AN-82: 電圧リファレンスの理解と応用
適切なリファレンスを選定し、それを正しく使いこなすのは、リファレンスが単に2端子または3端子のデバイスであることを考えると、最初にそう思われるほど容易ではありません。「高精度」という用語はリファレンスに関して頻繁に使われますが、相手によって異なることを意味するおそれがあるので、この用語を手軽に使うのは危険です。事態をさらに見えにくくするのは、あるアプリケーションでは扱いにくいデバイスに分類されるリファレンスが、別のアプリケーションでは万能のデバイスと見なされることです。このアプリケーションノートでは、リファレンスの「精度」の様々な側面を取り上げ、どんなリファレンスからでも最大の性能を引き出すヒントをいくつか解説します。
他の特殊なエレクトロニクスの分野と同様、モノリシック・リファレンスの分野には独自の用語があります。リファレンスに関する語彙の中の最初の用語として「精度」を既に学びました。これは、それによってリファレンスが等級をつけられ、比較される物指しです。あいにく、精度を計る少なくとも5つか6つの有効な単位があります。この主題をみんなが十分理解するのを妨げるかのように、業界の専門家達は「ユニット・ホッピング」と呼ばれる特殊な手口を使って、新米から年季を積んだベテランまで誰でも煙に巻きます。誰かが精度の数値に言及すると、専門家は即座に新しい単位にホップして、彼の論理展開についていけないようにします。図1は専門家のたくらみを無力にし、この図の所持者が彼等同様に難なく「ユニット・ホップ」できるようにします。このアプリケーションノートは図1を参照しながらお読みください。
図1.精度変換表
最近のICリファレンスのテクノロジーは2つの線に沿って分けられます。順方向ダイオード接合の温度係数をΔVBE(付録Bを参照)の温度係数とバランスさせるバンドギャップ・リファレンス、および表面下のブレークダウンを使って並外れた長期安定性と低ノイズを達成する埋め込みツェナー(付録Aを参照)です。ほとんど例外なしに、両方のリファレンス・タイプとも追加の内部回路を使ってさらに温度ドリフトを減らし、出力電圧を正確な値に微調整します。バンドギャップ・リファレンスは最大12ビットのシステムに一般に使われ、埋め込みツェナーはそれより高い精度のシステムで使われます。
回路およびシステムにおいて、精度が問題にされない場合だけ、モノリシック・リファレンスはディスクリートのツェナー・ダイオードや3端子電圧レギュレータと競合します。5%のツェナー・ダイオードや3%の電圧レギュレータはありふれています。これらは4ビットまたは5ビットの精度を表します。スペクトルの他端(実験室の標準電圧)でも、最良のモノリシック・リファレンスの性能を凌ぐのは飽和したウェストン電池やジョセフソンアレイだけであり、考えられる全ての回路やシステムのアプリケーションでモノリシック・リファレンスが一人舞台を演じています。
リファレンスの精度は多数の電気的仕様から成り立っています。これらは表1にまとめられています。回路設計者によって最も一般に規定されるのは初期精度です。これはパーセントまたはボルトで表される出力電圧誤差の程度です。初期精度は室温(25℃)で規定され、固定入力電圧およびゼロ負荷電流が使われます。シャント・リファレンスの場合は固定バイアス電流が使われます。
パラメータ | 説明 | よく使われる単位 |
初期精度 | 25℃での初期出力電圧 | V、% |
温度係数 | VMAX – VIN 全温度範囲 |
ppm/°C |
長期安定性 | 出力の変化と時間 1000時間以上にわたって測定 |
ppm√kh |
ノイズ | 0.1Hz~10Hz | μVP-P、ppmP-P |
10Hz~1kHz | μVRMS、ppmRMS |
較正が困難または不可能なシステムでは、厳密な初期精度が重要です。もっと一般的には、最終製品に対して最終調整がなされて、システムの全ての不正確さの総和が調和させられるので、絶対精度は二次的な重要性しかありません。最終調整は、システム内の全てのリファレンス、DAC、ADC、アンプおよびトランスジューサの厳密な初期精度の必要性を取り除いて、大きくコスト節減に影響します。
モノリシック・リファレンスの初期精度は0.02%~1%の範囲であり、6ビット~12ビットのシステムの1LSBの誤差を表します。ウェストン電池やジョセフソンアレイは、それぞれ1ppm~10ppmおよび0.02ppmの初期精度を達成します(0.02ppmは25ビットシステムで1LSBより小さい誤差です)。
リファレンスの出力電圧の温度による変化は、厳密な初期精度の仕様をたちまち曇らせてしまう可能性があります。そのため、リファレンスの熱係数(tempco)を最小化するために多大な努力が払われています。ほとんどのリファレンスは2ppm/℃~40ppm/℃の範囲で保証されており、少数のデバイスがこの範囲の外側にあります。適切に応用されたLTZ1000温度安定化リファレンスは0.05ppm/℃を実証することができます。
