MAX2009/MAX2010 RFプリディストータ性能の最適化調整

要約

WCDMAのような線形変調方式では、より高速なデータレートおよびキャリアごとのマルチワイヤレス接続が可能になりますが、キャリア信号の高いピーク対平均電力比の原因となります。その結果、今日ではアンプは隣接チャネル漏洩の制限を満たすために大きくバックオフしなければならなくなっています。PA (パワーアンプ)のバックオフが大きくなるほどPAの効率は低下するため、最大効率を最小IM (混変調)と組み合わせるために線形化技術が適用されます。このアプリケーションノートでは、MAX2009/MAX2010アナログプリディストータを調整しながらICの性能を最適化するためのさまざまな技術を詳しく説明します。

はじめに

WCDMAのようなリニア変調方式では、高速データレートおよびキャリアごとのマルチワイヤレス接続が可能になりますが、キャリア信号の高いピーク対平均電力比の原因にもなります。PA (パワーアンプ)を飽和動作で駆動することができる一定包絡線変調方式とは異なり、このアンプは隣接チャネル漏洩の制限を満たすために大きくバックオフする必要があります。PAのバックオフが大きいほどPAの効率が低下するため、最大効率を最小IM (混変調)と組み合わせるために線形化技術が適用されます。

フィードフォワード(FFW)およびディジタルプリディストーション(DPD)などの良く知られた線形化技術は、高価でしかも相当のスペースが必要です。したがって、わずかな部品で動作し処理が容易な手法が必要となります。

MAX2009/MAX2010アナログRFプリディストータは、FFWまたはDPDに比べ、外付け部品をほとんど必要とせず、調整が容易で、相当量の線形化が可能です。

MAX2009/MAX2010は、RF周波数におけるAM-AM (利得圧縮)およびAM-PM (位相圧縮)曲線の補正により、IM3およびACPRの性能を向上させます。内部的には、このチップは信号電力を測定し、位相および利得のプリディストーションを電流信号の振幅関数として歪ませます。AM-AMおよびAM-PM補正はメモリ効果の無い回路に依存していますが、AB級アンプは尚、Maxim®部品によって作りだされる負の歪みを利用することによって、性能を大幅に改善することができます。

すべての線形化技術と同様に、PA前段の(EVM制限を超えずに)信号のピーク対平均電力比を低減する優れた信号クリッピングアルゴリズムはアナログプリディストーションに有効です。MAX2009/MAX2010を適切な信号クリッピングとともに使用することは優れた組合せです。

一般的なプリディストータ理論

正弦波RF入力信号が与えられると、RF周波数におけるアンプの圧縮歪みは通常、図1のようになります。プリディストータは、入力信号を歪ませて、アンプによって追加される歪みを打ち消します。結果として、最終的な線形伝達関数が得られます。

図1. 振幅歪みの伝達関数

図1. 振幅歪みの伝達関数

位相歪みも、ほぼ同じ方法で動作します。大部分のアンプは、振幅が大きいほど入力信号の遅延が大きくなる傾向があります。これは、振幅が大きくなるほど出力信号の位相が低減することを意味します。プリディストータの位相セクションは、振幅の関数として遅延を小さくすることによって、この反対を実行します。その結果として、最終的な一定遅延の伝達関数が得られます。

図2. 位相歪みの伝達関数

図2. 位相歪みの伝達関数

前の各図は、VIN/VOUTの瞬時特性を示しました。RFアンプの場合これを得るのは不可能ではないとしても困難です。メモリ効果のないシステムが与えられた場合、AM-AMおよびAM-PMのプロットを単純にプロットすることによって、アンプの非線形動作を完全に特性化することができます。図3にAM-AMおよびAM-PMのプロット例が示されています。入力信号は単一の周波数です。x軸は入力電力です。AM-AMおよびAM-PMのプロットはそれぞれ、利得の振幅および位相を示します。位相圧縮は振幅圧縮が発生する前に始まることに注意してください。正しいアナログプリディストーション手法を選択するにはこれが重要となります。

