質問:
昇圧コンバータの設計/使用にあたっては、どのようなことが懸念事項になりますか?

回答:
昇圧コンバータに関する懸念事項はいくつかあります。例えば、スイッチング・ノイズの大きさ、効率の限界、保護用のメカニズムの欠如などが課題になり得ます。スイッチング・ノイズが大きいと電磁干渉(EMI)が増大します。それにより、EMIに関する規制に従うのが困難になることがあります。また、昇圧コンバータにおいて出力電圧と入力電圧の比が大きいと、スイッチとインダクタにおける電力損失が増加します。その結果、効率が低下します。更に、一般的な昇圧コンバータには短絡をはじめとする障害に対応するための保護機構が存在しません。そのため、外付けのコンポーネントを追加して対策を施さなければならないケースが多くなります。本稿では、そうした課題に対処することが可能な昇圧コンバータ「LT8342」を紹介します。これは、同期整流方式を採用したモノリシック型の製品です。小型でありながら、性能が高く、ノイズが少ないことを特徴とします。
はじめに
従来、同期整流方式の昇圧コンバータの多くは、出力の短絡に対する保護機構を備えていませんでした。昇圧コンバータのトポロジでは、出力がグラウンドに短絡すると、入力からグラウンドまでのパスが形成されます。そうすると、デバイスが損傷しかねない非常に多くの電流が流れます。それに対し、本稿で紹介するLT8342は、短絡に対する保護機能を備えています。短絡が発生した場合には、入力を遮断することによって同ICが損傷することを防ぎます。
LT8342の出力電圧は最大36V(プログラム可能)です。内蔵するパワー・スイッチは40V、9Aに対応できます。また、2.8V~40Vという広い入力電圧範囲をサポートしており、VIN≧VOUTの条件ではPassThru™モードで動作します。Burst Mode®で動作した場合、VINピンにおける自己消費電流を少なく抑えることができます。スイッチング周波数は最高3MHz(プログラム可能)であり、外部のクロック・ソースとの同期をとることも可能です。高いスイッチング周波数を使用すれば、外付けコンポーネントのサイズとソリューション全体のサイズを低減できます。加えて、LT8342はSilent Switcher®(サイレント・スイッチャ)のアーキテクチャを採用しています。そのため、高い効率を実現しつつ放射EMIを最小限に抑えられます。パッケージは4mm×4mmのLQFNです。
24V/3Aの出力を実現する高性能の電源
図1に示したのは、LT8342を使用して実現した24V出力の昇圧コンバータの例です。入力電圧が12V以上である場合、最大3Aの負荷電流を供給できます。スイッチング周波数は、RTピンに15kΩの抵抗を接続することにより2MHzに設定しています。また、この回路には出力短絡保護の機能も実装されています。
アプリケーションのニーズに応じてSYNC/MODEピンの設定を行うことにより、この昇圧コンバータはBurst Modeまたはパルス・スキップ・モードで動作します。Burst Modeでは、軽負荷の状態における効率が向上します。一方、パルス・スキップ・モードで動作させれば出力リップルを低減することができます。図2は、この24V出力の昇圧コンバータにおける効率を示したものです。この結果は、SYNC/MODEピンを0Vに設定し、Burst Modeで動作させた状態で取得しました。これを見れば、軽負荷の状態でも70%以上の効率が得られることがわかります。また、入力電圧が20Vで出力電流が3Aの場合、95%を超えるピーク効率を達成できます。
自己消費電流IQ の低減
Burst Modeにおいて、LT8342は出力電圧を維持するために小さな単一のパルス電流を供給します。その後はスリープ期間が続きます。このスリープ期間中、短絡保護の機能が有効になっていない場合にVINピンで消費される電流はわずか9μAです。短絡保護の機能が有効である場合には28μAの電流を消費します。負荷が軽くなると、LT8342はスリープ・モードで過ごす時間の割合が高くなります。そのため、軽負荷時の効率が向上します。また、LT8342がシャットダウン・モードに移行した場合、入力部で消費される電流はわずか350nAになります。
CISPR 25のクラス5を満たすEMI性能
先述したように、LT8342はSilent Switcherのアーキテクチャを採用しています。それだけでなく、放射EMIを更に小さく抑えたい場合には、スペクトラム拡散周波数変調(SSFM:Spread Spectrum Frequency Modulation)の機能も利用できます(オプション)。SYNC/MODEピンの設定によってSSFMを有効にすると、内蔵発振器の周波数は、プログラムされた値とそれより約13%高い値の間で変化します。図3、図4を見ると、LT8342の伝導EMIと放射EMIの性能はCISPR 25のクラス5を満たしていることがわかります。SSFMは、Burst Modeやパルス・スキップ・モードにおいてアクティブにすることも可能です。それにより、優れたEMI性能と高い効率の両方を実現できます。
短絡保護の機能
先述したように、昇圧コンバータで短絡が生じるとデバイスが損傷してしまう可能性があります。それを防ぐために、LT8342は出力の短絡に対する保護機構を備えています。LT8342の入力と直列に接続された外付けのセンス抵抗によって電流を監視し、必要があればNチャンネルのFETをオフにして入力を遮断します。センス抵抗を流れる電流が増大すると、同抵抗の両端には内蔵コンパレータの閾値を超える電圧が発生します。それによって、コンパレータがトリガされたら、LT8342はGATEピンをグラウンドのレベルに引き下げ、外付けのFETをオフにします。それにより、短絡に伴ってインダクタに流れる電流を制限します。図5、図6の波形は、LT8342の出力で短絡が生じたときの一般的な応答を表しています。
LT8342は、内蔵するヒカップ・タイマーによって40ミリ秒をカウントしてから、外付けのFETを再びオンにします。短絡が続いている場合には、多くの電流が検出され、入力の遮断機能が再度アクティブになります。
PassThruモードがもたらす効果
LT8342は、通常の入力電圧が、レギュレートされる出力電圧よりも高い自動車のプリブースト・アプリケーションに最適な製品です。この状態が発生すると、同ICはPassThru モードで動作します。同ICが内蔵する上側のスイッチは、デューティ・サイクルが100%の同期動作によってオンのままになります。それに対し、下側のスイッチはオフのままになります。結果として、入力から出力へのパスが形成されます。すると、LT8342は自己消費電流が少ない状態になります。短絡保護が有効になっていない場合の消費電流は12μAです。入力を遮断するための外付けFETを使用する場合、26.5μAの電流を消費します。図7に示したのは、ストップ・スタートおよびコールド・クランクに対応するプリブースト・アプリケーション向けの回路です。図8は、PassThruモードがアクティブになった場合の動作を表しています。
まとめ
LT8342は、コンパクトなパッケージを採用した製品です。これを使用すれば、ノイズが小さく、入力電流が少なく、効率の高い昇圧コンバータを実現できます。また、回路を保護するための機能も提供されます。加えて、入力電圧範囲と出力電圧範囲が広く、スイッチング周波数をプログラムすることが可能です。PassThruモードを備えるLT8342は、自動車のプリブースト・アプリケーションを含む昇圧アプリケーションに最適な製品です。入力の自己消費電流が少なく、Burst Modeを備えることから、軽負荷時において一般的な昇圧コンバータを上回る効率を実現できます。