広帯域レシーバーに多大なメリットをもたらすデジタル・チューナブル・フィルタ

概要

現在の最先端のシステムの中には、広帯域に対応するマルチチャンネルRFレシーバーが使われているものがあります。その種のレシーバーでは、不要なブロッカ(干渉信号)を排除することによって、対象とする信号(目的の信号)の忠実度を維持しなければなりません。特に、RFレシーバーのフロント・エンドや局部発振器(LO)の部分では、そうした不要な信号を低減する役割を担うフィルタが重要な要素となります。このような目的を達成するために使われているのが、マルチオクターブに対応するチューニング機能を備えたフィルタ回路です。本稿では、まずRFシグナル・チェーンで使われるフィルタの役割について説明します。それにあたっては、ブロッカとはどのようなものなのかを明らかにすると共に、従来のフィルタリング技術について再確認します。その上で、シグナル・チェーンの性能を最適化することを可能にする最新のフィルタ製品を紹介します。

はじめに

RFシステムの設計者には、シグナル・チェーンを構成する各種の回路について評価を行い、イノベーションの機会を探ることが求められます。その目的は、性能を維持/向上しながら、サイズ、重量、消費電力、コストを継続的に削減することです。対象となる代表的な回路の例としては、フィルタが挙げられます。フィルタは従来からシステムにおいて大きな面積を占めているので、小型化を検討すべき対象であることは明らかです。

一方、A/Dコンバータ(ADC)については、より高い入力周波数の信号をサンプリングできる製品が引き続き市場に投入されています。それに伴い、レシーバーのアーキテクチャも進化を続けています。ADCに入力される信号の周波数が高くなるにつれ、シグナル・チェーンで使用するフィルタに課せられる制約も変化していきます。具体的には、フィルタの性能に対する要件が緩和され、サイズの低減と周波数調整機能の最適化の可能性が開かれつつあります。

以下では、まず一般的なRFシグナル・チェーンの概要と定義について総括します。続いて、シグナル・チェーンのどの部分に、なぜフィルタを配置しなければならないのかを明らかにします。その上で、従来のフィルタ技術について再確認することにより、現状を理解しやすくするよう試みます。更に、従来の技術と最新製品をベースとするソリューションを比較することで、システム設計者が容易に目標を達成できるようにする方法を示します。

RFシグナル・チェーンの概要

図1に示したのは、広帯域に対応する典型的なシグナル・チェーンのブロック図です。この回路では、2GHz~18GHzをカバーすることを想定しています。このシグナル・チェーンの基本的な動作原理は次のようなものになります。まず、レシーバーにおける最初の処理として、アンテナにより、広範な周波数の信号を受信します。その後、RFフロント・エンド部において、一連の増幅、フィルタリング、減衰制御を行います。その上で、周波数変換を行い、ADCによってデジタル化できるIF信号を生成します。このブロック図において、フィルタリングの役割は、次の4つに分類することができます。

  • プリセレクタにおけるサブオクターブのフィルタリング
  • イメージ/ IF 信号の除去
  • LO の高調波の除去
  • エイリアスを除去するアンチエイリアシング・フィルタ(以下、AAF)
図1. 2GHz~18GHzに対応するレシーバーのブロック図
図1. 2GHz~18GHzに対応するレシーバーのブロック図
図2. プリセレクタのサブオクターブ・フィルタによるIMD2の問題の軽減(a)。(b)に示すように、周波数の上昇に伴ってフィルタの帯域を広くとれるようになります。
図2. プリセレクタのサブオクターブ・フィルタによるIMD2の問題の軽減(a)。(b)に示すように、周波数の上昇に伴ってフィルタの帯域を広くとれるようになります。
図3. イメージの帯域(a)とIFの帯域(b)。いずれも、ミキサーの手前で除去する必要があります。
図3. イメージの帯域(a)とIFの帯域(b)。いずれも、ミキサーの手前で除去する必要があります。

