スイッチング方式のDC/DCコンバータ(DC/DCレギュレータ)は、入力されたDC電圧を基に値の異なるDC電圧を高い効率で生成/出力するための変換回路です。この種のDC/DCコンバータには、ステップダウン(降圧)、ステップアップ(昇圧)、ステップダウン/ステップアップ(昇圧/降圧、昇降圧)という3つの基本的なトポロジが存在します。降圧コンバータは、入力電圧よりも低いDC電圧を生成します。昇圧コンバータは、入力電圧より高いDC電圧を生成します。そして、昇圧/降圧コンバータは入力電圧より低い、高い、または等しい出力電圧の生成に使用されます。本稿では、昇圧/降圧コンバータの活用方法について解説します。なお、降圧コンバータと昇圧コンバータについては、稿末に挙げた参考資料を参照してください。
図1に示したのは、単一セルのリチウム・イオン・バッテリから電力を得る典型的な低消費電力システムの例です。バッテリから供給される電圧は、満充電時の4.2Vから放電時の約3.0Vまで変化します。このシステムを構成する各ICが適切に動作するためには1.8V、3.3V、3.6Vの電源が必要です。リチウム・イオン・バッテリから供給される電圧は、上記のとおり4.2Vから始まり放電が進むに従って3.0Vまで低下します。その間、昇圧/降圧レギュレータを使うことによって、3.3Vという一定の電圧を得ることができます。また、降圧レギュレータまたはLDO(低ドロップアウト)レギュレータを利用することにより、1.8Vの電源を供給することも可能です。バッテリの電圧が3.5Vを超えている間は、降圧レギュレータやLDOによって3.3Vの電源も供給することもできるはずです。しかし、バッテリの電圧が3.5Vを下回ったら、システムは動作を停止してしまうでしょう。つまり、バッテリの再充電が必要になるまでのシステムの動作時間が短くなってしまうということです。
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多くの昇圧/降圧レギュレータは、図2に示すように、4つのスイッチ、2つのコンデンサ、1つのインダクタを使って構成されます。消費電力が少なく、効率の高い今日の昇圧/降圧レギュレータでは、降圧モードまたは昇圧モードで動作している際、4つのスイッチのうち2つだけがアクティブに動作します。それにより、損失を低減し、効率を高めています。
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入力電圧VINよりも低い出力電圧VOUTを得たい場合、昇圧/降圧レギュレータは降圧モードで動作します。その場合、スイッチCはオープン(オフ)の状態になり、スイッチDはクローズ(オン)の状態になります。スイッチA、Bは、図3に示すように、一般的な降圧レギュレータと同様に動作します。
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VINよりも高いVOUTを得たい場合、昇圧/降圧レギュレータは昇圧モードで動作します。その場合、スイッチBはオープンになり、スイッチAはクローズになります。スイッチC、Dは、図4に示すように、一般的な昇圧レギュレータと同様に動作します。最も対応が困難になるのは、VINがVOUT±10%の範囲にある場合です。このとき、昇圧/降圧レギュレータは昇降圧モードに移行します。同モードでは、スイッチング・サイクルの間に2つの動作(降圧と昇圧)が行われます。このような動作を行う場合には、損失の低減、効率の最適化、モードの切り替えによる不安定性の排除を実現できるように配慮する必要があります。その目的は、インダクタの電流リップルを最小限に抑え、電圧のレギュレーションを維持して良好な過渡性能を保証することです。
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負荷に流れる電流が多い場合、昇降圧モードでは、電圧モードや電流モード、固定周波数のPWM(パルス幅変調)による制御を使用して、安定性と過渡応答が最適になるように動作します。また、携帯型(可搬型)のアプリケーションでバッテリの寿命を最大に延ばすためには、パワーセーブ・モードを使用すると便利です。つまり、負荷が軽い場合にはスイッチング周波数が低下するモードを利用できることが望ましいということです。但し、ワイヤレス・アプリケーションやノイズの低減が求められるアプリケーションでは、可変周波数のパワーセーブ・モードを使用すると干渉が問題になる可能性があります。そのような事態に対処できるように、ロジック制御入力を使用することで、あらゆる負荷の条件の下で固定周波数のPWM動作を行うように設定可能な製品も存在します。
