スマートフォン、GPSナビゲーション・システム、タブレットなどの携帯機器では、電源に低電圧ソーラー・パネルやバッテリまたはAC/DC電源を利用することができます。バッテリ駆動のシステムは、高電圧を実現するために電池を直列に積み重ねたりしますが、スペース不足のためにこれがつねに可能とは限りません。スイッチング・コンバータは、インダクタの磁場を利用してエネルギーを蓄積したり、異なる電圧で負荷に放出したりします。損失が少ないため、高効率が求められる場合に適しています。コンバータの出力に接続されたコンデンサは、出力電圧リップルを減少させます。ここで論じる昇圧(ステップアップ )コンバータは、高い電圧に変換して出力します。前稿1で論じた降圧(ステップダウン )コンバータは、低い電圧に変換して出力します。スイッチとして内部FETを搭載したスイッチング・コンバータはスイッチング・レギュレータ2と呼ばれ、外付けFETを必要とするデバイスはスイッチング・レギュレータ・コントローラと呼ばれています。
図1は、2本の直列接続された単3電池で動作する代表的な低消費電力システムです。バッテリの出力可能な電圧範囲は約1.8V~3.4Vですが、ICの方は1.8Vと5.0Vが必要です。電池の数を増やすことなく電圧をステップアップできる昇圧コンバータは、WLEDバックライト、マイクロ・ハードディスク・ドライブ、オーディオ、USBペリフェラルを駆動します。一方、降圧コンバータは、マイクロプロセッサ、メモリ、ディスプレイを駆動します。
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インダクタには電流の変化に抵抗する性質があるため、昇圧機能が可能になります。インダクタは、充電時には負荷となってエネルギーを蓄積し、放電時にはエネルギー源となります。放電段階で生成される電圧は、元の充電電圧ではなく、電流の変化率に関係するため、さまざまな入出力電圧レベルを使用できます。
図2に示すように、昇圧スイッチング・レギュレータは、2個のスイッチ、2個のコンデンサ、1個のインダクタで構成されます。入力とグラウンドの貫通電流、いわゆる「シュートスルー」を避けるため、非重複スイッチ・ドライブを使用して、一度にオンにできるスイッチを1つだけにします。フェーズ1(tON)では、スイッチBが開き、スイッチAが閉じます。インダクタはグラウンドに接続するため、電流はVINからグラウンドに流れます。インダクタに掛かる正電圧によって電流が増大し、エネルギーがインダクタに蓄積します。フェーズ2(tOFF)では、スイッチAが開き、スイッチBが閉じます。インダクタは負荷に接続するため、電流はVINから負荷に流れます。インダクタに掛かる負電圧(出力に対して入力側)によって電流が減少し、インダクタに蓄積されたエネルギーが放電して負荷に流れます。
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なお、スイッチング・レギュレータの動作は、連続または不連続とすることができます。電流連続モード (CCM)ではインダクタ電流はゼロに降下することはありませんが、電流不連続モード (DCM)ではゼロになることがあります。図2に示す電流リップル ΔIL は、式ΔIL = (VIN × tON)/Lを用いて計算します。平均インダクタ電流は負荷に流れますが、リップル電流は出力コンデンサに流れます。
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スイッチBの代わりにショットキー・ダイオードを使用するレギュレータは非同期式 といわれ、スイッチBにFETを使用するレギュレータは同期式 といわれます。図3では、スイッチAとBにそれぞれ内部NFETと外付けショットキー・ダイオードを実装し、非同期式昇圧レギュレータを構成しています。負荷絶縁と低いシャットダウン電流を必要とする低消費電力アプリケーションの場合、図4に示すように、外付けFETを追加することができます。デバイスのENピンを0.3V未満に駆動すると、レギュレータがシャットダウンされ、入力と出力が完全に切断されます。(このFETがない場合は入力電圧がインダクタ、ダイオードを通じて出力に出てしまいます。)
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最新の低消費電力同期降圧レギュレータは、主な動作モードとしてパルス幅変調方式(PWM)を使用します。PWMは、周波数を一定に保持し、パルス幅(tON)を変動させて出力電圧を調整します。供給される平均電力はデューティサイクル(D)に比例するため、効率的に負荷に電力を供給できます。
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たとえば、必要な出力電圧が15V、使用可能な入力電圧が5Vの場合、次のようになります。
D = (15 – 5)/15 = 0.67 or 67%.