プリセレクタにおけるサブオクターブのフィルタは、アンテナの近くに配置する必要があります。このフィルタは、ブロッカが存在する場合に生じ得る2次相互変調歪み(IMD2)のスプリアスを除去するために使用されます。IMD2は、帯域外(OOB:Out-of-Band)の2つのスプリアスの和と差の周波数に発生します。それにより、帯域内に現れるスプリアスが生じ、本来対象とする信号がマスクされてしまう可能性があります。サブオクターブ・フィルタは、シグナル・チェーン内の非線形性を伴うコンポーネント(アンプやミキサーなど)に入力される前にそうした干渉信号を除去する役割を果たします。多くの場合、サブオクターブ・フィルタの絶対帯域幅は、中心周波数が低くなるほど狭くなります。例えば、2GHz~18GHzに対応するシグナル・チェーンにおいて、最初の帯域としては2GHz~3GHzしかカバーしないといったケースがあります。その場合、低周波側(F_high/2)の1.5GHzと高周波側(F_low×2)の4GHzにおいて十分な除去性能が必要になります。その一方で、シグナル・チェーンでは、最高帯域として12GHz~18GHzもカバーしなければなりません。その場合、低周波側が9GHz、高周波側が24GHzという条件に対応して十分な除去性能を実現する必要があります。このような違いが存在することから、低い周波数帯域をカバーするためには、高い周波数帯域に対応する場合と比べて、より多くのフィルタが必要になります。図2に、プリセレクタにおけるフィルタの周波数応答の例を示しました。

イメージ/IF信号を除去するためのフィルタは、通常、シグナル・チェーンの下流に位置するLNA(低ノイズ・アンプ)とミキサーの間に配置されます。このフィルタは、イメージ周波数と不要なIF周波数に対応する信号を除去するために使用されます。ミキサーの入力にイメージが存在している場合、ミキサーの出力周波数帯域内に本来対象としている信号と同じ振幅の信号が生じます。このイメージは、プリセレクタのフィルタ、イメージの除去専用のフィルタ、単側波帯(SSB:Single-Sideband)ミキサーからのイメージを除去するフィルタなど、シグナル・チェーン内のいくつかのフィルタによって除去することができます。一方、IF信号の除去というのは、ミキサーの手前でIF周波数のスペクトルを低減する処理のことです。そのためのフィルタは、IF信号がミキサーに直接漏れ込み、不要なスプリアスとして現れることを防ぐために使用されます。不要なイメージとIF帯域の周波数スペクトルの例を図3に示しました。

LOの生成に使用する回路によっては、シグナル・チェーン内の位置に応じてフィルタリングの要件が異なる場合があります。ミキサーのLOポートに入力する信号として望ましいものは、きれいな正弦波または方形波です。多くの場合、LO回路では、目的とするLO信号の低調波と高調波が発生します。こうした不要な信号(図4)は、ミキサーに到達する前に除去し、不要なMxNスプリアスの発生を防ぐ必要があります。LOの信号が単一周波数である場合、固定のバンドパス・フィルタを適用するだけで十分です。それにより、目的とする信号だけを通過させるよう最適化することができます。広帯域に対応するシグナル・チェーンでは、通常、チューナブルなLO信号が使用されます。そのため、あらかじめ用意したいくつかのフィルタを切り替えて使用する方法か、またはチューナブル・フィルタを使用する方法を適用することになります。

図4. LOの高調波のフィルタリング
図4. LOの高調波のフィルタリング
図5. AAFの役割。ADCによるエイリアシングを十分に防止しなければ、帯域内に干渉信号(折り返し)が現れるおそれがあります。
図5. AAFの役割。ADCによるエイリアシングを十分に防止しなければ、帯域内に干渉信号(折り返し)が現れるおそれがあります。

ADCでサンプリングを実施する場合には、どのナイキスト・ゾーンをデジタル化の対象にするのかという選択を行う必要があります。第1ナイキスト・ゾーンは、DCからfS/2(fSはADCのサンプリング周波数)までの範囲です。第2ナイキスト・ゾーンはfS/2からfSまでであり、第3ナイキスト・ゾーン以降も同様になります。AAFは、目的のナイキスト・ゾーンに隣接するナイキスト・ゾーン内の干渉信号を除去するために使用されます。シグナル・チェーンにおいて、それらの位置にある干渉信号は、様々な発生源から生じている可能性があります。例えば、ミキサーで発生したMxNスプリアス、目的の信号に隣接するダウンコンバートされた信号、IFのシグナル・チェーンで発生した高調波などがあり得ます。ADCに入力される不要な信号が存在すると、デジタル化したデータを基に信号を復元する際、第1ナイキスト・ゾーンにエイリアスが発生します。図5に、不要なエイリアス信号の周波数スペクトルの例を示しました。

