電圧制御電流源(VCCS)は、医療用機器や産業用オートメーション機器など、様々な分野で使用されています。そうしたアプリケーションで使われるVCCSでは、DC精度やAC性能、駆動能力が非常に重要になります。本稿では、まず改良型ハウランド電流源(EHCS:EnhancedHowland Current Source)が抱える性能の限界について分析します。その上で、複合アンプのトポロジを適用してEHCSを改良する方法を説明します。複合アンプを活用すれば、±500mAの電流を出力でき、精度が高くセトリング時間の短い電流源を実装することができます。
EHCSの概要

図1 は、古典的なハウランド電流源(HCS: HowlandCurrent Source) の回路図です。また式(1) に、この回路の出力電流の計算方法を示しました。R2が十分に大きい場合、出力電流は一定になります。

ただ、R2を大きくすると、回路の動作速度と精度が低下します。この問題を解決するために、帰還経路にバッファを挿入したものがEHCSです。これであれば、R0を流れるすべての電流がRLに流れます。この回路の出力電流は式(2)のようになります。

R1/R2 = R3/R4 = kとすると、上式は式(3)のようになります。つまり、出力電流は負荷に依存せず、入力電圧だけによって制御されるということです。これこそが、理想的なVCCSです。

性能の分析
式(3)は、理想的な回路に基づいたものです。言うまでもなく、現実の回路には誤差要因があります。図3に、現実のEHCSのDC誤差解析モデルを示しました。VOSとIB+/IB-は、それぞれメインのオペアンプの入力オフセット電圧とバイアス電流です。一方、VOSbufとIBbufは、バッファの入力オフセット電圧とバイアス電流です。トータルの出力誤差は、式(4)のようになります。


ゲインを決める抵抗の不整合を無視し、R1/ R 2 = R 3/ R4 =k、R1//R2 = R3//R4であるとします。すると、出力電流IOのオフセット(理想的な値に対する誤差)は、式(5)に示すように、オペアンプのオフセットとバイアス電流に依存することがわかります。

次に、R1/R2とR3/R4の不整合を考慮に入れると、RLが出力電流のオフセットに影響を与えることになります。最も条件が悪い場合の相対誤差は、式(6)のようになります。ご覧のように、この誤差はRL/R0とkに依存します。負荷抵抗が小さく、kが大きいほど、出力電流のオフセットは小さくなります。

この回路については、オペアンプと抵抗によって生じる温度ドリフトも考慮する必要があります。オペアンプのオフセット電圧とバイアス電流は、動作温度によって変化します。CMOS入力のオペアンプの場合、通常は温度が10°C上昇するごとにバイアス電流は2倍に増加します。一方、抵抗の温度ドリフトは、抵抗の種類によって大きく異なります。例えば、カーボン・コンポジション抵抗のTCは約1500ppm/°Cですが、金属皮膜抵抗やバルク金属抵抗の中には、TCが1ppm/°C程度のものもあります。
表1. 代表的な高精度アンプの特性品番 | VOS の最大値〔µV〕 | IB の最大値〔pA〕 | GBP〔MHz〕 | スルー・レート〔V/マイクロ秒〕 | Isc〔mA〕 |
ADA4522 | 5 | 150 | 3 | 1.3 | 22 |
ADA4077 | 25 | 1500 | 4 | 1 | 22 |
LTC2057HV | 4 | 120 | 2 | 1.2 | 26 |
LT1012 | 25 | 100 | 1 | 0.2 | 13 |
通常、出力電流のDC精度を高めたいなら、精度の高いオペアンプ(高精度アンプ)を選択するべきです。しかし、大きな出力電流に対応可能なEHCSを実現したい場合、高精度アンプを選択すると、様々な制約が生じてしまいます。というのも、十分に良好な駆動能力とAC性能が得られないからです。表1に、代表的な高精度アンプの特性をまとめました。ここでは、±500mAの電流を出力可能でセトリング時間が1マイクロ秒の電流源を実装することが目標であるとします。つまり、実装済みの回路には、電流源としての高い駆動能力が必要になります。また、電流源のセトリング時間を短くするためには、AC性能も優れていなければなりません。一般に、高精度アンプはスルー・レートと帯域幅が十分に高いとは言えません。高い駆動能力やAC性能は得られないため、別のオペアンプを選択する必要があります。
EHCSの実装
「ADA4870」は、10V~40Vの電源電圧で動作するオペアンプです。高速かつ駆動能力が高いことを特徴とします。最大出力電流は1.2Aで、大振幅の信号に対する帯域幅は52MHz以上、スルー・レートは最大2500V/マイクロ秒です。このような仕様であることから、多くの電流を供給可能な電流源を構築したい場合に適しています。図4に、ADA4870をベースとするEHCSの回路図を示しました。10Vの入力によって±500mAの出力電流を生成可能な電流源が実現されています。

