マルチパラメータのバイタル・サイン監視システムを、かつてないほど容易に実現

はじめに

ここ10年ほどの間に、モバイル機器、ウェアラブル機器、デジタル・ヘルス機器は飛躍的な成長を遂げました。なかでも、急速に進化/普及しているのが、デジタル・ヘルスケア機器です。その背景には、エレクトロニクスの継続的な進歩、クラウド・コンピューティング、AI(Artificial Intelligence)、IoT(Internet of Things)、5Gなどによる後押しがあります。例えば、バイタル・サインの監視(VSM:Vital Signs Monitoring)を実現するいくつかの機能は、携帯電話や腕時計などのウェアラブルなスマート・デバイスに組み込まれ、より多くの人が利用できるようになっています。そうした小型、高精度の機器に対する需要は、健康に関する意識の高まりを受けて急速に高まっています。それらの機器を使えば、体温、心拍数、呼吸、血中酸素飽和度(SpO2)、血圧、組成といった様々なバイタル・サインを監視することができます。COVID-19のパンデミックを受けて、病院でも、家庭でも、体温、SpO2、心拍数など複数のバイタル・サインをモニタできる機器が強く求められるようになりました。健康管理に役立つ小型で使いやすい機器、なかでもウェアラブルなスマート・デバイスに対するニーズは、歴史的な高水準に達しています。

そうした小型の機器に複数のセンシング機能を持たせるのは、容易なことではありませんでした。フォーム・ファクタと消費電力を抑えつつ、性能を大幅に高めてマルチパラメータに対応する機能を実現しなければならないからです。しかし、アナログ・デバイセズが提供する単一のアナログ・フロント・エンド(AFE)を採用することで、そうした機能に極めて容易に対応できるようになりました。そのAFEは、複数のパラメータの同期測定を実現するVSMのハブとして機能します。それにより、ウェアラブル機器の機能/性能を大幅に改善することが可能になります。つまり、ノイズが少なく、S/N比が高く、フォーム・ファクタが小さく、消費電力が少ない医療機器を実現できるということです。それにより、医師や患者を含む消費者は、複数の機器を使う煩わしさから解放されます。より高い性能、より長いバッテリ寿命、より高い精度で、従来よりも簡単にVSMを利用できるようになるということです。本稿では、そうした先進的なAFEが備える画期的な機能と特徴について説明します。

先進性の高いAFE

ADPD4100」、「ADPD4101」は、マルチモーダル・センサーに対応するAFEです。8つのアナログ入力を備えており、プログラムが可能な最大12のタイム・スロットに対応しています。12のタイム・スロットを使用した場合、サンプリング期間中に12種の測定が行えます。8つのアナログ入力は、マルチプレクサにより単一のチャンネルまたは2つの独立したチャンネルとして構成可能であり、シングルエンドまたは差動の構成で2つのセンサーによる同時サンプリングに対応します。また、8つのLEDドライバを備えており、最大4個のLEDを同時に駆動することが可能です。各LEDドライバは電流シンク型なので、LEDへの供給電圧やLEDの種類には依存しません。更に、ADPD4100/ADPD4101は、電圧励起に対応するためのパルス電圧源を2つ備えています。両製品の信号パスは、トランスインピーダンス・アンプ(TIA)、バンドパス・フィルタ(BPF)、積分器(INT)、A/Dコンバータ(ADC)で構成されています。一方、デジタル・ブロックは、複数の動作モード、プログラマブルなタイミング機能、GPIO(汎用入出力)の制御機能、ブロック平均機能、2次~4次に設定可能なカスケード型/積分型のコム(CIC:Cascaded Integrator Comb)フィルタを備えています。各種のデータは、データ用のレジスタから直接あるいはFIFO(First-in, First-out)方式で読み出します。

ADPD4100はSPI(Serial Peripheral Interface)に対応しています。一方、ADPD4101はI2Cに対応します。ADPD4100/ADPD4101は、光学測定の面で大きな優位性を持っています。周辺光を自動的に除去する優れた機能を備えているからです。また、BPFと組み合わせた同期変調方式には、1マイクロ秒の短パルスを使用します。外部の制御ループ、DC電流の減算、デジタル・アルゴリズムを必要としません。加えて、デシメーション係数(1より大きい値)を使用することにより、出力のS/N比を高めることができます。更に、サブサンプリング機能を使えば、プログラムしたサンプリング・レートよりも低いサンプリング・レートで、選択したタイム・スロットを実行することができます。それにより、消費電力(サンプリング・レートに比例)を抑えることが可能になります。TIAにおける上限値の検出機能も搭載しています。この機能では、TIAの出力部にある電圧コンパレータを使用します。TIAの入力が標準の動作限界を超えた場合には、割り込みビットが設定されます。

