車載技術の進歩に伴い、最新の車両に搭載される電子部品の数は、著しく増加しています。その目的は、安全性の向上、ドライビング・エクスペリエンスの改善、エンターテインメント機能の拡充、電力とエネルギー源の多様化への対応を図ることです。アナログ・デバイセズは、継続的にエンジニアリング・リソースを投入し、車載市場向けのパワー・マネージメント・ソリューションの改良に努めています。そのような取り組みによって生み出された技術の多くは、電源の高効率化、堅牢性の向上、小型化、EMI性能の大幅な改善につながっています。
車載アプリケーション向けの電源は、過酷な条件にさらされても故障することなく動作するものでなければなりません。設計者は、負荷ダンプ、コールド・クランク、バッテリの逆接続(逆極性)、ジャンプスタート時の2倍のバッテリ電圧、スパイクについて考慮する必要があります。また、LV 124、ISO 7637-2、ISO 17650-2、TL 82066で定義されたトランジェントなどのあらゆる事態に対応しなければなりません。更に、機械的な振動、ノイズ、非常に広い動作温度範囲などについても検討する必要があります。本稿では、車載向けの電源に不可欠な仕様とソリューションに関するものとして、以下の事柄に着目します。
- 車両における入力トランジェント
- 入力電圧範囲
- 出力電圧/出力電流
- 自己消費電流 (IQ)
- EMI(電磁干渉)
以下では、高性能のデバイスを複数組み合わせることで、他の方法では解決が困難な車載電源の問題を容易に解決する、いくつかのソリューションを紹介します。
過酷な車載環境
図1に示したのは、車載アプリケーションの厳しい要件を満たす完全な電源ソリューションです。フロントエンドで使用しているアクティブ整流器コントローラ「LT8672」は、理想ダイオードとして機能します。それにより、車内の過酷な条件や、逆接続などの破壊的な障害から回路を保護します。この理想ダイオードの後段には、降圧レギュレータを配置しています。それらは、自己消費電流IQが少ないことを特徴とするファミリ製品です。3V~42Vの入力範囲に対応する各製品により、コア、I/O、DDRメモリ、ペリフェラル・デバイスに必要な電源電圧を供給します。

これらのレギュレータは、IQが非常に少なく抑えられています。そのため、常時オンのシステムに適用すれば、バッテリの持続時間を延伸することができます。また、低ノイズの電力変換技術を採用しているので、コストのかかるEMI対策の必要性を最小限に抑えることができます。つまり、非常に厳しい車載EMIの規格を満たすための設計と試験にかかる時間を短縮できるということです。「LT8603」は、IQが少ないマルチチャンネルの降圧レギュレータに、プリレギュレーション用の昇圧コントローラを組み合わせた製品です。同製品は、コールド・クランクに耐える必要がある多くの重要な機能に向けて、3種以上の電源電圧を供給できるコンパクトなソリューションです。「LT8602」は、衝突の警告、衝突の軽減、ブラインド・スポット・モニタリングといった多数のADAS(先進運転支援システム)機能に必要な4種の電源電圧を供給することができます。
図2に示したのは、エンジンによってオルタネータを駆動する従来型の車載電気系統です。オルタネータの基本機能は、三相発電機だと表現することができます。そのAC出力は、ダイオードで構成される全波整流器によって整流されます。この整流器の出力は、バッテリ(鉛蓄電池)の充電や、12Vの回路/デバイスの給電に使われます。一般的な負荷としては、ECU(電子制御ユニット)、燃料ポンプ、ブレーキ、ファン、エアコン、サウンド・システム、照明などがあります。ペリフェラル、I/O、DDRメモリ、プロセッサや、それらのための電源など、ADASのより多くの構成要素が12Vのバスに接続されるようになってきています。

電動自動車の電気系統は、この構成とはいくつかの点で異なります。まず、エンジンは電気モータに置き換えられます。また、オルタネータの代わりにDC/DCコンバータが使われます。このDC/DCコンバータは、リチウム・イオン・バッテリ・スタックが出力する400Vもの電圧を12Vに変換します。ただ、従来の12Vのオルタネータ・デバイスはそのまま残り、それによる過渡的なパルス(高速パルスを含みます)は従来どおり発生します。