図3. AM-AMおよびAM-PMのプロット

図3. AM-AMおよびAM-PMのプロット

実際に実現可能なアンプはすべて、ある量の非線形性を示しており、テイラー展開で表現される非線形伝達関数によって記述することができます。

VOUT = K0 + K1VIN + K2VIN2 + K3VIN3 + ... + KNVINN

偶数項による高調波は、基本波から遠く離れているために無視できます。また、高次になるほど積の振幅が小さくなります。そのためほとんどの場合、実際的な非線形アンプは、3次または5次積のみを使用して十分な精度まで記述することができます。必要な線形化の量に応じて、一部の場合では、より高次の積が重要になる可能性があります。K3、K5...と高くなるほど、アンプはもっと非線形になります。その結果、AM-AMおよびAM-PM曲線は理想的な直線からますます外れます。あらゆる種類のアンプのプリディストーションの目標は、システムのAM-AMおよびAM-PMの動作を可能な限り改善することであり、その結果として望ましくない混変調積を最小限にすることです。

アンプをプリディストーション用に準備する方法

MAX2009/MAX2010の一般的機能は、位相および利得を伸長して、アンプの位相圧縮および利得圧縮を補償することです。この処理は線形写像に対応しており、電力トランジスタの圧縮曲線の各点に位相および利得補正の単一の値が与えられます。実際には、アンプはある程度メモリ効果の影響を受けます。あらゆる半導体部品と同様に、電力トランジスタの特性は温度によって異なります。パワーアンプの限られた効率のため、大部分の電力は熱に変換されます。これは、いくつかの異なる時定数により行われます。アンプ全体の発熱には数分かかる可能性があります。トランジスタパッケージの発熱には数秒かかる可能性がありますが、LDMOSのチャネルの発熱の時定数はマイクロ秒の範囲です1。したがって、WCDMAなどの様に、信号の包絡線電力が高速で変化する場合、アクティブチャネルの温度は一定に維持されず、変調によって変化します。これがメモリ効果の原因になります。単純に言い換えると、アンプは、ピークから下がる方向に駆動されるときにチャネル温度が高くなるため、圧縮曲線を上がるときと下がるときでは異なる動作をします。CDMA信号では、これは、複数の後続のデータチップに影響を与える可能性があります。すなわち、相当量のEVMおよび混変調積となることを意味します。

メモリ効果の管理

メモリ効果は異なる方法で示すことができます(図4)。最も簡単な方法は、平均電力が低く2つの連続する高いピークが同じピーク電力を持つように調整されたCDMA符号を使用する方法です。アンプの復調出力信号が各ピークで異なる振幅を示す場合、これはメモリ効果を示します。

図4. メモリ効果

図4. メモリ効果

アンプのメモリ効果を識別するためのより一般的な方法は、出力スペクトラムを測定する方法です。等しくないIM側波帯は、アンプのメモリ効果を示します(図5)。

図5. メモリ効果を示すアンプ出力スペクトラム

図5. メモリ効果を示すアンプ出力スペクトラム

メモリレスアナログプリディストータは、歪みのメモリ効果の無い部分のみを改善することができます。したがって、アンプはメモリ効果が最小になるように最適化される必要があります。

メモリ効果には複数の発生源が存在し、それらのすべてに回路設計者が影響を与えることができるわけではありません。LDMOSチャネルの発熱の最小化に設計者が実行可能なことはあまり多くありませんが、すべてのドライバを含むアクティブデバイスの適切な冷却は有効です。

メモリ効果のその他の発生源は適切な回路設計によって軽減することができます。キャリア変調に起因する電源電圧の変動を回避するために、変調帯域幅の周波数範囲における電源の良好なブロッキングが必要です。

最大利得に最適化される場合、入力バイアスマッチングは通常、ハイインピーダンスに最適化されますが、これは非線形ゲート容量に最大の影響を与えます。このマッチングを少しデチューンした場合、アンプ利得は数分の1dBだけ小さくなります。しかし、これによってメモリ効果を大幅に低減することができます。経験2では、アンプが信号帯域幅よりも非常に広い周波数範囲において平坦な伝達特性に最適化された場合メモリ効果を低減することができることが示されています。市販のPAテスト基板を使用してMAX2009を試験する場合、基板のバイアス回路を変更することは難しい場合があります。この場合、最適化された周波数とは異なる周波数で基板を動作させることは有用です。あるいは、アンプの帯域幅内の異なる周波数を試します。IMの側波帯が周波数によって異なるようであれば、不適切な回路設計によって引き起こされたメモリ効果が存在します。可能なIM改善の量が周波数によって異なる場合、マッチングは最適でなく、さらに改善する余地があります。