温度係数はppm/℃またはmV/℃を単位として動作温度範囲にわたる平均として規定されます。この平均は「ボックス」法と呼ばれる方法で計算されます。ボックス法による温度係数がどのように定義され、計算されるかを図2に示します。対象とするリファレンス(LT®1019バンドギャップ)は規定動作温度範囲にわたってテストされます。記録された最小および最大出力電圧が、示されている式に代入され、V/℃で表された平均温度係数が得られます。これはさらに処理されて、データシートで使われるppm/℃が求められます。温度係数は、特定のポイントで測定された増加勾配ではなく、動作範囲にわたる平均です。LT1021とLT1236の場合、25℃での増加勾配も保証されています。
図2.全温度範囲にわたる絶対出力精度をドリフトで表すボックス法
データシートに与えられている温度係数の数値を使って全動作温度範囲にわたる出力電圧の許容誤差を直接計算することができます。0℃~70℃で規定された、温度係数が10ppm/℃のデバイスは、初期値から最大700ppm(12ビットのシステムで約3カウント)ドリフトする可能性があります。温度係数誤差が700ppmの0.1%リファレンスは、全動作温度範囲にわたって0.17%の精度が保証されます。
このルールに対する2つの例外はLT1004とLT1034です。これらは単純に全動作温度範囲にわたって絶対出力電圧精度を保証します。LT1009とLT1029は「蝶ネクタイ」または「バタフライ」法と呼ばれる2つの組合せを使います(詳しい説明については、LT1009のデータシートを参照)。
バンドギャップも埋め込みツェナーも(それらの基本形としては)本来低ドリフトではありません。リファレンス・コアの温度係数を改善するため、特殊な内蔵回路が使われます。埋め込みツェナーは、P-N接合ダイオードの追加により、温度変化に対して1次補償されます。ツェナー自体は+2mV/℃、ダイオードは-2mV/℃です。これら2つを直列に組み合わせるとキャンセルし合って、合計7Vに対して約0.2mV/℃(約30ppm/℃)になります。興味深いことに、これは飽和ウェストン電池の温度係数(-40μV/℃、つまり-39ppm/℃)に非常に近い値です。ウェストン電池は温度管理されたバスに入れられています。モノリシック埋め込みツェナー・リファレンスは、フラクショナルVBEやΔVBEの項を注意深く出力に追加することにより、温度変化に対してさらに補償されます。バンドギャップと埋め込みツェナーの両方の製品に対して製造後トリミングが行われ、最終リファレンスの温度係数をさらに小さくします。
精度を下げる別の要因は長期安定性です。リファレンスの出力は(通常一方向に)経時変化します。影響は対数関数的です。つまり、出力の変化は時間の経過とともに減少します。長期安定性の単位(ppm/√kh(kh = 1000時間))は「出力変化と時間」の対数減少を反映しています。出力の長期変化は小さく、数ヶ月や数年にわたって生じるので、全てのリファレンスの真の安定性を保証する現実的製造時テストを考案することは不可能です。代わりに、このパラメータは、多数のユニットを25℃~30℃で1000時間以上恒温室でエージングすることによって特性評価します。絶対温度は重要ではありませんが、テストの間変化しないで保たれる必要があることに注意してください。高温加速寿命テストの長期安定性のデータを数学的に外挿すると、室温での値が楽観的すぎる誤ったものになります。
長期安定性が保証される場合、4週間のバーンインにより、その間に多数の出力電圧測定を行うことによってなされます。コストのかかるこの入念なプロシージャを使ってさえ、保証されるリミットは標準ドリフトの約3倍から4倍です。
製品が頻繁に較正を行うように設計されているか、または比較的性能が低くいものでない限り、長期安定性はリファレンスの性能の重要な側面になることがあります。長いサイクルで較正を行うように設計されている製品は、長期間介入なしに精度を維持する必要があります。これらの製品は十分な長期安定性を備えたリファレンスを要求します。埋め込みツェナーは20ppm/√khより良いと期待することができ、バンドギャップは20ppm~50ppm/√khであると期待できます。このドリフトの幾分かはリファレンスのコアの周辺のトリミングおよび補償回路のせいです。LTZ1000はトリミングと補償の負担を省いて、内蔵ヒーターを優先させています。残りのツェナー/pn接合ダイオードのコアは動作開始後最初の1年で0.5ppm/√khドリフトし、ウェストン電池の安定性に近づきます。