ウェアラブルな健康機器やフィットネス機器は、心拍数や心拍変動(HRV:Heart Rate Variability)の監視、血圧の測定、ストレスと睡眠の追跡、SpO2の測定などに使用されます。ADPD4100/ADPD4101は、そうした機器における様々な電気的/光学的センサーのハブとして最適です。複数種の動作モードを備えていることから、様々なセンサーによる測定に対応することができます。例えば、ヘルスケア・アプリケーションにおける光電容積脈波(PPG:Photoplethysmography)や、心電図(ECG:Electrocardiogram)、皮膚電気活動(EDA:Electrodermal Activity)、身体の組成、呼吸、温度、周辺光などの監視に対応できます。また、その用途はこれらに限られるわけではありません。

PPG測定

PPG測定では、各心周期に関連した組織における微小血管床中の血液量の変化を検出します。収縮期/拡張期のイベントによる血液量の変化は、光の吸収量と相関を持ち、その吸収量に応じてPPG信号が生成されます。PPG測定は、LEDからのパルス光を人体の組織に照射し、得られた反射光/透過光をフォトダイオードで光電流に変換して収集することで行います(図1)。ADPD4100/ADPD4101は、光電流の処理と測定を行った上でデジタルのPPG信号を生成します。両製品は、ハードウェアの接続を全く変更することなく、PPG測定の様々な用途に応じて異なるモードで動作するよう柔軟に構成することができます。異なるモードというのは、以下の4つです。

  • 連続接続モード
  • 複数積分モード
  • フロート・モード
  • デジタル積分モード

以下、各モードの概要について順に説明していきます。

図1. PPG測定用の標準的な回路
図1. PPG測定用の標準的な回路

連続接続モード

連続接続モードは、PPG測定向けの代表的な動作モードです。このモードでは、周辺光の除去性能として最高のレベルが得られ、高いS/N比を実現できます。また、電流伝達率(CTR:Charge Transfer Ratio。LEDの電流に対する光電流の比)が5nA/mA~10nA/mAという低いレベルでも適切に動作し、95dB~100dBという優れたS/N比(DC)が得られます。このレベルは、デシメーション係数を大きくすることにより高めることができます。連続接続モードでは、TIA、BPF、INT、ADCから成る完全なアナログ信号パスを使用します。流入する電荷は、ADCによる変換が行われるたびに1回積分されます。PPGのような単一の刺激イベントでは、センサーの応答によって得られる電荷を積分する際、INTのダイナミック・レンジの大部分を使用することになります。TIAは、プリコンディショニング期間の後、常に入力に接続されている状態になります。そのため、入力信号は変調されません。フォトダイオードのアノードは、ノイズを低減するために、プリコンディショニングによってTIAのリファレンス電圧TIA_VREFに設定されます。通常、TIA_VREFは、TIAで最大のダイナミック・レンジが得られるよう1.27Vに設定します。一方、フォトダイオードのカソードは、その電圧源となるVCxピンに接続します。通常、ADPD4100/ADPD4101は、フォトダイオードのカソードにTIA_VREF + 215mVを供給します。それにより、フォトダイオードの両端に215mVの逆バイアスがかかるようにします。その結果、フォトダイオードの容量が低下し、信号パスのノイズが低減されます。連続接続モードでは、LED用の標準的なパルスの幅は2マイクロ秒です。このパルス幅を狭くすることにより、周辺光の除去性能が最高のレベルに達します。また、LED用に複数のパルスを使用する場合、パルスの数を2倍にするごとにS/N比が3dB向上します。通常、最高レベルのS/N比は、INTのチョッピングをイネーブルにすることによって得られます。チョッピングを実行すると、INTにおける低周波ノイズが除去されるからです。TIAのゲインとして高い値を選択すれば入力換算ノイズが低下しますが、TIAのダイナミック・レンジは狭くなります。TIAのダイナミック・レンジは、TIA_VREFをTIAのゲインで割ることにより計算できます。ADCの飽和レベルを高めるには、TIAのゲインを下げるか、INTの抵抗値を大きくします。INTの抵抗値を高めるほどノイズは小さくなりますが、低い値を選択するほど周辺光に対する余裕が増加します。

