インターリーブ型の反転チャージ・ポンプ【Part 2】実装例と評価結果

はじめに

本稿では、正の電圧を出力する電源から、低ノイズの負の電圧を生成する新たな手法を2部構成で紹介しています。その手法が、インターリーブ型の反転チャージ・ポンプ(IICP:Interleaved Inverting Charge Pump)です。Part 1では、IICPの概要と、その性能を表す計算式について説明しました。Part 2では、IICPの実装例としてアナログ・デバイセズの「ADP5600」を取り上げて詳しく紹介します(図1)。具体的には、ADP5600の電圧リップルと放射性EMI(Electro Magnetic Interference)について、非インターリーブ型の標準的な反転チャージ・ポンプ(以下、標準ICP)との比較を交えて解説します。それにより、IICPのインターリーブ動作によるノイズの低減効果についてご理解いただけるはずです。また、フェーズド・アレイ・ビームフォーミング回路にADP5600を適用した場合に、Part 1で示した式を使用してその性能を最適化する方法を紹介します。

世界初のIICP製品

Part 1で説明したように、IICPはIC内で小さな負の電源電圧を生成するために使用されます。ADP5600は、低ノイズのIICPに低ノイズの付加機能や高度な保護機能を組み合わせたものです。その結果、他に類を見ない製品となっています。

ADP5600の主要な機能は、IICPとLDO(低ドロップアウト)レギュレータを組み合わせることで実現されています(図1)。誘電型や静電容量型に基づく従来のソリューションと比較して、チャージ・ポンプ段の出力電圧リップルと入力電流の反射ノイズを抑えられることを特徴とします。インターリーブ動作は、ノイズを低減するための有効な概念です。しかし、チャンネルのインターリーブはノイズの問題を解決するための万能薬ではありません。確実にノイズを低減するためには、IICPのメリットを生かせるよう特別に設計されたICが必要になります。それにより、ソリューションのサイズを抑え、効率を維持しつつ、ノイズを低減することが可能になります。ADP5600は、このようなニーズに応える製品です。

プログラムした固定周波数でのスイッチング動作

多くの場合、反転チャージ・ポンプの動作周波数は最高でも数百kHz程度です。上限値が比較的低いことから、やや大きめのコンデンサが必要になります。また、周波数スプリアスが存在し得る範囲も限定されます。それに対し、ADP5600は100kHz~1.1MHzのスイッチング周波数で動作することが可能です。そのため、最新のシステムにおいても効果的に活用することができます。また、スイッチング周波数としてはプログラムした固定値が使われ、出力負荷に応じて同周波数が変動することはありません。スイッチング周波数については、その値を意図的に変動させるスペクトラム拡散周波数変調(SSFM:Spread Spectrum Frequency Modulation)がよく知られています。実際、チャージ・ポンプの効率を上げるためにも、SSFMは一般的に用いられています。しかし、ノイズの影響を受けやすいシステムの場合、SSFMを使用すると問題が生じるおそれがあります。

外部周波数との同期

ノイズの低減が必要なシステムでは、振幅の大きいスイッチング・ノイズが特定の周波数領域にしか存在しない状態にすることが求められます。システムに及ぶ影響が最小限になる周波数領域にしか、ノイズが存在しないようにするということです。この条件をクリアするために、コンバータの動作については、ノイズの影響を受けやすいシステムの動作と同期するようにすることが求められます。しかし、そうした同期を実現するための機能を備える反転チャージ・ポンプはほとんど存在しません。それに対し、ADP5600は最高2.2MHzの外部クロックとの同期を実現することができます。

LDOレギュレータを内蔵

ADP5600は、広い入力電圧範囲に対応できるように設計されています。そのため、チャージ・ポンプの出力電圧が低電圧で動作する回路に供給するには高すぎるケースがあります。そこで、ADP5600は、ポスト・レギュレータとして使用可能なLDOレギュレータを内蔵しています。また、同レギュレータの出力をレギュレートしている際、簡単にパワー・シーケンスの制御が行えるようにするために、正の電圧をリファレンスとするパワーグッド・ピンが用意されています。