ブロッカの実体

RFベースの通信システムにおいて、ブロッカとは、受信した不要な入力信号のことを指します。ブロッカが存在すると、目的の信号のゲインや信号/ノイズ + 歪み(SINAD)が低下する可能性があります。ブロッカによって、目的の信号が直接マスクされたり、目的の信号をマスクするスプリアスが発生したりするからです。そうした不要な干渉信号は、意図せず発生することもありますが、意図的に生成されることもあり得ます。前者の例としては、隣接する周波数帯で動作している別のRF通信システムから生じる信号が挙げられます。後者のタイプの信号は、RF通信システムやレーダー・システムを妨害するために悪質な電子戦(EW:Electronic Warfare)システムによって生成されることがあります。図6に、目的の信号とブロッカの周波数スペクトルの例を示しました。

図6. 目的の信号とブロッカ
図6. 目的の信号とブロッカ

多くのRFコンポーネントは、弱非線形の無記憶の挙動を示します。このことは、それらのコンポーネントを低次の多項式で近似できるということを意味します。例えば、広帯域に対応するアンプは、1次と3次の項のみを含む奇数次の多項式でモデル化することができます(以下参照)。

数式 1

アンプの入力において、対応周波数範囲内の2つの入射信号が存在したとします。その場合、目的の信号をω1、ブロッカをω2とすると、入力信号は次式のように表すことができます。

数式 2

この式を奇数次の多項式に代入すると、次式で表される出力が得られます。

数式 3

目的の信号の振幅がブロッカよりもはるかに小さい場合(A <<B)、上式の多項式は次のように書き換えることができます。

数式 4

この簡素化された式について考えてみると、目的の信号の振幅は、ブロッカの振幅Bに強く依存することがわかります。対象とするほとんどのRFコンポーネントは圧縮性を備えるので、各係数についてはα1α3 < 0となるように、逆の符号の値でなければなりません1。先述した2つの事柄の結果として、ブロッカの振幅が大きいと、目的の信号のゲインはゼロになることがわかります。

フィルタの定義

RFベースの通信システムにおける不要な信号の問題を解決するにはどうすればよいのでしょうか。これまで、技術者は、フィルタを利用することによってそうした信号を減衰させ、目的の信号を確保できるようにしてきました。簡単に言えば、フィルタとは、目的の信号が含まれる帯域内の周波数成分だけを通過させ、阻止帯域内の周波数成分を減衰させる回路のことです2

フィルタは、ローパス、ハイパス、バンドパス、バンドストップ(ノッチ)のいずれかに分類することができます。それぞれの名称は、周波数軸で示した通過帯域の形状に対応しています。また、どのフィルタについても挿入損失(dB単位)を定義することができます。通過帯域のリップル、阻止帯域のリップル、周波数に対するロールオフ特性の急峻さなど、周波数応答の形状によって更に細かく分類することも可能です。図7に、4種のフィルタの代表的な形状を示しました。

図7. 各種のフィルタの応答
図7. 各種のフィルタの応答

挿入損失に加え、フィルタにはもう1つ重要な特性があります。それは群遅延です。群遅延は、フィルタを通過する周波数信号の位相の変化率として定義されます。その単位は時間(秒)です。特定の信号がフィルタを通過する際にかかる時間だと捉えてもよいでしょう。通常、単一の周波数信号しか扱わない場合、通過時間が影響を与えることはほとんどありません。しかし、広帯域にわたる変調信号がフィルタを通過する場合には、群遅延の平坦性が重要になります。つまり、遅延時間が周波数になるべく依存せず、一定の値であることが望ましいということです。群遅延が平坦性に乏しい場合、受信した信号の周波数に応じて遅れ時間に差が生じ、信号が歪む可能性があります。群遅延は、以下の式で表すことができます。

数式 5

ここで、θは位相、fは周波数です。

代表的かつ古典的なローパス・フィルタとしては、バターワース、チェビシェフ、楕円、ベッセルといったものが挙げられます。それぞれ、異なる挿入損失と群遅延の特性を備えています。通常、これらのフィルタについては、リアクタンス素子の個数に応じて次数が定義されます。次数が高くなるほど、周波数のロールオフ特性は急峻になります。

