デジタル処理は必ずしも万能ではない (あるいは何がアナログ・エンジニアを笑わせたのか)

質問:

デジタル・システムの方が安くて強力なのに、なぜアナログ信号処理を推奨するのでしょうか?

RAQ:  Issue 10

回答:

場合によっては、アナログ信号処理のほうが安価で、しかもデジタル処理ではできないことも可能な場合があるからです。アナログ信号処理回路の売上を見ても、このことがわかります。

ロンドンのサウス・ケンジントンにある科学博物館は、ビクトリア女王の時代に設立されました。この博物館は想像力豊かに運営され、一見の価値がありますが、そのユーモアのセンスについてはあまり知られていません。最近、私はそこのコンピュータ・サイエンスの展示エリアを訪ね、笑いに笑いました。しかも大声で笑ってしまったので、あやうく挙動不審でつかまるところでした。私が笑いをこらえ切れなかったのは、「時代遅れのアナログ・コンピューティング技術」というラベルの貼られたガラス・ケースの中になんとAD534アナログ乗算器を見つけたからでした。アナログ・デバイセズはこの製品を30年以上も前からずっと製造しており、今も相当な販売収益を上げているのです。

実際、アナログのほうがデジタルよりも明らかに勝る処理がいくつもあります。デジタル乗算は簡単で安価ですが、元のデータおよび必要とする出力データのどちらもアナログの場合、アナログからデジタルに変換し、さらにその逆に変換するためのA/Dコンバータ(ADC)とD/Aコンバータ(DAC)が必要となるため、コストと複雑さはアナログ乗算器をはるかに上回ることがあります。また、高速システムでは、デジタル伝搬遅延が大きくなり過ぎることもあります。

さらに、たとえ最終的にはデジタル・データが必要な場合でも、ADCの前にアナログ信号を処理するほうが効率的なこともあります。たとえばAC電力測定の場合です。測定する信号が単純な50Hzないし60Hzのサイン波で、負荷が抵抗性の場合なら、測定は簡単です。しかし、信号がもっと複雑だったり、リアクタンスな負荷であったり、周波数が高い場合は、負荷の電圧と電流をオーバーサンプリングして実際の電力を求めなければならず、その結果、コンバータとプロセッサの仕事が増えます。負荷に含まれる電圧と電流で駆動するアナログ乗算器なら、瞬時電力に比例した出力が得られ、そこからゆっくり積分計算したりサンプリングすることができます。

たとえ、対象が複雑な波形の実効値(rms)電圧のみの場合でも、アナログのrms計算は数ギガヘルツで行われ、オーバーサンプリングするデジタル・システムに比べて100倍も高速です。

さらに、最高分解能のADCでさえ、そのダイナミック・レンジはアナログ・ログアンプに比べて20dB~30dBほど小さいといえます。つまり、アナログ信号処理のほうがデジタルに比べてコストと性能ではるかに勝っている領域は、まだいくつもあるのです。

著者

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James Bryant

James Bryantは、1982年から2009年に定年退職するまで、アナログ・デバイセズの欧州地区アプリケーション・マネージャを務めていました。現在も当社の顧問を務めると共に、様々な記事の執筆に携わっています。リーズ大学で物理学と哲学の学位を取得しただけでなく、C.Eng.、Eur.Eng.、MIEE、FBISの資格を有しています。エンジニアリングに情熱を傾けるかたわら、アマチュア無線家としても活動しています(コールサインはG4CLF)。