これほど年月を経てもENOBと分解能の関係は不透明

質問:

私のA/Dコンバータ(ADC)は12ビットの直線性と仕様化されているのに、ENOB(有効ビット数)は10.5ビットとなっています。
この仕様はルール違反ではありませんか?

RAQ:  Issue 90

回答:

最近、私の昔なじみの同僚が会社を退職しました。オフィスを片づけながら、彼が「古いデータシートの公式の番人」であったことを私に思い出させてくれました。そういえばその通り。昔は印刷されていた、今はもう時代遅れのめずらしい製品データシートです。今日蔓延しているデジタル文書に移行するずっと前のことでした。

友人は昔のスコットランド長老教会の番人のようなものです。かつてどこの教会にも一冊しか聖書がなかった時代に教会の番人たちはその聖書を大事に保管するのが仕事のひとつでした。ところで、この同僚は私を後継者に選んだというのです。法王選びのように年寄りだらけの部屋から煙の合図があがったわけではありません。たぶん、この重大な責任を任せられそうな人が一番近くの部屋にいるという偶然のめぐりあわせだったのでしょう。

私と友人は昔の製品の「勝組」と「負組」についてちょっと思い出話をしましたが、そのとき私はA/Dコンバータの有効ビット数(ENOB)に関してユーザーからの質問に答えたことを思い出しました。ENOBは、SNR = 6.02 × N + 1.76dBという理想的なADCのS/N比(SNR)の式に基づいています。この式のNはADCの分解能です。現実世界のADCはそれ自体にノイズと誤差があるため、このようなSNRを達成することはありません。ADCの有効な値N(一般にENOBと呼ばれています)を計算するには、上述の式を書き換えて、ENOB = (SNR – 1.76) / 6.02dBとします。対象となっているデバイスは12ビットADCですが、そのENOBはわずか10.5。ご質問者はたいへん礼儀正しい方でしたが、性能が1.5ビットも違うのに12ビット分解能と仕様に書くのは不適切ではないかと指摘しなければいけないと思われたようです。このデバイスは500MSPSで動作し、所要の消費電力からすればかなり高速でした。この方は分解能の記述を誇張したのかどうか私に答えるよう迫りました。まるで、私たちがルール違反を犯したかのように! 私は、ルールは直線性であり、この点でルールに違反していないと説明しました。コンバータの微分直線性の仕様は分解能の1LSB未満でなければなりません。また、コンバータの積分直線性によって歪み性能が決まるので、コンバータの分解能が高いと達成できるSFDRも高くなります。

私がこの話をしているときに、友人には私の話の落ちがどこにあるのかわかりました。私たちが話していた12ビットADCは、25年前では正真正銘の勝組だった製品なのです。当時の最高レベルのスループット・レートは現在の製品の50分の1、わずか10MSPSでした。私たちは古いデータシートを引っ張り出しました。そうです、間違いなくENOBは10.5とありました。

著者

David Buchanan

David Buchanan

David Buchananは、1987年にヴァージニア大学でBSEE(電気工学士)を取得しました。 アナログ・デバイセズ、Adaptec、STMicroelectronics社においてマーケティングとアプリケーション・エンジニアリングを担当。 さまざまな高性能アナログ半導体製品を扱いました。現在は、ノースキャロライナ州グリーンズボロにあるアナログ・デバイセズの高速コンバータ製品ラインの上級アプリケーション・エンジニアです。