次数が同じフィルタを比較すると、バターワース・フィルタでは、周波数のロールオフ特性が犠牲になるものの最も平坦(挿入損失の周波数依存性が小さい)な通過帯域が得られます。それに対し、チェビシェフ・フィルタでは周波数のロールオフ特性は良好ですが、通過帯域のリップルが少し大きくなります。楕円フィルタ(エリプティック・フィルタ、カウアー・チェビシェフ・フィルタとも呼ばれます)では、チェビシェフ・フィルタよりも急峻なロールオフ特性が得られます。しかし、通過帯域と阻止帯域の両方に大きめのリップルが生じます。ベッセル・フィルタでは、最も平坦な周波数応答が得られますが、ロールオフ特性が最も緩やかになります。図8に、理想的な5次ローパス・フィルタの挿入損失と群遅延の例を示しました。3dB周波数(f3dB)は2GHzで、通過帯域リップルの許容値は1dB、阻止帯域リップルの許容値は50dBを想定しています。

レーダー・システムなどでは、周波数帯域全体にわたり位相を一定に維持することが重要な意味を持ちます。受信するパルスの位相の偏差を防止するために、対象となる帯域全体で群遅延が平坦であることが強く求められます。受信信号の帯域が1GHz以上に及ぶ可能性があるなか、広範な帯域幅全体にわたって群遅延の平坦性を最大限確保しなければなりません。経験則として、群遅延は1ナノ秒未満に抑えることが望ましいと言えます。ただ、この値については位相の偏差に対するシステムの許容範囲によって異なります。図9に示したプロットは、群遅延の平坦性がそれぞれ2.24ナノ秒と0.8ナノ秒のフィルタの例です。このプロットを見ると、群遅延が平坦な方が、周波数範囲全体にわたって位相の変化が明らかに小さいことがわかります。

フィルタの設計に使用するリアクタンス素子については、Q値(Quality Factor)に注目する必要があります。これは、フィルタの性能に大きな影響を及ぼします。Q値は、特定の回路素子における直列損失抵抗に対するリアクティブなインピーダンスの比として定義されます。その値は、技術的なプロセスや、実装に使用する物理的な面積に依存します。Q値が高いほど周波数応答の形状が鋭くなり、挿入損失が小さくなります。

図8. 5次のローパス・フィルタの特性。各種のフィルタの挿入損失と群遅延を示しています。
図8. 5次のローパス・フィルタの特性。各種のフィルタの挿入損失と群遅延を示しています。
図9. 群遅延と位相差。群遅延の平坦性は直線位相からの偏差に影響を及ぼします。(a)は群遅延の平坦性が2.24ナノ秒の例です。(b)は同0.8ナノ秒の例であり、周波数に対する位相の変化がより一定になっていることがわかります。
図9. 群遅延と位相差。群遅延の平坦性は直線位相からの偏差に影響を及ぼします。(a)は群遅延の平坦性が2.24ナノ秒の例です。(b)は同0.8ナノ秒の例であり、周波数に対する位相の変化がより一定になっていることがわかります。

RF通信向けの従来のフィルタ技術

続いて、RFベースの通信システムで使われてきたフィルタ技術について再確認しましょう。上述したような古典的なフィルタの実装には、様々な技術が使用されます。従来、RF技術者は表面実装型/ディスクリートの集中定数型の素子を使ったり、プリント回路基板上に印刷された伝送線路を含む分布定数型素子を使用したりすることでフィルタを構成していました。その後、フィルタは半導体プロセスの利用を前提として設計されるようになりました。実際、優れたQ値を備え、精度が高く、温度に対する安定性の高いリアクタンス素子が実現されるようになりました。また、半導体プロセスを利用すれば、切り替え型やチューナブルなリアクタンス素子を実現することも可能です。そのような素子は、ディスクリートの集中定数型素子による実装ではかなり実現が困難でしょう。また、バルク弾性波(BAW:Bulk Acoustic Wave)フィルタ、表面弾性波(SAW:Surface Acoustic Wave)フィルタ、低温焼成セラミック(LTCC:Low Temperature Co-fired Ceramics)フィルタ、キャビティ・フィルタ、セラミック共振子などの技術も活用されています。

様々な手法や技術を利用できるようにはなりましたが、それぞれには以下に示すような特徴が存在します。

集中定数型(LC)フィルタ:表面実装型のインダクタやコンデンサを基板上に実装することで構成します。そのメリットは、組み立てが簡単なことです。部品の値を変更するだけでフィルタの特性を変化させられます。