多様な保護機能

ADP5600は、包括的な保護機能を搭載しています。過負荷保護、フライング・キャパシタの短絡保護、UVLO(低電圧ロックアウト)、高精度なイネーブル、サーマル・シャットダウンといった機能です。そのため、高い堅牢性が求められるアプリケーションに対応できます。また、フライング・キャパシタの電流制限という新機能も追加されています。これを使えば、フライング・キャパシタを充電する際に生じる電流スパイクのピークを抑えることが可能になります。

ADP5600の評価結果

IICPのアーキテクチャを採用したソリューションでは、非インターリーブ型のソリューション(標準ICP)と比べてリップルが大きく改善されます。これについて、Part 1では理論的な証明を行いました。ただ、Part 1で導出した式は、簡潔さを得るために理想的な状態を前提としていました。つまり、寄生要素、ICや基板のレイアウトに依存する要素、タイミングのミスマッチ(例えば、発振器のデューティ比は厳密に50%であるわけではない)、RDSのミスマッチなどは考慮していないということです。これらが原因となって、電圧リップルの計算値と実測値の間には差が生じるはずです。計算式だけを頼りにするのではなく、ADP5600を動作させて性能を実測するのは必須の作業です。その結果を踏まえ、最大限の性能が得られるように回路を最適化する必要があります。その際には、理想状態を前提とした理論式を、1つの指針として再び役立てることができるでしょう。

以下では、ADP5600の性能の実測結果を示すことにします。測定環境は、同ICの評価用ボードを使用して構築しました。但し、標準のボードをそのまま使用するのではなく、RFLYを追加すると共に、CFLYとCOUTの値を変更しています(図2)。また、ADP5600の同期機能(SYNCピン)を使用し、スイッチング周波数も変化させることにしました。図1のブロック図を見ると、各チャージ・ポンプはこのスイッチング周波数の1/2の周波数で動作することがわかります。つまり、fOSC = 1/2×fSYNCの関係があります。

図3に、ADP5600の出力電圧波形を示しました。また、図4には、それと同一の条件で動作させた標準ICPの出力電圧波形を示しています。いずれも、VIN = 6V、COUT = CFLY = 2.2μF、fOSC= 250kHz、ILOAD = 50mAという条件で取得しました。

Figure 1. ADP5600 interleaved inverting charge pump simplified block diagram. 図1. ADP5600のブロック図。IICPのアーキテクチャを採用しています。
図1. ADP5600のブロック図。IICPのアーキテクチャを採用しています。
Figure 2. ADP5600 interleaved inverting charge pump test setup. 図2. ADP5600の評価用回路
図2. ADP5600の評価用回路
Figure 3. ADP5600 IICP output voltage with VIN = 6 V, COUT = CFLY = 2.2 μF, fOSC = 250 kHz, ILOAD = 50 mA. 図3. ADP5600の出力電圧波形
図3. ADP5600の出力電圧波形
Figure 4. Standard inverting charge pump output voltage with VIN = 6 V, COUT = CFLY = 2.2 μF, fOSC = 250 kHz, ILOAD = 50 mA. 図4. 標準ICPの出力電圧波形
図4. 標準ICPの出力電圧波形

ご覧のように、この条件において、ADP5600の入力/出力電圧リップルは標準ICPと比べて約1/14に抑えられています(約14倍の改善)。ここで、図3に示した電圧リップルがPart 1で導出した計算式によって得られる結果とどのくらい一致しているか確認してみましょう。Part 1で示したように、IICPの出力(または入力)電圧リップルを表す式は以下のようになります。

数式 1

上の式のROUTとRONに実際の値を代入することで、出力電圧リップルの計算値と実測値を比較することができます。表1に、様々な条件下における実測値と計算値をまとめました。IICPでは、標準ICPと比べてリップルが大きく改善されることがわかります。

