felderは、アナログ・デバイセズのディスティングイッシュト・エンジニアです。2009年にアナログ設計エンジニアとして入社しました。オーディオ用のDAC/ADC、マルチチャンネルのSAR ADC、オーディオ・アンプ、ビデオ用のDAC、FM対応の無線受信機、マルチフォーマットのバッテリ・チャージャなどを担当しています。IEEEのシニア会員であり、47件の特許を保有。テキサスA&M大学で電気工学の学士号、テキサス大学オースティン校で電気工学の修士号を取得しました。