LTCのリファレンスのデータシートに示されている長期安定性の数値のほとんどは、メタルキャン・パッケージのデバイスのもので、この場合、アセンブリとパッケージの応力は最小に抑えられています。プラスチック・パッケージの同じリファレンスの場合、いくらか性能が低下することを予測できます。
精度に影響を与える最後の要因の1つは出力電圧の短期間の変動、むしろノイズとして知られているものです。リファレンスのノイズは一般に2つの周波数範囲で特性が評価されます。短期の0.1Hz~10Hz(ピーク・トゥ・ピーク・ドリフト)および合計「広帯域」RMSノイズの10Hz~1kHzです。ノイズ電圧は通常出力電圧に比例するので、ppmで表した出力ノイズは特定のリファレンスの全ての電圧オプションで一定です。広帯域ノイズはバンドギャップ・リファレンスでは4ppm~16ppm RMSの範囲、埋め込みツェナーでは0.17ppm~0.5ppm RMSの範囲です。リファレンスの種類には関係なく、ノイズはリファレンス電流の増加に伴って改善されます。ただし、リファレンスのコアの動作電流は内部で設定されるので、外部フィルタによる以外、ノイズ特性を変えることはできません(LT1027はノイズ・フィルタリング・ピンを備えています)。LT1034とLTZ1000の埋め込みツェナーは外部からアクセス可能なので、ユーザーがバイアス電流を増やして、ノイズを減らすことができます。
出力バイパスや外部補償を追加すると、リファレンスのノイズ特性に影響を与えます。特に、補償がピークを生じやすいと、スポットノイズが100Hz~10kHzの範囲のどこかで増加してピークを生じる可能性が高くなります。臨界減衰はこのノイズピークを除去します。
リファレンスのノイズは高分解能システムのダイナミックレンジに影響を与え、小信号を不明瞭にすることがあります。低周波ノイズも出力電圧の測定を複雑にします。最近の高精度デジタル・ボルトメータは多数の測定値を平均して、低周波ノイズの影響をフィルタし、リファレンスの真の出力電圧の安定した測定値を与えることができます。
不可欠の機能
リファレンスには2つのスタイルがあります。シャント(機能的にツェナー・ダイオードと等価)、およびシリーズ(3端子レギュレータに似ている)です。バンドギャップと埋め込みツェナーは両方の構成設定で提供されています(図3を参照)。シリーズ・リファレンスには、単に出力ピンをバイアスし、入力ピンをオープン回路にすることにより、シャント・モードでも動作するように設計されているものがあります。シリーズ・モードのリファレンスは、入力電源から負荷電流と静止電流だけしか流さないという利点を持っていますが、シャント・リファレンスは最大静止電流と最大予想負荷電流の和を超える電流でバイアスする必要があります。それらは抵抗によってバイアスされるので、Cは非常に広い入力電圧で動作することができます。
図3.リファレンスは2端子ツェナーのスタイル(a)または3端子電圧レギュレータのスタイル(b)のどちらかで供給される
LTCのリファレンス製品の約半数は(カスタマーによる)外部トリミング用のピンを備えています。いくつかはリファレンスの出力の精密トリミング向けに設計されており、他のものはトリミングの範囲が広いので、出力電圧を意図された動作ポイントの上下数パーセントに調整することができます。
負荷電流ステップを扱う必要があれば、過渡応答が重要です。過渡応答はリファレンスごとに大きく変化し、3つの異なる特性で構成されます。ターンオン特性、高周波数での小信号出力インピーダンスおよび高速過渡負荷に曝されたときのセトリング特性です。リファレンスはこれらの特性を示しますが、それはほとんど全てのリファレンスが出力のバッファやスケーリングのためのアンプを備えているからです。
LT1009は高速起動特性に最適化されており、図4に示されているように、1μsをわずかに超えてセトリングします。リファレンスによっては、最適セトリングは外部補償ネットワークによって得られます。図5に示されているように、2μF/2Ωの減衰器がLT1019リファレンスのセトリングと高周波出力インピーダンスを最適化します。最速セトリングはLT1027によって得られ、これは2μsで13ビットの精度にセトリングします。この並外れた芸当は図6のオシロスコープの写真に示されており、10mAの負荷ステップからの出力の回復を明瞭に示しています。
図4.起動時に短時間にセトリングするように最適化されたLT1009
図5.出力のRC補償によって実現された最適セトリング
図6.負荷ステップに対する高速セトリング向けに最適化されたLT1027
リファレンスに関する落とし穴
リファレンスは一見簡単に使えそうですが、他の精密製品と同様、最高性能を実現するのは必ずしも容易ではありません。リファレンスのユーザーがよく出会ういくつかの落とし穴と、それらを避ける方法をここで取り上げます。
電流を大量に消費する負荷
