質問:
充電(蓄電)用のバッテリを使うことなく、ワイヤレス給電だけで稼働するアプリケーションを実現することは可能でしょうか?

回答:
もちろん可能です。アナログ・デバイセズは、もともとはエナジー・ハーベスティング向けに設計されたナノパワー製品を提供しています。そうした製品が、集積度が高くシンプルなソリューションとなります。
ワイヤレス電力伝送(WPT:Wireless Power Transfer)システムは、エア・ギャップ(空隙)で隔てられた2つの部分から構成されます(図1)。送電用のコイルを備えるトランスミッタ(Tx)回路と、受電用のコイルを備えるレシーバー(Rx)回路の2つです。一般的なトランス・システムとほぼ同様に、送電用コイルで生成したAC電圧は、磁場を介して受電用コイルにAC電圧を誘導します。但し、一般的なトランス・システムとは異なり、1次側(トランスミッタ)と2次側(レシーバー)のカップリングは非常に弱いものとなります。なぜなら、一般的なトランス・システムにおける鉄心の代わりに、非磁性物質であるエア・ギャップが存在している状態になるからです。

現在使われているほとんどのWPTアプリケーションは、ワイヤレスでバッテリを充電するという仕組みで実現されています。つまり、レシーバー側には、充電が可能なバッテリが用意されています。そして、トランスミッタ側が存在している間は、常にワイヤレスで充電が行われます。充電が完了したら、バッテリはチャージャから切り離され、アプリケーションを稼働させるための電力を供給します。バッテリと負荷の接続方法としてはいくつかの形態が存在します(図2)。1つは、後段に存在する負荷に対してバッテリを直接接続する方法です。また、PowerPath™に対応する理想ダイオードを通して、負荷を間接的にバッテリに接続する方法もあります。更に、チャージャICが内蔵するバッテリ充電用のレギュレータの出力に負荷を接続する方法もあります。これら3つのシナリオでは、いずれもチャージャをオン/オフに切り替えて使用します。

では、もしアプリケーションに充電用のバッテリが存在していなかったとしたらどうなるでしょうか。例えば、バッテリを使うことなく、ワイヤレス給電を利用できるときだけ、安定化された電源電圧が供給されればよいというケースです。そのようなアプリケーションは、どのように構築すべきなのでしょうか。実際、リモート・センサー、メーター、車両向けの診断機能、医療用の診断機能など、そうしたアプリケーションは数多く存在します。例えば、リモート・センサーの場合、常時電力を供給しなくてもよいのであれば、バッテリを用意する必要はありません。むしろ、1次電池を使用しているなら定期的に交換しなければなりませんし、2次電池を使用しているなら、充電用の仕組みを構築する必要があります。例えば、ユーザが近くにいるときだけリモート・センサーから測定値を取得できればよいのなら、オン・デマンドでワイヤレス給電が行えるようにしておけば十分です。
そうしたアプリケーションに利用できる製品としては、「LTC3588-1」があります。これはアナログ・デバイセズが提供するナノパワー製品です。もともと、同製品はエナジー・ハーベスティング向けに設計されました。つまり、圧電効果や太陽光を利用して電力を得る用途を想定して開発されました。ただ、この製品はWPTにも使用できます。図3に、LTC3588-1を使ったWPTソリューションの回路図を示しました。完全なトランスミッタとレシーバーで構成されています。トランスミッタ側では、TimerBlox®対応するシリコン発振器「LTC6992」を使用し、シンプルなオープンループのワイヤレス・トランスミッタを構成しています。この設計では、LCタンク回路の共振周波数である266kHz(fLX_TX)よりも低い216kHz(fDRIVE)を駆動周波数として設定しています。fLX_TXとfDRIVEの正確な比率については、ゼロ電圧スイッチング(ZVS:Zero Voltage Switching)によってM1のスイッチング損失を最小化することを目標とし、実験的に決定する方法が最適です。コイルの選択や動作周波数など、トランスミッタ側の設計において考慮すべき事柄は、他のWPTソリューションと同様です。つまり、レシーバー側にLTC3588-1を使用するのは特別なことではありません。

レシーバー側では、LCタンク回路の共振周波数は、駆動周波数と同じ216kHz に設定しています。多くのエナジー・ハーベスティング・アプリケーションでは、(WPTと同様に)ACからDCへの整流機能が必要になります。LTC3588-1は同機能を内蔵しているので、LCタンク回路はPZ1ピンおよびPZ2ピンに直接接続できます。整流はDCから10MHz以上という広帯域にわたって行われます。図2で使用していた「LTC4123」、「LTC4124」、「LTC4126」のVCCピンと同様に、LTC3588-1のVINピンの電圧は、その後段にある出力に対する電力供給に適したレベルで安定化されます。同ICの場合、バッテリ・チャージャ機能によって出力を得るのではありません。そうではなく、ヒステリシスを備えた降圧DC/DCレギュレータによって出力電力を供給します。出力電圧は、1.8V、2.5V、3.3V、3.6Vの中からピンによって選択できます。また、最大100mAの出力電流を連続して供給することが可能です。平均出力電流が100mAを超えなければ、出力コンデンサのサイズを調整することで、短い時間だけ、より大きなバースト電流を供給できます。もちろん、100mAの最大出力電流を得るには、適切なサイズのトランスミッタ、コイルのペア、十分なカップリングが必要です。
負荷の要求が、ワイヤレス入力電力がサポートできる値よりも小さい場合、VINの電圧が上昇します。LTC3588-1は、VINの電圧が20Vまで上昇した場合に、最大25mAの電流を吸収できる入力保護用のシャント回路を搭載しています。ただ、この機能は、図3のアプリケーションでは不要かもしれません。VINの電圧が上昇すると、レシーバー側のコイルにおけるAC電圧のピーク値も上昇します。このことは、レシーバー側のタンク回路で単に循環するのとは対照的に、LTC3588-1に供給できるAC電力の量が低下するということを意味します。VINが20Vに上昇する前に、レシーバー側のコイルの開放電圧(VOC:OpenCircuit Voltage)が20Vに達した場合、レシーバーICで廃熱することなく、後段の回路は保護されます。
図4に示したのは、図3の回路のテスト結果です。エア・ギャップが2mmの場合、3.3V出力時に供給が可能な最大出力電流は30mAでした。また、無負荷時におけるVINの電圧は9.1Vでした。エア・ギャップがほぼゼロの場合、供給が可能な最大出力電流は約90mAまで上昇しました。一方、無負荷時のVINの電圧は、入力保護用のシャント電圧よりも十分に低い16.2Vまでしか上昇しませんでした。

LTC3588-1は、バッテリを使用することなく、WPTで駆動するアプリケーションにも適用可能な製品です。安定化された電圧によって少ない電流を供給するためのシンプルなICソリューションであり、完全な入力保護機能も備えています。