反射計ICを使用して液面レベルを非接触で測定

はじめに

非金属のタンクに液体が貯蔵されている状況を想像してください。そのタンクの壁の向こう側にある液面のレベル(水位)を正確に測定するにはどうすればよいでしょうか。それには、空気を誘電体とする伝送線路をタンクの側面に配置し、RFインピーダンスを検出します。その結果、タンク内の液面のレベルを正確に測定することが可能になります。本稿では、アナログ・デバイセズの「ADL5920」に代表される反射計IC(双方向ディテクタ)を採用することで、どのように設計が簡素化されるのか、実例に基づいて解説します。

従来、液面レベルの検出は機械的な浮き(フロート)を使用する方法で行われてきました。それと比べると、反射計をベースとするソリューションには、以下のような長所があります。

  • 高速、リアルタイムで液面のレベルを測定できます。
  • 多様かつ電子的な後処理を適用可能です。
  • 非接触で測定が行えます(液体が汚染されません)。
  • 可動部品が不要です。
  • RF 放射電界は最小限に抑えられます(ファー・フィールド・キャンセル)。
  • タンクの内部に配置するセンサー用の穴が不要です(液漏れの可能性を低減できます)。
  • タンク内にワイヤや部品を配置する必要がないので、本質的に安全です。

液面レベルの測定システム

図1に示したのは、液面レベルの測定システムのブロック図です。このシステムは、空気を誘電体として、終端された平衡伝送線路を駆動するRF信号源と、直列に挿入された反射計から成ります。

Figure 1. Fluid level measurement system block diagram. 図1. 液面レベルの測定システム
図1. 液面レベルの測定システム

動作原理

伝送線路を空気中に配置する場合、正確な特性インピーダンスを実現しつつ、RF損失を小さく抑えられるような設計を実現することができます。導体が低損失であることに加え、固体の誘電体が存在しないからです。EベクトルとHベクトルについて説明する古典的な図を見ると、電界と磁界は導体の周囲に集中しています。そして、それらの大きさは、距離と共に非常に急速に減衰することがわかります。ここで、距離の測定は、伝送線路の構造的なサイズと間隔に対して行われます。そして、伝送線路の電気的特性は、タンクの壁や内部の液体といった誘電体によって変化します1。この変化は、ADL5920などの反射計ICを使えば即座に測定することができます。

測定の詳細

ここでは、空気を誘電体とし、特性インピーダンスが空気中でZOになるように設計された低損失の伝送線路を考えます。伝送線路の近接場に液体などの誘電体が存在すると、以下のような影響が生じます。

  • 伝送線路の特性インピーダンスが低下します。
  • 伝播速度が低下し、線路の実効電気長が増大します。
  • 線路における減衰量が増加します。

上記3つの効果を組み合わせれば反射損失を低減でき、反射計デバイスや計測器でインピーダンスを直接測定することが可能になります。慎重に設計とキャリブレーションを実施することで、反射損失と液面のレベルの間に相関を持たせることができます。

分析を簡素化するために、空気を誘電体とする伝送線路については、タンクに装着する前の状態でインピーダンスをZOに設定するものとします。線路がZOで終端されていれば、理論的には反射エネルギーは存在せず、反射損失(dB単位の計算値)は無限大になります。

伝送線路をタンクの側面に取り付けると、1本の伝送線路があたかも直列に接続された2本の独立した伝送線路であるかのように振る舞います。

  • 液面より上の部分では、タンクの壁の材料を除けば、伝送線路の誘電体は空気だけです。伝送線路のインピーダンス ZOAは、誘電体が空気である場合の値 ZO とほぼ変わりません。伝送線路の伝播速度についても同じことが言えます。
  • 液面より下の部分では、伝送線路のインピーダンス ZOF がZOA よりも小さくなります。伝送線路の近接場に空気とは別の誘電体が存在するため、実効的な電気長が増大すると共に、減衰量も増加します。

伝送線路の信号源側で反射計による測定を行うと、伝送線路の末端の終端インピーダンスはZOから変化します。この変化は、図2のようにグラフィカルに表すことができます。ZOFはZOより小さいので、図中の矢印で示すように、スミス・チャート上で時計回りに回転します。

Figure 2. Expanded, normalized Smith chart representation of transmission line input impedance.  Trace endpoints depict how fluid level translates to a return loss measurement. 図2. 伝送線路の入力インピーダンスを正規化して示したスミス・チャート。拡大表示したトレースの終点を見ると、液面レベルの値がどのように反射損失の測定値に変換されるのかがわかります。
図2. 伝送線路の入力インピーダンスを正規化して示したスミス・チャート。拡大表示したトレースの終点を見ると、液面レベルの値がどのように反射損失の測定値に変換されるのかがわかります。