エンジンは、狭い範囲の回転数によって最大の効率で動作します。オルタネータの定常状態の出力とバッテリの電圧は、ほとんどの条件下において約13.8Vで比較的安定しています(これについては後述します)。車載バッテリから直接給電されるすべての回路には、9V~16Vの範囲で確実に動作することが求められます。堅牢性の高い車載エレクトロニクスを設計するには、最も都合の悪いタイミングで否応なく発生する異常な条件の下でも正しい動作が得られるようにする必要があります。
一般に、オルタネータの出力は安定していると言われています。しかし、車両の他のシステムに電力を供給する前にコンディショニングを行う必要がないほど安定しているわけではありません。望ましくない電圧スパイクやトランジェントは、オルタネータの後段の電子システムに害を及ぼします。したがって、それらに適切に対処しなければ、誤動作や恒久的な故障が生じるおそれがあります。ここ数十年の間に、車載電源で生じるスパイクや電圧トランジェントについて定義し、設計における基準を定めた多くの車載規格が制定されました。例えば、ISO 7637-2、ISO 16750-2、LV 124、TL82066などの規格があります。
最も重要でありながら対処が困難な高電圧のトランジェントは、負荷ダンプです。車載エレクトロニクスにおいて、負荷ダンプとは、充電中の車載バッテリがオルタネータから切断された状態のことを指します。負荷ダンプによってトランジェントが生じている際、オルタネータは時定数が大きいことから大きな励磁電流を維持し、負荷がなくても大きな電力を出力します。通常、この過剰なエネルギーは、大容量のコンデンサであるバッテリに吸収されます。しかし、端子の緩みなどの問題によってバッテリが切断されている場合には、その能力を発揮することができません。その結果、他のすべての電子部品が電圧サージにさらされることになります。負荷ダンプによって生じるこうした問題に耐えなければならないのです。負荷ダンプが抑制されていない場合、100Vもの電圧が生成されるおそれがあります。幸い、最新の車両が備えるオルタネータには、アバランシェ耐量の整流用ダイオードが使われています。そのため、負荷ダンプによる電圧は35Vまでに抑えられます。それでも標準時と比べるとかなり高い値です。負荷ダンプは、400ミリ秒にもわたって続く可能性があります。
その他にも、高電圧が発生するケースがあります。代表的なものはジャンプスタートです。レッカー車において、2個のバッテリを直列に接続することにより効果的なジャンプスタートを実現し、上がってしまったバッテリを回復させるという手法があります。この場合、車載回路は28Vという高い電圧に数分間耐える必要があります。28Vというのは、公称バッテリ電圧の2倍に相当します。「LT8650S」や「LT8640S」を含むSilent Switcher®(サイレント・スイッチャ)ファミリやSilent Switcher 2ファミリなど、Power by Linear™の降圧レギュレータ製品であれば、この要件を上回る最大42Vまでの電圧に対応できます(表1)。一方、定格電圧が低いデバイスにはクランプ回路が必須となり、コストの増加と効率の低下を招きます。「LT8645S」や「LT8646S」など、一部のPower by Linear製品は最大65Vに対応します。これであれば、24Vをベースとするシステムが標準となるトラックや航空機でも使用できます。
品番 | 出力数 | 入力電圧範囲〔V〕 | 出力電流 | 最大効率 fSW = 2 MHZ VIN = 12 V VOUT = 5 V |
12Vの入力に対するIQの標準値〔μA〕 | EMIの低減機能 | パッケージ |
LT8650S | 2 | 3~42 | 両チャンネルで4A 1チャンネルで6A |
94.60% | 6.2 | Silent Switcher 2 | 6 mm × 4 mm × 0.94 mm LQFN |
LT8645S | 1 | 3.4~65 | 8 A | 94% | 2.5 | Silent Switcher 2 | 6 mm × 4 mm × 0.94 mm LQFN |
LT8643S | 1 | 3.4~42 | 連続6A ピーク7A |
95% | 2.5 | Silent Switcher 2(外部補償回路付き) | 4 mm × 4 mm × 0.94 mm LQFN |
LT8640S | 1 | 3.4~42 | 連続6A ピーク7A |
95% | 2.5 | Silent Switcher 2 | 4 mm × 4 mm × 0.94 mm LQFN |
LT8609S | 1 | 3~42 | 連続2A ピーク3A |
