目的
今回は、同調アンプ段の回路を構成し、その動作を実測によって確認してみます。
背景
多くの通信システムでは、オペアンプの限界を超えるレベルの高い周波数の信号を処理することが求められます。そのような場合には、ディスクリート構成の同調アンプ(同調増幅器)がよく使用されます。一般に、ディスクリート構成の同調アンプは、コレクタ(またはドレイン)抵抗の代わりにLC共振回路(並列に接続したインダクタとコンデンサ)を使用することで実現されます。図1に、そのような回路の一例を示しました。
図1. 出力負荷として共振回路が付加されたエミッタ接地アンプ
このアンプの周波数応答は並列LC(共振タンク)回路によって決まります。XL =XCとなる周波数は共振周波数と呼ばれます。この共振周波数FRは次の式で決まります。
インダクタの自己共振については、稿末に示した参考文献1で説明されています。同調アンプを設計する際には、その内部容量について考慮することが重要です。理想的な共振回路では、インダクタの電流とコンデンサの電流は位相が180°ずれており、回路の正味の電流はゼロになります。FRにおいて、並列共振回路のインピーダンスは非常に高くなります。エミッタ接地アンプ(共通エミッタ・アンプ)の電圧ゲインは、コレクタの負荷インピーダンスが最大のとき、つまりはFRに対応して動作するときに最大値に達します。
入力周波数FINがFRよりも低い場合、回路のインピーダンスは最大値よりも低くなると共に、誘導性の振る舞いを示します。FINがFRよりも高い場合にも回路のインピーダンスは低下しますが、その振る舞いには容量性の特徴が現れます。入力周波数がFRである場合、タンク回路のインピーダンスは最大値に達します。その結果、同調アンプ(エミッタ接地アンプ)2のゲインも最大値になります。
事前のシミュレーション
実際に回路を構成する前に、図1に示す同調アンプの動作をシミュレーションしておきましょう。ここでは、エミッタ抵抗R3を100Ω、NPNトランジスタQ1のコレクタ電流を約5mAとして、バイアス抵抗R1とR2の値を計算します。回路の電源は10Vであると仮定しましょう。アンプ段の入力インピーダンスをできるだけ高く保つために、R1とR2の合算値(トータルの抵抗値)は、実用的な範囲でできるだけ高く設定してください。入力部と出力部のACカップリング・コンデンサC2とC3の値は、いずれも0.1μFに設定します。コンデンサC1の値については、インダクタL1を100μHにした場合の共振周波数が500kHzに近くなるよう、計算に基づいて設定します。入力となる小振幅のAC信号を掃引し、出力で観測された振幅と位相をプロットします。その結果を保存すると共に、実際の回路で取得した測定値と比較する形で実習レポートを作成してください。なお、後ほど示す回路についても、シミュレーション用の回路図を作成しておくとよいでしょう。
準備するもの
- アクティブ・ラーニング・モジュール「ADALM2000」
- ソルダーレス・ブレッドボード
- ジャンパ線キット
- NPNトランジスタ:「2N3904」(1個)
- インダクタ:100μH(1個)、それ以外の様々な値のインダクタ
- コンデンサ:0.1μF(2個)
- 抵抗:100Ω(1個)
- その他の抵抗とコンデンサ
説明
実験に使用する回路を図2に示しました。事前に行ったシミュレーションと同じように、100Ωのエミッタ抵抗R3によってNPNトランジスタQ1のコレクタ電流が5mA~10mAとなり、なおかつアナログ・パーツ・キット「ADALP2000」に含まれるものを使用できるようにバイアス抵抗R1、R2の値を選択します。図2の回路の電源としては、5Vと-5V(計10V)を使用することにしましょう。アンプ段の入力インピーダンスをできるだけ高く保つために、R1とR2の合算値(トータルの抵抗値)は、実用的な範囲でできるだけ高く設定してください。シミュレーションと同じように、100μHのインダクタL1によって共振周波数が500kHzに近くなるようコンデンサC1の値を計算します。ADALP2000に含まれている標準的な値のコンデンサを選択するか、2つのコンデンサを直列/並列に接続してC1の値ができるだけ計算値に近くなるようにしてください。最終的なC1の値に基づき、共振周波数を計算し直します。その際には、インダクタの自己共振の実習1で説明されているように、寄生巻線容量の影響を考慮に入れるとよいでしょう。
図2. 実習に使用する同調アンプ(エミッタ接地アンプ)の回路