表1. 様々な条件下における出力電圧リップル。VIN = 12V、ILOAD = 50mA、RON = 2.35Ωは固定です。

fOSC〔kHz〕

COUT〔μF〕 CFLY〔μF〕 RFLY〔Ω〕 VOUTの実測値〔V〕 ROUTの実測値〔Ω〕 VOUTのリップル〔mV〕 標準ICPに対する改善度
実測値 計算値
250 1.6 1.6 0 11.48 10 5.3 6.0 12×
250 1.8 1.8 25 8.86 63 3.4 3.2 18×
250 4.6 1.6 0 11.48 10 1.9 2.4 12×
500 2.8 1.6 0 11.45 11 2.5 2.9 7.5×
500 1.8 1.8 25 8.74 65 3.1 2.7 10×
1000 1.6 1.6 0 11.40 12 4.3 4.2 3.7×
1000 1.8 1.8 25 8.438 71 2.8 2.8 5.6×
* COUTとCFLYは公称値ではなく、(その電圧における容量ディレーティングを適用した)実際の容量値を使用しています。

表1を見ると、IICPの電圧リップルの計算値と実測値はかなり一致しています。また、標準ICPに対する改善度にも注目してください。いくつかの条件下では、CFLYと直列に接続する形で外部抵抗RFLYを追加しています。それらの結果からは、RFLYによって電圧リップルをより低減できることがわかります。但し、その代償としてチャージ・ポンプの出力抵抗が増加します。これについては、Part 1における分析や式(1)で示したとおりです。

標準ICPと比べると、IICPでは出力電圧リップルだけでなく放射性EMIも改善されます。これについても、評価用ボードの上に25mmのアンテナを設置し、様々な条件下で実測しました(図5)。図6に示したのは、その結果の一例です。1つの条件下で、IICPと標準ICPを比較しています。IICPでは、スイッチング周波数の基本波と第3次高調波のノイズが12dB~15dB低減しています。

Figure 5. Radiated emissions test setup with the ADP5600 evaluation board. 図5. 放射性EMIの測定環境。ADP5600の評価用ボードとアンテナを使って構成しました。
図5. 放射性EMIの測定環境。ADP5600の評価用ボードとアンテナを使って構成しました。
Figure 6. Radiated emissions, VIN = 12 V, ILOAD = 50 mA, CFLY = COUT = 2.2 μF, fSYNC = 500 kHz. Green = standard, blue = IICP. 図6. 放射性EMIの実測結果。緑色が標準ICP、青色がIICPの結果です。VIN = 12V、ILOAD = 50mA、CFLY = COUT = 2.2μF、fSYNC = 500kHzです。
図6. 放射性EMIの実測結果。緑色が標準ICP、青色がIICPの結果です。VIN = 12V、ILOAD = 50mA、CFLY = COUT = 2.2µF、fSYNC = 500kHzです。

IICPを適用すべきアプリケーション

D/AコンバータやA/Dコンバータ、RFアンプ、RFスイッチには、低ノイズの電源が必要です。これらを使用するシステムでは、電源の設計において以下のような課題に対処しなければなりません。

  • 消費電力、高温における動作
  • EMI に対する耐性、EMI の抑制
  • 広い入力電圧範囲
  • ソリューションのサイズ/実装面積の最小化

以下では、IICPを使用する回路の構成とIICPがもたらすメリットについて説明します。アプリケーションの実例として、RFアンプ、RFスイッチ、フェーズド・アレイ・ビームフォーマに給電するケースを取り上げました。このアプリケーションの回路図は、RFフロント・エンドIC「ADTR1107」のデータシートに記載されています(図7)。

Figure 7. ADAR1000 plus four ADTR1107 power rails. 図7. ADAR1000とADTR1107を組み合わせた回路
図7. ADAR1000とADTR1107を組み合わせた回路
Figure 8. ADP5600 and LT3093 are used to power AVDD1 and VSS_SW. 図8. ADP5600とLT3093で構成した電源回路。AVDD1とVSS_SWの供給に使用します。
図8. ADP5600とLT3093で構成した電源回路。AVDD1とVSS_SWの供給に使用します。

このアプリケーションでは、多くの電力を供給できる正の電源電圧が複数必要になります。それらの電圧は、誘電型の降圧コンバータを使用して生成します。それに加え、このアプリケーションには、AVDD1とVSS_SWという2つの負電圧も必要です。AVDD1は、ビームフォーマIC「ADAR1000」によって低ノイズのバイアス電圧(VGG_PAとLNA_BIAS)を生成するために使用します。AVDD1には、-5V(50mA)を供給する必要があります。一方、VSS_SWには-3.3V(100μA未満)を供給します。VSS_SWは、ADTR1107が備えるRFスイッチに接続されています。実際には、1つのADAR1000に対して4つのADTR1107が接続されるので、この-3.3Vの電源には最大1mAの電流が流れます。一般に、このようなシステムの主電源としては12Vが供給されます。

