Thought Leadership

Shane O'Mahony
Shane O'Mahony,

オートモーティブ・テクノロジー・グループ 製品マーケティング・エンジニア

アナログ・デバイセズ

著者について
Shane O'Mahony
Shane O’Mahonyは、アナログ・デバイセズでwBMSを担当するプロダクト・マーケティング・リードです。自動車メーカーやティア1サプライヤと連携し、wBMSがもたらすシステム・レベルのメリットとwBMSのサステナビリティに関連するメリットを明確化することに注力しています。現職の前は、高性能のRF無線システム向けICの責任者を12年間にわたって務めていました。
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EV業界でワイヤレス・ バッテリ管理の革命が始動、 潜在的なROIは莫大なレベル


電気自動車(EV:Electric Vehicle)の分野では、バッテリを再利用したり、そのセキュリティを確保したりするための設計/製造について高度なコスト分析が行われています。その結果、次世代のEVでは、バッテリ管理システム(BMS:Battery Management Systems)のワイヤレス化を図ることにより、自動車メーカーに収益増加の機会がもたらされることが明らかになっています。

EVの分野では、ワイヤレスのBMS(wBMS:Wireless BMS)の活用に向けた動きが活発になっています。これは、ある意味では避けられないことでした。アプリケーションの種類に依らず、有線のシステムには固有の複雑さ、部品のコスト、占有面積、労力の問題が伴います。それらに悩まされている人々の目に、wBMSによってもたらされる大きなメリットが魅力的に映るのは当然のことです。

次世代のEVでwBMSを採用したとします。そうすると、有線のBMSを使用する場合と比べて、配線の量を最大90%、バッテリ・パックの体積を最大15%削減できると見積もられています。wBMSを導入する場合、従来、通信に使用されていたワイヤ・ハーネスやコネクタを排除し、よりインテリジェントなバッテリ・モジュールを使用することになります。バッテリの管理に必要な、あらゆるエレクトロニクスを統合したモジュールを使用するということです。そのモジュールは、外部に接続するためのコネクタは+veと-veの端子だけというレベルのものになるはずです。

しかし、wBMS技術によって得られるメリットを享受するには、同技術に対応するための設計、検証、製造インフラに対して多大な投資を行わなければなりません。また、wBMSを利用する場合、ワイヤレス・システムに固有のセキュリティや安全性に関する要件を満たす必要があります。そのためには、バッテリ・パックのライフ・サイクル、つまりは製造から再利用に至るまでのすべての段階について徹底的に再評価しなければなりません。

Figure 1. Analog Devices introduces the automotive industry’s first wireless battery management system for electric vehicles.
図1. EV用のwBMS。アナログ・デバイセズが業界で初めて発表した技術です。

上記の作業はあまりにも膨大で、自動車メーカーがwBMSを導入するのは不可能なのではないかという印象を持つ方もいるでしょう。しかし、アナログ・デバイセズとGeneral Motors(GM)はそれを覆す決断を下しました。両社は、今後数年のうちに主流の車種、あるいはほぼすべての車種にまでwBMSの商用利用の規模を拡大することを想定しています。そうすれば、大幅なコスト削減、製造面でのスケーラビリティの拡大、効率の向上が見込めると考えたのです。その結果として、両社はwBMS技術を開発/導入するための投資に踏み切りました。

ただ、自動車メーカーに対しては、1つはっきりとさせておくべきことがあります。それは、wBMSを導入すれば直ちにコストを削減できるという期待は持たないでほしいというものです。wBMSのコスト上のメリットをフルに活用するには、自動車に搭載されている期間である「ファースト・ライフ」と、それに続く「セカンド・ライフ」を通して、バッテリ・パックを適切に管理しなければなりません。wBMSのコスト削減効果が確実かつ完全に顕在化するのは、このような運用を行う場合のみです。そうすれば、バッテリ・パックは最大限のROI(投資収益率)の達成につながるアセットとして捉えることができます。

アナログ・デバイセズは、wBMSの設計に伴う数多くの課題について理解し、たゆまぬ努力と投資を行うことでスケーラブルかつ完全なwBMSのソリューションを構築しました(図1)。それにより、コンセプトから実装までにわたって自動車メーカーをサポートするための要件を満たすことに成功しています。また、その過程では設計とコストの効率に関する更なるチャンスを特定することができました。既に、wBMSの導入こそが進むべき方向だと認識している自動車メーカーも存在します。当社の取り組みは、そうしたメーカーがこれから歩む道を平坦にするために役立ちます。自動車メーカーからの初期のフィードバックに基づいて検討した結果、業界の規模でEVにwBMSを搭載すれば、長期的に見てかなり大きな費用対効果が得られることがわかりました。費用対効果の規模を数値化するのは容易ではありませんが、少なくともwBMSによって様々なメリットがもたらされることは間違いありません。

