はじめに
マイクロコントローラやFPGA、DSP、A/Dコンバータなどのデバイスの多くは、値の異なる複数の電源電圧を使用します。これらを問題なく動作させるためには、電源電圧を適切な順番で供給/遮断する電源シーケンスを実現することが重要になります。通常、このようなデバイスに対しては、デジタルI/O部の電源を供給する前に、コア部の電源とアナログ部の電源を投入する必要があります。またそれ以外のより複雑な電源シーケンスが必要になる場合も少なくありません。いずれにせよ、適切な電源シーケンスを用意することにより、ラッチアップやESD(静電気放電)による誤動作/損傷を防げるようになります。また、適切な電源シーケンスを適用すれば電源投入時の突入電流を調整することも可能です。このことは、特に電流量に制限のある電源で動作するアプリケーションにおいては非常に大きなメリットになります。
本稿では、まずディスクリート部品を使用して電源シーケンスを実現する方法の長所と短所について述べます。そのうえで、降圧型レギュレータ(出力電流は1.2A)と低ドロップアウト(LDO)レギュレータ(出力電流は300mA)をそれぞれ2個搭載する「ADP5134」を使用する方法を説明します。この製品が備える高精度のイネーブル・ピンを使用することにより、簡素で効果的な電源シーケンスを実現することができます。さらに、高精度で柔軟性に富んだシーケンスが求められるアプリケーションに利用可能な電源シーケンスICを紹介します。
図1は、複数種の電源電圧を使用するアプリケーションの例です。電源電圧としては、コア部用の電源VCCINT、I/O用の電源VCCO、補助電源VCCAUX、システム・メモリ用の電源が必要になります。
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例えば、Xilinx®社の「Spartan-3A FPGA」は、パワーオン・リセット回路を内蔵しており、構成(コンフィギュレーション)の前にすべての電源が確実にしきい値に達するようになっています。これによって、電源シーケンスに対する要件は緩和されています。しかし、突入電流のレベルを最小限に抑えつつ、FPGAに接続された回路のシーケンスを守るために、電源はVCC_INT→VCC_AUX→VCCOの順に投入しなければなりません。特殊なシーケンスが必要なアプリケーションも存在するので、必ずデータシートで電源に関する要件を確認してください。
受動部品を使用した遅延回路による電源シーケンス
電源シーケンスを実現する方法の1つは、各レギュレータのイネーブル・ピンに入力する信号を、抵抗、コンデンサ、ダイオードなどの受動部品を使用して必要なだけ遅延させることです。図2において、スイッチを閉じると、ダイオードD2がオープンの状態のままダイオードD1が導通します。EN2の電圧は抵抗R1とコンデンサC1で決まる速度で上昇し、それによってC1が充電されます。スイッチが開くと、C1は、抵抗R2、D2、抵抗RPULLを介し、グラウンドに向けて放電します。すると、EN2の電圧は、R2、RPULL、コンデンサC2で決まる速度で降下します。充電/放電にかかる時間はR1とR2の値を変えることにより変化します。それによって、レギュレータのターンオン時間、ターンオフ時間を設定することができます。
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この方法は、精度の高いシーケンスを必要としないアプリケーションには有用なものかもしれません。実際、信号を遅延させるだけで十分なアプリケーションも存在します。その場合、外付けの抵抗とコンデンサを使うだけで十分です。ただ、この方法を標準的なレギュレータに適用すると、1つの短所が問題になるかもしれません。それは、イネーブル・ピンの論理を決めるためのしきい値が、電圧と温度によって大きくばらつく可能性があることです。また、電圧が立ち上がるまでの遅延時間は、抵抗とコンデンサの許容差も含めた値によって変化します。一般的なX5R特性のコンデンサは、-55.C~85.Cの温度範囲で約±15%、DCバイアス効果によってさらに±10%もばらつきます。それによって、タイミングの精度が下がることに加え、機能面での信頼性も低下すると言えます。
高精度のイネーブル・ピンがもたらすメリット
