高分解能の逐次比較型A/Dコンバータ(ADC)の動作精度全般は、電圧リファレンスの精度、安定性、駆動能力に依存します。ADCのリファレンス入力におけるスイッチド・キャパシタからの動的負荷に対応するためには、時間依存電流とスループット依存電流を制御することができるリファレンス回路が必要です。リファレンスとリファレンス・バッファをチップ上に集積したADCも存在しますが、電源および性能の面から考えれば必ずしも得策とは言えません。リファレンス回路を外付けにした方が、良好な性能が得られる場合が多いのです。ここでは、リファレンス回路の設計に関する課題と条件について考察します。
リファレンス入力
逐次比較型ADCの簡略回路図を図1に示します。容量性DACは、サンプリングの合間にADC入力に接続され、入力電圧に比例した電荷がコンデンサに蓄えられます。変換処理が開始されると、DACは入力から切断されます。変換アルゴリズムは、各ビットをリファレンスまたはグラウンドに逐次切り替えます。コンデンサへの電荷再配分によって、リファレンス・ピンから電流が流れ出すか、あるいはリファレンス・ピンより引き込まれます。この動的な負荷電流は、ADCのスループット・レートとビット・トライアルを制御する内部クロックの両方で決まります。最上位ビット(MSB)では最大の電荷が保持され、最大電流を必要とします。

図2に、16ビット、1 MSPS、PulSAR®逐次比較型ADC「AD7980」のリファレンス入力の動的負荷電流を示します。この測定では、リファレンス源とリファレンス・ピンとの間に接続した500Ω 抵抗における電圧降下を調べました。この図は、変換時に発生する比較的小さなスパイク群とともに最大2.5 mAの電流スパイクを見ることができます。

リファレンス電圧をノイズフリーの状態に保ちつつ、このような電流を供給するには、高い値の低ESRの充放電コンデンサ(一般に10 μF以上)をできる限りリファレンス入力の近くに配置する必要があります。コンデンサを大きくすると負荷電流は平滑度が高くなり、リファレンス回路への負荷も軽減されますが、コンデンサが過大になると安定性の問題が生じます。リファレンス電圧が大きく降下することなくリファレンス・コンデンサをフル充電の状態にするためには、十分な平均電流を供給できる性能がリファレンスに備わっていなければなりません。ADCのデータシートでは、平均リファレンス入力電流は一般に特定のスループット・レートで仕様規定されています。たとえば、AD7980のデータシートでは、平均リファレンス電流が5 Vリファレンスで1 MSPS動作時に330 μA(typ)と規定されています。変換と変換の合間には電流が流れないため、リファレンス電流はスループットに比例し、100 kSPSで33 μAに低下します。リファレンスまたはリファレンス・バッファは、出力インピーダンスが当該最高周波数で十分に低ければ、電流に誘導される大きな電圧降下を引き起こさずにADC入力の電圧を維持することができます。
リファレンス出力の駆動
図3に、代表的なリファレンス回路を示します。電圧リファレンスには、駆動電流が十分なバッファを集積するか、または適正なオペアンプを外部バッファとして使用します。リファレンスに起因する変換誤差を避けるためには、特定スループットにおける所要平均電流によってリファレンス電圧が½ LSB以上降下するのを防ぐ必要があります。リファレンスの負荷電流はそのスループットでゼロから平均リファレンス電流になるため、その誤差はバースト変換中に最も顕著になります。

リファレンスに十分な駆動能力があるか判定するために、たとえばIREF = 330 μA、VREF = 5 Vで16ビットADC「AD7980」を使用してみます。この場合、½ LSB電圧降下の最大許容出力インピーダンスは次式で求められます。

ほとんどの電圧リファレンスでは出力インピーダンスの仕様が規定されていませんが、負荷レギュレーションは定められています(通常ppm/mAで表記)。出力インピーダンスに換算するには、リファレンス電圧で乗算し、1000で除算します。たとえば、超低ノイズXFET® 5 Vリファレンス「ADR435」では、電流ソース時の最大負荷レギュレーションを15 ppm/mAと規定しています。次式のように、この値をオームに換算することができます。

したがって、出力インピーダンスを見るかぎりADR435の使用は適切であると考えられます。ADR435は最大10 mAの出力電流をソースできます。この値は平均リファレンス電流330 μAを処理するには十分すぎる値です。ADCの入力電圧が一瞬でもリファレンス電圧を超えると、ADCからリファレンスに電流が流れ出してしまうため、リファレンスも電流をシンクできなければなりません。図4に、ADCとリファレンス入力間にダイオードを接続した回路図を示します。これによって、入力オーバーレンジ状態の場合に電流をリファレンスに流すことができます。一部の旧式のリファレンスとは異なり、ADR435は10 mAをシンクすることができます。