伝送線路のインピーダンスが線路端の終端抵抗の値に正確に一致している場合、伝送線路によってインピーダンスが変化することはありません。この状態は、図2のスミス・チャートの中心部に対応しています。言い換えると、1 + j0 Ωという正規化インピーダンスに対応するということです。タンクに取り付ける前の伝送線路では、反射損失は少なくとも26dBになるはずです。

伝送線路を空のタンクに取り付けると、タンクの壁の材料が誘電体として伝送線路に追加され、線路のインピーダンスはZOAまで低下します。そのため、図2のトレース1に示したように、伝送線路の実効電気長は少し増加します。反射損失は、20dB程度になるはずです。

タンク内で液面のレベルが上昇すると、誘電体である空気の一部が液体に置き換わることになります。その結果、伝送線路のインピーダンスは減少します。ZOAであった伝送線路のインピーダンスがZOFになるということです。そのため、スミス・チャートの回転の中心は、下方に移動します。伝送線路の実効電気長も増加しているので、スミス・チャートの回転量も増加します。この状態を示すのが図2のトレース2と同3です。反射計による反射損失の測定結果は、線路の信号源端で減少しているはずです。

ADL5920では、位相ではなく反射の大きさを測定します。そのため、インピーダンスの変化が生じるのは、リアクタンス成分が負であるスミス・チャートの下半分に限定されるはずです。それ以外の条件下では、インピーダンスがスミス・チャートの中心に向かって変化し、振幅の測定にあいまいさが生じます。これは、満杯のタンクに取り付けた伝送線路の電気長が90°以下になるということを意味します。電気長が90°を超える場合、反射損失の測定値にフォールドバックの成分が加わります。

ADL5920のように双方向に対応するRF検出器を使えば、特性インピーダンスZOが50ΩのRF伝送線路に沿った入射電力と反射電力をdBm単位で測定できます。ADL5920の場合、それら2つの測定値の差を取り、反射損失をdB単位で直接測定することも可能です。

反射損失とは何か?

RF信号源を負荷に接続すると、電力の一部が負荷に伝達され、残りの電力は反射して信号源に戻ってきます。これら2つの電力レベルの差が反射損失です。これは、負荷と信号源の整合の度合いを表す指標として使用できます。

バランの役割

バランは、各導体を等しい振幅、逆極性のAC電圧で駆動するために使用します。その役割をまとめると、以下のようになります。

  • 伝送線路と結合する浮遊 RF 信号の低減:このことは、電磁放射に関する規制に準拠したり、感受率を達成したりする上で非常に重要です。どちらの方向の遠距離 EMI(電磁妨害)もキャンセル/低減されます。
  • インピーダンスの変換:インピーダンスが高いということは、伝送線路の素子の間隔が広く、電場が容器のより深くまで浸透するということを意味します。その場合、液面レベルに対する反射損失の変化が大きくなり、液面レベルの測定感度が高くなります。

バランは、バンドパス・フィルタの通過帯域全体にわたって良好な同相ノイズ除去比(CMRR)が得られるように設計しなければなりません。

バンドパス・フィルタは必要か?

浮遊RF信号が伝送線路に結合する可能性がある場合、図1に示したオプションのバンドパス・フィルタを使用することをお勧めします。バンドパス・フィルタは、所望の信号源とは周波数の異なるあらゆる外部信号からの干渉を低減/除去するために非常に役立ちます。例えば、Wi-Fi、セルラ、PCS(PersonalCommunications Service)サービス、陸上移動無線などの信号を排除できるということです。

最良の結果を得るためには、挿入損失が小さく、反射損失の測定に差し支えないレベルの反射損失が得られるようにバンドパス・フィルタを設計することが推奨されます。つまり、約30dB以上という値が得られるように設計するべきだということです。

基本的な設計手順

設計手順の概要を以下にまとめました。

  • 伝送線路長に基づいて、使用する周波数を選択します。通常、伝送線路長はタンクの高さとほぼ同じか少し長くします。それに対応し、周波数は伝送線路長が空気中の RF 波長の 1/10 から 1/4 になるように選択する必要があります。図 3 に、大まかな周波数範囲を示しました。ご覧のように、周波数が低いほど、液面レベルに対する反射損失の直線性が良好になります。それに対し、周波数が高いほど反射損失の範囲は広くなりますが、直線性はそれほど良化せず、測定にフォールドバックの成分が加わる可能性があります(図 2 も参照)。放射性 EMIの規格に準拠する必要がある場合、周波数は ISM 周波数帯のリスト2から選択するとよいでしょう
  • 選択した周波数/周波数帯に対応するバランを設計または選択します。バランは、LC素子群またはトランスをベースとすることで実現できます。平衡端で終端することにより、バランは優れた反射損失性能を示すはずです。
  • 伝送線路の導体幅と間隔を計算します。その計算には、ATLC3をはじめとする伝送線路のインピーダンス算出ツールが役立ちます。
Figure 3. Recommended operating frequency vs. transmission line length. 図3. 伝送線路長に対する推奨周波数
図3. 伝送線路長に対する推奨周波数