エネルギーが保存されるため、「負荷に供給される電力」は「入力電力」-「損失」とする必要があります。変換が非常に効率的であれば、わずかな電力の損失は基本的な消費電力の計算から省くことができます。したがって、おおよその入力電流を次の式で表すことができます。
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たとえば、負荷電流が15Vで300mAの場合、5VでIIN=900mAとなり、出力電流の3倍になります。したがって、ブースト電圧の増大につれて、使用可能な負荷電流が減少します。
昇圧コンバータは、選択された出力電圧を調整するために、電圧または電流帰還を使用します。制御ループによって、負荷変動に応じて出力のレギュレーションを維持できます。低消費電力昇圧レギュレータは、一般に600kHz~ 2MHz で動作します。高いスイッチング周波数であれば小さなインダクタを使用できますが、スイッチング周波数が倍増するたびにスイッチング・ロスの影響などにより効率がおよそ2%低下します。ADP1612 およびADP1613 昇圧コンバータ(付録を参照)では、スイッチング周波数はピンで選択することができ、650kHz の動作で最高の効率を発揮し、1.3MHzの動作で外付け部品数を最小にすることができます。650kHz動作の場合はFREQをGNDに接続し、1.3MHz 動作の場合はVINに接続します。
昇圧レギュレータの重要な部品であるインダクタは、パワー・スイッチのオン 時にエネルギーを蓄積し、オフ 時に出力整流器を介してエネルギーを出力に送ります。インダクタの低い電流リップルと高効率とのトレードオフをバランスさせるため、ADP1612/ADP1613のデータシートでは4.7μH~ 22μHのインダクタンス値を推奨しています。一般に、低い値のインダクタでは、任意の物理サイズに対して飽和電流が高くなり、直列抵抗が低くなります。しかし、インダクタンスを低くするとピーク電流が高くなり、効率の低下、リップルの増大、ノイズの増加を招くことがあります。多くの場合、昇圧レギュレータを電流不連続モードで動作させれば、インダクタのサイズを低減し、安定性を改善することができます。ピーク・インダクタ電流(「最大入力電流」+「インダクタのリップル電流の半分」)はインダクタの定格飽和電流を下回る必要があり、レギュレータへの最大DC入力電流はインダクタのRMS電流定格値を下回る必要があります。
昇圧レギュレータの主な仕様と定義
入力電圧範囲:昇圧コンバータの入力電圧範囲は、使用可能な最低の入力電源電圧を決定します。仕様に記載された入力電圧範囲の幅が広くても、効率的な動作のためには入力電圧がVOUTを下回る必要があります。
グラウンドまたは無信号時消費電流:負荷に供給されないDCバイアス電流(Iq )です。Iq が低いほど効率は高くなります。しかし、Iq は、スイッチ・オフ、ゼロ負荷、PFM動作、PWM動作など、多くの条件に対して仕様規定できるため、アプリケーションに最適な昇圧レギュレータを決定するには、特定の動作電圧と負荷電流における動作効率を調べることがベストです。
シャットダウン電流:イネーブル・ピンがOFFに設定されたときに消費される入力電流。バッテリ駆動のデバイスがスリープ・モードにあるとき、長いスタンバイ時間を実現するには低いIq が重要です。
スイッチのデューティサイクル:動作デューティサイクルは、最大デューティサイクルを下回る必要があります。さもなければ、出力電圧が安定化しません。たとえば、D = (VOUT – VIN)/VOUT で、VIN = 5 V and VOUT = 15 Vの場合、D=67%になります。ADP1612とADP1613の最大デューティサイクルは90%です。
出力電圧範囲:デバイスが対応する出力電圧の範囲。昇圧コンバータの出力電圧は固定または調整可能とすることができます。必要な出力電圧を設定するには抵抗を使用します。
電流制限:昇圧コンバータでは、一般に負荷電流ではなくピーク電流制限を指定します。なお、VIN とVOUT の差が大きいほど、使用可能な負荷電流は小さくなります。使用可能な最大出力電流は、ピーク電流制限、入力電圧、出力電圧、スイッチング周波数、インダクタ値によって決まります。
ライン・レギュレーション:入力電圧の変化に起因する出力電圧の変化です。
負荷レギュレーション:出力電流の変化に対する出力電圧の変化です。
