5V出力のUSB 2.0 Type-Cに対応する車載向けソリューション、充電機能とデータ・ラインの保護機能を実現

概要

最近の車載インフォテインメント・システムでは、USBを利用した充電ポートが不可欠なものとなっています。車両の電気系統にスマートフォンなどの携帯機器を接続して電力を得たり、それらの機器を車両の様々な情報機能やエンターテインメント機能に利用したりすることが一般的になっているからです。USBは、電力供給機能とデータ転送機能の両方をサポートします。これを変化の激しい携帯機器の市場に適用できるようにするためには、いくつかの課題を解決する必要があります。例えば、USBの充電ポートは、電力供給、データ転送に関する要件を満たすだけでなく、危険な事象(ハザード)に対する堅牢性に関しても様々な要件を満たす必要があります。

USB BC(Battery Charging) 1.2で は、CDP(Charging Downstream Port)、DCP(Dedicated Charging Port)、SDP(Standard Downstream Port)という3種のポートを定義しています。そして、それらのポートのチャージャ・プロファイルや独自のチャージャ・プロファイルなど、様々なプロファイルを採用した機器をサポートする機能を提供することを求めています。携帯機器のバッテリを充電する機能は、USBの充電ポートに対する多様な要件のうちの一部にすぎません。その他にも、高速データ転送を実現するために信号品質(Signal Integrity)を維持することや、車載環境で一般的に見られるハザードからUSBホストを保護することなどが求められます。更に、ソリューションのサイズを抑えることやEMI(電磁干渉)を低減することも、より複雑化が進む車載電子機器に対応するための重要な要件です。本稿では、車載環境で使われる最新のUSB充電ポート向けの給電ソリューション(以下、USB充電システム)を紹介します。

車載向けUSB充電システムの概要

図1に、車載向けの一般的なUSB充電システムのブロック図を示しました。このシステムでは、スイッチング・レギュレータを使用してバッテリの電圧を基に5Vの電圧を生成します。その電圧を、USBソケットのVBUSから出力することで、接続された機器の充電が行われます。図中のUSB充電ポートのエミュレータとパワー・スイッチICは、主に以下のような役割を果たします。まず、USB充電ポートのエミュレータは、接続された機器に対する最適な充電電流を決定します。それにより、USB BC 1.2のCDP、DCP、ベンダー独自のチャージャ・プロファイルに即して充電ポートを介した急速充電が行われます。2つ目の役割は、パワー・スイッチによってスイッチの機能と電流リミッタの機能を提供することです。つまり、バスに流れる電流を検出し、場合によっては制限をかける役割を果たします。3つ目の役割は、ポート・コントローラによって、ソケットに接続された機器とUSBホストの間でUSB 2.0に準拠した高速データ転送を実現することです。

車載向けのUSB充電システムは、過酷な環境で使用されることになります。そのため、現実世界の多くのハザードから繊細なUSB回路を保護しなければなりません。例えば、ソケットでESD(静電気放電)が生じたりケーブルに障害が発生したりした場合、各配線は正常な値をはるかに超える電圧にさらされる可能性があります。

図1. 車載用のUSB充電システム
図1. 車載用のUSB充電システム

図2は、「LT8698S」を採用してUSB充電システムを構成した場合のブロック図です。LT8698Sは、スイッチング・レギュレータ用のコントローラとパワー・スイッチを集積した製品であり、レギュレータ、充電ポート、保護回路に必要な多くの機能を備えています。ESDやケーブルの障害からデータ・ラインを保護する堅牢な機能も提供します。パッケージのサイズは4mm×6mmです。

このICソリューションは、USBポートと携帯機器の間でUSB BC1.2で定められたCDPのネゴシエーション・シーケンスを実行するために必要なすべてのハードウェアを備えています。そのため、CDPに準拠した機器に対してVBUSから最大1.5Aの電流を供給するだけでなく、ホストとの間で高速なデータ通信を実行することも可能です。

ケーブルにおける電圧降下の補償

USBソケットがコントローラから物理的に離れた場所にある場合、ケーブルで生じる電圧降下が問題になる可能性があります。例えば、USBソケットが車両の後部にあり、USBホストがダッシュボードにあるといったケースです。そのような場合に、電圧降下を補償する機能を利用できれば、ソケットの位置でも正確にレギュレートされた5Vの電圧を得ることが可能になります。

