質問:
高精度信号パス用のオペアンプを選ぼうとしています。高速であるほど良い、とは限らないのでしょうか?

回答:
高精度オペアンプのアプリケーションに適切な帯域幅を選ぶ作業は、「3匹の熊」という童話に出てくる女の子ゴルディロックスが経験したことに良く似ています。彼女は 3 匹の熊が用意したスープを飲もうとしますが、1 つのスープは熱過ぎ、もう 1 つはぬる過ぎ、最後のスープだけがちょうどよい熱さでした。アンプも遅すぎず速すぎず、対象とする信号に安定性と精度を維持するために必要なゲインと速度を提供するものを選ぶ必要があります。
このアプリケーションの電圧帰還アンプの主要なオペアンプ仕様は、ゲイン帯域幅積(GBP)と位相マージン(PM)です。広く使われている高精度オペアンプADA4610 のオープンループ・ゲインと位相の周波数特性を図1 に示します。この図から、オペアンプ・ゲインは低い周波数では30,000(90 dB)以上あり、ディケードあたり 20 dB でロールオフし、約10 MHz で 1(0 dB)に達していることが分かります。この周波数はユニティ・ゲイン・クロスオーバー周波数として知られています。オペアンプのオープンループ・ゲインのグラフを使えば、その GBP を決定して、図 2に示すように、GBP = ゲイン × BW となるようなクローズドループ・ゲインと帯域幅を持つアンプ回路を設計することができます。例えば、クローズドループ・ゲイン(AV)を 100(つまり40 dB)から 10(つまり 20dB)へ 1 ディケード下げると、帯域幅が 163 kHz から 1.63 MHz へと 1ディケード増加する点に注意してください。
同様に、図1 に示すオペアンプの位相のグラフは、信号がオペアンプを通過する際の本質的な位相シフトに関係しています。位相マージンは、アンプ回路の帯域幅のところの位相シフトを読み取ることによって近似できます。ADA4610 の場合は約 67 °で、これは安定性を確保する上で十分な位相マージンです。システム設計によってアンプ回路の位相マージンが減少して小さくなり過ぎると、出力に著しいリンギングや発振の症状すら現れることがあります。
安定性に加えて、精度も周波数に影響されます。オープンループ・オペアンプ・ゲイン(AVOL)は低周波数で最も高くなり、DC ゲインと呼ばれることもあります。周波数が上がるとともにゲインが減少し、ゲイン誤差が大きくなります。したがって、周波数の変化がそれほど大きくなくても、高精度センサー信号にとっては大き過ぎるゲイン誤差が現われ始めます。


クローズドループ・ゲインの値は次の式を使って計算できます。ここで、β は帰還率、1/β は理想クローズドループ・ゲイン(例えば図2 の緑色のラインでは 100 V/V)、そして積 Aβ はループ・ゲイン と呼ばれます。

周波数の増加とともにループ・ゲインが減少すると、ゲイン誤差が増大します。誤差率(パーセント)は、次式で計算できます。

グラフから、ループ・ゲイン Aβ は、図1(データシートの仕様にも示されています)のオープンループ DC ゲインと、図2 のクローズドループ・ゲインの差と見なすことができます。例えば、オペアンプの区切りの良い 100 dB のオープンループ・ゲインと、40 dB の理想クローズドループ・ゲインを使うと、ループ・ゲインの値は 60 dB(つまり 1000 V /V)となります。表 1 は、ループ・ゲインを大きくすると誤差が小さくなる(精度が上がる)ことを示しています。
表 1:ループ・ゲインを大きくすると誤差が減少
オープンループDCゲイン(dB) | クローズドループ・ゲイン(dB) | ループ・ゲイン(dB) | ループ・ゲイン(V/V) | 誤差(理想値との差%) |
100 | 40 | 60 | 1000 | 0.1 |
100 | 20 | 80 | 10,000 | 0.01 |
では、帯域幅とループ・ゲインが大きいほど良いのであれば、なぜ GBPが使用信号のゲインや帯域幅より遥かに高いオペアンプを使わないのでしょうか? 大き過ぎる GBP を避けるべき理由がいくつもあります。オペアンプの広帯域ノイズは、アンプの帯域幅全体で積分されます。必要以上に広いオペアンプ帯域幅を選択するとノイズの量が多くなり、さらにアンプ回路によって増幅されるので、システムの S/N 比が低下します。高速のオペアンプほどシステムの寄生容量の影響を受けやすく、帰還信号に遅れが生じて位相マージンを減少させるので、安定性を損なう恐れがあります。最後に、高速オペアンプはより多くの電力を消費します。これは、高周波数で負荷容量を駆動するために、オペアンプの出力段のアイドリング電流を高くしなければならないためです。
最高速のオペアンプを選ぶと、電力や信号品質の面で大変なことになる恐れがあります。低速すぎるオペアンプを選ぶと、精度、安定性などの性能がなおざりにされる恐れがあります。アプリケーションに対して、速度、ゲイン、精度、および位相マージンのバランスが適切なオペアンプを見つけることが最良の方法です。