リファレンス電流条件はスループットに比例するため、高出力インピーダンス(低消費電力)のリファレンスでも、低スループット時、あるいは500 kSPS AD7988-5 や100 kSPS AD7988-1(IREF = 250 μA)などの低スループットのADCを使用する場合に使用することができます。最大出力インピーダンスは、低下したリファレンス電流で計算することができます。これらの式はあくまでもガイドラインとしてのみ使用し、選択したリファレンスについてはハードウェアに実装した状態での駆動能力の試験を実施してください。
リファレンス・バッファは、選択したリファレンスが不十分であったり、マイクロパワー・リファレンスのほうが好ましい場合に使用することができます。具体的には、ユニティ・ゲイン構成の適切なオペアンプを実装します。オペアンプは低ノイズのもので十分な出力駆動能力を備えている必要があり、容量性負荷が大きい場合でも安定し、必要な電流を供給できるものでなければなりません。オペアンプの出力インピーダンスは一般に仕様規定されていませんが、多くの場合、出力インピーダンスの周波数特性図から求めることができます。80 MHzレールtoレール・オペアンプ「AD8031」の周波数特性図の例を図5に示します。

出力インピーダンスは100 kHz以下では0.1 Ω未満、DCで0.05 Ω未満となっており、本稿の事例で紹介した1 MSPSでAD7980を駆動するという用途には適切な選択であるといえます。リファレンス入力を駆動するには、広い周波数範囲で低い出力インピーダンスを維持することが重要です。大容量の充放電コンデンサを用いても、リファレンス入力に流れる電流を完全に平滑化することは不可能です。電流リップルの周波数成分は、スループットと入力信号帯域幅によって決まります。大容量の充放電コンデンサは高周波のスループット依存の電流を通しますが、リファレンス・バッファは低インピーダンスを最大入力信号周波数まで(充放電コンデンサのインピーダンスが必要な電流を供給するのに十分小さくなる周波数まで)維持できなければなりません。リファレンス・データシートの代表的な図にはインピーダンスの周波数特性が示されており、リファレンスを選択する場合には考慮に入れる必要があります。
AD8031は、10 μF以上の容量性負荷で安定しており、優れた選択肢といえます。ADA4841など、その他のオペアンプも、安定したDCレベルを駆動するという要件を満たす必要があり、大容量コンデンサを接続することで安定動作します。しかし、個々のオペアンプについては、負荷時のその動作を判定するための試験を行う必要があります。安定性を維持する目的でコンデンサの前に直列抵抗を配置することは、出力インピーダンスの増大を招くため、得策ではありません。
図6に示す同時サンプリング・アプリケーションのように、複数のADCを1つのリファレンスから駆動する場合は、リファレンス・バッファが非常に効果的です。

各ADCリファレンス入力には専用の充放電コンデンサがあり、それはリファレンス入力ピンのできるだけ近くに配置します。各リファレンス入力からの配線は、クロストークの影響を最小限に抑えるために、リファレンス・バッファの出力のスター接続へと配線します。低出力インピーダンスや高出力電流能力などの特性を備えたリファレンス・バッファは複数のADCを駆動することができますが、そのためにはADCの電流条件を満たす必要があります。複数のリファレンス・コンデンサによって増大する容量に対し、バッファが安定に動作しなければなりません。
ノイズ/温度ドリフト
駆動能力を判定し終えたら、リファレンス回路からのノイズがADCの性能に影響を及ぼさないことを確認する必要があります。S/N比(SNR)などの仕様を維持するために、リファレンスによるノイズ成分の比率はADCノイズの数分の一程度(20%以下が理想)に保つ必要があります。AD7980では、5 Vリファレンスで91 dBのSNRが規定されています。以下の式からrmsに換算した値が得られます。

したがって、リファレンス回路ではノイズを10 μV rms未満にし、SNRへの影響を最小限に抑える必要があります。リファレンスとオペアンプのノイズ仕様は、一般に低周波(1/f)ノイズと広帯域ノイズの2つに区分されます。この2つを合わせると、リファレンス回路の総ノイズに対する比率が得られます。図7に、2.5 Vリファレンス「ADR431」に関する代表的なノイズの周波数特性を示します。

ADR435は、内蔵のオペアンプで大きな容量性負荷を駆動能力を持ち、ノイズ・ピーキングを避けるように補償することができるため、ADCと組み合わせるには最適のデバイスです。詳細についてはデータシートに記載されています。10 μFのコンデンサを使用した時、8 μV p-pの低周波(0.1 ~ 10 Hz)ノイズと115 nV/√Hzの広帯域ノイズ・スペクトル密度が仕様規定されています。想定されているノイズ帯域幅は3 kHzです。1/fノイズをピークtoピークからRMSに換算する場合は、ノイズ値を6.6で割り算します。

