ESD保護用のダイオードを温度センサーとして使用する

Q: 高速オペアンプのジャンクション温度は、データシートの仕様を基にした場合、どのくらい正確に見積もることができるのでしょう? ジャンクション温度を簡単に実測する方法はありますか?

A: 何年も前、筆者は、あるフェロー・アプリケーション・エンジニアと以下の式について議論していました。これは、ジャンクション温度を計算するために昔から使われているものです。上式において、TAは周囲温度、PDは消費電力、θJAは熱抵抗を表します。

TJ = TA + PDθJA          (1)

そのとき、彼は一般的な3端子レギュレータのジャンクション温度を把握するための別の方法を教えてくれました。それは、ICの出力段に設けられているESD(Electro Static Discharge)保護用のダイオードを温度センサーとして使用するというものでした。彼が所属していた会社では、日常的なテスト/評価を実施する際、ESD保護用のダイオードを使ってレギュレータのジャンクション温度を測定するということを行っていたそうです。この温度測定の方法は、レギュレータだけでなく高速オペアンプにも適用できます。

図1に示したダイオードD3とD4がESD保護用のダイオードです。これらは、オペアンプをESDによる損傷から保護する役割を果たします。一方、ダイオードD1とD2は、入力保護用のダイオードです。これらは、高速オペアンプの入力差動ペアを逆降伏電圧による損傷から保護する役割を果たします。一般に、温度センサーとしては専用のダイオードやPN接合が使われますが、ESD保護用のダイオードや入力保護用のダイオードもその用途に利用することが可能です。

図1.ESD保護用のダイオードと入力保護用のダイオード
図1.ESD保護用のダイオードと入力保護用のダイオード

ダイオードを利用した温度センサーの原理は非常に単純です。ダイオードに一定の電流を印加すると、その両端(PN接合の両端)の電圧は、温度に対して約1~2mV/°Cの割合で低下します。温度に対する電圧の変化は、ルックアップ・テーブルや計算式を利用することで、任意のダイオードを対象として算出することが可能です。ここで取り上げている例で言えば、高速オペアンプのダイの温度を求められるということです。

図2は、上記の温度測定の方法の概念図です。オペアンプを温度チャンバの中に配置し、ESD保護用のダイオードの接合部に一定の電流を印加することで、その電圧の特性を評価することができます。ここでは、ダイオードの接合部における自己発熱の影響を避けるために、印加する電流の値は0.5mAに設定することにします。まず温度を25°Cに設定し、その環境に数分間、オペアンプを置いた上で、ダイオードの両端の電圧を測定/記録します。-40°Cと85°Cの条件でも同じ測定を繰り返します。3種の温度に対する測定値を取得することで、温度特性の傾きを求めることができます。

図2.温度測定の方法の概念図
図2.温度測定の方法の概念図

ダイオードの電圧の温度特性を表す式は、以下の式(Point-Slope Form)を用いて導きます。

yy1 = m(xx1)                         (2)

これを使用すれば、任意のダイオードの電圧に対する温度の値を容易に計算することができます。ここでは、測定の対象とするオペアンプとして「AD8063」を例にとることにします。AD8063は、帯域幅が300MHzでレールtoレール出力の汎用アンプです。上述した手順により、同アンプのESD保護用ダイオードの評価を行った結果、-1.2mV/°Cという傾きの値が得られました。これを式(2)に代入すると、以下のようになります。

y = –0.0012x V/°C + 0.887 V          (3)

この式をxについて解くことで、電圧の測定値を基にしてダイの温度を求められるようになります(以下参照)。

x = –833.3y °C/V + 739.2°C            (4)

次に、AD8063が250mWの電力を消費するように設定しました。この消費電力の値は、ダイオードの電圧の変化を十分正確に測定できるようにするために選択したものです。ここでは、図3に示したように、AD8063を5Vと-3Vの電源電圧で動作させ、20Ωの負荷を駆動することにします。同アンプの自己消費電流は5.5mAなので、負荷がない場合には44mWの電力を消費します。入力に1VのDC信号を印加すると、出力には50mAの負荷電流が生じます。出力トランジスタの電圧降下は4Vです。50mAの負荷電流によってAD8063は更に200mWの電力を消費します。したがって、トータルの消費電力は244mWとなります。この状態を数分間維持すると、AD8063は発熱します。ここで図2に示した構成に戻し、ダイオードの電圧の値を測定しました。その結果、平均電圧は817mVとなりました。これに対応するジャンクション温度は58.4°Cです。

図3.評価用の回路構成。250mWの電力を消費するようにしています。
図3.評価用の回路構成。250mWの電力を消費するようにしています。

上記の結果の検証を行うために、赤外線カメラを使ってAD8063のパッケージの温度を測定しました。当社でパッケージングを担当する技術者によると、ジャンクション温度はパッケージの温度よりも約1~2°C高いとのことでした。赤外線カメラによって測定を行ったところ、パッケージの温度として58.7°Cという結果が得られました(図4)。プラスチック・パッケージの熱特性を考慮すると、ジャンクション温度は約60°Cであるということになります。このように、ダイオードの電圧を基にした温度測定と赤外線カメラによる温度測定には、良好な相関があることがわかります。

AD8063のデータシートを参照すると、θJAの値は230°C /Wとなっています。この値と式(1)を用いてジャンクション温度を計算すると83.7°Cとなり、43%もの差があることになります。式(1)から逆算すると、実際のθJAの値は約130°C /Wとなります。データシートに記載されているθJAの値には、堅牢性と信頼性に優れる設計を保証するために、かなり大きめのマージンが設定されています。ESD保護用のダイオードを利用した手法は、ダイの温度を正確に測定するための適切なものであり、より現実的なジャンクション温度を把握することができます。

このシリーズの今後の記事では、システム温度センサー「ADM1021A」においては、オペアンプのジャンクション温度を直接測定するために入力保護用のダイオードをどのように利用しているのか解説する予定です。

図4.赤外線カメラによるAD8063の温度の測定結果
図4.赤外線カメラによるAD8063の温度の測定結果

評価データの取得に協力してくれたGlen WiegandとJerry McCarthyに感謝します。

著者

John Ardizzoni

John Ardizzoni

John Ardizzoniは、アナログ・デバイセズの高速リニア・グループの上級アプリケーション・エンジニアです。 マサチューセッツ州ノースアンドーバーのメリマック・カレッジでBSEE(電子工学士)を取得し、2002年にアナログ・デバイセズに入社しました。エレクトロニクス業界で30年以上のキャリアがあります。