加速度センサー:ファンタジーと現実

アナログ・デバイセズの低価格で小型の重力感知iMEMs®加速度センサーを支援するアプリケーション・エンジニアとして、私たちは加速度センサーの有益な利用法について想像力あふれるアイデアをたくさん耳にしています。とはいえ、中には物理の法則に反するものもあります。これらのアイデアの一部について、「現実的」から「夢物語」まで、参考までに次のような格付けをしてみました。

  • 現実的 – 実際に機能し、現在製造されている現実的なアプリケーション
  • ファンタジー – かなり高い技術があれば実現可能なアプリケーション
  • 夢物語 – 考えられるどのような実用化も物理法則に反すると思われるもの

洗濯機の負荷分散 高速回転サイクル中に負荷の均衡が崩れると、洗濯機は振動し、それが収まらない場合は床の上を歩き出したりします。加速度センサーが回転サイクル(脱水)中の加速度を検出します。負荷が不均衡になると、洗濯機はドラムを前後に揺らして負荷を配分し直して均衡を図ります。

現実的 負荷の分散が良好なほど、高速の回転で衣類の水分を飛ばすことができ、乾燥プロセスのエネルギー効率が良くなります – これは現代にあって歓迎すべきことです。さらに良いことには、ドラムの動作を弱めるために必要な機械部品が少なくなり、これによってシステム全体が軽量になり、値段も安くなります。正しく実装すれば、モータにかかるピーク負荷が小さくなるため、トランスミッションやベアリングの耐用年数も延びます。このアプリケーションは現在生産されています。

機械の異常監視 多くの業界では、予防保守スケジュールのカレンダーに従って機械装置の交換や分解修理を行っています。予定外のダウン時間があってはならないアプリケーションでは、特にこのような予防保守が行われています。このため、かなり早い段階で、まだ長い間使用できる機械を数百万ドルものコストをかけて組み立て直すということが業界を問わず広く行われています。ベアリングなどの回転部品に加速度センサーを組み込めば、突発的な故障発生のリスクなしに耐用年数を延長できます。加速度センサーは、ベアリングなどの回転部品の振動を検出して状態を判定します。

現実的 ベアリングの「振動シグニチャ」をもとにその状態を判定する方法は、機械保守の方法として十分に実証されており、業界でも受け入れられていますが、正確な結果を出すには広い測定帯域幅が必要になります。ADXL001が発売される前は、加速度センサーや関連する信号処理装置の価格が高すぎました。今では、高帯域幅(22kHz)で信号処理機能を内蔵したADXL001が低価格のベアリング保守のために最適な製品になっています。

自動水平調節 加速度センサーは、大型の機械やモバイル・ホームなどの物体の絶対的な傾きを測定します。マイクロコントローラが傾きの情報をもとにして自動的に物体を水平にします。

現実的~ファンタジー (アプリケーションによる) 自動水平調節は、絶対精度が求められるため厳しい条件が課せられるアプリケーションです。表面マイクロマシン型加速度センサーには高い分解能がありますが、高精度の絶対傾き測定(傾き1°未満)には、今日の表面マイクロマシン型加速度センサーでは不可能な温度安定性とヒステリシス性能が求められます。温度範囲があまり広くないアプリケーションでは、ADXL203のような高安定性の加速度センサーが最適です。広い温度範囲にわたって±5°以内の絶対精度を必要とするアプリケーションにも対応できます。しかし、広い温度範囲でもっと高精度の水平調整を行うには、外部の温度補償が必要になります。外部温度補償を行っても、±0.5°未満の絶対傾き精度を実現するのは困難です。一部のアプリケーションは現在生産中です。

携帯電話のヒューマン・インターフェース 加速度センサーによってマイクロコントローラがユーザの身振りを認識することで、携帯装置を片手で制御できるようになります。

現実的 携帯電話は、ディスプレイのために制御に使用できる場所があまり残されていません。加速度センサーをユーザ・インターフェース機能に利用すれば、携帯電話メーカーは「ボタンレス」機能をもっと増やすことができます。たとえば、タップ/ダブル・タップ(マウスのクリック/ダブル・クリックに相当)、画面の回転、傾き制御によるスクロール、向きによる呼出し音制御などたくさんあります。また、携帯電話メーカーは加速度センサーによってナビゲーション機能の精度と操作性を向上させることができ、ほかにも新しい用途に加速度センサーを利用することができます。このアプリケーションは現在生産されています。

カーアラーム(盗難警報装置) 車がジャッキで持ち上げられたり、牽引トラックで引っ張られたりすると、加速度センサーが検知して警報が鳴ります。

現実的 自動車盗難の一番よく使われる方法は、車を牽引して盗み出すものです。従来のカーアラームではこれに対応できません。衝撃センサーは傾きの変化を検出できないし、点火停止システムは役に立ちません。このアプリケーションは、ADXL213の高分解能機能を利用します。加速度センサーが1分当たり0.5°を上回る傾きの変化を検知すると、警報が鳴ります。これで、おそらく泥棒も逃げるでしょう。天候の変化次第でカーアラームが停止してはならないため、優れた温度安定性が求められます。このため、安定性に優れたADXL213が最適です。このアプリケーションは、現在OEMのアフターマーケット向け自動車盗難防止システムとして生産中です。