93% | 2.5 | Silent Switcher 2 | 3 mm × 3 mm × 0.94 mm LQFN |
LT8641 | 1 | 3~65 | 連続3.5A ピーク5A |
94% | 2.5 | Silent Switcher | 3 mm × 4 mm 18ピンQFN |
LT8640 LT8640–1 |
1 | 3.4~42 |
連続5A ピーク7A |
95% | 2.5 | Silent Switcher LT8640:パルス・スキップ・モード LT8640-1:強制連続モード |
3 mm × 4 mm 18ピンQFN |
LT8614 | 1 | 3.4~42 | 4 A | 94% | 2.5 | Silent Switcher、低リップルのBurst Mode動作 | 3 mm × 4 mm 18ピンQFN |
LT8642S | 1 | 2.8~18 | 10 A | 95% | 240 | Silent Switcher 2 | 4 mm × 4 mm × 0.94 mm LQFN |
LT8646S | 1 | 3.4~65 | 8 A | 94% | 2.5 | Silent Switcher 2 | 6 mm × 4 mm × 0.94 mm LQFN |
自動車のエンジンをスタートするときには、バッテリからスタータに対して数百Aもの電流が流れます。このときも電圧トランジェントが生じます。その結果、バッテリの電圧が短時間だけ低下します。この現象は、ドライバーが自動車のエンジンをスタートさせたときにだけ発生します。例えば、スーパーまで往復する場合であれば、出発時に車のエンジンをスタートさせたときと、帰宅時に再びエンジンをスタートさせたときだけです。従来はこの2回で済んでいたのですが、最近の車両は、省エネを目的としてスタートストップ機能(いわゆるアイドリングストップ機能)を搭載するようになりました。そのため、スーパーまで往復する場合、一時停止の標識や赤信号に遭遇し、一定の作動条件を満たすたびに、車両はエンジンのスタートとストップを自動的に何度も繰り返すことになります。エンジンのスタートとストップの回数が増加したことで、バッテリとスタータには従来の車両よりもはるかに大きな負荷が加わるようになりました。

また、気温の低い朝にエンジンをスタートさせる場合、スタータには周辺温度が高い場合と比べてより多くの電流が流れます。その結果、バッテリの電圧は、約20ミリ秒にわたって3.2V以下にまで低下します。この現象がコールド・クランクです。いくつかの機能は、コールド・クランクが発生しているときにも動作し続けなければなりません。幸い、そうした必須の機能は、それほど大きな電力を必要としないように設計されています。マルチチャンネルのコンバータであるLT8603などのICソリューションであれば、入力電圧が3V以下まで低下してもレギュレーションを維持することができます。
ISO 7637-2とTL82066では、他にも多くのパルスについて定義しています。なかには、正/負電圧の値が大きくなるだけでなく、ソース・インピーダンスが高いものもあります。それらのパルスは、上述した事象と比べるとエネルギー量が比較的少ないので、適切に選択されたTVS(Transient Voltage Suppressor:過渡電圧サプレッサ)を入力部に付加することによって除去/クランプすることができます。
車載耐性基準を満たす理想ダイオード
先ほど触れたLT8672は、理想ダイオードとして機能するアクティブ整流器コントローラです。高い定格入力電圧(42V、-40V)、少ないIQ、超高速な過渡応答、非常に小さい電圧降下で外付けのFETを制御できます。12Vの車載システムに適用すれば、非常に少ない消費電力で保護機能を実現できます。
バッテリの逆接続
バッテリの端子が切断された場合、修理の際に誤って逆向きに接続されるおそれがあります。そうすると、負のバッテリ電圧によって、電子システムが破損してしまうかもしれません。通常、電源の逆接続から保護するためには、遮断用のダイオードを電源の入力部と直列に配置します。しかし、そのダイオードで生じる電圧降下により、システムの効率と入力電圧が低下してしまいます。コールド・クランクが発生したときには、それが特に顕著になります。
LT8672は、受動的なダイオードに代わる理想ダイオードとして機能します。図3に示すように使うことで、後段のシステムを負電圧から保護することができます。