分布定数型フィルタ:誘電体(基板に統合された誘電体か、独立した状態の誘電体)上に実装された伝送線路の共振片として設計されます。特定の周波数範囲において、擬似的なインダクタやコンデンサとして動作するように配置されます。この種のフィルタは、周期的な特性を示します。この種のフィルタを改善/小型化するために、場合によっては集中定数型の部品が追加されることもあります。

セラミック共振子を使用したフィルタ:集中定数型素子を介して結合された複数のセラミック共振子(分布定数型素子)を使用することでフィルタを構成することができます。通常、結合素子としてはコンデンサが使用されますが、インダクタが使われる場合もあります。この種のフィルタは、分布定数型と集中定数型のハイブリッドと表現することもできます。

キャビティ・フィルタ:導電性の箱に納められた分布定数型素子(ロッド)によって実装されます。損失がほとんど生じず、大きな電力を扱えますが、サイズとコストの面で代償を伴います。

BAW フィルタ、SAW フィルタ: 卓越した性能が得られますが、周波数の選択性が高く、広帯域に対応する必要があるアプリケーションにはあまり適していません。

LTCC フィルタ:セラミック・パッケージ内で、分布定数型の伝送線路を多層に組み合わせることによって実装されます。分布定数型のフィルタに似たものであり、多くのアプリケーションに対応できます。但し、固定型なものであるという側面を持ちます。3 次元的に積層されるため、基板上のスペースをほとんど消費しません。

上記のフィルタとは異なる技術で実現されるのがIC上に集積されるフィルタです。その種のフィルタは、半導体の性能が向上したことによって広い周波数範囲に対応できるようになりました。また、フィルタと共にデジタル制御素子を容易に集積できるので、ソフトウェア定義型のトランシーバーでの採用も進んでいます。性能と集積度をトレードオフできれば、広帯域対応のシステムにとって魅力的な選択肢となります。

表1. 各種のフィルタの比較
周波数範囲 チューニングの可否 サイズ コスト Q値
集中定数型(LC) 6GHz未満 実装が困難
分布定数型 50GHz未満 固定 中/高
セラミック共振子 6GHz未満 固定
キャビティ 40GHz未満 固定
BAW/SAW 6GHz未満 固定
LTCC 40GHz未満 固定
半導体 50GHz未満 デジタルでチューニング可能

最新のフィルタ・ソリューション

アナログ・デバイセズは、デジタル・チューナブル・フィルタの新たな製品ファミリを開発しました。その背景には、拡張された半導体プロセスと通信業界に適したパッケージ技術が存在しています。それらの技術を採用したことにより、小型で除去性能の高いフィルタを実現し、レシーバーで発生するブロッカの問題を軽減することが可能になりました。それらのフィルタ製品は、SPI(Serial Peripheral Interface)をはじめとする標準的なシリアル/パラレル・インターフェースによって高度なコンフィギュラビリティ(構成可能性)が得られるように設計されています。また、RFに対応可能な高速なスイッチングも実現されています。加えて、各ICには128の状態に対応するルックアップ・テーブルが組み込まれています。そのため、高速な周波数ホッピングが必要なアプリケーションに対応してフィルタの状態を迅速に変更することができます。つまり、高い除去性能、高速なチューニング機能、広い周波数範囲への対応が実現されています。そのため、劣悪なスペクトル環境で動作する次世代のレシーバー・アプリケーションを実現することが可能です。

図10. ADMV8818のブロック図
図10. ADMV8818のブロック図
図11. ADMV8818を適用したレシーバー。2GHz~18GHzに対応します。同ICはプリセレクタとイメージ・フィルタとして使用しています。
図11. ADMV8818を適用したレシーバー。2GHz~18GHzに対応します。同ICはプリセレクタとイメージ・フィルタとして使用しています。

上述した技術を採用した最新製品としては、「ADMV8818」が挙げられます(図10)。同ICは、2GHz~18GHzで動作する4つのハイパス・フィルタと4つのローパス・フィルタを備えています。

9mm×9mmのパッケージを採用した柔軟性の高い製品です。これを採用すれば、2GHz~18GHzの範囲で、チューナブルなバンドパス、ハイパス、ローパス、バイパスの応答を実現することができます。このICは、大きく分けて入力部と出力部の2つの部分によって構成されています。入力部には、2つのRFINスイッチによって選択が可能な4つのハイパス・フィルタとバイパスのオプションが設けられています。一方、出力部には、2つのRFOUTスイッチによって選択が可能な4つのローパス・フィルタとバイパスのオプションが用意されています。各ハイパス・フィルタと各ローパス・フィルタは、16種(4ビットの制御)の状態にチューニングすることができます。それにより、3dB周波数(f3dB)を調整することが可能です。

