AN-2016: ADuM4136 絶縁型ゲート・ドライバと LT3999 DC/DC コンバータを使用して1200V SiC パワー・モジュールを駆動
はじめに
電気自動車、再生可能エネルギー、エネルギー貯蔵システムなどの電力システム開発の成功は、効率的な電力変換方式を実装できるかどうかにかかっています。パワー・エレクトロニクス・コンバータの中心部には、専用の半導体デバイスと、これらの半導体のオンとオフをスイッチングする機能があります。このスイッチングはゲート・ドライバによって行われます。
炭化ケイ素(SiC)半導体や窒化ガリウム(GaN)半導体などの最先端の広帯域デバイスは、600V~2000V の高電圧定格、低チャンネル・インピーダンス、メガヘルツ範囲までの高速スイッチング周波数など、能力が向上しています。これらの能力のため、例えば伝播遅延の短縮や非飽和検出による短絡保護の向上など、ゲート・ドライバに求められる条件は厳しくなります。
このアプリケーション・ノートでは、ADuM4136ゲート・ドライバの利点について説明します。ADuM4136 は、最大 4A の出力駆動能力、150kV/µsの最大コモンモード過渡耐圧(CMTI)、非飽和保護を含む高速障害管理機能を備えるシングルチャンネル・デバイスです。
ADuM4136 の能力を示すために、Stercom Power Solutions GmbH との協力の下、SiC パワー・デバイス用のゲート・ドライバ・ユニット(GDU)を開発しました(図 1 を参照)。このボードは、LT3999 パワー・ドライバを使って実装されるプッシュプル・コンバータをベースとする絶縁型バイポーラ電源から電力を供給されます。この高電圧、高周波数のモノリシック DC/DC 変換ドライバは、プログラマブル電流制限機能付き 1A デュアル・スイッチ、最大 1MHz の周波数同期、2.7V~36V の広い動作電圧範囲、1μA 未満のシャットダウン電流を特長としています。
このソリューションのテストは、−10V および+20V の最大定格ゲート・ソース電圧で 1200V のドレイン・ソース・ブレークダウン電圧、22.5mΩ のチャンネル抵抗(代表値)、100A のパルス・ドレイン電流能力を備える、SiC 金属酸化物半導体電界効果トランジスタ(MOSFET)パワー・モジュール(F23MR12W1M1_B11)を使って実施しました。
このアプリケーション・ノートでは、このソリューションで発生するデッド・タイムを評価し、GDU に発生する全伝播遅延を計算します。また、非飽和検出機能をテストして、過負荷および短絡条件から SiC デバイスを保護できることを確認します。
ソリューションの高速応答は、テスト結果によって検証されます。

テスト・セットアップ
ここで報告するテストのセットアップ全体を図 2 に示します。高電圧 DC 入力電源(V1)をパワー・モジュールの両端に配置します。1.2mF の薄型デカップリング・コンデンサ・バンク(C1)を入力の両端に追加します。出力段は 38μH インダクタ(L1)で、非飽和保護テスト中にパワー・モジュールのハイサイドまたはローサイドに接続できます。表 1 に、このテスト・セットアップの電力部品のまとめを示します。
Components | Value |
V1 | 0 V to 1000 V |
C1 | 1.2 mF |
SiC Power Module (FF23MR12W1M1_B11) | 1200 V, 23 mΩ |
L1 | 38 μH |
図 4 に示す GDU は、パルス波ジェネレータからスイッチング信号を受信します。これらの信号は内蔵されたデッド・タイム発生回路に渡されます。この回路は LT1720 超高速デュアル・チャンネル・コンパレータを使って実装され、その出力は 2 個の ADuM4136デバイスに供給されます。ADuM4136 ゲート・ドライバは、パワー・モジュール内の 2 個の SiC MOSFETのゲート端子に絶縁信号を供給し、ドレイン端子から絶縁信号を受信します。ゲート・ドライバの出力段には、外部 5V DC 電源から電力を供給される LT3999 DC/DC ドライバを使って構築されるプッシュプル・コンバータにより、絶縁された電力が供給されます。SiC モジュールの温度計測は、ADuM4190 高精度絶縁アンプを使って行われます。ADuM4190 は、LT3080 低ドロップアウト(LDO)リニア・レギュレータによって電力を供給されます。
図 3 に、実験のセットアップを示します。表 2 に、非飽和保護テストに使用した機器を示します。