正常な条件下において、LT8672は理想ダイオードとして機能し、Nチャンネルの外付けMOSFETを制御します。ゲート駆動用のアンプはドレイン‐ソース間電圧を検出し、MOSFETのゲートを駆動して順方向電圧が20mVになるように調整します。D1は、ステップ負荷の状態や過電圧の状態にある際に、Sourceピンを正の方向で保護します。入力電圧が負になった場合、ソース電圧が負になってゲートがそれと同電位になります。そのため、MOSFETはオフになり、ドレインは負の入力電圧から切り離されます。LT8672は、高速プルダウン(FPD)機能によって、外付けMOSFETを素早くオフにします。

ACリップルの重畳
外乱による影響が及んだ結果、バッテリの電圧にACリップル(AC電圧)が重畳されてしまうことがあります。例えば、オルタネータの整流出力のアーチファクトがAC成分として重畳されるといった具合です。また、モータ、電球、PWM制御の対象物といった大電流を要する負荷が頻繁にスイッチングすることにより、AC成分が発生/重畳されることもあります。車載規格であるISO 16750やLV 124によれば、ECUは電源に重畳された、最高周波数が30kHz、最大振幅が6Vp-pのACリップルにさらされる可能性があります。周波数の高いACリップルがバッテリの電圧に重畳されている場合、どのように対処すればよいのでしょうか。例えば、標準的なダイオード(ダイオードとして機能するコントローラ)を使用したのでは、十分に高速に対応することはできません。それに対し、LT8672を使用すれば、最高100kHzという高い周波数のゲート・パルスを生成し、必要に応じて外付けFETを制御することで、ACリップルを除去することができます(図5)。

このようにして電源レール上の一般的なACリップルを除去する機能は、LT8672ならではのものです。この機能は、FPDと高速プルアップ(FPU)による制御の戦略と、内蔵昇圧レギュレータによりゲート・ドライバに電力を供給する強力なゲート駆動能力に基づいて実現されます。チャージ・ポンプでゲートに給電するソリューションとは異なり、LT8672では昇圧レギュレータを使用します。この手法により、11Vのレギュレーション電圧を維持して外付けFETをオンの状態に保ちつつ、強力なゲート駆動電流(ソース電流)によって周波数の高いACリップルを整流することで、スイッチング損失を抑えることができます。50mAのソース電流によってFETを非常に高速にオンにすることが可能な一方で、消費電力は最小限に抑えられます。また、300mAのシンク電流により高速にオフすることも可能であり、電流の逆流を最小限に抑制できます。加えて、出力コンデンサのリップル電流が大幅に低減されます。重畳ACリップルの標準的な整流波形を図6に示しました。

ショットキー・ダイオードを用いた従来のソリューションと比較すると、LT8672には、同一の負荷条件における導通損失が実質的に低減されるというメリットもあります。図7の熱画像に示すように、LT8672を用いたソリューションでは、ダイオードをベースとする従来のソリューションよりも温度が60°Cほど低くなります。高い効率が得られるだけでなく、サイズの大きなヒート・シンクを使用しなくて済みます。
車載電子システムの入力には、ピーク値が高く、幅が狭いパルスが現れることがあります。これは、一般に次の2つの要因によって発生します。
- 誘導性の負荷が直列/並列に接続されている状態での入力電源の切断
- 負荷のスイッチングが、ワイヤ・ハーネスの分布容量と分布インダクタンスに及ぼす影響

そうしたパルスの中には、ピーク電圧が非常に高くなるものもあります。例えば、ISO 7632-2では、ピーク電圧が-220V以下になるスパイクをパルス3aと定義しています。また、パルス3bは、バッテリの初期電圧に最大ピーク電圧が150Vのパルスが追加される状態を表します。内部インピーダンスは大きく、持続時間は非常に短いですが、このようなパルスにさらされると、後段の電子回路は簡単に破損してしまう可能性があります。
そうしたスパイクを抑えるためには、適切なサイズの2個のTVSをフロントエンドに配置します。なお、エネルギー量の小さい一部のパルスは、入力コンデンサと配線の寄生インダクタンスで構成されるフィルタの効果により、問題ないレベルまで減衰する可能性があります。


コールド・クランクに対応可能なマルチ出力のレギュレータ
