はじめに
RS-232、RS-485、CAN(Controller Area Network)は、いずれも代表的なシリアル通信バスの規格です。その種のバスは、様々な種類の物理的ネットワークを介してデータを伝送する役割を果たします。主な用途としては、産業用のプロセス制御、電源のレギュレーション、コンピュータ間のポイントtoポイント通信などが挙げられます。そうした多くのアプリケーションでは、シリアル通信バスで相互接続されたシステムは遠く離れた場所にあり、それぞれに異なる電源を備えています。そのため、通常はガルバニック絶縁を適用して、グラウンド・ループが形成されないようにする必要があります。つまり、システムにおける信号の歪みを低減すると共に、高電圧のトランジェントからシステムを保護して物理的な安全性を確保しなければなりません。
絶縁が果たす役割
従来、ガルバニック絶縁を実現する手段としては、トランス、カップリング・コンデンサ、フォトカプラなどが使われてきました。ただ、現在ではiCouplerがそれらに代わる非常に有力な選択肢となりました。絶縁を適用する際には、2点間に電流が流れるのを阻止しながら、データをスムーズに通過させる必要があります(図1)。絶縁の目的は、複数のグラウンド・パスが存在するシステムで発生する可能性のあるライン・サージや、グラウンド・ループによって引き起こされる高電圧/大電流からの保護を実現することです。長いケーブルによって接続される各システムのグラウンドは、必ずしも同じ電位にはなりません。そうすると、2つのシステムの間にはグラウンドを介して電流が流れることになります。適切に絶縁が施されていない場合、この電流によってノイズが発生したり、測定値の精度が低下したりする可能性があります。場合によっては、システムで使用しているコンポーネントに損傷が生じてしまうかもしれません。

産業環境では、モータのオン/オフの切り替え、ESD(静電気放電)、近くでの落雷などによって、長いケーブルに誘導結合による電流が生じることがあります。すると、グラウンドの電位が急速に変化します。実際、数百Vから数千Vもの変動が生じることも少なくありません。このような現象が起きると、離れたところにあるシステムが待ち受けているロジック・レベルのスイッチング信号は、ローカル・グラウンドに対する高電圧に重畳された状態になります。絶縁が適用されていない場合には、その高電圧によって信号を認識できない状態に陥ったり、システムが損傷したりする可能性があります。このような破壊的なエネルギーからシステムを保護するためには、バスに接続されているすべての機器が単一のグラウンドを基準にしている状態にする必要があります。また、それらの機器に絶縁を施すことで、グラウンド・ループやサージを防ぐことが可能になります。
システムを完全に保護するためには、すべての信号ラインと電源を絶縁しなければなりません。電源の絶縁は、絶縁型のDC/DCコンバータを使うことによって実現できます。一方、信号ラインについては、iCouplerファミリのデジタル・アイソレータを使うことで絶縁することが可能です。
iCoupler技術の詳細
フォトカプラは、LEDとフォトダイオードを組み合わせることで実現されます。それに対し、iCoupler技術を適用したアイソレータは、チップスケールのトランスを利用した磁気カプラとして実現されています(図2)。この平面構造のトランスは、CMOSプロセスの金属配線層とパッシベーション膜上に形成した金の層を使用することで形成されます。金の層の下にある絶縁破壊強度の高いポリイミド層によって、トランスの上側のコイルと下側のコイルの絶縁が実現されます。上下のコイルに接続された高速CMOS回路は、各トランスと外部信号のインターフェースとして機能します。ウェーハスケールの製造プロセスにより、複数の絶縁チャンネルとその他の半導体回路を1つのパッケージ内に統合した低コストのデバイスとして提供されます。iCoupler技術では、フォトカプラにつきものの電流伝達率の不確定性や、伝達関数の非直線性、(時間や温度の変化に伴う)ドリフトを排除することができます。また、消費電力は90%も削減され、外付けのドライバやディスクリート部品も不要になります。

トランスの1次側の回路は、入力ロジック信号の遷移を1ナノ秒のパルスとしてエンコードします(図3)。それらパルスは、トランスを介して結合されます。それを2次側の回路が検出し、入力信号を再現します。入力側のリフレッシュ回路は、入力の遷移が生じていない場合に出力の状態が入力の状態と一致するように機能します。この機能は、電源を投入した際や、入力波形のデータ・レートが低い場合、入力が一定のDC電圧である場合などに重要な役割を果たします。