LT8698Sは、ケーブルにおける電圧降下を補償するためのプログラマブルな機能を搭載しています。これを使用すれば、ケルビン接続用の検出ワイヤを付加することなく、USBソケットにおける優れたレギュレーションを実現することができます。図3に、この機能を使用する場合の回路例を示しました。レギュレータの出力と負荷の間には、検出抵抗RSENを直列に挿入します。その各端は、それぞれOUT/ISPピンとBUS/ISNピンに接続します。LT8698S(または「LT8698S-1」)は、46×(VOUT/ISP - VBUS/ISN)/RCBLで値が決まる電流源を内蔵しています。その電流は、レギュレータの出力と、5VをフィードバックするUSB5Vピンの間に接続した抵抗RCDCを介して同ピンに流れ込む電流と等しく、RCBLピンから抵抗RCBLを介してグラウンドへ流れます。それによって、抵抗RCDCの両端に電圧オフセットが生じます。その電圧は、USB5Vピンの上方に、抵抗比RCDC/RCBLに比例した値で現れます。その結果、LT8698Sは負荷電流に比例する形で、BUS/ISNピンの電圧を、負荷における目標値である5Vより高い値(最大6.05V)に調整します。その結果、USBソケットのVBUSピンにおいて正確なレギュレーションが維持されます。

この機能を利用すれば、ケルビン接続用の追加の検出線ペアをレギュレータから離れた場所にある負荷まで引き回す必要がなくなります。但し、LT8698Sはケーブルの抵抗値RCABLEまで検出するわけではありません。したがって、その値はシステム設計者が把握しておく必要があります。この機能を利用する際に使用するプログラム用の部品は、RCBL = 46×RSEN×RCDC/RCABLEという式に基づいて選択することができます。ケーブルの抵抗値は温度によって変化するので、広い温度範囲にわたって出力電圧の精度を得たい場合には、RCBLの一部としてNTC(Negative Temperature Coefficient)サーミスタを追加します。それにより、温度に応じた補償が可能になります。

図2. LT8698Sを採用して構成したUSB充電システム。1つのICを中心としてUSBコントローラのソリューションを実現しています。
図2. LT8698Sを採用して構成したUSB充電システム。1つのICを中心としてUSBコントローラのソリューションを実現しています。
図3. ケーブルにおける電圧降下を補償するための回路
図3. ケーブルにおける電圧降下を補償するための回路
図4. LT8698S/LT8698S-1が備える堅牢性の高い保護機能
図4. LT8698S/LT8698S-1が備える堅牢性の高い保護機能

車載環境向けの堅牢性の高い保護機能

車載環境では数多くのハザードが発生します。USB充電システムでは、それらのハザードからホストを保護しなければなりません。ハザードの例としては、データ・ラインがバッテリ電圧やグラウンドに接触することにつながるケーブルの障害があります。あるいは、USBソケットで大きなESDが生じることもあるでしょう。図4は、これらのハザードからUSBホストを保護するための方法を示したものです。

LT8698SのHD+ピンとHDピンは、最大20VDCに対する耐性を持ちます。また、IEC 61000-4-2で規定されたESDに対してホストを保護することが可能です。具体的には、最大8kVの接触放電、最大15kVの気中放電に対応できます。加えて、USB5Vピン、OUT/ISPピン、BUS/ISNピンは、出力電圧に生じた最大42VDCの障害に対する耐性を備えています。出力に障害が発生した際には、ラッチオフ機能と自動リトライ機能によって、平均出力電流が正確に制限されます。

多くのUSBポート用コントローラICでは、ESD保護を実現するためにデータ・ラインにクランプ・ダイオードまたはコンデンサを外付けしなければなりません。このことは、部品点数とコストの増加につながります。加えて、信号品質が劣化してしまう可能性もあります。LT8698Sは、それらの外付け部品を必要としません。