最後に、最終アンプ段を駆動するドライバ段の出力インピーダンスは独自の影響を持っています。市販のドライバアンプのEV (評価)基板を使用する場合、この基板はおそらく50Ω負荷で測定された場合の高利得および高効率に最適化されています。基板の出力インピーダンスは、希望する周波数における「実際」の50Ωから多少異なる可能性があります。したがって、ネットワークアナライザを使用してドライバの出力インピーダンスを測定し、シャントコンデンサまたはインダクタを追加することによって、出力リアクタンスを最小化するよう試みることは無駄ではありません。場合によっては、これによりプリディストータのIM改善の可能な量を高められます。この方法は、やや経験的な方法であることは認めざるを得ません。しかしながら、ほとんどの場合、現実の条件下でのネットワークアナライザによる測定を行なうには、必要な入力電力が高すぎるために、後続の最終アンプ段の入力インピーダンスを正しく決定することはできません。

AB級アンプのプリディストーション

WCDMAなどの非定包絡線変調方式によるほとんどの現行アプリケーションでは、A級より非常に高い効率と妥当な線形性を併せ持つAB級アンプが使用されます。

図6、7、および8は、LDMOSドライバアンプによるAB級LDMOS PAの出力スペクトラムの例を示します。MAX2009によるアナログプリディストーションはACPRおよびIM3を低減します。

図6. POUT = 19Wにおける出力スペクトラム(Motorola® MW41C2230およびMRF21085)

図6. POUT = 19Wにおける出力スペクトラム(Motorola® MW41C2230およびMRF21085)

測定条件(測定セットアップは図9に表示)
3.84Mcpsの2キャリアWCDMA信号(3GPP)
PB_IN* = 1.46V
PF_S1/2* = 4.1V
PD_CS1* = 5V
PD_CS2* = 0V

*各種制御電圧の説明については、MAX2009/MAX2010のデータシートを参照してください。

図7. POUT = 38Wにおける出力スペクトラム(Motorola MW41C2230およびMRF5P21180)

図7. POUT = 38Wにおける出力スペクトラム(Motorola MW41C2230およびMRF5P21180)

測定条件(測定セットアップは図9に表示)
3.84Mcpsの2キャリアWCDMA信号(3GPP)
PB_IN = 1.52V
PF_S1/2 = 4.9V
PD_CS1 = 0V
PD_CS2 = 0V

図8. POUT = 19Wにおける単一キャリアの出力スペクトラム(Motorola 21085)

図8. POUT = 19Wにおける単一キャリアの出力スペクトラム(Motorola 21085)

測定条件(測定セットアップは図9に表示)
3.84Mcpsの単一キャリアWCDMA信号(3GPP)
PB_IN = 1.6V
PF_S1/2 = 5.0V
PD_CS1 = 5V
PD_CS2 = 0V

図9はこれらの実験で使用される標準測定セットアップを示します。

図9. 標準測定セットアップ。PB_INを5Vに設定することにより、MAX2009の歪みは最小化され、ACPR値はMAX2009の歪みを含まないことに注意してください。

図9. 標準測定セットアップ。PB_INを5Vに設定することにより、MAX2009の歪みは最小化され、ACPR値はMAX2009の歪みを含まないことに注意してください。

MAX2009/MAX2010の適切な調整方法

ここで説明されるMAX2009/MAX2010の調整方法は、実現可能な方法であり、また非常に高速であることが実証されており最適な結果が得られます。

ステップ1:プリディストータをお客様のラインアップに挿入します。10dBのピーク対平均電力信号に対し、位相セクションへの平均入力電力が8dBm~12dBmの間になるようにします。位相セクションのみを接続します。PB_IN = 5Vを設定し、位相の伸長を実質的に無くします。PAから正しい出力電力が得られように、プリディストータの後段で利得の調整を行ないます。

ステップ2:メインPAに入力するACPRを測定します。この値は、プリディストーションで達成しようとする目標値のACPRより少なくとも3dB以上優れた値である必要があります。

ステップ3:公称スロープ設定(PD_CS1 = 0V、PD_CS2 = 5V、PF_S1 = 5V)の場合、PB_INを徐々に下げて調整します。スペクトラムアナライザを高速な掃引および低い平均回数(アベレージング = 4)に設定します。PB_INを下げると、プリディストータで生成される歪みが大きくなります。PB_INを最適な性能に調整します。性能の改善が見られない場合、性能が低下し始める点のPB_INのままにします。