iCouplerデバイスの目的は、入力と出力の間を絶縁することです。したがって、トランスを挟む一方の回路ともう一方の回路はそれぞれ別のチップ上に形成する必要があります。トランス自体はどちらかのチップ上に形成しても構いませんし、「ADuM140x」1のように、3つ目のチップ上に形成することも可能です(図4)。これらのチップは、一般的な半導体製品で使われているのと同様の標準的なプラスチック・パッケージに収容されます。

iCouplerデバイスは、従来にはない新たな特徴を備えています。それは、上記のように、送受信チャンネルの両方を単一のパッケージに統合できるというものです。iCouplerのトランスは、もともと双方向性を備えています。そのため、トランスの両側に適切な回路を実装すれば、どちらの方向にも信号を送ることが可能です。実際、様々な構成の送受信チャンネルを内蔵したマルチチャンネルのアイソレータ製品も提供されています。
シリアル通信バス
RS-232(EIA232)とRS-485(EIA/TIA485)の仕様では、物理層についてのみ規定しています。つまり、信号のプロトコルはユーザが定義することができます。あるいは、その物理層を採用した他の規格で定義されているプロトコルを利用することも可能です。それに対し、CANでは物理層とデータ・リンク層について規定しています。以下、それぞれの規格の詳細と、iCouplerデバイスによる絶縁方法について説明します。
RS-232の絶縁: RS-232は、広範な用途で活用されているシリアル通信バスの規格です。もともとは、コンピュータとモデムの間の通信用の規格として1962年に策定されました。非常に古い規格ですが、現在でもシステム間の通信リンク用に広く使用されています。シンプルで、柔軟性が高く、長年にわたって多くの実績を積み重ねていることが理由となり、根強い支持を得ているのです。同規格は、ポイントtoポイントの通信を対象として設計されています。グラウンドを基準とする不平衡/シングルエンドの2本の専用信号ラインを使用して全二重通信を実現します。
データ・レートの上限は20kbpsまでですが、低電圧のバージョンでは64kbpsまで拡張されています。ケーブル長は、最大2500pFの負荷容量と3kΩ~7kΩの負荷インピーダンスによって制限されます。その結果、事実上の最大ケーブル長は16mほどになります。RS-232では、ドライバ(Tx:トランスミッタ)の出力レベルを次のように規定しています。すなわち、論理レベルの1に対しては-5V~-15V、論理レベルの0に対しては5V~15Vです。また、レシーバー(Rx)の入力レベルは、論理レベルの1に対しては-3V~-15V、論理レベルの0に対しては3V~15Vと規定しています。-3V~3Vの電圧については定義されていません。電圧がスイングする範囲が広く、未定義の領域があることから、高いノイズ耐性を得ることができます。また、長いケーブルでも有効な信号レベルで受信が行えるようになっています。
RS-232の仕様では、25本のピン、20本の信号ラインを備えるDコネクタのピン配置が定義されています。ただ、図5に示す8本の信号ラインを備えた9ピンのコネクタの方が一般的です。各方向に対応する1本のラインをデータ伝送のために使用し、残りのラインは通信プロトコル用として使用します。最もシンプルな構成では、送信データ(Tx)、受信データ(Rx)、グラウンド(GND)のわずか3本のラインしか使用しません。一方、25ピンのコネクタでは、機器の安全を確保するために使用する保護用のグラウンドが定義されています。通常、このラインは電源グラウンドまたはシャーシ・グラウンドに接続します。信号のグラウンドやシステム間の接続に使用してはなりません。

RS-232の規格では、DCE(Data Communications Equipment)とDTE(Data Terminal Equipment)の2種類に装置を分類しています。これらの名称は、コンピュータとモデムの間の通信に使用されていた頃の名残です。現在では、単にどのラインを入力として接続し、どのラインを出力として接続するのかを定義しているにすぎません。
通常、RS-232は複数のシステムを接続するために使用されます。そのため、各システムとバスの間に絶縁を施すことが非常に重要になります。デジタル・アイソレータ自体はRS-232規格そのものをサポートしているわけではないので、トランシーバーとケーブルの間で使用することはできません。その代わり、トランシーバーとローカル・システムの間に適用することができます。通常、トランシーバーのシステム側は、0V~3Vまたは0V~5Vのロジック・レベルを使用してUART(Universal Asynchronous Receiver/Transmitter)またはプロセッサに接続されます。iCouplerに対応するアイソレータでは、入出力回路が互いに電気的に絶縁されています。そのため、UARTとトランシーバーの間に配置することで、システムをケーブルから簡単に絶縁することができます。また、完全な絶縁を実現するためには、絶縁型のDC/DCコンバータを使用してアイソレータとトランシーバーに電源を供給します。図6の回路では、iCouplerファミリのデジタル・アイソレータ「ADuM1402」2、RS-232に対応するトランシーバー「ADM232L」3、絶縁型の電源を組み合わせています。このようにすることで、グラウンド・ループを排除し、サージによる損傷を効果的に防ぐことができます。