ほとんどのレギュレータは、しきい値のレベルを安定させつつタイミングも正確に制御するために、外部の電圧リファレンスを必要とします。ADP5134は、この問題を解決した製品です。高精度のリファレンス回路を内蔵しているため、コストとプリント基板上の実装面積を大幅に削減することができます。各レギュレータは、専用のイネーブル・ピンを備えています。イネーブル・ピンへの入力としてVIH_EN(最小値は0.9V)を超える電圧が印加されると、デバイスはシャットダウンの状態から抜け出し、ハウスキーピング・ブロックがオンになります。ただ、レギュレータはアクティブにはなりません。イネーブル・ピンへの入力電圧は、高精度の内部リファレンス電圧(標準値は0.97V)と比較されます。入力電圧が内部リファレンス電圧を超えると、レギュレータもアクティブになり、出力電圧が上昇し始めます。内部リファレンス電圧のばらつきは、入力電圧と温度に対してわずか±3%です。そのため、確実にタイミングを制御でき、ディスクリート部品を使用する場合に生じるしきい値のばらつきの問題を解決することができます。
イネーブル・ピンへの入力電圧がリファレンス電圧より80mV(標準値)下がると、レギュレータは非アクティブになります。すべてのイネーブル・ピンへの入力電圧がVIL_EN(最大値は0.35V)以下に下がると、デバイスはシャットダウン・モードに移行します。このモードでは、消費電流は1μA以下になります。図3、図4は、ADP5134が備えるBUCK1(1つ目の降圧型レギュレータ)のイネーブル・ピンのしきい値と温度の関係を示したものです。
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抵抗分圧器を利用した簡素な手法
複数個のレギュレータを備える製品の場合、1つのレギュレータの出力を減衰させ、それを次に起動するレギュレータのイネーブル・ピンに接続することによって電源シーケンスを構成することができます。図5の例であれば、BUCK1→BUCK2→ LDO1→LDO2の順にターンオン/ターンオフします。図6は、EN1にVIN1が印加された後の起動シーケンスを示したものです。図7には、EN1がVIN1から切り離された後の遮断シーケンスを示しました。
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シーケンサICによるタイミング精度の向上
コストやプリント基板上の実装面積よりも、高精度のタイミングが重要なケースもあります。そうしたアプリケーションでは、電圧モニタ/シーケンサICを使用するとよいでしょう。例えば、電圧と温度に対して±0.8%の精度を実現するクワッド電圧モニタ「ADM1184」のような製品です。あるいは、電源の投入/遮断シーケンスを細かく制御しなければならないアプリケーションでは、プログラマブルなタイミング機能を備えるクワッド電圧モニタ/シーケンサIC「ADM1186」を使うと便利です。
4チャンネルのレギュレータ「ADP5034」は、降圧型レギュレータ(スイッチング周波数は3MHz、出力電流は1200mA)とLDOレギュレータ(出力電流は300mA)を2個ずつ搭載しています。通常の電源シーケンスは、ADM1184を使用することによって実現できます。同製品を使えば、1つのレギュレータの出力電圧を監視し、その出力電圧があるレベルに達したときに、論理レベルのハイを次のレギュレータのイネーブル・ピンに入力することができます。高精度のイネーブル・ピンを備えていないレギュレータには、この手法を適用するとよいでしょう(図8)。
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まとめ
ADP5134の高精度なイネーブル・ピンを使用することによって、チャンネル当たりわずか2個の外付け抵抗を使用するだけで、電源シーケンスを容易に構成することができます。より複雑な電源シーケンスが必要な場合には、ADM1184やADM1186といった電圧モニタ/シーケンサICを使用するとよいでしょう。
参考資料
アプリケーション・ノート
Murnane, Martin, Chris Augusta. AN-932 アプリケーション・ノート「Power Supply Sequencing(電源シーケンス)」 Analog Devices, Inc., 2008年
外部資料
「Xilinx Spartan-3A FPGA Family Data Sheet(Xilinx Spartan-3A FPGAファミリ データシート)」