LT8602は、5V~42Vの入力電圧範囲に対応し、5V、3.3V、1.8V、1.2Vなど最大4種の電圧を供給できるコンパクトなソリューションです。同製品は、コールド・クランクが発生している際に必ずしも動作している必要はない機能のための電源供給に適しています。スパーク・プラグ・コントローラやアラームなど、コールド・クランクの発生時でも動作していなければならない機能に対しては、3V(またはそれ以下)の入力電圧でも動作するLT8603などのソリューションが適しています。
LV 124には、コールド・クランクについて図8に示すようなワースト・ケースが定義されています。ご覧のように、エンジンのスタート時にバッテリの電圧が最小で3.2Vまで低下し、その状態が19ミリ秒以上続きます。この仕様に対し、ダイオードをベースとする従来のソリューションを適用する場合、バッテリの逆接続対策のためのダイオードの電圧降下も考慮すると、2.5Vという低い電圧でアプリケーションの動作を維持しなければなりません。ダイオードを使用した受動的な保護機構を採用した場合、多くのマイクロコントローラで一般的に必要となる3Vの電源電圧を供給するために、よりシンプルで効率の高い降圧レギュレータではなく、昇降圧レギュレータを使用しなければならなくなる可能性があるのです。
LT8672は、最小3Vの入力電圧で動作します。入出力間の電圧降下を最小限(20mV)に抑えつつ、コールド・クランク時のパルスに対し、アクティブ整流器として機能します。コールド・クランクの発生時でも、後段の電源の入力電圧が3Vを下回ることはありません。そのため、LT8650Sなどのように最小入力電圧が3Vで低ドロップアウト特性を備える降圧レギュレータを使用して、3Vの電源電圧を生成することができます。
Power by Linearの車載ICの多くは、LT8650Sと同様に、3Vの最小入力電圧で動作します。
図9は、LT8672を使用するソリューションとダイオードを使用する従来のソリューションの効果を比較したものです。降圧レギュレータは最小3Vで動作し、1.8Vの電源電圧を生成します。図のように、従来のソリューションでは、バッテリ電圧VBATTが3.2Vに低下したときに、ダイオードの大きな電圧降下によって、降圧レギュレータのVINが2.7V近くまで低下します。後段のスイッチング・レギュレータでは、UVLO(低電圧誤動作防止)のシャットダウン機能がトリガされ、1.8Vの出力が中断されています。一方、LT8672を適用した場合、出力電圧はコールド・クランクの発生時でもほぼ一定です。そのため、後段の降圧レギュレータは1.8Vの出力を維持できています。
多くの重要な機能に必要な5Vと3.3Vの電源電圧に加え、プロセッサのI/OやアナログIC/デジタルICのコア向けには、2V未満の電源電圧が必要です。VBATTから直接給電する場合、その出力が最小入力電圧(VIN)以下まで低下すると、純粋な降圧レギュレータではレギュレーションを維持できません。しかし、そうした重要な機能は通常は大きな電力を必要としないので、集積度が高くコンパクトなソリューションを使用できます。例えば、LT8603は、3個の降圧コンバータと昇圧コントローラをモノリシックに集積した製品です。わずか6mm×6mmの実装スペースで、4種の出力を供給することができます。
LT8603が内蔵する昇圧コントローラは、2V未満の入力電圧に対応できます。そのため、3個の降圧レギュレータに対する理想的なプリレギュレータとなります。図10に示したのは、コールド・クランクに対応可能なPower by Linearの最先端ソリューションです。高電圧に対応する2つの降圧コンバータは、プリブースト・コンバータから給電されます。VBATTが8.5Vを下回ると、昇圧コントローラはスイッチング動作を開始し、出力Out4が8Vにレギュレーションされます。起動した後は、最小3Vの入力電圧で出力を維持することが可能です。したがって、高電圧に対応する2つの降圧コンバータは、5Vと3.3Vという一定の出力を供給しながら、コールド・クランクの状態を乗り切ることができます(図11)。コールド・クランクから脱し、VBATTが8.5V以上まで回復すると、昇圧コントローラは単なるパススルー・ダイオードとして動作します。高電圧に対応する降圧レギュレータの入力電圧範囲は最大42Vです。低電圧に対応する降圧レギュレータはOut2によって給電され、コールド・クランクの発生時でも1.2Vを供給できます。


極めて少ないIQにより、常時オンのシステムのバッテリ寿命を延伸