複数積分モード

複数積分モードは、連続接続モードと非常によく似たモードです。異なるのは、ADCによる変換が行われるたびに、流入する電荷を複数回積分する点だけです。複数積分モードは、照度が低い状況でも高いS/N比を得たい場合に役立ちます。そのような状況では、1回の刺激イベントに応じて使用されるダイナミック・レンジは小さく、場合によっては50%しか使用されません。そこで、このモードでは、ADCによる変換の前に複数回積分を実行することにより、INTのダイナミック・レンジの使用範囲を広げます。積分の回数を2倍にするごとに、S/N比は3dBずつ向上します。つまり、パルス数を2倍にする場合と同じレベルの効果が得られます。通常、複数積分モードは入力が小さい場合に使用します。そのため、TIAのゲインとしては最大の値を選択します。また、このモードは、CTRが5nA/mAよりも低く、高い周辺光除去性能が求められる場合に使用します。

フロート・モード

フロート・モードも、照度が低い状況で高いS/N比を得たい場合に使用します。このモードでは、フォトダイオードにノイズが生じていない状態で、光によって得られた電荷を蓄積することができます。なぜなら、フォトダイオードがAFEから切り離されるからです(そのため、フロート・モードと名づけられました)。その後、再びAFEをフォトダイオードに接続すると、フォトダイオードに蓄積された電荷がAFEに急速に流入し、積分が実行されます。このような動作により、信号パスで加わるノイズを最小限に抑えつつ、パルス当たりの電荷量が最大の状態で処理を行うことができます。電荷の読み出しは短い変調パルスを使って高速に行われるので、信号パスで加わるノイズは少なく抑えられます。フロート時間を延ばして、より高い信号レベルを得ることもできますが、フォトダイオードの容量(蓄積できる電荷量)には限界があります。なお、このモードではBPFがバイパスされます。その理由は、TIAとの接続を確立してフォトダイオードからの電荷を転送する際、生成される信号の形状がデバイスや条件によって変化する可能性があるからです。信号と積分シーケンスを確実に適合させるためには、BPFをバイパスする必要があるということです。このモードでは、高い周辺光除去性能は得られず、フォトダイオードの容量による制限も加わります。ただ、電力効率が高く、非常に照度が低い条件下でも、ノイズを抑えて測定を行うことが可能です。

複数積分モードとフロート・モードの比較――低照度に適したモードはどちらか?

CTRが5nA/mAよりも小さい低照度の条件では、フロート・モードがよく使われます。同モードでは、複数積分モードよりもノイズが小さくなります。複数積分モードでは、より多くの積分サイクルが発生し、TIAとINTからのノイズが増えるからです。また、フロート・モードでは、複数積分モードよりも高い電力効率が得られます。BPFがパワー・ダウンしていることに加え、測定時間がより短いからです。フロート・モードでは、複数積分モードと比べて消費電力当たりのS/N比が大幅に高くなります。

フォトダイオードにリークが発生している場合や、PPG測定において多くの周辺光が存在している場合には、複数積分モードを使用することをお勧めします。フォトダイオードにリークが生じている場合、フロート・モードは使用できません。電荷の高速読み出しを行う前に、電荷が漏れ出てしまうからです。また、周辺光が多い場合にも、フロート・モードは適切ではありません。フォトダイオードに蓄積できる電荷容量が周辺光によって独占されてしまうからです。複数積分モードでは、BPFやLED用の短パルスを使用するので、周辺光の除去性能が本質的に優れています。

デジタル積分モード

ここまでに説明した3つのモードでは、INTを使って、流入する電荷を積分します。デジタル積分モードでは、ADCで取得したサンプル・データをデジタル処理によって積分することもできます。デジタル積分を実行する場合には、INTをバッファで置き換えます。デジタル積分モードは、2つの領域で動作します。LEDは、明領域ではパルスによって駆動され、暗領域ではオフになります。ADCでは、明領域/暗領域において1マイクロ秒間隔で変換処理が行われます。得られたデータはデジタル処理によって積分されます。計測の対象となる信号は、ADCにより明領域で取得した積分値から暗領域で取得した積分値を減ずることで計算できます。このモードでは、LED用により幅の広いパルスを使用することが可能です。そのため、このモードは、フォトダイオードの応答時間が長く、幅の広いパルスを使用しなければならない場合によく使われます。このモードでも、BPFはバイパスして電源をオフにします。デジタル積分モードでは、最も高い電力効率と、達成可能な最高レベルのS/N比が得られます。但し、LED用のパルスの幅が広く、BPFをバイパスするので、連続接続モードよりも周辺光の除去性能は劣ります。デジタル積分モードでは、同一のタイム・スロットで2チャンネルの同時サンプリングを行うことはできません。ただ、100dBを超えるS/N比(DC)を得ることができます。