ほとんどのリファレンスは10mA~20mAの最大負荷電流(またはシャント電流)で規定されています。にもかかわらず、リファレンスを最大電流で動作させることによっては最高性能は得られません。ダイを横切る熱勾配や、リードと外部回路の接続部の間に形成される熱電対など、いくつかの効果が、出力電圧の短期信頼性を制限することがあります。図7に示されているように、外部パストランジスタを追加すると、リファレンスから負荷電流が取り去られます。300μAを超える負荷では、パストランジスタがほとんどの電流を担い、短期間の熱ドリフトを除去します。この回路は20mAを超える電流を必要とするアプリケーションにも役立ち、最大100mAまでサポートし、トランジスタのベータと電力消費によってだけ制限されます。
図7.外部トランジスタは負荷電流をリファレンスから取り去るだけでなく、出力電流を増やすのにも役立つ。この工夫は全ての3端子リファレンスで使える
NCピン
リファレンスは2つまたは3つの外部接続しか必要としないのに、なぜ8ピンのパッケージで供給されるのでしょうか。いくつかの理由がありますが、ここではパッケージング後のトリミングを取り上げます。厳密な出力許容誤差を保証するため、デバイスがパッケージングされた後、製造時トリミングが必要です。パッケージングされた形態では、ダイに直接アクセスすることはもはやできないので、8ピン・パッケージの余分のピンを使ってパケージング後のトリミングを行います。
ICによっては、“NC”は「このピンはフロートしており、好きなところに接続できます」ということを意味しています。リファレンスの場合、「このピンには何であれ接続しないでください」ということを意味します。それには、ESDや基板のリーク、さらに意図的な接続が含まれます。外部接続は、良くても、出力電圧のシフトを引き起こし、最悪の場合、出力電圧を規定値の外に永久にシフトさせます。
同様の注意が、調節可能な出力のリファレンスのTRIMピンにも当てはまります。TRIMピンはアンプの加算ノードに似ています。TRIMピンに電流を注入しないでください(もちろん、出力をトリムする場合を除きます)。ここでは、基板のリークやノイズ源への容量性結合が避けるべき落とし穴です。
基板のリーク
リファレンスの分野に新しい妖怪が侵入して来ました。水溶性フラックスの残滓によって生じる基板のリークです。これは、破損した電解コンデンサから噴出した粘液によって生じる影響と似ています。グランド、電源レール、その他の回路電位から、導通性のフラックスの残滓を通って、NC、トリム、その他の敏感なピンに達するリークは出力のシフトを引き起こします。リークの経路がリファレンスを規定値からシフトしないとしても、フラックスの残滓の抵抗が相対湿度の変化や外部汚染物質の拡散によって変化して、外部リークが長期出力電圧ドリフトとして現れることがあります。水溶性フラックスの残滓を基板やパッケージ表面から取り去るか、完全に避ける必要があります。一例として、筆者は、トリム・ピンと近くの電源トレースの間の約80kΩの大きなリーク経路によってLT1009が規定値から外れているのを観察したことがあります。このリークは水溶性フラックスに起因することが突き止められました。
良いリファレンスが非常に小さなリークによってどのように悪くなりうるかを図8に示します。仮想の産業用制御基板にLT1027Aが搭載されており、様々なデータ収集回路のために5Vを発生します。近くのトレースには24Vが加わります。ノイズ・フィルタ・ピン(NR)へのわずか147MΩのリークにより、標準的デバイスが+200ppmシフトして仕様から外れます。明らかに、24Vの回路トレースは0.02%リファレンスの近くに置くのにふさわしくありません。この例は単純化しすぎていますが、明らかに大失敗の潜在的要因を示しています。
図8.精密リファレンスを台無しにするおそれのある基板のリーク。この場合、24Vへの147MΩのリーク経路が5V出力を仕様の外に押し上げる
密に部品配置した回路基板では、選択の余地なく相性のよくないトレースをひとかたまりにしてしまうことがあります。この場合、ガードリングを使ってリファレンスのシフトを防ぎます(図9)。リファレンスの出力を(NRピンの電位に等しい)4.4Vに分圧し、NRをノイズフィルタ・コンデンサに接続するトレースを取り囲むガードリングをバイアスするのに使います。これにより、基板のリーク経路の影響は2桁以上減少し、ガードされたトレースから危険なリークを遠ざけます。
図9.危険なリーク経路に対して保護するガードリングの追加
トリムによって生じる温度ドリフト