Equipment | Manufacturer | Part Number |
Oscilloscope | Rohde & Schwarz | HMO3004, 500 MHz |
DC Power Supply | Komerci | QJE3005EIII |
Gate Driver Unit (GDU) | Stercom | SC18025.1 |
Pulse Wave Generator | IB Billmann | PMG02A |
Digital Multimeter (DMM) | FLUKE | Fluke 175 |
High Voltage Differential Probe | Testec | TT-SI 9010 |
AC Rogowski Current Probe | PEM | CWT mini |
テスト結果
デッド・タイムと伝搬遅延
GDU は、ハイサイドおよびローサイド SiC MOSFETのターンオンまたはターンオフ時にハーフブリッジ・パワー・モジュール内で短絡が起きるのを防ぐために、ハードウェア・デッド・タイムを発生させます(図 4を参照)。遅延されるPWM_B信号は、この文書ではPWM_B_Dとして示されていることに注意してください。
伝搬遅延テストでは、GDUPWM_B信号への(アクティブ・ロー)入力によって励起される、下側ドライバのシグナル・チェーン上でデッド・タイムを測定します。デッド・タイムは、抵抗コンデンサ(RC)フィルタと LT1720 超高速コンパレータを使って発生させます。図 5~図 8 に、伝搬遅延テストの結果を示します。図 5~図 8 に示した信号の説明は、表 3 を参照してください。
Symbol | Signal Function | Channel Number |
VGS_B | MOSFET gating | 2 |
PWM_B_D | After comparator | 3 |
PWM_B | Input to GDU | 4 |
PWM_B入力信号がローになると、コンパレータは遅延されたPWM_B_D出力ステートをハイからローに変更します。デッド・タイムは RC 回路によって決まります(約 160ns、図 5 を参照)。
SiC MOSFET がオフになってPWM_B入力信号がハイになるときの PWM_B_D の遅延時間は、 SiC MOSFET のターンオン時に測定される遅延時間と比較すると、ごくわずか(約 20ns)です(図 6 を参照)。
PWM_B_Dのデッド・タイムが発生してから VGS_B信号がトグルするまでの遅延時間(ターンオン時とターンオフ時の両方)の測定結果を、図 7 と図 8 に示します。これらの短い遅延時間はそれぞれ 66ns と68ns です。これらは ADuM4136 が発生させる遅延です。
全伝搬遅延時間(デッド・タイム + 伝搬遅延)は、ターンオン時に約 226ns、ターンオフ時に約 90ns です。表 4 に、伝搬遅延時間の測定結果のまとめを示します。
Event | Toggled Signal, High-Low | Toggled Signal, Low-High | Dead Time (ns) | Driver Delay Time (ns) | Total Propagation Delay Time (ns) |
Device Turned On | PWM_B, PWM_B_D | Gate Signal | 160 | 66 | 226 |
Device Turned Off | Gate Signal | PWM_B, PWM_B_D | 22 | 68 | 90 |
非飽和保護の機能
ADuM4136 IC には、駆動スイッチの高電圧短絡に対する非飽和保護の機能が内蔵されています。
このアプリケーションでは、各ゲート・ドライバは、DESAT ピンの電圧(VDESAT)が、8.66V~9.57V の範囲内(代表値 9.2V)の非飽和リファレンス電圧レベル(VDESAT_REF)を超えていないかをチェックすることにより、MOSFET のドレイン端子とソース端子間の電圧(VDS)を間接的に監視します。更に、VDESAT の値は、MOSFET の動作と、2 個の高電圧保護ダイオードと 1 個のツェナー・ダイオードで構成される外部回路によって決まります(表 6 と回路図のセクションを参照)。
VDESATの値は次式から計算できます。
VDESAT = VZ + 2 × VDIODE_DROP + VDS
ここで、
VZはツェナー・ダイオードのブレークダウン電圧、
VDIODE_DROP は各保護ダイオードの順方向電圧降下です。