デジタル積分モードの長所と短所

先述したように、PPG測定によく使用されるのは連続接続モードです。このモードでは、CTRが5nA/mAを超える条件下で優れたS/N比と周辺光の除去性能が得られるからです。一方、デジタル積分モードを使用すれば最高のS/N比が得られます。しかも、消費電力に対して最高の効率で高いS/N比が実現されます。アプリケーションにおいて周辺光が問題なのではなく、目標とするS/N比(DC)が85dB以上である場合には、デジタル積分モードを選択し、高いS/N比を効率的に達成するとよいでしょう。目標とするS/N比(DC)が85dB以下である場合には、デジタル積分による電力の削減効果は、連続接続モードと比べて大きいとは言えません。

まとめると、デジタル積分モードは、フォトダイオードの応答時間が長いため、より幅の広いパルスを必要とする場合に適しています。1つのタイム・スロット内で、2つのチャンネルにおける同時サンプリングを行う必要がない場合に使用可能です。また、周辺光が問題になるのではなく、目標となるS/N比(DC)が85dB以上である場合には、デジタル積分モードを選択することで電力効率を高められます。

表1に、4つのモードの特徴をまとめておきます。

PPG測定のアプリケーション

COVID-19のパンデミックを背景とし、VSMや健康診断におけるPPG測定の重要性が一層高まっています。また、問題を検出するためには、複数の指標を使用することが不可欠です。例えば、VSMの重要な項目としては、心拍数、HRV、SpO2などが挙げられます。これらの値は、パルス・オキシメトリと血圧測定によって取得することができます。

パルス・オキシメトリは、SpO2を光学的/非侵襲的に監視する手法です。これは、COVID-19の感染者が低酸素症に陥っていることを検出したい場合に非常に役立ちます。低酸素症は、COVID-19の主な症状の1つであり、身体の組織への酸素供給が欠乏している場合に発症します。また、この症状は心拍数の増加を引き起こすことがあります。したがって、光学的/非侵襲的に心拍数をモニタリングする手法も低酸素症の検出には不可欠です。

こうした条件に対応するためには、複数の測定機能を統合するのが最適な手法となります。将来的にウェアラブル機器が必要になるわけではない場合でも、ADPD4100/ADPD4101は極めて有効なソリューションとなります。これらのAFE製品を採用すれば、温度、ECG、呼吸の監視用センサーなど、どのような種類のセンサーの入力にも対応できます。1つのAFEを使用するだけで、マルチパラメータに対応する完全なVSM用プラットフォームを構築できるということです。

パルス・オキシメトリによるSpO2の測定

パルス・オキシメトリでは、赤色LED(波長は660nm)と赤外(IR)LED(波長は940nm)を使用して測定を行います。脱酸素化ヘモグロビンは赤色光をより多く吸収し、酸素化ヘモグロビンは赤外光をより多く吸収します。そして、フォトダイオードは吸収されなかった光を感知します。それによって得られた信号は、DC成分とAC成分に分けられます。これらのうち、DC成分は組織、静脈血、非脈動性の動脈血による光の吸収量に対応します。一方のAC成分は、脈動性の動脈血による光の吸収量を表します。SpO2の割合(%単位)は、次式で計算することができます。

%SpO2 = (ACred/DCred)/(ACIR/DCIR)

ADPD4100/ADPD4101は、SpO2の計測に向けて、任意の2つのタイム・スロットを使用して赤色LEDと赤外LEDの応答を取得できるように構成することが可能です。残りのタイム・スロットは、様々な波長のLEDを対象としたPPG測定に対応するよう構成することができます。具体的には、ECGの測定、リードオフ検出、呼吸の監視など、任意のセンサーを用いた計測に対応可能です。

表1. ADPD4100/ADPD4101における各動作モードの設定、特徴
モード 標準的な設定 特徴
連続接続モード SAMPLE_TYPE=0 MOD_TYPE=0 NUM_INT=1 NUM_REPEAT≥1

PPG測定用の標準的なモード

周辺光の除去性能が最高

低ノイズ、低消費電力

INTのチョッピングとデシメーションにより、95dB以上のS/N比を達成可能

適切なCTRが必要(5nA/mA以上)

