ADF4356/ADF5356での位相制御と位相微調整

2017年08月30日
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フェーズロックド・ループ(PLL)は、その名の通り、位相検出器を使用して出力信号とリファレンス信号を比較し、両方の信号の位相を合わせてロックします。この機能はさまざまな応用が可能ですが、現在ではPLLは周波数合成で最も多く利用されており、周波数アップ/ダウンコンバータの局部発振器(LO)や、高速A/Dコンバータ(ADC)またはD/Aコンバータ(DAC)のクロックとしてよく使用されています。

比較的最近まで、こうした回路の位相の挙動についてはほとんど関心がもたれていませんでした。しかし近年では、効率、帯域幅、性能への要求が高まる中、RFエンジニアは新しい技法を考案して、スペクトル効率と電力効率を向上させることが求められています。信号の位相の再現性、予測可能性、調整対応力は、いずれも最新の通信・計測アプリケーションでその重要性がますます増しています。

すべては相対的

位相測定は、別の信号や基準位相と比較するものでない限り、意味をもちません。たとえばベクトル・ネットワーク・アナライザ(VNA)の位相測定では、アンプのような2ポート回路網の出力位相を入力位相と比較します(ANG(S21))。シングル・ポートの位相測定の場合、反射位相を入射位相と比較します(ANG(S11))。PLLシンセサイザにおいては、入力リファレンス信号の位相を基準として位相比較されるか、またはある信号と別の信号の間の位相を比較します。位相測定としての究極の目標つまり理想状態は、元の位相と比較して、正確な求めるべき値を得ることです。しかし、非線形性、非理想特性、温度変化、基板パターン、その他の製造上の差異が存在するため、位相は、信号発生において変動しやすいものであることがわかります。

この資料では、「同相」という用語は、信号が正確に同じ振幅およびタイミング特性を持つことを意味し、「確定位相」とは、それらの信号間の位相オフセットが既知で予測可能なことを意味します。

位相測定用オシロスコープ

高速オシロスコープは、異なる2周波数の位相を比較するうえで、出力位相と基準位相とを比較するために比較的直観的な方法です。比較結果を明確に観測できるようにするには、一般的に入力位相と出力位相が互いの整数倍の周波数関係である必要があります。これは、多くのクロック回路で比較的一般的な条件です。インテジャー N 型PLL の場合、入力周波数(REFIN)と出力周波数(RFOUT)との関係は、通常確定的で再現性があります。単純に REFIN と RFOUT の両方にスコープのプローブを接続しますが、注意点として、位相変動が収束していると確信できる場合にのみ信号を観測します。

RTO1044などの高性能オシロスコープでは、特定の条件を満足した場合のみでのイベント・トリガがかけられます(たとえば特定のデジタル・パターンがPLLデバイスに書き込まれ、その信号の立上がりエッジが検出されたなど)。デジタル・パターンの書込みから、信号が安定するまでの間に遅延が存在する可能性を考慮すると、2つのイベント間に遅延を挿入することが重要です。この機能は測定器のうち特定の機種で可能です。

図1の測定は、既知のリファレンス信号に対する ADF4356 PLLの位相遅延が、電源投入時に一定かつ再現性があることを確認することが目的です。この場合のリファレンス信号は、同じ出力周波数にプログラムされた、別の ADF4356 からのものです。測定を正しく設定するために、2本の低速プローブを ADF4356 SPI インターフェースの CLK および DATA ラインに接続します。特定の周波数を書き込むデジタル・パターンが検出され、1秒の待ち時間の後に、両方のPLLが出力する時間波形の測定を装置が開始します。

図 1. インテジャー N のセットアップ

この測定では、2つの ADF4356 の PLL での VCO 周波数を4 GHzにロックさせ、8 MHzから500 MHzの範囲に分周しました。片方は、ソフトウェア・パワーダウン機能を使用して、電源のオフとオンを繰り返しました。オシロスコープは無限残光モードに設定し、119回アクイジションさせたところ、2つのPLL間の位相差は一定で再現性がありました。位相差に再現性があることを確認するためには、さまざまな注意が必要です。R 分周器は小さい値のほうが大きな値よりも不確実性が小さく、また VCO 出力を分周した信号を N カウンタ入力に戻すことが不可欠です。ADF4356 PLLのVCOには1024個の異なるVCOバンドが用意されているため、手動補正による上書き手順を使用して、その不確定性を排除することが重要です。

位相再同期の定義

位相再同期は、フラクショナル N 型 PLL において、目的の周波数ごとで同じ位相オフセットに戻せる性能として定義されます。つまり、位相が P1 である周波数 A を観測しながらチャンネルを周波数 B に変更し、再度もとの周波数にプログラムすると、元と同じ位相 P1 が観測されるというものです。この定義では、VCO ドリフト、リーク電流、温度変化などによる変化は無視しています。

再同期では、フラクショナル N 型 PLL のΣΔ変調器にリセット・パルスを与えます。その結果、ΣΔ変調器は再現可能な既知の状態になります。VCOバンド選択やループ・フィルタのセトリング・タイムなどの周波数収束が完了してから、このリセット・パルスを与える必要があります。この値はレジスタ 12 のタイムアウト・カウンタで設定します。

最近の PLL には、このリセット・パルスのタイミングを調整する機能があり、出力信号の位相をある程度調整できます。さらにこのタイミングを 360°/ 225のステップで可変できるものもあります。これは多くの測定器で簡単に測定できないレベルのものです。

図 2. 実行中のフラクショナル N 再同期。4694 MHz から 4002.5 MHz の範囲にプログラミング。

この実験では、両方の ADF4356 の VCO を 4002.5 MHz にプログラムし、 8 分周しています。2 つめの PLL では、 VCO 周波数を 4694 MHz にプログラムしてから、4002.5 MHzに戻しています。オシロスコープを使用してPLLの動作を確認すると、周波数を 1700回変更した後でも、毎回 PLL が同じ位相に落ち着いていることがわかります。