この同調アンプでは、ピークのゲインが非常に高くなることがあります。それを避けるためには、抵抗RSの値を、R1とR2の並列抵抗値(アンプの入力抵抗)の2~3倍になるように選択します。それにより、ADALM2000が備える任意波形ジェネレータのチャンネル1(AWG1)から出力される信号を少し減衰させます。また、出力負荷RLの値も、アンプの最大ゲインに影響を及ぼします。そこで、最初の測定ではRLを回路から取り除いてください。その場合、ADALM2000が備えるオシロスコープの入力抵抗(約1MΩ)がRLとしての役割を果たします。
ハードウェアの設定
図2において、青色の4角形は、ADALM2000のAWG、オシロスコープ、電源を接続する個所を表しています。適切に配線されていることを必ず確認してから、電源を投入してください。図2の回路を実装したブレッドボードを図3に示します。
図3. 図2の回路を実装したブレッドボード
手順
ソフトウェア・ツール「Scopy」のメインのウィンドウから、ネットワーク・アナライザ機能(ソフトウェア計測器)を起動します。掃引の開始周波数を10kHz、終了周波数を10MHzに設定してください。振幅は200mV、オフセットは0Vに設定しましょう。ボーデ線図については、振幅の上限値を60dB、範囲を80dBに設定します。また、位相の上限値は180°、範囲は360°とします。オシロスコープについては、チャンネル1を基準として使用します。ステップ数は100に設定してください。
まずは1回の周波数掃引を実行して結果を取得します。周波数を横軸とする振幅と位相のグラフは、シミュレーション結果に非常に近い形になるはずです。500kHzの付近でアンプのゲインが最大になることを確認してください。そのような結果が得られたら、開始周波数が100kHz、終了周波数が1MHzといった具合に周波数掃引の範囲を狭めてもよいでしょう。ExcelやMATLAB®で詳しい解析を行えるように、周波数掃引を行った結果となるすべてのデータを.csvファイルにエクスポートしておいてください。図4に、Scopyで取得したプロットの例を示しておきます。
図4. 図2の回路を対象として取得したプロット(RLが1MΩの場合) |
ここで、回路に負荷抵抗RLを追加します。まずはその値を100kΩとし、再び掃引を実行してください。最大ゲインと周波数を記録し、オシロスコープの入力だけが負荷である場合の測定結果と比較します。続いて、10kΩや1kΩなど、RLの値を段階的に小さくしてみましょう。その都度、測定結果を記録して比較を行ってください。
周波数逓倍器
バイアスを通常のカットオフ・バイアスの1/3~1/10に設定した特殊なアンプ回路を構成すると、周波数逓倍器(または高調波生成器)が得られます。周波数逓倍器は、低い入力周波数の整数倍の周波数信号(高調波)を生成するために使用されます。
図2の同調アンプ回路も、周波数逓倍器として動作させることができます。入力信号(十分に大きな高調波を含む矩形波やパルスなど)の周波数が、出力タンクの共振周波数である500kHzの1/3にあたる167kHzである場合、出力信号のほとんどはゲインが最大になる500kHz(入力周波数の3倍)の成分で占められます。基本周波数の入力信号とその他の高調波は、この回路の同調特性によって大きく減衰します。通常、実用的な逓倍率は5倍(5次高調波)ほどになります。一般的には、入力信号の5次高調波よりも高次の高調波は、非常に振幅が小さくなります。つまり、それらの逓倍出力は非常に大きく減衰します。
説明
入力信号が印加されていない状態でトランジスタQ1が事実上カットオフされるように(IC = 0)、入力バイアス抵抗(分圧器)であるR1とR2の値を計算し直します。理想的な正弦波には高調波は含まれないので、先ほどの実験で測定した共振周波数の1/3に相当する周波数の矩形波信号が出力されるようにAWG1を設定します。大きな高調波を生成するために、対称性は20%に設定しましょう(1周期の20%がパルスのハイ・レベルになるようにする)。また、ここでは、入力パルスの振幅を2V以上に設定するか、減衰をもたらす入力部のソース抵抗RSを取り除く必要があります。
手順
周波数逓倍器は、C級アンプによって生成されるパルス状のコレクタ電流によって動作します。コレクタ電流はパルス状なのですが、タンク回路の作用によって交流のコレクタ電圧は正弦波形になります。オシロスコープの1つのチャンネルを使用し、エミッタ抵抗R3の両端の電圧を測定することでパルス状のコレクタ電流を観測してみてください。Scopyで取得したプロットの例を図5に示します。