ADMV8818は、迅速に再構成が可能な柔軟なアーキテクチャと小型のフォーム・ファクタを採用しています。また、デッド・ゾーンが存在しない状態で2GHz~18GHzの帯域全体を完全にカバーします。同ICは、プリセレクタのサブオクターブ・フィルタ、イメージ・フィルタ、IFフィルタとして構成することができます。例えば、図11に示すようにシグナル・チェーンを構成したとします。帯域外の大きな信号が存在した場合、レシーバーはプリセレクタとしてADMV8818を選択し、高い感度を維持することが可能です。

例として、対象とする信号を9GHz付近で受信している際、帯域外である4.5GHzに大きなブロッカが存在しているケースを考えます。その場合、ブロッカによって目的の9GHzの信号の近傍に高調波が現れ、システムの動作が妨げられる可能性があります。ここで、ADMV8818を6GHz~9GHzのバンドパス・フィルタとして構成しておけば、ブロッカのレベルを適切に低下させつつ、必要な広帯域の信号を通過させることができます。その結果、シグナル・チェーンの非線形素子で高調波の問題が発生するのを防ぐことが可能になります。図12は、そのようにADMV8818を構成した場合に、Sパラメータがどのようにスイープされるのか、ブロッカに重ねて示したものです。

図12. ADMV8818による効果。同ICを6GHz~9GHzのバンドパス・フィルタとして構成した結果です。このフィルタによって、F2 - F1、F1 + F2、F/2、F×2のスプリアスが除去されます。
図12. ADMV8818による効果。同ICを6GHz~9GHzのバンドパス・フィルタとして構成した結果です。このフィルタによって、F2 - F1、F1 + F2、F/2、F×2のスプリアスが除去されます。

図13は、2GHz~18GHzに対応する従来型のプリセレクタ(フィルタ・バンク)回路とチューナブル・フィルタのサイズを比較したものです。フィルタ・バンクは、分布定数型フィルタ技術により、切り替え型の固定フィルタとしてセラミック基板上に実装されています。そのサイズは、市場で目にするフィルタ技術に基づいて見積もっています。この見積もりでは、同等の機能の回路を使って比較を行うために8投のスイッチを含めてあります。一方、チューナブル・フィルタ(バンドパス・フィルタ:BPF)としてはADMV8818を例にとっています。同ICは、切り替え型のフィルタ・バンクと同じ周波数範囲をカバーし、完全なチューニングを高い柔軟性で提供します。切り替え型のフィルタ・バンクに対し、ADMV8818による面積の削減効果は75%を超えています。通常、レシーバーのシグナル・チェーンにおいて、プリセレクタはシステム全体のサイズのかなりの部分を占めます。そのため、サイズが非常に重要で、性能とのトレードオフが求められるEWシステムなどでは、このように面積を削減できることは非常に大きな意味を持ちます。

また、アナログ・デバイセズは、8GHz~12GHzの周波数範囲に対応する「ADMV8913」も提供しています(図14)。ハイパス・フィルタとローパス・フィルタを組み合わせた製品であり、6mm×3mmのパッケージを採用しています。この製品は、Xバンド(8GHz~12GHz)において5dBに挿入損失を抑えて動作するよう特別に設計されています。ハイパス・フィルタとローパス・フィルタについては、16種の状態(4ビットの制御)にチューニングすることが可能であり、3dB周波数(f3dB)を調整できるようになっています。また、同ICにはロジック制御向けにパラレル・インターフェースが組み込まれています。そのため、SPIによる通信を使うことなくフィルタの状態を設定することが可能です。パラレル・インターフェースであれば、SPIを使用する場合に生じるトランザクション時間を考慮する必要がありません。そのため、フィルタの応答が高速でなければならないシステムに非常に適しています。

Xバンドに対応する最新のレーダー・システムでも、機械的に制御されるアンテナが使用されるケースがあります。あるいは、数多くのチャンネルを使用するフェーズド・アレイによってビームを操作するタイプのものも存在します。いずれにせよ、そのようなアプリケーションでは、小型で、挿入損失が小さく、構成が容易なフィルタ・ソリューションが利用されます。ADMV8913は、挿入損失が小さく、小型で、柔軟なデジタル・インターフェース(SPIまたはパラレル)を備えています。したがって、その種のアプリケーションに最適です。そうした特徴を備えていることから、システムのフロント近くに配置して最適な性能を得ることができます。同時に、システムを統合する上での複雑さを軽減することが可能になります。