シンプルな設計例

デモンストレーションを目的として、フロントガラスの洗浄液を貯蔵するタンクの液面レベルを監視するシステムを考案しました。テスト用の構成では、同一のタンクを2つ使用します。それらのタンクの間を水が移動します。一方のタンクには、液面レベルを測定するために伝送線路を取り付けます。

上述した概要に従った設計手順は以下のようになります。

  • タンクの高さは約 6インチ(0.15m)なので、RF 励起周波数の目標値は約 300MHz とします(図 3 を参照)。
  • 次に、この周波数範囲に対応する LC バランを設計/構築します。液面レベルの変化に対する感度を向上するためには、インピーダンス ZO に変換される値を少し高めることが望ましいと言えます4。伝送線路を接続する前に、バランに終端抵抗の一端を直接接続し、ネットワーク・アナライザまたは反射計を使用して、シングルエンド・ポートにおける反射損失が約 30dB以上であることを確認します。
  • インピーダンス ZO が上記の抵抗値に等しく、平行する伝送線路を設計/構築します。その伝送線路を回路に接続し、終端抵抗を線路の末端に移します(図 4、図 5)。ネットワーク・アナライザまたは反射計を再度使用し、反射損失が約 25dB以上であることを確認します。
Figure 4. Balun and transmission line used for fluid level sensing example. 図4. 液面レベルの測定に使用するバランと伝送線路。デモ用に構築しました。
図4. 液面レベルの測定に使用するバランと伝送線路。デモ用に構築しました。
Figure 5. Discrete balun and terminated transmission line, before affixing to the tank. 図5. タンクに取り付ける前の伝送線路。ディスクリート部品で構成したバランを使用すると共に、終端を施しています。
図5. タンクに取り付ける前の伝送線路。ディスクリート部品で構成したバランを使用すると共に、終端を施しています。

構築した伝送線路をタンクの側面に取り付けます(図6)。空のタンクに取り付けると、タンクの壁の材料が誘電体として伝送線路に追加されるため、離調効果による反射損失のわずかな低下が観測されるはずです。

Figure 6. Example design showing transmission line affixed to the side of the tank. 図6. タンクの側面に取り付けた伝送線路
図6. タンクの側面に取り付けた伝送線路

テストの結果

図7に示したのは、テスト用の環境の全体像です。伝送線路は、タンクの側面に取り付けています。このタンクは、充填/排出の制御が行えるようになっています。

アナログ・デバイセズの評価用ボード「DC2847A」を使用すれば、ADL5920による測定結果を容易に可視化することができます。DC2847Aは、ミックスド・シグナル・マイクロコントローラを備えており、順方向電力の検出器と反射電力の検出器で得たアナログ電圧を読み取ることが可能です。PC上で稼働するソフトウェアが自動的に読み込まれ、測定結果が時間軸に対するグラフとして表示されます。反射損失は、順方向電力と反射電力の測定値の差として簡単に計算できます。

Figure 7. Complete test setup for the design example. 図7. テスト環境の外観
図7. テスト環境の外観

本稿の設計例では、2つのタンクのうち一方のポンプを起動することによって、液面レベルの状態が定まります。ポンプが動作している際には、質量流量率は比較的一定なので、理想的にはタンクの液面レベルが時間に対して直線的に増加します。ただ、実際のタンクは、上部から下部まで断面が完全に一定だというわけではありません。そのため、液面レベルもそれに依存して変化します。

図8は、液面レベルが満杯から空になった場合のテスト結果を示したものです。タンクから液体が排出されるにつれ、反射電力は比較的直線的に低下します。一方の順方向電力は、一定の値を維持します。

33秒が経過したところで、反射電力のプロットの傾きに明らかな変化が起きています。これは、タンクの構造によるものだと考えられます。タンクの断面積は、ポンプのモータ用の実装スペースを確保するために下部で縮小しています(図7)。そのため、測定結果に非線形性が生じているということです。これについては、必要に応じ、システムのファームウェアによって簡単に補正できます。

Figure 8. Example test results vs. fluid level. Fluid level measurement is linear and monotonic, with exception due to tank design as noted in the text. 図8. 液面レベルの測定結果。液面レベルの測定値は、本文で述べているように、タンクの形状によって生じる例外部分を除けば線形かつ単調に推移します。
図8. 液面レベルの測定結果。液面レベルの測定値は、本文で述べているように、タンクの形状によって生じる例外部分を除けば線形かつ単調に推移します。