スキー用ビンディング 加速度センサーが全衝撃エネルギーとシグニチャを測定して、ビンディングを外すかどうかを判定します。

ファンタジー スキー用の機械式ビンディング装置は大きく進化しましたが、性能自体は限られています。スキーヤーが受ける実際の衝撃を測定すれば、ビンディングを外すべきか正確に検出できます。インテリジェント・システムによって、各人の能力と生理機能を考慮に入れることができます。これは実用的な加速度センサー・アプリケーションになりますが、現在のバッテリ技術では実現不可能です。低温でも動作する小型の軽量バッテリがあれば、このアプリケーションは実現できるでしょう。

パーソナル・ナビゲーション このアプリケーションは、推測航法(加速度を時間で二重積分して実際の位置を求める)で位置を決定します。

夢物語 長時間積分では、測定加速度の小さい誤差が累積されるため大きな誤差が生じます。二重積分により誤差は増大します(t2)。実際の位置をときどきリセットする方法がないと、巨大な誤差が生じます。これは、オペアンプにコンデンサを重ねるだけで積分器を作ろうとするようなものです。たとえ加速度センサーの精度が現状の10倍または100倍に向上しても、それでも巨大な誤差が発生します。ただ、この誤差が生じるのに前より時間がかかるというだけです。

加速度センサーは、GPSナビゲーション・システムでGPS信号が短時間受信できないときに利用することができるでしょう。短い積分期間(1分程度)であれば満足できる結果が出ます。巧妙なアルゴリズムを用意すれば、ほかの方法でも優れた精度が得られるます。たとえば、歩行中には歩を進めるたびに身体が上下に動きますが、加速度センサーを使用すれば、歩行距離を±1%以内の精度で測定できる歩数計を作成できます。

サブウーファー・サーボ制御 サブウーファーのコーンに加速度センサーを組み込み、位置フィードバックによって歪みをなくしたサーボ出力を提供します。

現実的 現在、サーボ制御を備えたアクティブ・サブウーファー製品がいくつか市販されています。サーボ制御は、高調波歪みや電力圧縮を大幅に低減できます。また、スピーカ/エンクロージャ・システムのQを電子的に低減でき、小さいエンクロージャを使用できるようにします(『Loudspeaker Distortion Reduction』Richard A. Greiner、Travis M. Sims, Jr.共著、JAES Vol. 32、No. 12を参照)。ADXL193は小型で軽量であり、その質量はラウドスピーカー・コーンの質量と足しても全体の音響特性を大きく変えることはありません。

神経筋肉スティミュレータ このアプリケーションは筋肉を適宜刺激して、歩行をつかさどる下腿筋の制御を失った人をサポートします。

現実的 歩行中、一般に脚を前に出すときに前足部が上がり、脚を後方に押し出すときに前足部が下がります。加速度センサーを下腿または足のどこかに装着し、脚の位置を検出します。必要に応じて関連部位の筋肉を電子的に刺激し、足を曲げさせます。

これは、マイクロマシン型加速度センサーが実現可能な製品をどのように生み出したかを示す古典的な例です。従来のモデルは、液体傾きセンサーまたは移動ボール・ベアリング(スイッチとして機能)を使って脚の位置を判定していました。液体傾きセンサーには液体が揺れるという問題があり、ゆっくり歩くことしかできませんでした。ボール・ベアリング・スイッチは、斜面の上り下りですぐに支障をきたしてしまいます。しかし、加速度センサーは脚の前後の差を検出するため、斜面の歩行でシステムが機能しなくなることはなく、液体が動揺する問題もありません。加速度センサーは消費電力が少なく、システムは小型のリチウム電池で動作し、そのパッケージ全体もかさばるものではありません。このアプリケーションは生産中です。

カーノイズ・キャンセリング機能 加速度センサーが、自動車の乗員コンパートメントの低周波振動を検出します。ノイズ・キャンセリング・システムが、ステレオ・システムのスピーカを使ってノイズを無効にします。

夢物語 加速度センサーが乗員コンパートメントの振動をピックアップすることには何の問題もありませんが、ノイズ・キャンセリング機能は位相に大きく依存しています。ひとつの場所(たとえば、ドライバの頭の周辺)でノイズを消去できても、ほかの場所でノイズが増大する可能性があります。

結論

表面マイクロマシン型の加速度センサーは、高感度、小型、低価格、堅牢なパッケージという特性のほか、動的な加速度と静的な加速度の両方を測定できる能力ゆえに、多くの新しいアプリケーションが可能です。その多くは、従来どおりの加速度センサー・アプリケーションとは異なる発想によるものであったため、予想すらされていないものでした。今や、設計者の想像力だけがアプリケーションの実現を阻む要因となっているくらいです。ときには、設計者の想像力が走りすぎることもあります。たゆまぬ性能向上によりアプリケーションの可能性が拡大していますが、物理法則に反するソリューションにだけは手を出さないほうが賢明でしょう。

著者

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Harvey Weinberg

Harvey Weinbergは、アナログ・デバイセズのディビジョン・テクノロジストです。車載事業部門で、センサーを中心とする関連技術の早期選定と開発を担当しています。現職に就く前は、車載事業部門のシステム・アプリケーション・エンジニアリング・マネージャの職務に従事。その前には、アプリケーション・エンジニアリング・グループのリーダーとしてMEMS慣性センサーを担当していました。超音波によるエアフローの測定、慣性センサー・アプリケーション、LIDARシステムなど、様々な分野の技術に関する13件の米国特許を保有。勤続年数は23年に及びます。アナログ・デバイセズに入社する前は、12年間にわたりプロセス制御分野の計装を専門とする回路/システム設計者として業務に従事していました。コンコルディア大学(カナダ モントリオール)で電気工学の学士号を取得しています。