自動車には、バッテリを再充電することなく数週間から数ヵ月の間、VBATTに接続されたままで常時起動しているシステムが存在します。そうしたシステムでは、負荷が軽い場合や無負荷の場合の効率が、負荷が重い場合の効率よりも重要になることがあります。Power by Linear製品の中には、IQを極めて少なく抑えたものが存在します。そうした製品は、3V~42Vという広い入力電圧範囲と広い温度範囲において、条件の厳しい過渡的な状態に耐えつつ、バッテリの充電量を維持するよう動作します。その種の製品には、軽負荷時や無負荷時の効率を最適化してレギュレーションを維持するためのものとして、Burst Mode®動作が用意されています。このモードでは、バーストとバーストの間は、出力スイッチの制御に関連するすべての回路がシャットダウンし、入力電源電流が数µAに低下します。通常の降圧レギュレータの場合、無負荷の状態でのレギュレーション時には、数万µAもの電流がVBATTから引き出されるため、バッテリは数桁高速に消費されます。
軽負荷時のBurst Modeの効率は、主にスイッチング損失に左右されます。スイッチング損失は、スイッチング周波数とゲート電圧に依存します。MOSFETのオン/オフの切り替えと内部ロジックの動作の維持に必要なエネルギーは固定なので、スイッチング周波数を下げればゲート電荷による損失が削減され、効率は向上します。スイッチング周波数は、主にBurst Modeの電流制限値、インダクタの値、出力コンデンサの値によって決まります。負荷電流が一定である場合、Burst Modeの電流制限値を高めれば、各スイッチング・サイクルにおいて供給されるエネルギーが増加し、スイッチング周波数は低くなります。Burst Modeの電流制限値を一定にすると、インダクタの値が大きいほど保存されるエネルギーが多くなります。この場合もスイッチング周波数は低くなります。同じ理由に基づき、出力コンデンサの値が大きいほど保存されるエネルギーは多くなり、放電時間は長くなります。

図12に示したのは、IQが極めて少ないLT8650Sを使用したソリューションの例です。同製品は、同期整流方式の降圧レギュレータであり、広い入力電圧範囲と負荷電流範囲に対して高い効率を得ることができます。内蔵MOSFETを使用し、3.3V/5Vの固定出力電圧で最大8Aの総出力電流を供給することが可能です。また、同製品を採用すれば、設計/レイアウトの作業も簡素化されます。加えて、同製品には、バッテリ駆動のシステムにおいて特定のアプリケーションの性能を最適化する際に利用可能なオプションも用意されています。
表1に、最大42Vまたは65Vの入力電圧に対応し、IQを少なく抑えた車載市場向けのモノリシック型レギュレータについてまとめました。アナログ・デバイセズが開発した技術を適用することにより、各製品の標準的なIQはわずか2.5μAに抑えられています。また、35ナノ秒の最小オン時間に対応しているため、自動車業界で一般的に用いられる2MHzのスイッチング周波数によって、42Vの入力から3.3Vの出力を得ることが可能です。
EMI対策を簡素化するSilent Switcher製品
車載アプリケーションには、他の車載システムの正常な動作に干渉するおそれのある電磁ノイズを生成しないシステムが求められます。例えば、スイッチング電源は効率的なパワー・コンバータですが、その性質上、他のシステムに影響を及ぼす可能性のある望ましくない高周波成分を生成します。スイッチング・レギュレータのノイズは、スイッチング周波数とその高調波の周波数で発生します。
ノイズ成分としては、出力コンデンサと入力コンデンサに現れるリップルがあります。リップルは、等価直列抵抗(ESR)と等価直列インダクタンス(ESL)が小さいコンデンサと、インダクタとコンデンサで構成したローパス・フィルタによって抑えることができます。それよりもはるかに対処が難しいのが、高周波のノイズ成分です。こちらは、パワーMOSFETが高速にスイッチングすることが原因で発生します。サイズと効率に重きを置く設計では、小さい受動部品を使用できるようにすることと、可聴帯域を避けることを目的とし、スイッチング周波数は2MHzまで引き上げられます。また、スイッチング損失とデューティ比損失を低減して効率を高めるために、スイッチングの遷移時間はナノ秒のレベルにまで短縮されます。
