概要

機能と利点

  • 高精度 D/Aコンバータ
  • オートゼロ・オペアンプで16ビットDAコンバータのデジタル・スイッチング・ノイズを低減

回路機能とその特長

この回路は、電圧出力DAC AD5542 を、電圧リファレンス ADR421BRZ 、リファレンス・バッファとしてオートゼロ・オペアンプ AD8628 と組み合わせ、高精度のデータ変換を行います。リファレンス・バッファAD8628は、これまで高価なオートゼロ・アンプまたはチョッパ安定化アンプでなければ実現できなかった利点を提供します。このゼロ・ドリフト・アンプは、アナログ・デバイセズの回路トポロジーを使って高精度と低ノイズに加え、低価格も実現します。外付けコンデンサが不要であり、大部分のチョッパ安定化アンプに伴うデジタル・スイッチング・ノイズが大幅に低減されるので、リファレンス・バッファに最適なデバイスです。

この回路は、高精度で低消費電力の電圧出力D/A変換を行います。AD5542はバッファ・モードと非バッファ・モードのどちらでも動作することができます。アプリケーションの種類や、セトリング・タイムや入力インピーダンス、ノイズ等といった要求される仕様により、最適な動作モードが決まります。出力バッファ・アンプは、DC精度を高くするかまたはセトリング・タイムを短くするように選択することができます。DACが60kΩ未満の負荷を駆動する必要がある場合、出力バッファが必要になります。DACの出力インピーダンスは一定でコードに依存しませんが、ゲイン誤差を最小限に抑えるために、出力アンプの入力インピーダンスをできるだけ大きくする必要があります。また、出力アンプには1MHz以上の3dB帯域幅が必要です。出力アンプによりシステムに新たな時定数が加わるため、最終的な出力のセトリング・タイムが増加します。

アンプの3dB帯域幅が大きいと、DACとアンプを組み合わせた実効セトリング・タイムが短くなります。回路内の全てのデバイスは+5V単電源で動作することができます。リファレンスADR421の入力電圧範囲は4.5V~18Vです。

図1. 高精度DACの構成(簡略回路図)

 

回路説明

この回路は、電圧出力DAC AD5542を使って16ビット精度の性能を実現します。AD5541/AD5542のDACアーキテクチャはセグメント化されたR-2R電圧モードDACです。このタイプの構成の場合、出力インピーダンスはデジタル・コードに依存しませんが、リファレンスから見た入力インピーダンスはコードに大きく依存します。したがって、コードに依存するリファレンス電流を考慮するためにリファレンス・バッファの選択は非常に重要です。DACのリファレンスのバッファが十分でない場合に直線性誤差を生じる可能性があります。オペアンプのオフセット電圧、オフセット誤差の温度係数、およびノイズが、高精度電圧出力DAC向けのリファレンス・バッファを選択する際の重要な判断基準になります。リファレンス回路のオフセット誤差はDAC出力にゲイン誤差を生じます。この回路は、ゼロ・ドリフト、単電源、レールtoレール入出力オペアンプAD8628を採用しています。オフセット電圧が1μV、ドリフトが0.005μV/℃未満、ノイズが0.5μVp-p(0.1Hz~10Hz)のAD8628は、誤差源を最小にしなくてはいけないアプリケーションに適しています。出力電圧は次式で表されるようにリファレンス電圧に依存します。

CN0079_formula1

ここで、D はDACレジスタにロードされる10進値のデータ・ワードで、N はDACの分解能です。
リファレンスが2.5Vの場合、上の式は次のように簡素化されます。

CN0079_formula2

この式から、ミッドスケール・コードで1.25V、フルスケール・コードで2.5VのVOUTが得られます。

LSBのサイズは2.5V/65,536、つまり38.1μVです。

内部スイッチング動作により相互変調成分と不要な高調波がフィルタを通して出力に現れるため、一般にオートゼロ・アンプは信頼できないと誤解されています。これまでのオートゼロ・アンプはオートゼロ調整またはチョッパ安定化技術を用いていました。従来型のオートゼロ調整では、オートゼロ周波数でノイズ・エネルギーが小さくなりますが、その代償として、広帯域ノイズがオートゼロ化された周波数帯域に折り返されるために低周波数ノイズが大きくなります。チョッピングでは低周波数ノイズは小さくなりますが、チョッピング周波数でノイズ・エネルギーが大きくなるという代償が伴います。AD8628ファミリーでは、特許取得済みの「ピンポン」手法の中でオートゼロ調整とチョッピングの両方を使用し、低周波数ノイズを小さくすると同時にチョッピング周波数とオートゼロ周波数でのエネルギーも小さくします。これにより、多くのアプリケーションでフィルタの追加なしにS/N比を最大化します。15kHzの比較的高いチョッピング周波数を採用することにより、フィルタ条件を簡素化し、計装やプロセス制御のアプリケーションで有用な、広いノイズ・フリー帯域幅を実現しています。