RS-485の絶縁: RS-485の規格は、最大32ペアのドライバ/レシーバーに対応するように規定されています。汎用性が高く、4000mのケーブルを駆動できるので、広範なアプリケーションで使用されています。特に、非常に離れた場所にあるシステム間の相互接続に適しています。SCSI(Small Computer System Interface)やPROFIBUSのプロトコルでも、通信方法としてRS-485を採用しています。
対応可能なケーブル長は、データの伝送速度の要件に応じて異なります。ケーブル長と伝送速度の関係は、1200mで200kbps、100mで12Mbpsといった具合です。RS-485のドライバは、平衡差動伝送により2本の出力ラインを使ってデータを送信します。レシーバーは、それら2つの信号を比較することによってロジック・レベルを判定します。両者の差が200mVを超えていれば有効なロジック・レベルとして扱われます。ドライバとレシーバーが備える差動アンプは、信号ラインの間の電流を制御します。それにより、RS-232のようなシングルエンドの方式と比べて高いノイズ耐性を達成します。
RS-485では、イネーブル機能を使うことで、ドライバをハイ・インピーダンスの状態に保つことができます。そのため、複数のドライバを使用する場合でも、競合を回避しながら1つのバスを共有することが可能になります。バスのアービトレーションの手順は、ソフトウェア・プロトコルによって定義されます。1つのドライバ以外はすべて非アクティブの状態になるので、最大32個のドライバによってラインを共有することができます。図7に示したのは、半二重、2線式、双方向の通信を実現するための構成です。各ノードは、ドライバとレシーバーで構成されています。すべてのドライバとレシーバーは、同じ2線式のツイストペア・ケーブルを共有しています。そのため配備が容易であり、コストも削減できます。但し、スループットの最大値が制限されます。1つのノードをマスタ、残りのノードをスレ-ブとして使用する4線式の全二重構成も実現可能です。複雑な形態にはなりますが、データ・レートを高めることができます。

RS-232と同様に、RS-485は複数のシステムを接続するために使用されます。したがって、各システムとバスの間の絶縁もRS-232と同様に非常に重要です。デジタル・アイソレータはRS-485規格もサポートしていないので、トランシーバーとケーブルの間で使用することはできません。その代わり、トランシーバーとローカル・システムの間に適用することが可能です。通常、トランシーバーのシステム側は、ローカルのバスまたはプロセッサに接続します。iCouplerファミリのアイソレータは、入出力回路が互いに電気的に絶縁されています。そのため、プロセッサとトランシーバーの間に配置すれば、システムとケーブルを簡単に絶縁できます。完全な絶縁を実現するためには、絶縁型のDC/DCコンバータを使用してアイソレータとトランシーバーに給電します。図8の回路では、iCouplerファミリのデジタル・アイソレータ「ADuM1301」4と絶縁型の電源を組み合わせています。これにより、グラウンド・ループを排除し、サージによる損傷を効果的に防ぐことができます。

図9に示したのは、「ADM2486」5のブロック図です。同製品は、RS-485に対応するシングルチップの絶縁型トランシーバーです。

CANの絶縁: CANの規格は、もともと車載用アプリケーション向けに策定されました。同規格では、2線式のシリアル通信用のプロトコルを規定しています。最大30個のノードをサポートしており、最長40mのケーブルによって最高1Mbpsのデータ・レートを実現できます。CANに対応するバスでは、データ・フレームを非同期で送信します。データ・フレームは、スタート・ビット、ストップ・ビット、アービトレーション・フィールド、コントロール・フィールド、CRC(Cyclic Redundancy Check)フィールド、アクノレッジ・フィールドによって構成されます。すべてのノードは、リッスンと送信を同時に行うことができます。このプロトコルの最も重要な特徴は、データを損失させることなくビット単位のアービトレーションを実現できることです。各ノードは、各メッセージの先頭で、メッセージの開始(SOM:Start of Message)を表すドミナント・ビットを送信します。他のノードはこの動作を監視しており、メッセージの最後に到達するまで送信を開始することはありません。次に、11ビットまたは29ビットのアービトレーション・フィールドが送信されます。アイデンティファイア(識別子)とも呼ばれるこのフィールドにより、バス上に送信されるメッセージの優先順位が決まります。CANのバスは優先順位が最も高いノードによって制御され、優先順位の低いノードは待機させられます。このようなアービトレーションにより、常に最も優先順位が高いメッセージを伝送できるようになっています。
CANをベースとするバスの例を図10に示しました。平衡型、2線式の差動インターフェースが使用され、通常は3Vまたは5Vの電圧で動作します。NRZ(Non-return-to-zero)のエンコーディングを使用することで、最小限の遷移回数、高いノイズ性能のコンパクトなメッセージが生成されます。CANのバスに対応するトランシーバーは、1対のオープンドレイン・デバイスを使用し、CANH(VCC - 0.9V)からCANL(1.5V)までの差動信号を生成します。トランスミッタは、自身が駆動されたらドミナント信号を生成します。これは論理レベルのローを表します。どのトランスミッタも駆動されていない場合には、プルアップ抵抗によってバスがVCC/2に設定され、リセッシブ信号が生成されます。これは論理レベルのハイを表します。トランシーバーは、スタンバイ制御によって低消費電力モードに切り替えることができます。低消費電力のレシーバーは、スタンバイ・モードの間もアクティブのままであり、バスの状態の変化を監視します。バスの動作を検出したら、レシーバーはローカルのノードをアクティブにするようコントローラに信号を送信します。