ターンオフ時には、DESAT ピンは内部でローになり、飽和現象は発生しません。更に、MOSFET 電圧(VMOSFET)はハイであり、2 個のダイオードは逆バイアスされるため、DESAT ピンは保護されます。
ターンオン時には、DESAT ピンは 300ns の内部ブランキング時間後に解放され、2 個の保護ダイオードは順方向にバイアスされ、ツェナー・ダイオードはブレークダウンします。このとき、VDESAT の電圧がVDESAT_REF の値を超えるかどうかは、VDS の値によって決まります。
通常動作中は、VDSと VDESAT の電圧はローのままになります。大きな電流が MOSFET を流れると、VDS の電圧が高くなり、 VDESAT の電圧レベルはVDESAT_REF を超えて上昇します。
この状態になると、ADuM4136 ゲート・ドライバの出力ピン( VOUT ) は 200ns の間ローになり、MOSFET を非飽和化します。また、2μs 以内にFAULT信号が生成され、ゲート・ドライバ信号(VGS)は直ちにロックされます。これらの信号は、RESET ピンによってのみアンロック可能です。
検出電圧レベルは VDS の値によって異なり、ブレークダウン電圧 VZ の適切なツェナー・ダイオードを選択することにより、任意のレベルに設定できます。一方、非飽和領域の MOSFET 電流(ID)は、MOSFETメーカーのデータシートの説明に従って VDS に基づいて推定できます。
ハイサイドとローサイドの両 MOSFET について、ゲート・パルスを使用して 2 種類の非飽和保護テストを実施しました。それぞれのテストでは、異なるツェナー・ダイオードを選択することにより、異なる障害電流をテストしました。テストした電流レベルを表 6にまとめています。ここでは最大 VDESAT_REF = 9.57V(最大)、公称 VDIODE_DROP = 0.6V と仮定します。
ローサイドのテスト
ローサイドの非飽和保護テストは、室温 25°C で入力電圧(V1)を 100V から 800V まで変化させて実施しました(図 9 を参照)。
図 10~図 17 に、ローサイドの非飽和保護テストの結果を示します。表 5 に、図 10~図 17 に示した信号の説明を示します。
Channel Number | Signal Name |
1 | FAULT |
2 | VDS |
3 | ID |
4 | VGS |
図 16 と図 17 では、25°C では約 125A の電流に対して非飽和保護がトリガされ、障害ステータス・ピンは約 1.34µs の遅延後にローにトリガされています。
パワー・モジュールのハイサイドについても同様のテストを実施しました。これらのテストでは、25°C では約 160A の電流に対して非飽和保護がトリガされ、障害ステータス・ピンは 1.32µs 後にローにトリガされています。
ローサイド・テストとハイサイド・テストの結果、このゲート駆動ソリューションは、設定値に近い電流レベルでは 2µs 未満の高速で非飽和検出を通知できることがわかりました(表 4 を参照)。
Test | Zener Breakdown Voltage, VZ (V) | Detection Voltage Level, VDS (V) | Detection Current Level, ID at 25°C (A) | Detection Current Level, ID at 125°C (A) |
Low-Side | 5.1 | 3.27 | 116 | 95 |
High-Side | 4.3 | 4.07 | 140 | 110 |
回路図
図 18~図 20 に、ADuM4136 ゲート・ドライバ・ボードの回路図を示します。
まとめ
ADuM4136 ゲート・ドライバは、短い伝搬遅延と、非飽和保護による過電流障害の高速通知を特長とします。これらの利点と、適切な外部回路の設計を組み合わせれば、SiC および GaN 半導体デバイスなどの最先端の広帯域デバイスが提供する機能を活用するための厳しい条件を満たすことができます。
このアプリケーション・ノートのテスト結果は、超高速応答と非飽和保護による十分な障害管理を特長とするゲート・ドライブ・ソリューションを使って、高電圧条件で SiC MOSFET モジュールを駆動した場合に得られるデータを提供します。このゲート・ドライブ・ソリューションは、LT3999 を使って実装される低ノイズの小型パワー・コンバータによって電力を供給されます。LT3999 は低シャットダウン電流とソフトスタート機能により、十分な電圧レベルの絶縁された電力を提供します。