製造効率の面でのメリット

wBMSを採用するということは、EV用の工場をどのように設計するのか再考しなければならないということを意味します。しかし、製造過程から製品の運用までを完全にワイヤレス化すれば必ず大きなメリットが得られます。そのメリットは、すべての可動型の要素について考慮すると、到底無視することはできないレベルに達します。

ロボットがほとんどの製造作業を担うということと、ロボットが完全に製造作業を担うということの間には、大きな差があります。前者の場合、高速で稼働するロボットを配備した製造フロアで人が働くことになります。そうすると、その人たちを保護するために多大な安全対策を講じなければならなくなります。結果として、エンドtoエンドの完全なオートメーションであれば達成できるはずの生産効率が本質的に低下してしまいます。

wBMSの製造フロア全体でワイヤレス通信を利用できるようにすると、どのような効果が得られるのでしょうか。それが実現されれば、人間が一切介入することなく完全にロボットだけでEV用のバッテリ・パックを製造できる可能性が生まれます。つまり、自動車メーカーとしては、wBMSのメリットを自動車に搭載したときだけ活かすのではなくなります。製造工程において、バッテリ・パックをハーネスやテスト用モジュール、コネクタに手作業で配線するために、貴重な人員の時間を費やす必要がなくなるのです。また、その作業を行う人員に対し、安全性に関するトレーニングを継続的に実施する必要もありません。したがって、CAPEX(資本コスト)とOPEX(運用コスト)を削減することができます(図2)。

Figure 2. No touch, fully automatic manufacturing is a strongly growing trend in the EV industry.
図2. 人間の介入を全く必要としない完全に自動化された製造現場。EVの分野では、このような自動化を進めることがトレンドになっています。

ひと言で自動車メーカーといっても、既に地位を確立している企業もあれば、今後の成長が期待される企業もあります。その両方に対し、上述したwBMSの側面は、従来の有線ベースの製造に代わり、完全にワイヤレスで完全にロボット化された製造を導入する機会をもたらします。その結果、自動車メーカーは、限られた予算を最大限に活かして製造効率を高めることができます。また、高い柔軟性を実現し、俊敏性を維持することも可能です。成長途上のメーカーの場合、潤沢な資金を有する確立された企業と競争する力を手に入れられるということになります。有線のバッテリ・パックのハーネスを処理するのは、時間とコストのかかる作業です。それを専門的に行うロボットを導入する必要がなくなるということは、あらゆる規模の自動車メーカーが、高速で高効率のロボットによる製造を実現できる可能性を最大限に高められるということを意味します。アナログ・デバイセズは、各製造工程においてオートメーションをサポートできるようにすることを目標としています。また、自動車メーカーがwBMSに対応する工場への移行をより容易に進められるようにすることを念頭に置いてwBMSを開発しています。

ライフ・サイクル全体にわたり、スケーラビリティと柔軟性を向上

wBMSを採用すれば、自動車メーカーとバッテリのサプライヤは、ハーネスに関する設計を一切行うことなく、数多くの種類のバッテリ・パックを自由に設計/製造できるようになります。つまり、全体的な開発コストを削減しつつ、個々の車種に応じてソフトウェアによる構成が可能なwBMS向けの共通プラットフォームを活用できるようになります。このことは、wBMSに関する価値の提案の中心に存在しています。自動車メーカーは、変化し続ける消費者の需要に対応し、多様なEVを量産体制に移行するための高い柔軟性を得ることが可能になります。GMの場合、同社の画期的なバッテリ向けプラットフォーム「Ultium」を支えるためにwBMSを採用しました。その結果、作業用のトラックから高性能車に至るまでの様々なブランド/車両セグメントにわたって同プラットフォームを拡張することが可能になりました。また、GMは、wBMSを採用したことで、より広範な車種の電動化が可能になるとも考えています。