LTCのリファレンス製品の約半数は(カスタマーによる)外部トリミング用のピンを備えています。システムの較正のためにトリミングは必要かもしれませんが、リファレンスの温度係数に悪影響を与えることもあります。たとえば、LT1019バンドギャップ・リファレンスでは、外部のトリム抵抗は内部抵抗の温度係数と一致しません。不一致により、データシートで説明されているように、小さな(1ppm/℃)ワーストケースのシフトが出力電圧の温度係数に生じます。LT1021-5とLT1236-5の標準トリム回路を図10に示されているように作り変えて、リファレンスの本来低い温度係数が高くなるのを防ぎます。LT1027のトリミングは出力電圧の温度係数にほとんど影響を与えず、特に配慮する必要はありません。具体的推奨事項については常にリファレンスのデータシートを調べてください。
図10.LT1021またはLT1236の出力のトリムはダイオードと抵抗の追加により温度に依存せずに行われる
バーンイン
高精度システムのほとんどのメーカーは製品のバーンインを行います。バーンインは2つの問題を一度に解決します。それは、組立時にリファレンスと回路基板の内部に蓄積された応力を解放し、(デバイスに最初に電源が入れられたとき生じる)最高の長期ドリフト領域を超えてリファレンスのエージングを行います。標準的なバーンイン・プロシージャでは、基板を周囲温度125℃で168時間動作させることが要求されます。応力の除去が主な課題であるなら、電源を入れないもっと短いバーンイン・サイクルを使うことができます。
基板の応力
バーンインは部品を搭載した基板を「リラックス」させるのに役立ちますが、基板が製品に実装されるとき、新たに機械的応力が生じることがあります。応力はリファレンスの出力に直接測定可能な影響を与えます。時間の経過とともに応力が変化すると、許容できない長期ドリフトとして現れることがあります。回路基板の弾性は完全ではないので、曲げ力によって永久的変形が生じることがあり、リファレンスの出力電圧に永久的ステップ変化が生じることがあります。メタルパッケージ(TO-5とTO-46)のデバイスは、パッケージの剛性とリードの柔軟性のおかげで、大抵は基板の応力に対して耐性があります。プラスチックと表面実装型のパッケージでは話が違います。
基板の応力の影響は、基板に曲げ力を加えながらリファレンスの出力をモニタすることにより簡単に観察することができます。LT1460CS8-2.5表面実装型リファレンスに対する基板の応力の影響を測定するため、制御された実験を行いました。図11に示されているように、7”×9”の長方形基板の中心にデバイスを実装しました。次いで、ステップ1~ステップ4に示されているように、基板を1インチ当り18ミルほど平面からそらせました。8回の曲げ動作にわたって測定した代表的サンプル1個の出力に対する正味の影響を図12に示します。
図11.デバイスを7”×9”の回路基板に実装し、ステップ1~ステップ4に示されているように曲げることにより、応力に対するリファレンスの敏感さを評価
図12.回路基板に切れ目を入れて応力を分離すると、1桁以上リファレンスの変化が減少(LTC1460S8-2.5)
元の基板は約60ppmのピーク・トゥ・ピーク・シフトを示しました。次いで、垂直ミルで基板に切れ目を入れて、その中心にリファレンスが位置する0.5”×0.5”のタブを作りました(これも図11に示されています)。切れ目の入った基板でテストを続け、出力電圧の変化はメーターの±1カウント(10μV)、つまりピーク・トゥ・ピークで4ppmに減少しました。これは応力に起因する出力電圧シフトが1/10に改善されたことを表しています。
いくつかの他の手法を用いて、ミルで基板を加工することなく、この効果を最小に抑えることができます。基板の曲げを制限することであれば何でも役立ちます。小さく厚い基板は大きく薄い基板より優れています。硬化剤は基板を湾曲しにくくするのに役立ちます。グロメット、フレキシブル・スタンドオフ、カードケージ方式などを使って回路基板を実装し、マウント穴や基板に加わる力を最小にします。
デバイスの配置や方向も同様に重要です。基板が対向する両端から締め付けられる場合、曲げ力は中心を通る線に集中する傾向があります。リファレンスを基板の中ほどから離して配置します。基板の長辺の方が短辺に比べてたわみやすいので、リファレンスを短辺に沿って配置します。これらの推奨事項は一般則であり、回路基板の他の部品やアセンブリの配置、実装方法および方向が回路基板の機械的強さと弱さに影響します。
ベンチテストは、プラスチック・パッケージの最強の軸はプラスチック本体の最短寸法に沿っていることを示しています。表面実装型デバイスの正しい向きを図13に示します。デバイスの最長軸が回路基板の最長軸と直交するように配置されていることに注意してください。図13のデバイスは説明のためにのみ基板の中心に示されています。配置に関する上述の説明は依然適応されます。
図13.基板の最長軸とパッケージの最長軸を直交させて配置すると応力によって生じる出力の変化が最小になる.