デジタル積分モード SAMPLE_TYPE=1¦2 MOD_TYPE=0 NUM_INT≥1 NUM_REPEAT≥1

85dB以上のS/N比(DC)、最高の電力効率

LED用パルスの幅を広くとることで、100dB以上という最高レベルのS/N比(DC)を達成 

周辺光が問題にならないアプリケーションに最適 

センサーの応答時間が長く、短パルスを使用できないアプリケーションに最適 

2チャンネル/ソースの同時サンプリングには対応しない

フロート・モード SAMPLE_TYPE=0 MOD_TYPE=1 NUM_INT=1 NUM_REPEAT≥1

低照度(CTRが5nA/mA以下)に対応 nA/mA)

連続接続モードでフルスケールの50%に達しない場合に使用 

周辺光が問題にならないアプリケーションに最適 

複数積分モードよりも低ノイズ、低消費電力

複数積分モード SAMPLE_TYPE=0 MOD_TYPE=0 NUM_INT>1 NUM_REPEAT≥1

低照度(CTRが5nA/mA以下)に対応

連続接続モードでフルスケールの50%に達しない場合に使用 

高い周辺光除去性能が求められるアプリケーションに最適

図2に、赤色光、緑色光、赤外光に対応するPPG信号を同時に取得した結果を示しました。例として、赤外光に対応する信号のAC成分/DC成分にはマーカーを付加しています。

図2. 赤色光、緑色光、赤外光に対応するPPG信号。例として、赤外光に対応するPPG信号のAC成分/DC成分にはマーカーを付加してあります。
図2. 赤色光、緑色光、赤外光に対応するPPG信号。例として、赤外光に対応するPPG信号のAC成分/DC成分にはマーカーを付加してあります。

心拍数の監視

心拍数の監視も、COVID-19の検出には不可欠な要素です。低酸素症によって酸素の供給量が低下すると、身体の組織に十分な量の酸素を供給するために心臓の拍動が速くなります。心拍数の監視は、心臓の問題を検出したり、フィットネスにおける運動量を追跡したりする際に役立ちます。

一般に、心拍数の監視には、波長が540nm前後の緑色LEDが使用されます。緑色LEDは赤色LEDや赤外LEDよりも変調指数が高いので、最良のPPG信号が得られます。また、適切なレベルのCTRが得られるため、消費電力もそれほど多くなりません。

S/N比(AC)は、信号品質を表すパラメータとなります。これは、S/N比(DC)と変調指数の乗算によって求められます。例えば、変調指数が1%でS/N比(DC)が95dBである場合、S/N比(AC)は55dBと算出することができます。

ECGの測定

スポット・チェックに対応する腕時計や連続監視用の胸部パッチのようなウェアラブル機器に、ECGの測定機能が追加されるようになっています。一般に、そうした機器には、金属などの導電材料で作られた電極が使用されています。それらの電極は分極しており、乾式電極と呼ばれます。乾式電極を使用したECGの測定では、電極と皮膚の間の接触インピーダンスが高く、過電圧が比較的高くなることが大きな課題になります。

従来、ECGの測定には、計装アンプをベースとするソリューションが使われていました。その場合、バッファを使用することで、信号の減衰に関わる電極‐皮膚間の高い接触インピーダンスを緩和します。また、第3の電極を用いてリファレンス電圧を身体に戻すためには、右足駆動(RLD:Right Leg Drive)技術が使われます。これは、電圧を測定するECGシステムにおいて、人体、電極、ケーブルがさらされる同相電圧を除去するために実装されます。

ADPD4100/ADPD4101をECGの測定に適用する場合には、新しいアプローチを採用することになります。それは、抵抗とコンデンサから成る受動回路を使用して、1対の電極間の差動電圧に追従させるというものです。図3(a)に示すように、受動回路は2個の抵抗RSと1個のコンデンサCSによって構成します。この方法では、ECGの各サンプル・データを取得するために、充電ステップと電荷の転送ステップから成るプロセスを適用します。

2つの入力ピンIN7、IN8は、充電ステップの間はフロート状態になっています。コンデンサCSの電荷は、充電時間が3τ(τ =2RSCSで定義される時定数)より長い場合、2つの電極間の差動電圧に比例します。電荷の転送ステップの間、CSはTIAに接続され、測定を行うためにAFEに電荷が転送されます。このように、ADPD4100/ADPD4101を採用したECG向けソリューションは、電荷の測定をベースとしています。このソリューションにより、バッファとRLD用の第3の電極が不要になる、外付け部品を減らせるのでシステムを小型化できる、消費電力を削減できるといった複数のメリットが得られます。