バッテリ・パックの耐用期間にわたって二酸化炭素の排出量を削減しつつ、それに伴う収益の可能性を拡大させるための手段はwBMSだけではありません。それ以外にも、できることは数多く存在します。その基盤になるものが「削減、修理、再利用」の戦略です。この戦略において、wBMSはコストのかかる車両のリコールを減らすことに貢献します。また、修理の効率を高める役割を果たします。更に、廃棄とリサイクルに対する好ましい代替手段として、バッテリの再利用を促進することにも貢献します。

wBMSを採用すれば、スペア・モジュールの在庫管理は従来よりもはるかに容易になります。また、車両の点検時にバッテリ・パックを交換する作業が大幅に簡素化されます。在庫の追跡/検索や、修理作業におけるバッテリ用ハーネスの取り外し(破損しないよう注意が必要)によって、時間のロスやフラストレーションが生じることはありません。モジュールについては、サプライ・チェーンに沿って移動させる間と、最終的に在庫棚から車両に移動させるときだけ入出庫の管理が行われます。その取り付け作業は、有線のBMSでは決して考えられないほど容易になります。その効果は、EVの開発段階にも現れます。ハーネスの取り外しや交換に、バッテリ・パックの設計者の貴重な時間を費やしたり、スペースを確保したりする必要がなくなるからです。つまり、エネルギー密度の高いバッテリ・パックをより迅速に設計することが可能になるということです。

wBMSには、バッテリが自らの性能を測定して報告するという機能を持たせることができます。そうすれば、故障が早期に検出される確率が高まり、コストのかかる車両のリコールを回避できるようになります。それだけでなく、バッテリ・パックの組み立てを最適化することも可能になります。組み立てから、保管、輸送、取り付け、保守に至るまで、バッテリのライフ・サイクル全体にわたり、リモートでデータを監視することができます。

自動車メーカーは、バッテリ・パックの耐用期間と収益の可能性を最大限に拡大したいと考えています。wBMSであれば、バッテリのセカンド・ライフへの転用をはるかに効率的に実現できます。バッテリ・パックにハーネスが接続されていなければ、修理や再利用が非常に容易です。また、最大限の寿命を確保しつつ、全般的により環境に優しいカーボン・フットプリントを達成することが可能になります。自動車メーカーは、一定の状態に達した使用済みのバッテリを、太陽光発電や風力発電における電力ストレージなどの用途に向けて簡単に再販することができます。

アナログ・デバイセズは、自動車メーカーが「削減、修理、再利用」の戦略を推進すれば、修理済みでリサイクルはされていないバッテリ・パック1個につき、二酸化炭素の排出量を7t削減できると見積もっています。一方、自動車メーカーは、EV用のバッテリ・パック1個のリサイクルには約1000米ドル(約11万5000円)のコストがかかると想定しています。これは、元の車両の販売で得られる利益を上回る可能性があります。したがって、使用済みのEV用バッテリをできるだけ早く再販することによって、そのバッテリから最大限の価値を引き出す方法をぜひとも探るべきです。つまり、EV用バッテリの再利用は、ビジネスとして十分に成立する可能性があるのです。

Figure 3. Packs are easier to repair, reuse, and recycle.
図3. wBMSの導入効果。バッテリ・パックの修理、再利用、リサイクルが容易になります。

セキュリティの確保、最適な設計

EV用のバッテリ・パックのライフ・サイクルが更に長くなれば、製造から保守を経て廃棄に至るまでの過程で、各wBMSモジュールのセキュリティを確保するために厳格なプロトコルを維持することが重要になります。自動車メーカーは、常にバッテリ・モジュールの整合性を維持しなければなりません。バッテリ・モジュールが安全な状態にあることを個別に検証できない状態になったとしたら、セカンド・ライフのアプリケーションに対するモジュールの価値が損なわれる可能性があります。

バッテリ・パックのセキュリティは、自動車自体の保守性の観点からも重要です。wBMSのモジュールは、自己認証を行えるように設計することができます。また、バッテリ・パックは、悪意が込められたモジュールや質の低いモジュールを自動的に拒否するように設計することが可能です。その結果、バッテリ・パックには純正のスペア部品のみが適用されるようになります。また、認可を受けた保守業者だけが取り付けを実施できるようにするといったことも容易に実現できます。

ただ、これらの手段を導入するにはコストがかかります。wBMSのメリットを最大限に活かしたいと考える自動車メーカーにとっても、そのコストは非常に高く、大きな障害だと受け止められる可能性は否定できません。バッテリやモジュールのライフ・サイクル全体を網羅する新たな通信プラットフォーム向けに、全く新たなセキュリティ用のアーキテクチャを一から設計しなければならないからです。自動車メーカーにとって、これは受け入れがたいことかもしれません。