RS-232やRS-485と同様に、デジタル・アイソレータはCANの規格はサポートしていません。そのため、トランシーバーとケーブルの間に配置することはできません。その代わり、標準的な3Vまたは5Vのロジック・レベルを使用して、トランシーバーとローカルのCANコントローラの間に適用することができます。iCouplerファミリのアイソレータは、入出力回路が互いに電気的に絶縁されています。そのため、プロセッサとトランシーバーの間に配置することにより、システムとケーブルを簡単に絶縁することができます。完全な絶縁を実現するためには、絶縁型のDC/DCコンバータを使用してアイソレータとトランシーバーに給電します。図11の構成では、iCouplerファミリのデジタル・アイソレータと絶縁型の電源を組み合わせています。それにより、グラウンド・ループを排除し、サージによる損傷を効果的に防ぐことができます。

iCouplerに関するより詳細な情報
iCoupler技術をベースとするデジタル・アイソレータは、集積度、性能、消費電力、使いやすさ、信頼性の面でフォトカプラと比べて遜色はありません。しかも、iCouplerファミリの製品は自己完結型のデバイスです。つまり、通常のバイパス・コンデンサ以外の外付け部品を追加する必要はないということです。各製品は高速であり、高いデータ・レート(最高100Mbps)と短い伝播遅延(18ナノ秒)を達成しています。消費電力(1Mbpsの場合で5mW、25Mbpsの場合で22mW)は、比較の対象とすべきフォトカプラのわずか1/70から1/5ほどです。隣接する部品にとって、その発熱量は無視できるレベルです。しかも、標準的なCMOSデジタルICと同様に扱うことができます。より高い温度環境でも動作することが可能であり、伝播遅延は基本的に温度の影響を受けません。また、LEDのような経年劣化は、生じないので、長期間にわたって使用できます。iCouplerファミリの製品は、安全性について、高品質のフォトカプラと同等の認証を取得しています。代表的なiCoupler製品の絶縁定格は2.5kV rms(定常状態では400V rms)です。将来的には、その値は50%以上向上する見込みです。
まとめ
本稿では、iCoupler製品によってRS-232/RS-485/CANに対応するシリアル通信バスを絶縁する方法を示しました。ただ、本稿で紹介した例は、いずれもその基本的な概念を示したものにすぎません。つまり、テストによって検証済みの詳細なアプリケーション回路図ではないということです。より詳細な情報については、製品のデータシートや以下に挙げるアプリケーション・ノートを参照してください。なお、当然のことながら、高電圧を使用する回路を取り扱う際には、細心の注意を払う必要があります。
参考資料
AN-727 アプリケーション・ノート「RS-485アプリケーションでのiCoupler®アイソレータ」
AN-740 アプリケーション・ノート「RS-232アプリケーションでのiCoupler®アイソレーション」
AN-770 アプリケーション・ノート「iCoupler®絶縁のCANバスでの応用」
Frequently Asked Questions About Isolation, iCoupler Technology, and the ADuM1100 Digital Isolator(アイソレータ、iCoupler技術、デジタル・アイソレータ「ADuM1100」に関するFAQ)
iCoupler Digital Isolation Products(iCouplerファミリのデジタル・アイソレーション製品)
iCoupler Isolation Technology(iCoupler技術による絶縁)
iCoupler Product Family(iCouplerの製品ファミリ)
Scott Wayne「干し草の山の中から針を見つける――大きなコモンモード電圧に重畳した微小な差動電圧の測定」Analog Dialogue 34-01、2000年1月、2月