性能が低下または向上するPB_IN値が存在しない場合、プリディストータへの平均入力電力が低すぎます。プリディストータは十分高い歪みレベルを生成することができません。PB_IN = 5VでACPRの低下が得られる場合、プリディストータへの平均入力電力が高すぎます。

ステップ4:PF_S1およびPB_INを最適性能に微調整します。PF_S1は、バラクタダイオードをバイアスして、5Vを上回ることができます。上側波帯と下側波帯の両方で同等なIM3/ACPRの性能が得られるように、制御を調整します。

PF_S1 > 5Vで最適性能が得られる場合、PD_CS2を0Vに変更します。これによって、最適なPF_S1電圧が5V以内になるはずです。

PF_S1 < 0.5Vで最適性能が得られる場合、PD_CS1を5Vに変更します。これによって、最適なPF_S1電圧が0.5Vより大きくなるはずです。RF信号がバラクタダイオードをオンにすることができるため、低いPF_S1電圧を持つことは望ましくありません。これは、性能を大幅に低下させます。

ステップ5:さらに性能および効率を改善するには、PAのDCバイアス電圧を調整します。バイアス電圧を変更すると、下/上側波帯の電力差および位相差が変化する傾向があります。これは、最適な性能を得るために非常に重要なステップです。

ステップ6:これ以上改善が達成されなくなるまで、ステップ4および5を繰り返します。

位相セクションは、入力電力に依存するいくらかの寄生利得の伸長を示します。この寄生動作は有益である可能性があり、ある程度付加的な改善が可能です。初期構成に最適な調整が見つかったら、異なる平均入力電力で実験して、さらに良い改善が達成可能かどうかを調べることは無駄ではありません。ただし、平均入力電力の変更がすべてのプリドライバによって生成されるACPR/IM3を悪下させないことを確認するよう注意してください。

アンプの自己発熱によって性能が変わります。必ず、アンプはその温度が安定化した時点で調整してください。

改善が得られない場合やプリディストーションの結果をチェックしたい場合には、アンプの圧縮動作を測定する必要があります。ネットワークアナライザは、2つの連続測定ポイント間の利得掃引時間が長すぎるため、これを使用して行うことはできません。そのような低速の測定では、アンプは新しい電力レベルに適応する十分な時間を持ってしまいます。実際には、電力レベルは変調包絡線によって高速で変化します。現実の動作条件下のアンプの特性を求めるためには、希望する変調方式に類似したピーク対平均電力比と帯域幅を持つ刺激信号を使用して歪みを測定する必要があります。Rohde & Schwarz3から入手可能なAMPTUNEと呼ばれるソフトウェアパッケージでは、現実の動作条件下のPAの圧縮測定が可能です。

図10は、MAX2009プリディストータを使用したプリディストーションの前後の38Wの出力電力レベルにおける180W LDMOSトランジスタのAM-PM動作を示します。この場合、アプリケーションはWCDMAであったため、10dBのピーク対平均電力比を持つ5MHz幅のノイズ信号が刺激として使用されました。

図10. AMPTUNEソフトウェア³を使用した位相圧縮測定

図10. AMPTUNEソフトウェア3を使用した位相圧縮測定

このソフトウェアプログラムでは、圧縮曲線、およびアンプの線形化に必要となる計算された伸長が表示されることに注意してください。

MAX2009/MAX2010を使用したその他の例

MAX2009/MAX2010は、位相および利得を信号振幅の関数として伸長し、アンプの圧縮を補償します。これは必ずしも、システムの最終周波数で行われる必要はなく、IF段でも行うことができます。したがって、この手法は、MAX2009/MAX2010アプリケーションの範囲を0.1GHzのデバイスの周波数範囲から衛星通信など他分野の2.5GHzまで拡張できます(図11)。

図11. IF段におけるMAX2009/MAX2010によるプリディストーション

図11. IF段におけるMAX2009/MAX2010によるプリディストーション

参考資料

1 Cripps, Steve C.著、「Advanced Techniques in RF Power Amplifier Design」 (Artech House) 2002年

2 Vare, A.D.、Hopper, R.著、「Power Amplifier devices for UMTS」、Roke Manor Research,Ltd.、2002年 https://www.armms.org/media/uploads/1326129701.pdf をご覧ください。

3 www.rohde-schwarz.com/ をご覧ください。