昇圧/降圧レギュレータによるシステム効率の向上
現在使用されている携帯型システムの多くは、単一セルの充電式リチウム・イオン・バッテリで駆動されます。先述したように、同バッテリは満充電の状態であれば4.2Vの電圧で電力の供給を開始します。そして、供給電圧が3.0Vに下がるまで徐々に放電していきます。バッテリの出力が3.0Vを下回ると、システムはオフになります。過度の放電によってバッテリが損傷してしまう可能性があるため、保護機能が働くからです。LDOレギュレータを使用して3.3Vの電源電圧を生成する場合、システムがシャットダウンする電圧は次式に基づいて決められることになります。
VIN MIN = VOUT + VDROPOUT = 3.3 V + 0.2 V = 3.5 V
そうすると、バッテリに蓄積されたエネルギーのうち70%しか使用されないことになります。それに対し、「ADP2503/ADP2504」といった昇圧/降圧レギュレータを採用すれば、システムは現実的な最低バッテリ電圧まで動作を継続することができます。ADP2503/ADP2504(稿末の付録もご覧ください)は、効率が高く、自己消費電流の少ない昇圧/降圧レギュレータです。それぞれの出力電流は600mA、1000mAであり、必要な出力電圧と比べて入力電圧が高くても、低くても、等しくても適切に動作します。また、パワー・スイッチを内蔵しているので、外付け部品の数とプリント基板上の実装面積を抑えられます。ADP2503/ADP2504を採用すれば、バッテリの電圧が3.0Vに低下するまでシステムを動作させることができます。つまり、バッテリに蓄積されたエネルギーのほとんどを使いきるまでシステムの動作を継続させられます。言い換えれば、バッテリの再充電が必要になるまでのシステムの動作時間を延ばすことが可能になるということです。
携帯型のシステムにおいてエネルギーの消費量を節約するには、どうすればよいのでしょうか。そのための方法としては、マイクロプロセッサ、ディスプレイのバックライト、パワー・アンプなど、様々なサブシステムが動作しない間は、フル動作のモードとスリープ・モードの間を頻繁に切り替えるというものが考えられます。ただ、そのような制御を行うと、バッテリの供給ラインに大きな電圧トランジェントが生じてしまう可能性があります。そうしたトランジェントにより、バッテリの出力電圧が一時的に3.0Vを下回ると、バッテリの電圧低下に対応する警告機能がトリガされるかもしれません。その結果として、バッテリが完全に放電する前にシステムがオフになってしまう可能性があります。昇降圧モードを備えるソリューションであれば、2.3Vまでの電圧の変動を許容できるので、システムの動作時間を延伸することに貢献できます。
昇圧/降圧レギュレータの主な仕様
ここからは、昇圧/降圧レギュレータ製品を選択する際に注目すべきポイントを列挙した上で解説を加えます。
出力電圧範囲のオプション: 降圧/昇圧レギュレータ製品の中には、仕様で規定された固定電圧だけを出力するタイプのものがあります。一方で、抵抗分圧器を外付けすることにより、出力電圧を設定できるオプションを備えている製品も存在します。
グラウンド電流または自己消費電流: レギュレータICは、負荷に供給するために使用することができないDC バイアス電流Iqを消費します。Iqが少ないほど効率は高くなります。ただ、Iqは、スイッチがオフの状態、無負荷の状態、PFM(パルス周波数モード)動作の状態、PWM 動作の状態など、様々な条件の下で規定されています。そのため、アプリケーションに最適な昇圧/降圧レギュレータを選択する際には、特定の動作電圧と負荷電流の条件の下で効率の値を比較するように努めるべきです。
シャットダウン電流: イネーブル・ピンをオフに設定した場合に消費される入力電流です。スリープ・モードに移行しているバッテリ駆動の機器について、スタンバイ時間を長く確保できるようにするためには、Iqが少ないことが重要です。ロジック制御によってシャットダウンさせた場合、入力は出力から切り離されるので、入力電源から流れる電流値は1μA を下回るレベルになります。
ソフトスタート機能: 出力電圧が上昇する際の挙動を制御するソフトスタート機能を備える製品も存在します。同機能を使用すれば、スタートアップする際、出力電圧の過剰なオーバーシュートを防止することができます。