キャリブレーション

最良の精度を得るためには、反射計のキャリブレーションが不可欠です。キャリブレーションによって、反射計が内蔵するRF検出器の製造ばらつきを補償するということです。それにより、測定結果のプロットの傾きと切片が補正されます。DC2847Aのソフトウェアは、図8に示すように、キャリブレーション用の機能を備えています。

より高い精度を得たい場合には、液面レベルと反射損失の関係についてもキャリブレーションを実施する必要があります。ここで問題にしている誤差は、以下に示す不確実性が原因となって発生する可能性があります。

  • 伝送線路とタンクの壁の距離に影響を及ぼす製造ばらつき
  • タンクの壁の厚さのばらつき
  • 液体やタンクの壁の誘電特性に影響を及ぼす温度の変化

図8で見られる傾きの変化のような非線形性が生じるケースもあります。これを補正するために線形補間を使用する場合には、3点以上を対象としたキャリブレーションが必要になります。

通常、キャリブレーション用の係数は、システムが備える不揮発性メモリに保存されます。つまり、組み込みプロセッサにおける未使用のアプリケーション用コード空間や専用の不揮発性メモリ・デバイスなどを利用するということです。

測定の限界

反射計の方向性は重要な仕様です。バランの損失を無視すると、伝送線路が特性インピーダンスZOで正確に終端されている場合、反射電力は発生しません。その結果、反射計は方向性に関する自身の仕様値を測定することになります。方向性に関する仕様値が高いほど、反射計の入射波と反射波の強度を正確に分離する能力に優れるということになります。

ADL5920では、方向性は1GHzにおいて標準で20dBと規定されています。100MHz以下では、それが約43dBまで向上します。そのため、ADL5920は高さが30mm以上のタンクにおける液面レベルの測定に最適です(図3を参照)。

アプリケーションの拡張

ここまでは、液面レベルを非接触で測定するための基本的な原理をベースとして解説を進めました。アプリケーションによっては、この測定方法を拡張/改善することも可能です。例えば、以下のようなケース/アプローチが考えられます。

  • より低いデューティ・サイクルで測定を実行することにより、消費電力を削減できます。
  • 液面レベルが一定に保たれている場合、反射損失の測定値は、対象とする別の特性と相関を持つ場合があります。例えば、粘度や pH といった特性です。
  • アプリケーションには、それぞれに固有の特徴があります。そのため、アプリケーションによっては、スケールの下端に比べて上端で精度が向上したり、その逆の特性が得られたりする測定方法が存在し得ます。
  • タンクが金属製である場合、伝送線路をタンクの内部に配備する必要があります。アプリケーションによっては、伝送線路を液体に沈める方法が適していることもあります。
  • 複数の RF 電力を対象として測定を行えば、外部の RF 干渉が誤差の要因になっているかどうかを確認することができます。シングルチップの PLL IC の多くは、この測定に対応可能です。その種の製品を採用すれば、システムの信頼性試験やセルフテストを実施できます。
  • タンクの 2面または 4面に伝送線路を設けることにより、それぞれ 1軸または 2軸に沿った容器の傾きを補正することができます。
  • 液面レベルの閾値測定を目的とする場合、より高い周波数と、より短い複数の伝送線路を使用する方法が適切なソリューションになるケースがあります。

まとめ

ADL5920のようなシングルチップの反射計ICが開発されたことで、液面レベルの測定といった新たなアプリケーションが実現されるようになりました。長年使用されてきた浮きなどの可動部品が不要になるので、信頼性が大幅に向上します。オイルや燃料の監視も行えるので、産業用/車載用の新たなアプリケーションが数多く実現されるようになるでしょう。

脚注

1 流体が存在すると、伝送線路のインピーダンス、損失、伝播速度に影響が及びます。

2 産業、科学、医療用途向けの周波数帯(ja.wikipedia.org/wiki/ISMバンド)。

3 ATLC(Arbitrary Transmission Line Calculator)は、伝送線路やディレクショナル・カプラに関する計算に利用できます(atlc.sourceforge.net)。

4 インピーダンスの増加が大きすぎると、伝送線路の設計が困難になります。伝送線路において、過大な損失が生じる可能性があります。

謝辞

本稿の執筆を支援してくれたMichiel Kouwenhoven、JamesWong、Bruce Nguyen、John Chungに感謝します。

著者

Bruce Hemp

Bruce Hemp

Bruce Hempは、アナログ・デバイセズのシニア・アプリケーション・エンジニア兼セクション・リーダーです。2012年に入社後、システム、ボード、アプリケーションのレベルで開発に従事してきました。1980年にカリフォルニア州立大学フラトン校で工学分野の学士号を取得しています。