ソフト・スタート:昇圧レギュレータでは、ソフト・スタート 機能を備えて、スタートアップ時の出力電圧を管理された方法で変化させ、過剰な出力電圧オーバーシュートを防止することが重要です。昇圧コンバータによっては、外付けコンデンサでソフト・スタート機能を調整できます。ソフト・スタート用コンデンサが充電することにより、デバイスの許容ピーク電流が制限されます。調整可能なソフト・スタート機能を使用すれば、システム条件に合わせてスタートアップ時間を変更できます。
サーマル・シャットダウン(TSD):ジャンクション温度が規定の範囲を超えて上昇した場合、サーマル・シャットダウン回路がレギュレータをターン・オフします。大電流動作、回路基板の冷却不足、または高い周囲温度のために、つねにジャンクション温度が高くなることがあります。保護回路にはヒステリシスが組み込まれているため、サーマル・シャットダウンが発生した後、オンチップ温度がプリセットされた限度を下回るまでデバイスは通常の動作に戻りません。
低電圧ロックアウト(UVLO):入力電圧がUVLO閾値を下回ると、ICがパワー・スイッチを自動的にオフにして低消費電力モードに入ります。この動作は、低入力電圧で発生する不安定な動作を防止し、回路による制御が失われたままパワー・デバイスがオンにならないようにします。
結論
低消費電力昇圧レギュレータの実証済みの設計を利用することで、スイッチングDC/DCコンバータの設計にまつわる不安がなくなります。設計上の計算については、データシートの「アプリケーション」を参照してください。また、ADIsimPower設計ツールでエンド・ユーザの作業が簡単になります。詳細については、アナログ・デバイセズのアプリケーション・エンジニアにご連絡いただくか、フォーラムサイトEngineerZone(ez.analog.com)をご覧ください。アナログ・デバイセズの昇圧レギュレータのセレクション・ガイド、データシート、アプリケーション・ノートについては、www.analog.com/jp/power をご覧ください。
付録
650kHz/1300kHzで動作するステップアップDC/DCスイッチング・コンバータ
ステップアップ・コンバータのADP1612およびADP1613は、それぞれ1.8V~ 5.5Vおよび2.5V~ 5.5Vの単電源で動作し、20Vという高電圧で150mAを超える電流を供給します。1.4A/2.0A、0.13Ωのパワー・スイッチと電流モードのパルス幅変調レギュレータを統合し、入力電圧、負荷電流、温度の変化に対して出力変動を1%未満にします。動作周波数はピンで選択でき、高効率もしくは最小の外付け部品サイズのいずれかに最適化できます。650kHz で90%の効率を実現し、1.3MHz では回路実装スペースが最小化し、携帯機器や液晶ディスプレイのスペースに制約のある環境に最適になります。調整可能なソフト・スタート回路で突入電流を防止することによって、安全で予測可能なスタートアップ条件を保証します。ADP1612とADP1613の消費電流は、スイッチング状態で2.2mA、非スイッチング状態で700μA、シャットダウン・モード で10nAです。8ピンMSOPパッケージのADP1612とADP1613は、-40℃~+85℃で仕様規定されており、1000個受注時の単価が1.50ドル/1.20ドルです(米国における販売価格)。
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参考資料
(アナログ・デバイセズの全製品に関する情報は、www.analog.com/jp をご覧ください。)
1http://www.analog.com/jp/analog-dialogue/articles/applying-dc-to-dc-step-down-buck-regulators.html.
2www.analog.com/jp/power-management/switching-regulators-integrated-fet-switches/products/index.html.
3https://www.analog.com/jp/product-category/power-management.html.
Lenk, John D. Simplified Design of Switching Power Supplies. Elsevier/Newnes. 1996.
Marasco, K.「DC/DCステップダウン(降圧)レギュレータを活用する方法」Analog Dialogue、Volume 45、2011年6月。
Marasco, K.「低ドロップアウト・レギュレータを活用する方法」Analog Dialogue、Volume 43、Number 3、2009年。