図5. エミッタ抵抗R3の両端の電圧。チャンネル2で取得しました。 |
同調アンプ段の改良
図6に示すのは、より高い汎用性が得られるように構成した同調アンプ段の回路です。NPNトランジスタの差動ペア3と出力負荷となるLC共振回路を使用することで実現しています。
図6. シングルエンド出力の負荷として共振回路を備える差動アンプ回路
準備するもの
- ADALM2000
- ソルダーレス・ブレッドボード
- ジャンパ線キット
- NPNトランジスタ:2N3904(1個)
- マッチングのとれたNPNトランジスタ・ペア:「SSM2212」(1個)
- インダクタ:100μH(1個)、それ以外の様々な値のインダクタ
- コンデンサ:0.1μF(2個。104と記載されているもの)
- 抵抗:100Ω(1個)、1kΩ(2個)、2.2kΩ(2個)
- その他の抵抗とコンデンサ
説明
図6の回路において、トランジスタQ1とQ2としては、マッチングのとれたトランジスタ・ペアであるSSM2212を使用します。100Ωのエミッタ抵抗R3によってNPNトランジスタQ3のコレクタ電流が5mA~10mAとなり、なおかつADALP2000に含まれるものを使用できるようにバイアス抵抗R1、R2の値を選択します。ここで、抵抗分圧器を構成するR1とR2は、グラウンドと-5Vの電源に接続されることに注意してください。インダクタL1とコンデンサC1については、図2の回路と同じ値を使用します。
ハードウェアの設定
図6において、青色の4角形は、ADALM2000のAWG、オシロスコープ、電源を接続する個所を表しています。適切に配線されていることを必ず確認してから、電源を投入してください。図6の回路を実装したブレッドボードを図7に示します。
図7. 図6の回路を実装したブレッドボード
手順
Scopyのメインのウィンドウから、ネットワーク・アナライザ機能を起動します。掃引の開始周波数を10kHz、終了周波数を10MHzに設定してください。振幅は200mV、オフセットは0Vに設定しましょう。ボーデ線図については、振幅の上限値を50dB、範囲を80dBに設定します。また、位相の上限値は180°、範囲は360°とします。オシロスコープについては、チャンネル1を基準として使用します。ステップ数は500に設定してください。
図2の回路を用いた実験と同様に、まずは1回の周波数掃引を実行して結果を取得します。500kHzの付近でアンプのゲインが最大になることを確認してください。そのような結果が得られたら、開始周波数が100kHz、終了周波数が1MHzといった具合に周波数掃引の範囲を狭めてもよいでしょう。ExcelやMATLABで詳しい解析を行えるように、得られたデータを.csvファイルにエクスポートしておいてください。図8に、Scopyで取得したプロットの例を示しておきます。
図8. 図6の回路を対象として取得したプロット(RLが1MΩの場合) |
続いて、図2の回路の例と同様に、負荷抵抗RLを回路に追加します。まずは100kΩの抵抗を追加して、新たに掃引を実行してください。結果が得られたら、最大ゲインと周波数を記録し、オシロスコープの入力だけを負荷とした場合の測定結果と比較します。続いて、RLの値を10kΩや1kΩといった具合に段階的に下げてみましょう。その都度、測定値を記録して比較を行ってください。図2の回路を用いた実験と同様の結果が得られるはずです。
追加の実験
AWG2からの変調信号(オーディオ周波数)を、電流源のトランジスタQ3のベースまたはエミッタにコンデンサで結合してください。そうすると、出力信号に振幅変調を適用することができます。
入力段に2極のハイパス・フィルタを付加する
1個のトランジスタで構成される同調アンプ段の入力部に簡単なアクティブ・ハイパス・フィルタを追加すると、より望ましい結果が得られます。図9に示す回路では、入力部にユニティ・ゲイン/2極のハイパス・フィルタを追加しています。このフィルタは、使用する部品の数が少なく、実装スペースを抑えられます。そのため、より大きい回路に容易に追加できます。
このアクティブ・ハイパス・フィルタは、極めて単純明快に構成されています。図2の回路と同じ1個のトランジスタに対して、4個の抵抗、2個のコンデンサを付加しているだけです。トランジスタの動作条件の設定も、通常の方法で行えます。図9の回路と同様に、抵抗R1とR2はトランジスタのベースのバイアス点を設定するために使用しています。また、エミッタ抵抗R3によってトランジスタの電流を設定します。