位相オフセット機能を異なる条件下で評価するために、位相ワードを4194304/225にプログラムしました。これは90°に相当します。90°、180°、270°および 0° について同様にプログラムし、オシロスコープの画面をそれぞれ確認しました(図3)。

図 3. さまざまなオフセットによる位相再同期

オリジナルの信号(チャンネル 1 側)と比較すると、等間隔に 4 つの波形が観察され、プログラマブル・オフセットによる位相再同期の精度を確認できます。

この機能は非常に有用で、各設定周波数に対する位相値のルックアップ・テーブルを作成でき、また周波数設定するたびに位相値を調整できることを意味します。4つの LO周波数を同相で合成するアプリケーションでは、位相再同期機能とオフセット機能を使用して、出力位相を調整し合成することで 6 dBの位相ノイズ低減が可能です。チューナブル LO として使用する場合(シグナル・アナライザの初段でよく使われるもの)には、位相再同期機能とオフセット機能を使用し、電源投入時に 1 度だけキャリブレーションを実行すれば、各 LO を正確な位相値に合わせられます。 LO として使用する場合には、必要に応じてそれぞれの LO 周波数で位相値をプログラムでき、周波数ごとでの校正が不要になります。

図 4. 位相が重要なPLLアプリケーション。出力位相の正確な制御が必要

ネットワーク・アナライザなど位相特性が重要なアプリケーションでは、 LO が対象の周波数範囲全体で掃引されます。回路は電源投入後すぐに各周波数の位相値を測定できますし、必要に応じてそれらの値をプログラムできます。

位相測定、ベクトル信号、ネットワーク・アナライザ

ベクトル信号ネットワーク・アナライザも位相特性評価に利用できます。ただし、その用途は、デバイスの位相をその初期値と比較することに限定されます。 FSWP などの高性能アナライザでは、 FM 復調モードに設定して位相出力を得ることができます。

これは ADF4356 PLL に内蔵されている位相再同期機能の評価にとても役立ちます。下図(図5)の波形は、出力周波数 5025 MHzで ADF4356 の位相を 180°変化したようすを示しています。

図 5. 位相オフセット 180°における FSUP FM 復調器の位相出力

位相調整

位相調整機能を使用すると、ΣΔ変調器のリセットが不要になり、元々の位相から 0°~360°間の位相ワード値で簡単にオフセットできます。これは位相リセットが望ましくないアプリケーションで役立ちます。これを使用すると、位相ワードをダイナミックに調整することで、温度などの影響で生じた既知の位相差異を補償できます。

位相調整は、R0 が更新されるたびに既存の信号に位相値が足し合わされます(レジスタ 3 にプログラムされた値を使用)。これには位相再同期にあったリセット・パルスは含まれていません。以下の FSWP による測定結果は、元の信号への 90°(図 6)および 270°(図 7)の位相値足し合わせを示しています。どちらの場合も、位相を変更する前に ADF4356 の出力周波数を 5025 MHzに設定しています。

図 6.  90° の位相オフセット

図 7.  270° の位相オフセット

温度変化に対する動作

インダクタの物理的パラメータは温度に応じて変化するため、電気的特性も同様に変化し、それが位相変化として現れます。この位相変化を軽減し、同位相を維持するために、必要な位相オフセットをプログラムできます。 2 つの ADF4356 PLL の出力周波数を 4 GHz にプログラムし、両機器を同一の恒温槽内に配置し、互いの位相が近くなるようトラッッキングさせました(図2)。これで位相の温度依存性を調整できることを証明できます。

図 8. 温度による ADF4356 の位相ドリフト。VCO周波数4 GHzで測定

5G

ビームフォーミングは 5Gネットワーク・アーキテクチャの鍵となる技術です。5Gネットワークでは、エレメントごとに位相と振幅が異なる複数のアレイ・アンテナ・エレメントを使用し、アンテナのエネルギーを端末ユーザに直接ビームを向けて放射します。このアプリケーションでは、位相の再現性が非常に重要です。ビームフォーミングには再現性の高いLO位相が必要であり、位相が不確定である場合は、ビームフォーミング回路による追加校正が必要になります。

図 9 は1/4波長間隔で並べた2つの半波長エレメントを同相で駆動したようすを示しています。アンテナの放射パターンはほぼ全方位性であり、ビームは形成されていません。図 10 は信号位相が 90°ずれた 2 つのエレメントを示しています。結果として生じた放射パターンで、その放射パターンの指向性の向上がわかります。アレイ・エレメント数を増やすことで、端末ユーザに向けた放射ビーム・パターンの指向性精度が向上し、結果としてスペクトル使用効率が高まります。

図 9. ビームフォーミングなし

図 10. ビームフォーミングあり

位相再同期機能により、LO の位相特性における不確定性が確実に除去されます。また、この位相の調整機能により、ビーム形成器やベースバンド回路では調整が難しい、回路内の他の位相遅延を別の方法で克服できるようになります。

まとめ

位相再同期により、ADF4356や同様のPLL製品の位相を既知にできます。これは数多くのアプリケーションに対応でき、大幅に補正ルーチンを簡略化できます。

著者について

Ian Collins
Ian Collinsは、コーク大学(University Cork)を電気電子工学の学士号で卒業し、2000年からアナログ・デバイセズの RF&Microwave グループで働いています。現在は、Microwave Frequency generationグループのアプリケーション・マネージャであり、PLLおよび電圧制御発振器(VCO)製品を主に担当しております。 職場以外で家族と過ごしていない時は、写真と演劇、読書、音楽鑑賞を楽しんでい...

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