ノイズの分散には、パッケージやプリント回路基板の寄生容量と寄生インダクタンスが大きな影響を及ぼします。そのため、ノイズを除去するのは困難である可能性があります。スイッチング・ノイズは数十MHzから数GHzにまで及ぶため、EMIの発生を防止するには複雑な手法が必要になります。ノイズの影響を受けやすいセンサーや計測機器が誤動作すると、可聴ノイズが生じたりシステムに深刻な故障が発生したりするかもしれません。このような背景から、EMIを規制するために非常に厳しい規格が設けられています。最も一般的に採用されているEMI規格がCISPR 25のクラス5です。同規格では、150kHz~1GHzにおける上限値が詳細に規定されています。
多くの電流を扱うシステムで車載EMI規格を満たすには、非常に複雑な設計/テストが必要になります。通常は、ソリューションのサイズ、全体的な効率、信頼性、複雑さに関する数多くのトレードオフを伴うからです。従来は、スイッチング・エッジの低速化やスイッチング周波数の低減によってEMIを制御するという手法が使われていました。その場合、効率の低下、最小オン時間/最小オフ時間の増大、ソリューションの大型化といった代償が伴います。また、複雑でサイズの大きいEMIフィルタ、スナバ回路、金属シールドなどを使用する緩和策を採用した場合、基板面積、部品点数、組み立てのコストが大幅に増加します。加えて、熱管理とテストが複雑になります。
アナログ・デバイセズのSilent Switcherは、EMIの問題を解決する革新的な技術です。スイッチング周波数が高く、高電圧を扱う電源においても、優れたEMI性能を達成できます。第2世代の技術であるSilent Switcher 2を採用した製品は、ホット・ループのコンデンサもパッケージに内蔵します。そのため、基板の設計と製造が簡素化されます。42Vの入力、4Aの出力に対応するLT8650Sなどの降圧レギュレータの場合、ホット・ループは入力コンデンサと上下のスイッチで構成されます。ノイズが大きい他のループとしては、ゲート駆動回路や昇圧用コンデンサの充電回路が挙げられます。Silent Switcher 2に対応する製品では、ホット・ループのコンデンサに加え、ウォーム・ループのコンデンサもパッケージに収容しており、EMIが最小限になるようにレイアウトされています。そのため、最終的な基板レイアウトがEMI性能に及ぼす影響が緩和され、設計と製造が簡素化されます。また、これらの製品は、スペクトル拡散周波数変調機能をオプションで搭載しています。これを使用すればEMIのピーク値を更に抑えることができ、非常に厳しいEMI規格をより容易にクリアすることが可能になります。

図13に示したのは、I/Oやペリフェラルといった車載回路向けの回路例です。IQとノイズを抑えつつ、大きな出力電流を得ることが可能なソリューションとなっています。フロントエンドのLT8672は、順方向の電圧降下をわずか数十mVに抑えつつ、バッテリの逆接続や高周波のACリップルから回路を保護します。LT8650Sは、3V~40Vの入力電圧、400kHzのスイッチング周波数で2つのチャンネルを並列動作させることにより、8Aの電流を出力することが可能です。LT8650Sの入力ピンの近くには、2個のデカップリング・コンデンサが配置されています。Silent Switcher 2技術により、EMIフィルタを実装しなくても、高周波領域において優れたEMI性能が得られます。このシステムは、CISPR 25のクラス5で定められたピーク/平均の上限値を、大きなマージンを確保した状態でクリアします。図14に、30MHz~1GHzにおける放射性EMI性能(垂直偏波、平均値)のテスト結果を示しました。シンプルな回路、最小限の部品点数、コンパクトな実装面積により、基板レイアウトの違いの影響を受けることなく、高いEMI性能を達成することができます(図15)。


まとめ
車載アプリケーションには、低コストかつ高性能で、信頼性の高い電源ソリューションが求められます。車内の過酷な環境に耐えられるように、電源設計者は、破壊につながるおそれのある多様な電気的/熱的事象を考慮した堅牢なソリューションを構築しなければなりません。12Vのバッテリに接続されるプリント基板は、高い信頼性、コンパクトなサイズ、高い性能を達成できるように慎重に設計する必要があります。Power by Linear製品のカタログには、車載用途に求められる要件を特に意識した革新的なソリューションが掲載されています。それらのソリューションは、コンパクトなサイズで、広い温度範囲と電圧範囲に対応し、自己消費電流とノイズ、EMIを極めて低く抑えつつ高い効率を達成します。各ソリューションを採用することにより、複雑さを排除しつつ性能を向上させることができます。また、コストを抑えつつ電源設計にかかる時間を短縮し、より迅速な市場投入を実現することが可能になります。