データ・ライン上のスイッチは、優れた信号品質を維持しつつ、DCの障害とESDに対する保護を実現します。HD+ピンとHDピンの-3dB帯域幅は480MHz(標準)です。この性能は出荷検査で確認されています。図5に、デモ用ボード上で測定した高速送信信号のアイ・ダイアグラムを示しました。この測定は、USB 2.0仕様に準拠し、テスト・プレーン2を使って行いました。これを見ると、USBのテンプレート1、テスト・プレーン2の規格値に対して、十分なマージンが確保されていることがわかります。

図5. LT8698Sのデモ用ボードを使用して取得した高速信号のアイ・ダイアグラム。USB 2.0で規定された条件に基づいて得た結果です。テンプレート1の要件に対応していることがわかります。
図5. LT8698Sのデモ用ボードを使用して取得した高速信号のアイ・ダイアグラム。USB 2.0で規定された条件に基づいて得た結果です。テンプレート1の要件に対応していることがわかります。

様々なチャージャ・プロファイルに対する適合性、サポート

表1に示すように、LT8698Sは複数種のUSBコネクタとチャージャ・プロファイルに対応します。以下では、5V/3A(15W)出力のUSB Type-C向けソリューションにおいて、同ICがどのように機能するか見てみましょう。

図6に示したのは、ケーブルにおける電圧降下の補償機能を備え、5V/3A出力に対応するUSB充電システムです。3Aの電流をサポートするために、抵抗RSENの値は8mΩに設定しました。SYNC/MODEピンをグラウンドに接続し、パルス・スキップ・モードでの動作をイネーブルにしています。これにより、負荷電流が少ない場合には、スイッチング周波数を低く抑え、自己消費電流を削減することができます。

また、LT8698SはUSB BC 1.2のDCPもサポートしています。そのため、高い充電能力を備えており、最大1.5Aの電流を供給することができます。なお、DCPとしてポートを使用する場合にはD+とDを短絡させます。つまり、データ転送は行えません。携帯機器のメーカーの多くは、独自のチャージャ・プロトコルを定義しています。また、独自のチャージャ・プロファイルとそれに対応する最大充電電流(例えば、2.0A、2.4A、2.1A、1.0Aなど)をサポートします。ホストとなるマイクロコントローラを利用すれば、SEL1/SEL2/SEL3ピンを制御する方法でそうしたプロファイルに対応できます。

図7は、2.4A/1.5A出力に対応するUSB充電システムの回路図です。マイクロコントローラは、LT8698SのSTATUSピンの情報と、IMONノードで電流を監視して取得した情報を使用してSEL1~3ピンを制御します。それによって、所望のチャージャ・プロファイルが選択されます。マイクロコントローラをこのように使用すると、携帯機器のチャージャ・プロファイルを最適化し、できるだけ多くの電流によって安全に充電を実施することができます。

表1. LT8698S/LT8698S-1の仕様。USBコネクタの種類、チャージャ・プロファイル、データ用インターフェースに対する適合性についてまとめました。
Figure A Figure B
Figure C
USB 2.0 Type-A USB 3.x Type-A USB Type-C
ピン VBUS, GND, D+, D- ピン VBUS, GND, D+, D- ピン VBUS, GND, D+, D-
電圧/電流 5 V, 1.5 A, BC 1.25 V, 2.4 A,Apple iPad 電圧/電流 5 V, 1.5 A, BC 1.2 電圧/電流 5 V, 1.5 A, BC 1.25 V, 3 A, type-C
データ USB 2.0, 480 Mbps データ USB 2.0, 480 Mbps データ USB 2.0, 480 Mbps
図6. 5V/3A出力のUSB Type-Cアプリケーションに対応するUSB充電システム
図6. 5V/3A出力のUSB Type-Cアプリケーションに対応するUSB充電システム
図7. 2.4A/1.5Aに対応するUSB充電システム。電流の監視機能を利用し、プロファイルを自動検出します。
図7. 2.4A/1.5Aに対応するUSB充電システム。電流の監視機能を利用し、プロファイルを自動検出します。

