目的
本稿では、心拍数の測定を行うアプリケーションについて考えます。特に、いくつかのオペアンプを使用し、心拍に対応する信号の増幅とフィルタリングを行う方法について詳しく検討します。その上で実際に回路を構成し、ソフトウェア・ツール「Scopy」によってシステムの出力を確認します。
今回の実習では、まず赤外線LED(IR LED)とフォトトランジスタを利用した心拍数の測定原理について説明します。続いて、ローパス・フィルタが必要な理由を明らかにします。更に、オペアンプを使用した回路によって実現できる様々な機能について詳しく解説します。
今回の実習では、これまでに取り上げた様々な回路を組み合わせます。その結果から、最小限のソフトウェアとハードウェアを利用することによって、実用的なアプリケーションを実装できるということをご理解いただけるはずです。
背景
心拍数を測定する機器は様々な形態で実現されます。その1つが、クリップなどで指先に挟むことにより、心拍数をモニタリングするというものです。通常、その種の機器の内部は電子回路で構成されています。それにより、指に光を当てて、どれだけの光が身体によって吸収されるのかという測定を行います。具体的には、指を流れる血液に依存して増減する光の吸収量を測定します。本稿の例では、赤外線LEDとフォトトランジスタを組み合わせて心拍数を測定するための光学式の検出器を構成します。これらのうち、赤外線LEDは指に光を照射するために使用します。一方のフォトトランジスタは、検出した受信光のレベルに応じて異なる量の電流を生成します。いわば可変抵抗のような振る舞いを見せるということです。
フォトトランジスタを含む回路においては、心拍数に応じて検出の対象となる電圧の値が変化します。その電圧は、フォトトランジスタのコレクタに現れます。その小さな信号を回路の入力とすることにより、心拍数を検出するための動作を実現します。
適切な出力を得るために、本稿の例では、入力信号に対して以下に示す複数の回路を適用します。
- プリアンプ:心拍数の検出部からの出力信号(フォトトランジスタのコレクタの電圧)は、まず直列コンデンサによってデカップリングされます。その上で、プリアンプの負のフィードバック抵抗(R3)を利用して増幅が行われます。
- ローパス・フィルタ:抵抗とコンデンサによって構成したローパス・フィルタ(RC フィルタ)によって周波数の高い成分(ノイズ)を除去します。
- 電圧フォロワ:ローパス・フィルタの出力をバッファし、その電圧を低インピーダンスで出力します。
- ローパス・フィルタを備える反転アンプ回路:入力された電圧信号を増幅すると共に、周波数の高い成分(ノイズ)を除去します。
準備するもの
- アクティブ・ラーニング・モジュール「ADALM2000」
- ソルダーレス・ブレッドボード
- ジャンパ線
- 高精度、レール to レール入出力のオペアンプ:「OP484」(1 個)
- 抵抗:100Ω(1 個)、470Ω(1 個)、1kΩ(1 個)、10kΩ(1 個)、47kΩ(2 個)
- コンデンサ:1µF(2 個)、47µF(1 個)
- 赤外線 LED:「QED-123」(1 個)
- 赤外線フォトトランジスタ:「QSD-123」(1 個)
説明
図1に示したのが、本稿で例にとる心拍数の測定回路です。この回路はLTspice®上で構成したものです。
オペアンプについて、LTspiceによるシミュレーションでは標準で用意されている「OP284」のモデルを使用することにします。それに対し、実際の回路ではアナログ・パーツ・キット「ADALP2000」に含まれているクワッドタイプの「OP484FPZ」を使用します。同オペアンプには、ADALM2000から±5Vを供給します(トータルの電源電圧は10V)。
赤外線LEDを流れる電流
回路を構成する際には、赤外線LEDが損傷しないようにしなければなりません。そのためには、同LEDに直列に抵抗を追加して電流を制限する必要があります。同LEDの動作範囲内に収まるように抵抗の値を変化させると、同LEDからの照射信号の強度が変化します。強度に相当する電流量は、以下の式によって表すことができます。ここで、IFは赤外線LEDを流れる順方向電流、VPは正の電源電圧(5V)、VFは同LEDの順方向の電圧降下、R1は直列抵抗の値です。
フォトトランジスタからの出力の生成
赤外光はフォトトランジスタQ1によって取得します。そのためには、Q1を使ってエミッタ接地回路(共通エミッタ・アンプ)を構成します。この回路では、フォトトランジスタによって赤外域の光が検出されたときにハイの状態からローの状態に遷移する出力が生成されます。その出力は、電圧源とフォトトランジスタのコレクタの間に抵抗(R2)を接続することによって生成します。R2の値は実験によって決定しました。
プリアンプの役割
フォトトランジスタからの出力信号は、プリアンプに引き渡されます。そのプリアンプは、コンデンサC1、オペアンプU1、抵抗R3を組み合わせた微分回路として構成されています。C1とR3はハイパス・フィルタとして機能し、DC成分を遮断します。そのカットオフ周波数FC1は以下の式によって決まります。
この回路は、フィルタリングを行うだけではなく、電流IAIに対応する増幅回路としても機能します。以下の式に示すように、負のフィードバック抵抗であるR3によって反転電圧VAIが出力として生成されます。
ローパス・フィルタと電圧フォロワ
オペアンプなどの能動部品を使用して構成したフィルタは、アクティブ・フィルタと呼ばれます。この種のフィルタは、外部電源から供給される電力を使用して出力信号を増強または増幅します。ローパス・フィルタをアクティブ・フィルタとして実現する場合にも、その動作原理と周波数応答はシンプルなRCフィルタと同様です。但し、オペアンプが増幅やゲインの制御にも使用される点が異なります。
図1の回路では、抵抗R4とコンデンサC2を使用し、シンプルなパッシブのRCフィルタを構成しています。その次段には、オペアンプU2で構成した電圧フォロワを配置しています。RCフィルタによって、電圧フォロワに入力される信号を低い周波数帯に制限しているということです。つまり、このフィルタの目的は、ノイズに相当する高周波成分を除去することです。
1分あたりの心拍数(bpm)と周波数の間には、次のような関係があります。
通常、bpmは180を超えることはないので、3Hzよりも高い周波数を除去すればよいということになります。この周波数に対応するRCフィルタは、以下の式を使って設計します。
上述したとおり、オペアンプは電圧フォロワ(バッファ)を構成するために使用しています。この部分のDCゲインは1になります(AV = 1)
この構成のメリットは、オペアンプの高い入力インピーダンスによって、フィルタの出力に過剰な負荷がかからないことです。また、オペアンプの出力インピーダンスは低いので、フィルタのカットオフ周波数が負荷のインピーダンスの変化による影響を受けることがありません。この構成により、フィルタとしての安定性が高まることになります。ただ、この構成には欠点もあります。その1つは、1以上の電圧ゲインが得られないことです(AV = 1で固定)。ただ、フィルタ段の出力インピーダンスはその入力インピーダンスよりもはるかに低いので、非常に高い電力ゲインが得られます。
ローパス・フィルタを備える反転アンプ回路
図1の回路の最終段としては、ローパス・フィルタを備える反転アンプ回路を配置しています。この回路によって、DCゲインを制御する機能とAC信号に対応する積分器の機能が提供されます。この回路では、まず抵抗R6とコンデンサC3で構成されるローパス・フィルタによって、信号に残存する不要な周波数成分を除去します。具体的には、心拍の最大周波数よりも高い成分を減衰させるようにカットオフ周波数FC3を設定します。加えて、反転増幅の構成により、対象とする信号を増幅します。そのゲインAVは、抵抗R5とR6の比で決まります。それぞれの機能については、以下の2つの式が成り立ちます。
シミュレーションによる確認
LTspice上で構成した回路を対象とし、以下に示す2種類のシミュレーションを行いました。
- トランジェント解析: 回路の入力部に信号発生源を接続します。その設定としては、振幅が 500µV、周波数が 2Hz、オフセットが 500mV の正弦波が生成されるようにします。出力信号の振幅をプロットし、回路のトータルのゲインを確認します(図2)。