公開鍵に基づく証明書の利便性を活かせないサプライ・チェーンや監視システム全体に対応するために、自動車メーカーはセキュリティの確保に向けて多大な時間と費用をかけなければなりません。そのような負担からメーカーを解放するために、アナログ・デバイセズは、wBMSとセキュアなモジュールのトレース機能に向けてかなりの投資を持続的に行っています。上記の大変な作業が事前に完了しているのであれば、自動車メーカーは、サイバーセキュリティの専門家で構成される専用チームを用意する必要はありません。もちろん、そのようなチームを構成するには多大なコストがかかります。アナログ・デバイセズは、このような非常に厳しいセキュリティ要件を最小限のCAPEXで最初から満たすことができるように自動車メーカーを支援します。

自動車メーカーは、何か1つ間違えると、見込んでいたコスト削減の効果が台無しになるかもしれないという不安を抱えています。そうした不安を取り除き、wBMSに対する投資から最大限の価値を引き出せるよう自動車メーカーを支援するには、包括的な設計戦略が必要です。アナログ・デバイセズは、バッテリ・パックに関する高度なシミュレーション技術を有しています。その技術を活用すれば、バッテリ・パックの「デジタル・ツイン」について徹底的に評価することができます。CADを使った描画作業を開始するよりもかなり前の段階で、wBMSの性能を予測することが可能です。この技術は、最初の試行で適切な設計が得られるよう自動車メーカーを支援する上で大いに役立ちます。

自動車メーカーは、コンポーネントで構成される周辺のエコシステムとwBMSの相互運用性を実現しつつ、十分な設計マージンを確保してwBMSに対応するバッテリ・パックを開発することが可能になります。開発の観点から言うと、本当にコストを抑えられるようにするには、確実に堅牢性が得られるようにwBMSを設計しなければなりません。これは見落としてはならない重要なポイントです。

設計の結果、「十分に良い」というレベルをかろうじて達成するwBMSが出来上がったとします。そのようなwBMSでも、様々な形でいくらかのシステム・コストを削減できるかもしれません。しかし、その後の設計段階でシステムの欠陥が徐々に表面化していくことになるでしょう。そうすると、問題が判明するたびに開発コストが発生し、最初に得られたコスト削減の効果が完全に打ち消されてしまう可能性があります。適切に設計された柔軟性の高いwBMSであれば、個々の車種に対して個々のバッテリ・パックを調整することに伴う大きなコストやフラストレーションを排除することができます。また、自動車メーカーのバッテリ・パック向けプラットフォームのスケーラビリティを全体的に高めることが可能になります。

Figure 4. The architecture of the world’s first wBMS production system. Cell pack monitoring hardware and production network, safety, and security software provided by Analog Devices.
図4. 世界初のwBMSのアーキテクチャ。セル・パックの監視用ハードウェアと、製造用のネットワーク/安全性/セキュリティに関連するソフトウェアは、アナログ・デバイセズが提供します。

wBMSの明るい未来

成熟したwBMS技術を採用すれば、有線のBMSを使用する場合と比べて製造プロセスを簡素化し、CAPEX/OPEXを抑えることができます。自動車メーカーからは、達成可能なコスト削減の効果は1台のEVあたり最大で250米ドル(約2万8900円)に達するというフィードバックが得られています。wBMSを導入すれば、次のようなメリットが得られます。すなわち、車両やバッテリの保守作業が軽減される、在庫管理の効率化が図れる、バッテリ・パックのセカンド・ライフとして再利用/転用を行うことで全体的な利益を更に増やす機会が得られるといった具合です。これらを加味すると、wBMS技術によって次世代のEVの設計に収益性とサステナビリティがもたらされることは明らかです。wBMSについては、明るい未来を容易に想像することができるでしょう。

GMは、多くの自動車メーカーの中で先陣を切ってwBMSを採用しました。しかも、同社はwBMSの適用先として大型のSUVを選択しました。その種のSUVは、あらゆる車種の中で二酸化炭素の排出量が特に多いことで知られています。同社の選択は、注目に値するものだと言えるでしょう。「GMC Hummer」を完全なEVに転換できたなら、同車は環境に優しい自動車の代名詞になるはずです。そうすれば、主力車種のEVへの移行を阻む最後の障壁が、私たちの目の前で崩壊することは間違いありません。その転換において、wBMSは非常に重要な役割を担うことになります。