電流源のAC特性の中で特に重要なのは、セトリング時間、スルー・レート、帯域幅、ノイズです。図5に示すように、図4の回路のセトリング時間は約60ナノ秒、帯域幅は約18MHzです。出力電流のスルー・レートは、立上がり時と立下がり時の勾配を測定することによって計算できます。実際に測定/計算すると、正負のスルー・レートはそれぞれ25A/マイクロ秒と-25A/マイクロ秒になります。ノイズ性能は、出力ノイズ密度のグラフによって確認できます。ADA4870の場合、1kHzにおいて約24nV/√ H zです。


この回路は、入力オフセット電圧とバイアス電流が大きいので、DC精度は高くありません。表2に、様々なDC誤差源とその影響についてまとめました。主なDC誤差源は、ADA4870のVOSとI Bです。標準的な出力電流のオフセットは、約11.06mAに達します。フル・レンジである500mAにおいて、レンジ誤差は約2.21%となります。
誤差源 | パラメータ(標準値) | 出力電流のオフセット〔mA〕 | 割合 |
IB- | –12 µA | 6.00 | 54.2% |
IB+ | +9 µA | 4.50 | 40.7% |
VOS | 1 mV | 0.55 | 5.0% |
IBbuf | –0.1 µA | 0.00 | 0.0% |
VOSbuf | 0.02 mV | 0.01 | 0.1% |
合計 | 11.06 | 100% |
複合アンプのトポロジ
ADA4870のような駆動能力の高いオペアンプでは、DCパラメータの影響で出力電流の精度が抑えられます。一方、高精度アンプでは、十分な速度が得られません。そこで、必要な性能を達成するために、複合アンプのトポロジを適用する手法を考えました。図7 に示した回路では、ADA4870と「ADA4898-2」を組み合わせてEHCSを実現しています。ここでは、これを、複合アンプを活用した改良型ハウランド電流源(CAEHCS:CompositeAmplifier Enhanced Howland Current Source)と呼ぶことにします。

複合アンプの構成要素としてADA4898-2を選択したのは、同I C のAC性能とDC性能が優れているからです。ADA4898-2の-3dB帯域幅は63MHzです。5Vの出力ステップにおけるセトリング時間(0.1%まで) は90ナノ秒で、スルー・レートは最大55V/マイクロ秒です。また、ノイズも非常に小さく抑えられています。電圧ノイズ密度は0.9nV/√Hzで、電流ノイズ密度は2.4pA/√Hzです。DC性能も優れており、標準的な入力オフセット電圧は20µV、温度ドリフトは1µ V/°Cです。なお、バイアス電流は0.1µAです。表3に、図7 のCAEHCS回路のDC誤差を示しました。出力電流のオフセットは0.121mAにまで改善されています。また、レンジ誤差は0.03%未満に抑えられています。
表3. ADA4898をベースとするCAEHCS回路のDC誤差誤差源 | パラメータ(標準値) | 出力電流のオフセット〔mA〕 | 割合 |
IB– | –0.1 µA | 0.050 | 41.3% |
IB+ | +0.1 µA | 0.0050 | 41.3% |
VOS | 20 mV | 0.011 | 9.1% |
IBbuf | –0.1 µA | 0.000 | 0.1% |
VOSbuf | 20 µV | 0.01 | 8.2% |
合計 | 0.121 | 100% |
図7 のCAEHCS回路のAC性能は、表4 のようになります。複合アンプ部のループ遅延により、セトリング時間と帯域幅の面では、EHCS回路よりも劣ります。一方で、CAEHCS回路の出力ノイズは、ADA4898-2の電流ノイズが小さいことから、EHCS回路と比べて格段に小さくなります。データシートに記載されているように、ADA4870の反転入力端子における電流ノイズ密度は47pA/√Hzです。数kΩの抵抗を組み合わせると、電圧ノイズ(2.1nV/√Hz)よりもはるかに大きなノイズが生成されます。CAEHCS回路の入力電流ノイズ密度は2.4pA/√Hzであり、出力ノイズは格段に小さくなります。
パラメータ | CAEHCS | EHCS |
セトリング時間〔ナノ秒〕 | 200 | 60 |
スルー・レート〔A/マイクロ秒〕 | 7.7 | 25 |
帯域幅〔MHz〕 | 6 | 18 |
1kHzにおける出力ノイズ密度〔nV/√Hz〕 | 4 | 24 |
CAEHCSであれば、VCCSとしての駆動能力とAC性能を損なうことなく、DC精度を大幅に向上させることができます。この点が何よりも重要です。また、様々な要件に応じ、様々な複合アンプを選択できることもポイントの1つです。表5は、異なるオペアンプを用いた場合の性能を比較したものです。CAEHCS回路とEHCS回路についてまとめています。最も良好なAC性能が得られるのは「LT6275」を使用した場合です。セトリング時間は100ナノ秒以内で、スルー・レートは最大15A/マイクロ秒です。「ADA4522-2」のようなゼロドリフト・アンプは、出力電流のオフセットが約0.002mAといった具合に、高い精度が求められるアプリケーションに適しています。
表5. メインのオペアンプによる特性の違いメインのオペアンプ | CAEHCS | EHCS |
ADA4898 | 良い | 良い |
LT6275 | 良い | 非常に良い |
ADA4522 | 非常に良い | 良くない |
評価の結果
表6と図8に、EHCS回路ならびにADA4898をベースとするCAEHCS回路の評価結果を示しました。
パラメータ |
CAEHCS | EHCS | |
DCパラメータ | 出力電流のオフセット〔mA〕 | 10.9 | 0.2 |
ACパラメータ |
セトリング時間〔ナノ秒〕 | 100 | 100 |
スルー・レート〔A/マイクロ秒〕 | 22.2 | 12.6 | |
帯域幅〔MHz〕 | 18 | 8 |