- AC スイープ解析: 回路の入力部に AC 信号源を接続します。AC 信号源の振幅は 500µV、周波数範囲は 100mHz ~ 1kHzに設定します。その状態で出力信号をプロットし、出力信号の増幅が最大になる周波数を確認します(図 3)。

ハードウェアの設定
続いて、実際の回路で構成して実験を行います。図1の回路をソルダーレス・ブレッドボード上に実装してください(図4)。青色のLEDが赤外線LED、灰色の素子がフォトトランジスタです。
ADALM2000が備える正負の可変電源を使用して、±5Vを回路に供給します。その状態で、オシロスコープのチャンネル1を使用し、コレクタの電圧VOUTを観測します。
手順
赤外線LED(D1)とフォトトランジスタ(Q1)の間に指先を置きます。エミッタとレシーバーが互いに向き合うように位置合わせを行ってください。
最終段の出力(オペアンプU3の出力)に現れる電圧波形を観測してください。図5のような出力が得られるはずです。

Scopyのオシロスコープ機能(測定機能)を使用し、取得した信号の周波数を読み取ってください。周波数からbpmへの変換には式(4)を使用します。
問題1
本稿の中で示した式と値を使用し、以下のパラメータの値を計算してください。
- 赤外線 LED を流れる順方向の電流の値(QED-123 のデータシートを参照)
- ハイパス・フィルタのカットオフ周波数
- RC ローパス・フィルタのカットオフ周波数
- 最終段のローパス・フィルタのカットオフ周波
- 最終段の反転アンプ回路のゲイン
問題2
R5の値を変更すると、どのパラメータの値が変化するでしょうか
問題3
R6の値を変更すると、どのパラメータの値が変化するでしょうか。
答えはStudentZoneで確認できます。