質問:
乗算型 DAC には、DAC として使う以外に、どのような活用法がありますか?

回答:
ほとんどの D/A コンバータ(DAC)は、リファレンスとして、固定値の正の電圧を使用します。そして、そのリファレンス電圧とデジタル・コードの積に比例する電圧または電流を出力します。ただ、いわゆる乗算型DAC(MDAC: Multiplying DAC)の動作は、それとは異なるものになります。一般に、MDAC の場合、リファレンス電圧は ±10 V の範囲で可変です。したがって、そのアナログ出力は、リファレンス電圧とデジタル・コードの両方から動的に影響を受ける可能性があります。
アプリケーション
MDAC を採用し、適切な配線を行えば、リファレンスの電圧を増幅、減衰、反転した信号を出力するモジュールを構成することができます。そのモジュールは、波形発生器、プログラマブルなフィルタ、PGA(プログラマブル・ゲイン・アンプ)、オフセットまたはゲインの調整が必要な数多くのアプリケーションに適用することが可能です。

アナログ・デバイセズは、分解能が 1 4 ビットのMDAC「AD5453」を提供しています。図 1 は、同 ICにアンプを接続して構成した回路です。この構成により、同 IC に入力するコードに基づいて信号を増幅/減衰することができます。
回路で行う演算
図 1 の回路の出力電圧 VOUT は、次の式で計算できます。

出力電圧は、ゲインと DAC の設定コード(入力されたコード)D に加え、オペアンプの電源電圧に依存します。図 1 の回路において、オペアンプ「ADA4637-1」に ±15V の電源電圧を供給すると、出力電圧は最大 ±12 V となり、十分に広い制御範囲が得られます。ゲインは、以下の式のように抵抗 R2 と R3 によって決まります。

R1、R2、R3 の温度係数(TCR: Temperature Coefficientof Resistance)は、同じでなければなりません。ただ、その値は、DAC の内部抵抗の TCR と同じである必要はありません。抵抗 R1 は、以下に示す関係に従い、抵抗R2 と R3 に対して DAC の内部抵抗 RFB を適合させるために使用します。
抵抗の値は、最大入力電圧(AD5453 は ±10 V の VREFに対応)が ADA4637-1 の動作範囲内になるように選択する必要があります。また、オペアンプの入力バイアス電流 IBIAS は抵抗値(RFB + R2 || R3)で乗算され、オフセット電圧に対してかなり大きな影響を及ぼすことにも注意が必要です。このことから、使用するオペアンプとして、入力バイアス電流と入力オフセット電圧の値が非常に小さい ADA4637-1 を選択しました。クローズドループの制御システムでは、動作が不安定になる現象(リンギングと呼ばれます)が生じる可能性があります。それを防ぐために、4.7 pF のコンデンサを IOUT と RFB の間に挿入しました。特に、高速のオペアンプに対してはこの手法を適用することが推奨されます。
上述したように、オペアンプのオフセット電圧は、クローズドループのゲインで乗算されます。外付けの抵抗によって設定されるゲインが、デジタル・ステップに対応する値によって変化する場合には、その値が目標値に加算されて微分非直線性誤差(DNL)が生じます。この誤差が大きくなると、DAC が単調動作を示さなくなる可能性があります。そのような事態を防ぐために、オフセット電圧と入力バイアス電流の小さいオペアンプを選択することが重要です。
他の回路と比べた場合のメリット
原理的に言えば、外部リファレンスを使用できる場合、通常の DAC を使って上記の例と同じ機能を実現することも可能です。ただ、通常の DAC と MDAC には、いくつかの大きな違いがあります。通常の DAC では、リファレンス入力として値に制約があるユニポーラ電圧しか使用できません。また、リファレンス入力の帯域幅もかなり制限されます。この帯域幅については、データシートに乗算帯域幅として示されています。例えば、分解能が 16 ビットの DAC「AD5664」の場合、その値は 340kHz です。一方、MDACであれば、リファレンス入力としてバイポーラ電圧を使用できます。また、その値は電源電圧より高くすることも可能です。帯域幅もかなり広く、AD5453 の場合で 12 MHz(標準値)です。
結論
乗算型 DAC は、広く活用されているとは言えません。しかし、実際には非常に大きな可能性を秘めた製品です。帯域幅の広い PGA は 1 つの例に過ぎません。消費電力がわずか 50 µW 未満であることから、モバイル・アプリケーションにも非常に適しています。