高いEMI性能を実現するソリューション

車載電子機器システムで使用する電源は、高いEMI性能を備えていなければなりません。多くの場合、電源にはCISPR 25のClass 5で定められた放射性EMIの規格を満たすことが求められます。LT8698Sは、Silent Switcher® 2技術を適用して設計されています。そのため、同製品を使用して構成したUSB充電システムは、ソリューションのサイズ、効率、堅牢性を犠牲にすることなく、厳しい車載EMI規格を満たすことができます。

Silent Switcher 2は、EMIを低減するための複数の技術を組み合わせたものです。そうした技術の1つとして、LT8698SではLQFNパッケージの内部にバイパス・コンデンサが収容されています。それにより、基板の設計を簡素化しつつ、そのレイアウトがEMI性能に及ぼす影響を最小限に抑えることが可能になっています。また、ソリューション全体のフットプリントを最小限に抑えられます。LT8698S-1はバイパス・コンデンサは内蔵していませんが、それ以外はLT8698Sと同一です。例えば、両製品共に、SYNC/MODEピンに3.0V以上のDC電圧を印加することで、SSFM(Spread Spectrum Frequency Modulation)機能を利用することができます。図8に、標準的なアプリケーションの条件下でLT8698Sの放射性EMIを評価した結果を示しました。

LT8698S/LT8698S-1は、プログラム/同期が可能な300kHz~3MHzのスイッチング周波数で動作します。スイッチング周波数が高いほど、インダクタとコンデンサの値を下げて、ソリューション全体のサイズを抑えることができます。図9に、12Vから5Vへの降圧ソリューションの効率を示しました。2MHzという比較的高いスイッチング周波数でも、最大で93%の効率が得られることがわかります。

図8. 放射性EMIの測定結果。CISPR 25で定められた放射ノイズのピークを検出しています。Class 5の上限値(ピーク)も示しました。
図8. 放射性EMIの測定結果。CISPR 25で定められた放射ノイズのピークを検出しています。Class 5の上限値(ピーク)も示しました。
図9. 5V出力のUSBソリューションの効率と電力損失
図9. 5V出力のUSBソリューションの効率と電力損失

まとめ

USBの充電ポートは、最新の車載インフォテインメント・システムには不可欠なものです。但し、USB充電システムには、電力供給とデータ転送の機能に加え、車載環境で生じ得る危険な事象に対する堅牢性を持たせる必要があります。つまり、システム上の様々な課題に対処しなければならないということです。本稿では、USB充電システム用のICであるLT8698Sを使用して、そうした課題に対処する方法を紹介しました。同製品は、携帯機器の様々なチャージ・プロファイルをサポートしています。例えば、USBType-Cを使用する充電アプリケーションでは、最大15Wの出力電力を供給することが可能です。また、ケーブルの障害やESDといったハザードからUSBホストを保護する機能も備えています。しかも、それらの機能が原因で、USBホストと携帯機器の間で高速データ転送を行うために必要な信号品質を損なうことはありません。更に、Silent Switcher 2技術を採用していることから、ソリューションの効率やサイズを犠牲にすることなく、優れたEMI性能を実現することができます。

著者

Trevor Crane

Trevor Crane

Trevor Craneは、アナログ・デバイセズのシニア設計エンジニアです。パワー・ビジネス・ユニット(グラス・バレー)で、マルチチャンネルの降圧レギュレータの設計を担当しています。以前は、Linear Technology(現在はアナログ・デバイセズに統合)でディスクリート・パワー製品のプロダクト・エンジニア/設計エンジニアとして業務に携わっていました。車載USB向けの降圧レギュレータを3品種リリースしています。2004年に、スタンフォード大学で電気工学の学士号を取得しました。

Tao Tao

Tao Tao

カリフォルニア州サンタ・クララのアナログ・デバイセズに勤務するパワー製品担当シニア・アプリケーション・エンジニア。現在、降圧スイッチング・レギュレータICのアプリケーション・サポートを担当。前職ではIntersil Corporationで集積化パワー・モジュールの開発を担当。高効率高密度のパワー・コンバータとレギュレータ、パワー・コンバータのモデリングと制御、EMI軽減技術、電子パッケージング技術、PCBボード設計、その他の技術的問題解決に取り組む。バージニア州ブラックスバーグのバージニア工科大学で電気工学の修士号を取得。