フィルタの特性には、コンデンサC2、C3、抵抗R4、並列接続の抵抗R1、R2が寄与します。これらは、トランジスタのエミッタから入力への負帰還の経路に関連しています。トランジスタのベースの入力抵抗は非常に高く、無視できるものと仮定します。各部品の値については、以下の関係式が成り立ちます。
ハイパス・フィルタにおいて、トランジスタQ1に関連する影響の多くは無視できると仮定すると、以下の式が成り立ちます。
ここで、各変数/定数の意味は以下のとおりです。
β :トランジスタの順方向の電流ゲイン
Fo :ハイパス・フィルタのカットオフ周波数
π :3.14159
上記の式に基づいて部品の値を選択すると、バターワース特性が得られます。バターワース・フィルタではロールオフ特性を急峻にすることはできませんが、通過帯域において最大限の平坦性が得られます。バターワース・フィルタは多くのアプリケーションに適しており、設計時に必要な計算も難しくありません。そのため、この例ではこのタイプのフィルタを選択しました。
準備するもの
- ADALM2000
- ソルダーレス・ブレッドボード
- ジャンパ線キット
- NPNトランジスタ:2N3904(1個)
- インダクタ:100μH(1個)、それ以外の様々な値のインダクタ
- コンデンサ:0.1μF(1個)
- 抵抗:100Ω(1個)
- その他の抵抗とコンデンサ
説明
図9に示す回路において、バイアス抵抗R1とR2の値は図2の回路と同じにします。インダクタL1とコンデンサC1の値についても同様です。上記のカットオフ周波数の式を使用し、F0の値がL1とC1によって決まる共振周波数よりも2オクターブ低くなるようにC2、C3、R4の値を計算します。例えば、FRが500kHzの場合、FOが125kHzになるように計算を実施します。
図9. 入力部に2極のハイパス・フィルタを付加した同調アンプ
ハードウェアの設定
図9において、青色の4角形は、ADALM2000のAWG、オシロスコープ、電源を接続する個所を表しています。適切に配線されていることを確認してから、電源を投入してください。図9の回路を実装したブレッドボードを図10に示します。
図10. 図9の回路を実装したブレッドボード
手順
Scopyのメインのウィンドウから、ネットワーク・アナライザ機能を起動します。掃引の開始周波数を10kHz、終了周波数を10MHzに設定してください。振幅は200mV、オフセットは0Vに設定しましょう。ボーデ線図については、振幅の上限値を30dB、範囲を60dBに設定します。また、位相の上限値は180°、範囲は360°とします。オシロスコープについては、チャンネル1を基準として使用します。ステップ数は100に設定してください。
ここでは、ハイパス・フィルタの応答を測定するために、カップリング・コンデンサC4を介してQ1のベースにオシロスコープのチャンネル2を接続します。そして、図2の回路を対象とした実験と同様に、1回の周波数掃引を実行します。ExcelやMATLABで詳しい解析を行えるように、取得したデータを.csvファイルにエクスポートしてください。得られた応答曲線を図2の回路の測定結果と比較します。C2、C3、R4の値の組み合わせを変更し、周波数応答がどのように変化するのかを確認してみましょう。図11に、Scopyで取得したプロットの例を示します。
図11. 図9の回路を対象として取得したプロット(RLが1MΩの場合) |
問題1
周波数に関する要件が厳しくて、オペアンプでは適切に信号を処理できないことがあります。そのような場合、アンプの同調を行うために、一般的にはどのようなコンポーネントが使われますか。
問題2
並列共振回路のインピーダンスは、共振周波数においてどのようになりますか。それはエミッタ接地アンプの電圧ゲインにどのような影響を与えますか。
問題3
本稿で取り上げたハイパス・フィルタは、主にどのような機能を提供するのでしょうか。それは、後段のアンプ回路の入力信号にどのような影響を与えますか。
答えはStudentZoneで確認できます。
参考資料
1 「Activity: Inductor Self Resonance(実習:インダクタの自己共振)」Analog Devices、2020年6月
2 「ADALM2000による実習:NPNトランジスタで構成したエミッタ接地回路」Analog Dialogue、Vo. 54、No. 2、2020年6月
3 「ADALM2000による実習:バイポーラ・トランジスタで構成した差動ペア」Analog Dialogue、Vo. 55、No. 2、2021年6月