ADALM2000による実習:トランスの周波数特性

目的

今回は、典型的なトランス回路をいくつか構成し、それぞれの周波数特性を確認してみます。

背景

実習を始める前に、まずはトランスに関する基礎理論を押さえておきましょう。

ACトランス

一般に、トランスは交流(AC)を扱う用途で使用されます。代表的な例としては変圧の処理が挙げられます。例えば、コンセントから得られる120Vの電圧を、多くの民生用電子機器で必要となるわずか数Vの電圧や、12V系の低電力アプリケーションにとって使いやすいレベルまで下げるといった具合です。また、トランスは、長距離にわたる送電のために電圧を高めたり、安全に配電を実施するために電圧を下げたりといった用途にも使用されます。トランスを活用しなければ、配電網で生じる電力の無駄が更に大きくなってしまいます。なお、トランスは、直流(DC)電圧を昇圧したり降圧したりすることにも利用できます。ただ、その手法はACトランスとしての使い方と比べてかなり複雑です。実際、その過程ではDC電圧を何らかのAC信号に変換しなければなりません。加えて、そのような変換を行うと、効率が低下したり、コストがかさんだりすることになります。大出力が求められる用途において、ACモータはDCモータよりも望ましいものだと言えます。AC電力には、そのようなACモータを駆動できるという長所があります。トランスは電力に関連する用途でよく目にします。ただ、可聴帯域の周波数やRF周波数を使用する通信関連のアプリケーションにも利用されます。その場合、トランスは信号パスに配置されることで重要な役割を果たします。

トランスのコアには透磁率の高い材料が使われます。つまり、原子双極子の配向によって自由空間中よりもはるかに容易に磁界を形成できる材料が必要とされます。ここで図1をご覧ください。この例は、積層された軟鉄を材料とするコアを想定して描かれています。ただ、より高い周波数を対象とする場合には、フェライトの方がよく使用されます。そうすれば、磁界がコアの内部に集中し、コアから外に出る磁力線がほとんどなくなります。

図1. シンプルなトランス
図1. シンプルなトランス

特定の条件/状況では、トランスの1次巻線の磁束φは、2次巻線の磁束とほぼ等しくなります。ファラデーの法則により、各巻線の起電力(EMF:Electromotive Force)は、1次巻線でも2次巻線でも磁束の時間微分にマイナスの符号を付けたものになります。つまり、-dφ/dtで決まります。トランスの巻線の抵抗やその他の損失を無視すれば、端子の電圧はこの起電力に等しくなります。1次側の巻数がNpであるとすると、次式が成り立ちます。

数式 1

また、2次側の巻数がNsだとすると、次式が成り立ちます。

数式 2

これらの式を除算することにより、トランスについては次のような式が得られます。

数式 3

ここで、rは巻数比です。

それでは、トランスを流れる電流はどのようになるのでしょうか。ここでも、トランスの損失を無視し、電圧と電流が1次側と2次側で同様の位相関係にあると仮定します。エネルギーの保存則から、入力電力は出力電圧に等しいので、定常状態では次の式が成り立ちます。 

数式 4

この式を変形すると、以下の式が得られます。

数式 5

何もしないのに何かが得られることはありません。昇圧トランスの場合、電圧を上げれば、電流は(少なくとも)それと同じ比率、つまりは巻線比に従って減少します。図1の例において、巻数が多い側では、巻数が少ない側と比べて細いワイヤが使用されています。これは、巻数が少ない側よりも流れる電流が少なくなるように設計されているということです。

インピーダンス・マッチング

上述したように、トランスは通信関連のアプリケーションでもよく使用されます。その場合、トランスは回路の各セクションの間でインピーダンスをマッチングさせるためのものとして機能します。上述したように、トランスを使用すれば、1次側のAC信号の電圧振幅を、2次側において異なるレベルに変換することができます。また、1次側に入力されるトータルの電力と2次側から出力されるトータルの電力は等しくなります(内部損失を除く)。このとき、電圧が低い側は(巻数が少ないため)低インピーダンスになり、電圧の高い側は(巻数が多いため)高インピーダンスになります。

インピーダンス・マッチングに使用される典型的な例としては、テレビのバラン(balanced-unbalancedを短縮した語)が挙げられます。このバランはトランスの一種です。バランの役割は、アンテナからの平衡信号(300Ωのツイン・フィーダを経由する)を不平衡信号(RG-6といった75Ωの同軸ケーブルを使用する)に変換することです。アンテナの300Ωのソース抵抗RSを75Ωの同軸ケーブルの負荷抵抗RLにマッチングさせるには、4:1のインピーダンス比が必要になります。これは巻線比が2:1のマッチング用のトランスを使用すれば実現できます。この例の場合、トランスの巻線比rは以下の式で算出できます。

数式 6

周波数範囲

続いて、トランスを使用できる周波数範囲について考えてみます。一般に、その下限値は、対象とする回路のインピーダンスとトランスの巻線のインダクタンスによって決まります。一般的な50Ωの規格を出発点にすると、トランス製品のデータシートに記載されている巻線のインダクタンスに基づいて周波数の下限値を計算することができます。一方、周波数の上限値は、一般的には巻線間の寄生容量と自己共振によって決まります。通常、トランス製品のデータシートには使用可能な周波数範囲に関する情報が記載されています。インダクタンスなどのリアクタンス成分については、抵抗成分(この場合、50Ωのソース抵抗)の値の少なくとも4倍ほど大きい値を選択するのが一般的です。通常、この選択は、対象とする最低周波数を考慮することによって行われます。