以下に示す測定結果を見ると、高精度、高性能システムでAD8628をリファレンス・バッファとして使用することにより、出力に伝わる高周波相互変調歪みを最小限に抑えた高精度、低ノイズ性能を実現できることが分かります。

積分非直線性(INL)誤差は、DACの理想的な伝達関数からの実際の伝達関数のLSB単位の偏差を示します。DNL誤差は、実際のステップ・サイズと1LSBの理想値との差を示します。図1の回路は、INL誤差とDNL誤差がともに±1LSBの16ビット分解能を備えています。この回路のINL性能を図2に、DNL性能を図3に示します。 

図2. 入力コード対 積分非直線性誤差

 

図3. 入力コード対 微分非直線性誤差

 

オフセット誤差とゲイン誤差の実測値はそれぞれ10μVと170μVです。±5LSBのゲイン誤差と±1LSBのゼロコード誤差は、周囲温度での38μVの規定値以内です。(リファレンスが2.5Vの場合)

回路の0.1Hz~10Hzのノイズ・プロットを図4に示します。DAC出力VOUTを、後段でゲイン10,000のアンプと帯域幅が0.1Hz~10Hzのフィルタの入力に接続しました。図のオシロスコープ波形では電圧ノイズが捉えられています。57mVの非常に小さいピークtoピーク電圧が観測されます(DAC出力では5.7μV)。

図4. 0.1Hz~10Hzの出力ノイズ・プロット、DACにロードされるフルスケール・コード(1/f ノイズ = 57mV/10,000 = 5.7μV)

 

スペクトル・アナライザを使って100Hz~100kHzの範囲を掃引したDAC出力を図5に示します。目立った相互変調歪み成分は観測されていないので、AD8628のようなオートゼロ・アンプをリファレンス・バッファとして使用するのが最適なことが示されています。

図5. DACの出力スペクトル密度のプロット(フルスケールを基準にしたdB値)

 

精度が重視される回路では、ボード上の電源とグラウンド・リターンのレイアウトを注意深く行うことが有効です。この回路を実装するプリント回路ボード(PCB)では、アナログ部とデジタル部を分離する必要があります。他のデバイスでAGNDとDGNDの接続を必要とするようなシステムに、この回路が使用される場合、AGNDとDGNDの接続は1点のみで行う必要があります。また、グラウンド・ポイントはAD5542のできるだけ近くに配置する必要があります。AD5542の電源は、10μFと0.1μFのコンデンサでバイパスする必要があります。コンデンサは、物理的にデバイスのできるだけ近くに配置し、0.1μFのコンデンサは理想的にはデバイスの真上に配置します。10μFのコンデンサはタンタルのビード型を使用します。0.1μFのコンデンサは、通常のセラミック型コンデンサのように、実効直列抵抗(ESR)が小さく、かつ実効直列インダクタンス(ESL)が小さいことが重要です。この0.1μFのコンデンサは、内部ロジックのスイッチングにより発生する過渡電流に起因する高周波数に対して、グラウンドへの低インピーダンス経路を提供します。電源ラインはできるだけ太いパターンにしてインピーダンスを小さくし、電源ライン上のグリッチによる影響を軽減させるようにします。クロックとその他の高速スイッチング・デジタル信号は、デジタル・グラウンドを使ってボード上の他の部分からシールドする必要があります。

この回路は、大きな面積のグランド・プレーンを持った多層PCB上に構築する必要があります。適正な性能を達成するためには正しいレイアウト、グラウンディング、デカップリング技術が必要です。 チュートリアルMT-031「Grounding Data Converters and Solving the Mystery of "AGND" and "DGND"  とチュートリアルMT-101「Decoupling Techniques」, を参照してください。

バリエーション回路

AD8538 は、この回路のリファレンスのバッファリングに使用するのに適したオートゼロ・オペアンプのもう1つの候補です。このデバイスは低オフセット電圧と、超低バイアス電流を兼ね備えています。2.5V出力のADR421は、ADR421と同じリファレンス・ファミリーの低ノイズ・リファレンスで、それぞれ3Vと4.096Vを提供するADR423ADR434に置き換えることができます。超低ノイズ・リファレンスのADR441ADR431も2.5Vを提供する代替デバイスに適しています。リファレンス入力電圧の大きさは、選択されたオペアンプのレールtoレール出力電圧能力によって制限されることに注意してください。

出力バッファの性能はシステムの帯域幅とアプリケーションの要求に応じて、速度またはDC精度に対して最適化されうるものなので、この回路には出力バッファはありません。出力バッファとしてはAD5661が優れています。これは5V~16Vの単電源アンプで、アナログ・デバイセズの特許取得済みDigiTrim™技術を使って低いオフセット電圧を生成します。このデバイスは小さな入力バイアス電流と広い信号帯域幅を特長とします。また、 AD8605AD8655も適したデバイスです。