スイッチング周波数: 一般に、低消費電力の昇圧/降圧レギュレータは500kHz ~ 3MHz で動作します。スイッチング周波数が高いほど小さなインダクタを使用できるので、基板上の実装面積を削減することが可能になります。但し、スイッチング周波数が2 倍になるごとに効率は約2% 低下します。
サーマル・シャットダウン機能: ジャンクション温度が規定の値を超えた場合に、レギュレータをオフにする機能のことです。なお、常にジャンクション温度が高い場合には、多くの電流を伴う動作が続いている、プリント基板の温度が上がりすぎている、周囲温度が高すぎるといった原因が考えられます。サーマル・シャットダウン機能を実現する保護用の回路は、ヒステリシスを備えています。そのため、サーマル・シャットダウンが働いた後は、チップの温度が、あらかじめ設定された制限値を下回るまで通常動作には復帰しません。
まとめ
アナログ・デバイセズは、実証済みの性能を備える低消費電力の昇圧/降圧レギュレータ製品を提供しています。手厚いサポートも受けられるので、それらの製品を採用して設計を行う際、不安を覚えることもないはずです。各製品のデータシートを見ると、具体的なアプリケーションについて説明したセクションに、必要な計算の方法などが掲載されていることもわかります。加えて、設計ツールであるADIsimPowerを利用すれば、設計に必要な作業も簡素化されます。レギュレータ製品のセレクション・ガイド、データシート、アプリケーション・ノートについては、https://www.analog.com/jp/product-category/power-management.htmlをご覧ください。
何らかのサポートを得たい場合には、EngineerZone(http://ez.analog.com/)をご覧いただくか、アナログ・デバイセズのアプリケーション・エンジニアに電話またはメールでお問い合わせください。
参考資料
K. Marasco「DC/DCステップアップ(昇圧)レギュレータを活用する方法」Analog Dialogue、Volume 45、2011年9月
K. Marasco「DC/DCステップダウン(降圧)レギュレータを活用する方法」Analog Dialogue、Volume 45、2011年6月
K. Marasco「低ドロップアウト・レギュレータを活用する方法」Analog Dialogue、 Volume 43、2009年8月
https://www.analog.com/jp/product-category/power-management.html
https://www.analog.com/jp/product-category/switching-regulators.html
http://www.analog.com/jp/power-management/switchingcontrollers-external-switches/products/index.html
付録
2.5MHzで動作する昇圧/降圧レギュレータ
ADP2503/ADP2504は、効率が高く自己消費電流の少ない昇圧/降圧レギュレータです。必要な出力電圧より入力電圧が高くても、低くても、等しくても適切に動作します。パワー・スイッチと同期整流回路を内蔵しているので、必要な外付け部品の数を最小限に抑えることができます。多くの負荷電流が必要な場合、電流モード、固定周波数のPWM制御によって安定性と過渡応答を最適化します。携帯型のアプリケーションにおいてバッテリの寿命を最大限に延ばしたい場合には、パワーセーブ・モードを利用できます。同モードでは、負荷が軽い場合にスイッチング周波数が低下します。ただ、ワイヤレス・アプリケーションやノイズの低減が求められるアプリケーションでは、可変周波数のパワーセーブ・モードによって生じる干渉が問題になる可能性があります。そのような事態に対処したい場合には、ロジック制御入力(SYNC)を使用することで、あらゆる負荷条件の下で固定周波数のPWM動作を行うよう設定することができます。
ADP2503/ADP2504は、2.3V~5.5Vの入力電圧で動作します。そのため、単一セルのリチウム・イオン・バッテリやリチウム・ポリマー・バッテリ、マルチセルのアルカリ電池やニッケル水素バッテリ、PCMCIAカード、USB、その他の標準的な電源に対して適用できます。出力電圧の値が固定のモデルだけでなく、外付けの抵抗分圧器によって出力電圧を設定可能なモデルも用意されています。更に、補償用の回路を内蔵しているため、外付け部品の数を最小限に抑えることができます。