多巻線トランスの電気的特性

トランス製品のデータシートには、特定の電気的特性についての記載があります。恐らく、その中で最も重要になるのは巻線のインダクタンスです。ただ、電力変換のアプリケーションでは、DC抵抗(DCR)、最大実効電流(Irms)、飽和電流(Isat)も重要になるでしょう。

  • 巻線を直列に接続する
  • インダクタンスを高くしたい場合には、複数の巻線(WN)を直列に接続するという方法をとることができます(以下参照)。

    数式 7

    ここで、(WN)2という項は、巻線間の結合係数が正確に1である場合(または非常に1に近い場合)にだけ成り立ちます。より一般的な式は、LT = L1 + L2 + 2Mとなります。

    この場合、エネルギーの蓄積量とIrmsは変わりませんが、DCRは増大し、Isatは減少します(以下参照)。

    数式 8

    これらの式において、Inductancetable、DCRtable、Isattable、Irmstableについては、データシートに記載されている値を使用します。

  • 巻線を並列に接続する
  • 定格電流を増やしたい場合には、複数の巻線(WN)を並列に接続するとよいでしょう。その場合、DCRは低下し、定格電流は増加します。インダクタンスは変わりません(以下参照)。

    数式 9

準備するもの

  • アクティブ・ラーニング・モジュール「ADALM2000
  • ソルダーレス・ブレッドボード
  • ジャンパ線キット
  • 6 巻線のトランス:「HPH1-1400L」(1 個)
  • 6 巻線のトランス:「HPH1-0190L」(1 個)
  • 抵抗:100Ω(2 個)

説明

それでは、実験によってトランスの特性を確認してみましょう。それに向けて、図2に示す回路をソルダーレス・ブレッドボード上に実装します。この構成により、2つのトランス製品の周波数特性をそれぞれ確認します。1次側と2次側の巻線比は1:1であるものの、直列接続する巻線の数が異なる3種の構成について周波数特性を測定することにします。図2において、赤色の2本の矢印は、1次側と2次側のそれぞれに1つの巻線を使用する場合に使用します。それぞれ、ソース抵抗と負荷抵抗を接続する個所を表しています。青色の矢印は、1次側と2次側でそれぞれ2つの巻線を直列に使用する場合の接続個所を表しています。緑色の矢印は、1次側と2次側でそれぞれ3つの巻線を直列に使用する場合の接続個所を表します。

図2. トランスの評価用回路
図2. トランスの評価用回路
図3. 図2の回路を実装したブレッドボード
図3. 図2の回路を実装したブレッドボード

ハードウェアの設定

ソフトウェア・ツール「Scopy」を使用し、ネットワーク・アナライザ機能を起動してください。その上で、10kHzから10MHzまで掃引するように設定を行います。最大ゲインは1×、振幅は1V、オフセットは0Vに設定します。ボーデ線図のスケールについては、振幅の最大値を10dB、範囲を80dBに設定してください。また、位相の最大値を180°、範囲を360°に設定します。オシロスコープのチャンネルについては、リファレンスとして使用するために「Use Channel 1」をクリックします。ステップ数は200に設定してください。

手順

2つのトランス製品を対象とし、1:1の巻線の構成でシングル掃引を順に実行します。同じ構成でシミュレーションを行った結果と非常に近い周波数プロット(振幅と位相)が得られるはずです(図4)。得られた結果を.csvファイルにエクスポートすれば、「Excel」や「MATLAB®」によって詳細な分析を実施することができます。

図4. 1次側と2次側において、それぞれ3つの巻線を直列に接続した場合のプロット(Scopyで取得)
図4. 1次側と2次側において、それぞれ3つの巻線を直列に接続した場合のプロット(Scopyで取得)

ハードウェアのセットアップ

続いて、昇圧構成と降圧構成の特性を確認してみます。図5の赤色の矢印は、トランスを1:2の昇圧構成にする場合の接続個所を表しています。青色の矢印に従って接続を行えば、2:1の降圧構成が得られます。

図5. 昇圧構成(赤色)と降圧構成(青色)
図5. 昇圧構成(赤色)と降圧構成(青色)

RLについては、前掲のインピーダンス・マッチングの式を使って、それぞれの構成における適切な値を計算してください。

手順

ネットワーク・アナライザ機能を使用し、先ほどの例と同様に周波数掃引を行います。得られたデータは、ExcelやMATLABで詳細に分析できるように、.csvファイルにエクスポートしておいてください。低い周波数側のロール・オフ点を、図2の1:1の構成における測定値と比較してください。

図6. 図5の昇圧構成を実装したブレッドボード
図6. 図5の昇圧構成を実装したブレッドボード
図7. 昇圧構成を実装した場合のプロット(Scopyで取得)
図7. 昇圧構成を実装した場合のプロット(Scopyで取得)

問題

トランスを使ってインピーダンス・マッチングを行うのは何のためでしょう。また、インピーダンス・マッチングを適切に実現するには、トランスをどのように使用すればよいのでしょうか。

答えはStudentZoneで確認できます。

著者

Antoniu Miclaus

Antoniu Miclaus

Antoniu Miclausは、アナログ・デバイセズのシニア・ソフトウェア・エンジニアです。Linuxやno-OSドライバを対象とした組み込みソフトウェアを担当。それ以外に、アナログ・デバイセズのアカデミック・プログラムやQAオートメーション、プロセス・マネージメントにも携わっています。2017年2月から、ルーマニアのクルジュナポカで勤務。クルジュナポカ技術大学で電子工学と通信工学の学士号、バベシュボヨイ大学でソフトウェア・エンジニアリングの修士号を取得しています。