ここまでに説明したように、ADP5600は入出力電圧のリップルと放射性EMIが小さいという特徴を備えています。そのため、12Vの電圧を基に-5V/50mAと-3.3V/1mAの電源を生成する必要がある図7のアプリケーションに最適です。また、ADP5600では、広範な周波数を同期の対象としてスイッチング周波数を選択することができます。そのため、スイッチング・ノイズの周波数が、システムに及ぶ影響を最小限に抑えられる領域に現れるように設定することが可能です。図8に、AVDD1とVSS_SWを生成するための電源回路を示しました。

LT3093」は、ノイズが極めて小さいLDOレギュレータです。非常に低い負の電圧に対応できるので、ADP5600のチャージ・ポンプ出力(CPOUT)を直接入力できます。この例では、SETピンに接続する抵抗によって、LT3093の出力電圧を-5Vに設定します。また、プログラマブルなパワーグッド・ピン(PGピン)によって、AVDD1を出力する準備が整ったことを他のシステムに通知することが可能です。VSS_SWは、AVDD1と比べてはるかに少ない電流しか供給しません。この電圧は、ADP5600が内蔵するLDOレギュレータによって生成します。このレギュレータは、LT3093ほど低ノイズではなく、電源電圧変動除去比(PSRR)も高くはありません。それでも、VSS_SWに求められる電力を安定して供給することができます。図9に主要な電圧の波形を示しました。

Figure 9. Charge pump output voltage ripple for VIN = 12 V, COUT = 10 μF (nominal), CFLY = 2.2 μF (nominal), fSYNC = 1 MHz (fOSC = 500 kHz), ILOAD = 50 mA. 図9. 主要な電圧の波形。VIN = 12V、COUT = 10μF(公称値)、CFLY = 2.2μF(公称値)、fSYNC = 1MHz(fOSC = 500kHz)、ILOAD = 50mAです。
図9. 主要な電圧の波形。VIN = 12V、COUT = 10μF(公称値)、CFLY = 2.2μF(公称値)、fSYNC = 1MHz(fOSC = 500kHz)、ILOAD = 50mAです。

まとめ

本稿では、正の電圧を出力する電源から低ノイズの負電圧を生成する新たな方法を紹介しました。Part 1では、まずIICPの動作原理について説明しました。続くPart 2では、IICPの実装例であるADP5600を使用して完全なソリューションを構築し、その特性を評価した結果を示しました。このソリューションは、Part 1で導出した数学的なモデルを使って最適化されたものです。伝導性/放射性EMIについて評価した結果、条件によっては標準ICPと比べて18倍もの改善が得られることがわかりました。この性能は、今日の高精度なRFシステムに求められるノイズの要件を満たす上で重要な意味を持ちます。

謝辞

本稿の執筆に協力していただいたSherlyn Dela Cruz氏、Roger Peppiette氏、Steve Knoth氏に感謝します。

著者

Jon Kraft

Jon Kraft

Jon Kraft は、アナログ・デバイセズのシニア・スタッフ・フィールド・アプリケーション・エンジニアです。コロラド州を拠点とし、ソフトウェア無線と航空宇宙用フェーズド・アレイ・レーダーを担当しています。勤続年数は13年です。ローズ・ハルマン工科大学で電気工学の学士号、アリゾナ州立大学で電気工学の修士号を取得。9件の特許を保有しており(それらのうち6件はアナログ・デバイセズで取得)、現在も1件を申請中です。

Alex Ilustrisimo

Alexander Ilustrisimo

Alexander Ilustrisimoは、アナログ・デバイセズのアプリケーション・エンジニアです。2014年の入社以来、パワー・マネージメント製品を担当。特に、LDOレギュレータとスイッチング・レギュレータに注力しています。セントラル・フィリピン大学で電子工学の学士号を取得しました。