CAEHCS回路では、EHCS回路よりもはるかに高いDC特性が得られます。出力電流のオフセットは、EHCS回路では10.9mAにも達します。それに対し、CAEHCS回路では0.2mAに抑えられます。CAEHCS回路は、AC特性にも優れています。セトリング時間は約100ナノ秒で、EHCS回路と同等の性能になります。帯域幅は、EHCS回路で18MHz、CAEHCS回路で8MHzです。
CAEHCS回路におけるメインのオペアンプとして、ADA4898、LT6275、ADA4522-2を用いた場合の性能を表7にまとめました。ADA4522-2を使用した場合、出力電流のオフセットは0.04mA未満に抑えられます。LT6275を使用した場合、セトリング時間は約60ナノ秒、出力電流のスルー・レートは最大16.6A/マイクロ秒となります。図9に、LT6275を使用した場合の評価結果を示しました。
表7. 各種オペアンプを使用した場合のCAEHCS回路の性能メインのオペアンプ | Ios 〔mA〕 | セトリング時間〔ナノ秒〕 | スルー・レート〔A/マイクロ秒〕 | 帯域幅〔MHz〕 |
ADA4898 | 0.2 | 100 | 12.6 | 10 |
LT6275 | 0.8 | 60 | 16.6 | 11 |
ADA4522 | 0.04 | 1000 | 0.4 | 1.2 |

熱に関する考察
VCCSの出力電流は数百mAにも達し、総消費電力が数Wにも及ぶケースがあります。その場合、出力の効率が低いと、部品の温度が急激に上昇してしまいます。ADA4870の熱抵抗θJAは、ヒートシンクがない場合で15.95°C/Wです。温度の上昇分については以下の式で計算できます。

ADA4870の消費電力は、R0の値に依存します。表8に、R0の値を変えた場合の温度上昇についてまとめました。電源電圧は±20V、出力電流は500mAという条件です。R0の値を大きくすると、温度の上昇を格段に小さく抑えることができます。温度の上昇を抑えるには、R0の値を大きくすることが推奨されます。
RL/Ω | 消費電力〔W〕 | 温度の上昇分〔°C〕 |
||
R0 = 2 Ω | R0 = 10 Ω | R0 = 2 Ω | R0 = 10 Ω | |
1 | 6.92 | 4.92 | 110.4 | 78.5 |
5 | 5.92 | 3.92 | 94.5 | 62.6 |
10 | 4.67 | 2.67 | 74.6 | 42.7 |
まとめ
本稿では、駆動能力の高いオペアンプと精度の高いオペアンプを組み合わせたCAEHCS回路を紹介しました。この方法であれば、高い駆動能力と優れたAC/DC性能を両立したVCCSを実現できます。CAEHCS回路は、ADA4898、LT6275、ADA4522のうちいずれかとADA4870を組み合わせて構成することを推奨します。