図13. 切り替え型のプリセレクタとチューナブルなプリセレクタの比較。(左)は2GHz~18GHzの切り替え型固定BPF、(右)は2GHz~18GHzのデジタル・チューナブルBPFです。デジタル・チューナブルBPFの面積削減の効果は75%を超えています。
図13. 切り替え型のプリセレクタとチューナブルなプリセレクタの比較。(左)は2GHz~18GHzの切り替え型固定BPF、(右)は2GHz~18GHzのデジタル・チューナブルBPFです。デジタル・チューナブルBPFの面積削減の効果は75%を超えています。
図14. ADMV8913のブロック図
図14. ADMV8913のブロック図

まとめ

広帯域に対応するレシーバーについては、RFフロント・エンド部を設計する際に考慮すべき事柄がたくさんあります。フロント・エンドは、予測が不可能で対処が困難なブロッカにさらされる可能性があります。そのような状況に対処しながら、対象とする小振幅の信号を検出できるように設計しなければなりません。そうしたブロッカに対処するためには、フロント・エンドのフィルタの性能を動的に調整できるようにする必要があります。これはRFフロント・エンドにとって非常に重要な機能です。アナログ・デバイセズはデジタル制御型のチューナブル・フィルタICを提供しています。それらの製品は、多くのフロント・エンド・アプリケーションに対応可能な強力なデジタル機能によって、業界をリードする性能を提供します。本稿で紹介した2つの製品は、革新的なデジタル・チューナブル・フィルタ製品群の第1弾にすぎません。これらの製品の詳細については、デジタル・チューナブル・フィルタの製品ページやデータシートをご覧ください。特定のアプリケーションに関する情報については、最寄りの代理店にお問い合わせください。

参考資料

1Bezhad Razavi「RF Microelectronics(RFマイクロエレクトロニクス)」Pearson Education, Inc.、2012年

2David Pozar「Microwave Engineering, 3rd Edition(マイクロ波工学 第3版)」John Wiley & Sons、2005年

Benjamin Annino「マルチオクターブに対応する広帯域デジタル・レシーバー、そのSFDRについて考慮すべき事柄」Analog Dialogue、Vol. 55、No. 1、2021年1月

Chris Bowick「RF Circuit Design, 2nd Edition(RF回路設計 第2版)」Elsevier, Inc.、2008年

Peter Delos「広帯域RFレシーバー・アーキテクチャ・オプションの検討」Analog Devices、2017年2月

William F. Egan「Practical RF System Design(実践的なRFシステム設計)」John Wiley & Sons、2003年

James Tsui「Microwave Receivers and Related Components(マイクロ波レシーバーと関連部品)」Peninsula、1985年

James Tsui、Chi-Hao Cheng「Digital Techniques for Wideband Receivers(広帯域レシーバーのためのデジタル技術)」SciTech、2015年

著者

Brad Hall

Brad Hall

Brad Hallは、アナログ・デバイセズのシステム・アプリケーション・エンジニアリング・マネージャです。航空宇宙/防衛事業部門(ノースカロライナ州グリーンズボロ)に所属しています。入社は2015年で、主に航空宇宙/防衛アプリケーション向けの完全なシグナル・チェーンの設計サポートと新製品の定義を担当。以前は、Digital Receiver TechnologyでRF技術者を務めていました。2006年にメリーランド大学で電気工学の学士号、2018年にジョンズ・ホプキンス大学で電気工学の修士号を取得しています。

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David Mailloux

David Maillouxは、アナログ・デバイセズのRF/マイクロ波事業部門に所属するプロダクト・アプリケーション・エンジニアです。2015年に入社後、集積度の高いアップコンバータ/ダウンコンバータやチューナブル・フィルタ製品を担当していました。現在では、VCO、PLL、周波数分周器、周波数逓倍器などのサポートまで業務範囲を拡大しています。2010年~2015年にかけては、Hittite MicrowaveやSymmetricom(現Microchip Technology)などに所属していました。半導体とモジュールの両方のレベルで発振器を設計した経験を持ちます。マサチューセッツ大学ローウェル校で2010年に電気工学の学士号、2012年に同修士号を取得しています。