あらゆる注意にもかかわらず、外からの影響が基板の応力に対するリファレンスの抵抗力に悪影響を与えることがあります。パッケージの下の接着剤や半田やフラックスのくずに注意してください。これらは圧力点を生じ、パッケージに予測不可能な応力を生じます。基板に強い曲げ力が加わると、グラスファイバーやレイヤの一部が破損したり切断されて、永久的に基板を弱めます。それ以降の曲げ力はこうして弱まった箇所に応力を集中します。
基板上で応力解放の切れ目を配置する様々な方式を、最適パッケージの向きとともに図14に示します。リファレンスの最長軸が回路基板の最短軸ではなく、タブに沿っていることに注意してください。これはタブに伝達される湾曲力を予想しているためです。タブの最良の向きは(b)、(c)および(d)のように、基板の最長軸と同じ方向です。基板の弱い方(長い方)の軸に沿った曲げ力は(a)および(e)に結合します。ICはこの力に抵抗する向きに配置されていることに注意してください。デバイスが基板の長辺に沿って配置されているときは構成(c)を使い、短辺に沿って配置されているときは構成(d)を使います。デバイスがどの辺にも沿っていないときは(b)を使います。
図14.リファレンスの周囲の領域に適切に切れ目を入れると基板の応力からリファレンスを分離するのに役立つ(本文を参照)
温度によって生じるノイズ
リファレンスは非常に少ない消費電流で動作するとはいえ、リファレンス内部の電力損失はパッケージのリードに小さな温度勾配を生じるのに十分です。不均一なエアフローによって生じる熱抵抗のばらつきはリードの温度差を生じ、それによってリファレンスの出力に熱電効果による電圧ノイズを生じます。図15はこの効果を劇的に示しています。プロットの前半はLT1021H-7埋め込みツェナー・リファレンスを使って得られました。ここでは小さなフォームカップ(Dart Container Corporation Stock No. 8J8または同等品)を使って周囲のエアフローから遮断されています。6分経過した時点でカップを取り去り、テストの後半に移ります。両方の場合とも周囲はラボのベンチトップであり、エアコン、ドアの開閉、人の往来、547排気などによる過度の乱れはありませんでした。フォームカップを取り去ると、出力ノイズが0.01Hz~10Hzの帯域でほとんど1桁増加しました。
図15.空気の乱れは低周波数ノイズを生じリファレンスの精度を下げる
銅の回路トレースに対して作用するTO-5のコバールのリードが主犯です。DIPや表面実装型パッケージに使われる銅リードフレームは本来整合しているので、空気の乱れにこれほど敏感ではありません。それでも、外部部品がそれら自体の熱電対を作り、接合部当り10μV/℃以上の電位を生じます。LT1021-7リファレンスでは、これは各熱電発電素子による1ppm/℃より大きなシフトを表します。回路基板を横切る温度勾配と外部部品内の電力損失は、図15に示されているのと同じ種類のノイズを生じることがあります。
温度勾配は基板の発熱源によっても生じることがあります。リファレンスとその関連外部部品を熱源から離して配置し、必要なら、配線を工夫して、リファレンス回路の周囲に等温アイランドを形成します。リファレンス回路の周囲に小さな囲いを追加するか、またはリファレンス回路を簡易発泡ポリウレタンフォームで包んで空気の移動を最小に抑えます。
リファレンスの応用例
図16に示されているユニークなポケット・リファレンスは1対のAAAアルカリ電池に最適です。この回路の消費電流は16μA以下だからです。2つの出力が備わっています。バッファ付きの1.5V電圧出力と安定化された1μAの電流源です。電流源の適合範囲は約1V~-43Vです。
図16.2個のAAAセルで5年間動作するポケット・リファレンス
リファレンスは自己バイアスなので、ライン・レギュレーションに配慮する必要はまったくありません。スタートアップはLT1495オペアンプによって保証され、その出力は負レールから11mVのところで飽和します。起動後、回路をオフする理由はありません。1個のAAAアルカリ電池は1200mAHの容量があるので、バッテリの5年間の保存寿命にわたって回路に給電するのに十分です。電圧出力の精度は0.17%、電流出力の精度は約1.2%です。R1をトリムして電圧を較正し(0.1%当り1kΩ)、R3をトリムして出力電流を較正します(0.1%当り250Ω)。