次に、10 μFのコンデンサについて概算の帯域幅値を使って帯域におけるノイズ成分の比率を計算します。有効帯域幅は次式で与えられます。

この有効帯域幅を使ってRMS帯域内ノイズを計算します。

総RMSノイズは、低周波ノイズと広帯域ノイズの2乗和平方根です。

この値は10 μV RMSより小さく、ADCのSNRにそれほど影響は無いと判断できます。これらの計算を用いてリファレンスのノイズ成分の比率を概算し、その適合性を判定することができます。ただし、実際のハードウェアを使ったベンチ上での試験でこの結果を確認する必要があります。
リファレンスの後にバッファ・アンプを使用する場合、同様の分析によってノイズへの影響を計算することができます。たとえば、AD8031のノイズ・スペクトル密度は15 nV/√Hzです。その出力に10 μFコンデンサを接続していれば、その測定帯域幅は約16 kHzにまで減少します。この帯域幅とノイズ密度を使用した場合、1/fノイズを無視すると、ノイズ成分は2.4 μV rmsとなります。リファレンス・バッファによるノイズとリファレンス・ノイズとの2乗和平方根を計算すれば、総ノイズの概算値を求めることができます。一般に、リファレンス・バッファのノイズ密度はリファレンス自身のノイズ密度よりかなり小さくする必要があります。
リファレンス・バッファを使用する場合、図8のように、カットオフ周波数が非常に低いRCフィルタをリファレンスの出力に追加し、リファレンスのノイズに帯域制限をかけることもできます。一般にリファレンスが主要ノイズ源になることを考えれば、この回路構成の有効性は明らかです。

リファレンスを選択する場合は、上記以外にも初期精度や温度ドリフトを重点的に考慮する必要があります。初期精度は、パーセントやmV単位で規定されます。多くのシステムはキャリブレーション機能を持っているので、初期精度はドリフトほど重要ではありません。温度ドリフトは、通常、ppm/°CやμV/°C単位で規定されます。ほとんどの適切なリファレンスはドリフトが10 ppm/°C未満であり、ADR45xxファミリーではドリフトを数ppm/°Cにまで抑えています。このドリフトはシステムの誤差要因の一部に含める必要があります。
リファレンス問題のトラブルシューティング
リファレンス回路を適切に設計しないと、重大な変換誤差を招くおそれがあります。リファレンスに最も起きやすい問題は、ADCからの反復コードすなわち「スタック」コードです。これが生じるのは、リファレンス入力のノイズが大きいためにADCが不適切なビット決定を行った場合です。このような場合、たとえ入力が変化しても同じコードが何回も繰り返されるか、または下位のビットで1または0の文字列が繰り返されます(図9)。図中の赤で囲んだ領域は、ADCがスタック状態になって同じコードを繰り返し送り出している箇所を示しています。リファレンス・ノイズは上位ビットの決定に大きな影響を与えるため、一般にこの問題はフルスケールの近くで更に悪化します。不適切なビット決定が行われると、残りのビットは1または0に固定されます。

このような「スタック」ビットが生じる要因として最も一般的なのは、リファレンス・コンデンサのサイズや配置の問題、リファレンス/リファレンス・バッファの不十分な駆動能力、リファレンス/リファレンス・バッファの不適切な選択などであり、これらが過剰なノイズの原因となります。
図10に示すように、幅の広い導線によって充放電用コンデンサをADCのリファレンス入力ピンの直近に配置することが非常に重要です。コンデンサの接続には、低インピーダンスの接地が必要であり、複数のビアを使用してグラウンド・プレーンにつなぎます。リファレンスに専用のグラウンドがある場合は、広い導線を使ってコンデンサをそのピンの近くに接続します。コンデンサは電荷の蓄積器として動作するため、ドループを抑制できる大きな容量のもので、低ESRを備えたものを使用します。この場合、X5R誘電体のセラミック・コンデンサは優れた選択肢といえます。代表的なコンデンサの値は10 ~ 47 μFの範囲のものですが、ADCの電流条件に応じてそれより小さい値のものを選択することもできます。

低消費電力のリファレンスやマイクロパワー・リファレンス・バッファは、多くの場合、出力インピーダンスがかなり高く、しかも周波数とともに急激に上昇するため、駆動能力の不足が問題となる場合があります。とりわけ低スループットのADCよりも高い電流条件が必要となる高スループットのADCを使用する場合、こうした問題が顕著に見られます。
リファレンスまたはリファレンス・バッファからの過剰なノイズ(コンバータのLSBサイズに依存)もスタック・コードの原因になり得るため、リファレンス回路の電圧ノイズはLSB電圧よりごく小さな値に抑える必要があります。
結論
この記事では高精度逐次比較型ADCのリファレンス回路の設計方法を示しており、ADCに共通したいくつかの問題を特定するための手法を重点的に取り上げました。ここで紹介した計算式は、リファレンス回路の駆動能力やノイズ条件を評価する上で役立つものであり、これらを活用することによって、ハードウェア上で実際に回路を試験する際の成功率を高めることができます。
EngineerZoneのAnalog Dialogue Communityに掲載している”Voltage References for ADCs”についてのブログ(英語)についてのコメントもお待ちしております。
参考資料
AN-931 アプリケーション・ノート「PulSAR ADCサポート回路の解説」
Kester, Walt『Data Conversion Handbook』Chapter 7「Data Converter Support Circuits」
Kester, Walt. “Which ADC Architecture Is Right for Your Application?” Analog Dialogue. Volume 39, Number 2, 2005.
Walsh, Alan「高精度SAR A/Dコンバータ(ADC)のフロントエンド・アンプとRCフィルタの設計」Analog Dialogue、Volume 46、Number 4、2012年