低ノイズのシンセサイザはそのVCOや他の重要な回路に静穏電源を必要とします。3端子レギュレータが示すノイズはこのアプリケーションには大きすぎるので、代わりにリファレンスから構成されたレギュレータが求められます。実際的な例を図17に示します。LT1021-5リファレンスを流れる電流はPNPパス・デバイスのベースをドライブするのに使われるので、少なくとも1Aの出力電流を利用できます。この例では、エミッタ・ディジェネレーションとベース・クランプの追加により、電流が意図的に200mAに制限されています。リファレンスの低ノイズは維持され、同等の5Vの3端子レギュレータのノイズに比べて100倍改善されています。初期精度と長期安定性が改善されていることは言うまでもありません。標準出力ノイズは10kHzの帯域幅にわたって7μVP-Pです。
図17.超低ノイズの5V、200mA電源の出力ノイズは10Hz~10kHzの帯域幅で7μVRMS。リファレンス・ノイズは11μVRMS以下に保証されている。標準的3端子レギュレータのノイズは100倍あり、保証されていない。
まとめ
リファレンスの仕様を規定するとき、初期精度、温度係数および長期安定性の全てが最終製品の全体的精度に関与することを忘れないで下さい。リファレンスを応用する際に注意を払って主要な落し穴を避けることにより、リファレンスの本来の精度を維持することができます。
参考文献
Spreadbury, Peter J. “The Ultra-Zener-A Portable Replacement for the Weston Cell?” by IEEE Transactions on Instrumentation and Measurement, Vol. 40, No. 2, April 1991, pp. 343-346
Huffman, Brian. Application Note 42: Voltage Reference Circuit Collection. Linear Technology Corporation, June 1991.
Lee, Albert. “4.5μA Li-Ion Battery Protection Circuit” Linear Technology, Volume 9, Number 2, June 1999, p.36.
付録A
埋め込みツェナー:低い長期ドリフトとノイズ
ツェナー・ダイオードはクリティカルではない多くのアプリケーションでリファレンスの機能に長いこと使われてきました。集積回路の設計者は逆ブレークダウンで動作しているNPNのエミッタ-ベース接合をツェナー・リファレンスとして使うことがあります。ブレークダウンはダイの表面で起きますが、そこでは汚染とオキサイドの電荷の影響がはっきりしています。これらの接合部はノイズが多く、予測不可能な短期および長期のドリフトを生じます。
精密ICリファレンスとして開発された埋め込みツェナーでは、接合部をシリコン表面より下に配置し、汚染物質やオキサイドの影響から十分遠ざけます。その結果、長期安定性に優れ、低ノイズで、比較的精確な初期許容誤差のツェナーが得られます。
埋め込みツェナーの製造工程の最初の段階を図A-1に示します。n+埋め込みレイヤの領域は、後続の拡散が表面に接触しないようにシールドするためにツェナー構造の下に置かれます。n−エピタキシャル層を成長させた後、p+アイソレーションをツェナーの中心の小さな開口部を通して拡散します。同時に、アイソレーションを周辺に拡散し、ツェナー構造全体を収めた分離されたタブを形成します。
図A-1.アイソレーションが拡散されてアノードを形成する。ドーパントの濃度はマスクの開口部の直下で最高になる
アイソレーションは下方向と横方向の両方に拡散します。中央部の拡散は埋め込み層によってサブストレートと接触しないように遮られますが、アイソレーションの外壁はサブストレートに達することが許され、アイソレーション・タブを形成します。p+の濃度はマスクの開口部の直下で最高になり、ドーパントの濃度は拡散の周縁で最も弱くなることに注意してください。
最終ステップにはツェナーの中心に位置するp−ベース拡散とエミッタ拡散が含まれます(図A-2を参照)。エミッタはカソードになり、アイソレーションとベース拡散が組み合わされてアノードとして機能します。
図A-2.エミッタ拡散がカソードを形成する。エミッタとアイソレーション+ベースのドーパント濃度が最高になるエミッタの中心部の下でブレークダウンが発生する
ブレークダウンはカソードの底部で生じ、そこではエミッタとアイソレーション+ベースのドーパント濃度が最も高くなります。ドーピング濃度が低いほどアイソレーション-埋め込み層、ベース-エピおよびアイソレーション-エピの各接合部、およびエミッタ拡散の外縁のブレークダウン電圧が高くなり、埋め込み接合がブレークダウンするまでバイアスされるとき、これらの領域がアクティブにならないように保証します。その結果、非常に安定した表面下のブレークダウン・メカニズムが形成され、理論値に近いノイズとなり、表面の汚染やオキサイド効果の影響を受けません。
付録B
ΔVBE:集積回路の原動力
ただ1つのICデバイスや構造も温度変化に伴って変化しないものはないとう事実はICの設計者にとっておそらく過酷な運命です。温度変化に対して回路を安定化させるために、デバイスの多様な組合せが考案されてきました。本文で説明したように、ツェナーをベースにしたリファレンスはツェナーと順方向にバイアスしたダイオードを直列に接続してゼロに近い温度係数を達成しますが、バンドギャップは順方向にバイアスしたダイオードに直列に接続したΔVBEに依存しています。
集積回路設計でなくてはならない手法であるΔVBEは他の分野では広く知られてはいません。ΔVBEの理論の説明の前に、最も重要な2つの結果に先回りしましょう。つまり、異なった電流で動作している全く等しい2つのダイオード(またはベース-エミッタ)接合は異なる電圧降下を生じるということです。電流比がオフセット電圧の絶対値を制御します。さらに、このオフセットは室温のオフセットの各ミリボルトに対し予測可能な正の約3.4μV/℃の温度係数を持っています。ΔVBEの正のTCをダイオードの電圧降下の負のTCと組み合わせることにより、TCがゼロのバンドギャップ・リファレンスが形成されます。すぐ見ることになるように、仮説的なダイオードの-2.18mV/℃のTCをキャンセルするには、ΔVBEの650mVのオフセットが必要です。*
2個のトランジスタ(またはダイオード)は次式によって与えられるオフセットを生じます。
ここで、ΔVBE = オフセット電圧、k = ボルツマン常数(1.381 •10-23ジュール/K)、T = 絶対温度(室温で298K)、q = 電子1個の電荷(1.6 • 10-19クーロン)、JE = エミッタの電流密度です。JE1とJE2を計算するのに使われる面積の実際の単位は相互にキャンセルするので、面積比だけが重要です。同様に、電流比だけが重要です。2個の全く等しいトランジスタを使うとすると、式(1)は次のように簡単になります。
ここで、IC = コレクタ電流です(図B-1を参照)。温度係数は次式で与えられます。
ここで、k/q = 86.3μV/℃です。
図B-1.特定のVBEオフセットを発生するのに必要な電流比は式(1)と式(2)によって定義される
650mVのオフセットに対応する+2.18mV/℃を生じるのに必要な電流比を計算すると、手に余る大きさ(約9.44 • 1010:1)になることが分ります。実際には、ΔVBEセルによってはるかに小さなオフセットが生じ、次いで650mVに増幅されます。一例として、図B-2を参照してください。10:1の電流比**を使うと、式(2)から59.2mVの室温のオフセットと199μV/℃の温度係数が得られます。11よりわずかに小さな利得を適用すると、650mVおよび+2.18mV/℃となります。
図B-2.バンドギャップ・リファレンスはΔVBEジェネレータとVBEを積み重ねることにより形成される
PNPエミッタ・フォロワをこの回路の出力に追加すると原始的な「バンドギャップ」リファレンスが形成され、出力電圧は650mVとPNPのVBEの和に等しくなります。VBE = 600mVを仮定すると、出力は1.25Vとなります。このリファレンスは、ΔVBEがPNPのベース-エミッタの温度係数を正確にキャンセルするように11の利得をトリムすることにより、さらに改善することができます。ICのバンドギャップ・リファレンスは似た方法で構築されます。
Notes
*計算を再現しようとする人のため数値は改ざんされています。
**または式(1)の10:1の電流密度比を達成するための電流と面積スケーリングの組合せ。