図3. ECGの測定用の構成(a)。抵抗とコンデンサから成る受動回路を付加しています。また、リードオフ検出用の回路も構成しています。(b)は、ECGのデータをサンプリングする際の充電ステップと電荷転送ステップについて示したものです。
図3. ECGの測定用の構成(a)。抵抗とコンデンサから成る受動回路を付加しています。また、リードオフ検出用の回路も構成しています。(b)は、ECGのデータをサンプリングする際の充電ステップと電荷転送ステップについて示したものです。

このソリューションでは、生体インピーダンスをベースとするアプローチを採用したADPD4100/ADPD4101により、設計上の柔軟性がもたらされます。例えば、図3(a)の回路には、リードオフ検出の機能が追加されています。この回路では、一方の電極にパルスを印加し、もう一方の電極で電流を受け取ります。一方の電極または両方の電極が皮膚から離れている場合、パスが切断されて電流を受け取ることができなくなります。図4に示したグラフは、ECGの信号と、リードオフ検出用に受け取った電流を表しています。タイム・スロットAでECGを測定し、タイム・スロットBでリードオフ検出を行っています。

従来のECG向けソリューションでは、リードオフ検出に使用するプルアップ抵抗回路がECGの測定回路の入力インピーダンスに影響を及ぼします。それに対し、生体インピーダンスをベースとするリードオフ検出では、タイム・スロットが分離されていることから、ECGの測定には全く影響は及びません。図3のようにDC結合回路を使用することで、電極と皮膚の間の接触が再び確立されたらECG信号が取得されます。

図4. ECGの測定とリードオフ検出。DC結合により、瞬時にECGの測定に復帰しています。
図4. ECGの測定とリードオフ検出。DC結合により、瞬時にECGの測定に復帰しています。

インピーダンス・ベースの呼吸の監視

ADPD4100/ADPD4101を使用すれば、呼吸の監視も行えます。その場合、吸息サイクル/呼息サイクルにおける肺の生体インピーダンスの変化を検出します。呼吸の監視は、集中治療室(ICU)にいる患者や睡眠中の患者を対象として行われます。呼吸をモニタリングすることで患者を管理し、適切なタイミングでアラームを発することにより、命を救うことが可能になります。これは、呼吸器系の問題や睡眠時無呼吸の症状を抱える患者にとって極めて重要な機能です。睡眠時無呼吸も健康に対する脅威であり、米国では2500万人を超える成人がこの症状に苦しめられています1

患者が呼吸する際には、肺の容量が増減します。それにより、胸部のインピーダンスに変化が生じます。その変化は、胸部を横切るパスに電流を流し、電圧降下を測定することによって検出できます。図5(a)に示したのは、2つの電極を使用してECGの測定と呼吸の監視を実現する回路(リファレンス設計)です。図5(b)に、同時に記録したECG信号、呼吸に関連するインピーダンスの変動波形、PPG信号を示しました。ECGと呼吸の測定は、ステンレスの乾式電極を左右の手首に装着することで行いました。PPGは、緑色LEDを使用して測定しました。

図5. ECGと呼吸を監視するための構成(a)。スリープ・フロートによるECGの測定とケルビン検出法による呼吸の測定を行うための外部回路を付加しています。(b)は、ECG、呼吸、PPGを同時に測定した結果です。
図5. ECGと呼吸を監視するための構成(a)。スリープ・フロートによるECGの測定とケルビン検出法による呼吸の測定を行うための外部回路を付加しています。(b)は、ECG、呼吸、PPGを同時に測定した結果です。

まとめ

VSMを実現するシステムは、ウェアラブルなスマート・デバイスの形で民生市場における存在感を高めています。ウェアラブル機器によって生成された健康に関する情報は、健康と疾病の管理を行う上で重要な役割を果たします。そうした機器に対する需要を満たし、より多くの人々が利用できるようにするためには、コスト、サイズ、消費電力などの要件について検討しなければなりません。ADPD4100/ADPD4101は、アナログ・デバイセズが提供する革新的なAFEです。これらの製品には、マルチパラメータに対応するVSMのハブとしての高い優位性があります。単一のAFEを使用してマルチパラメータ対応のVSMを実現するシステムを設計できるため、必要なICの数を削減できます。その結果、システムのコストとサイズを大幅に低減することが可能になります。また、ADPD4100/ADPD4101を使って構成したマルチパラメータ対応のシステムでは、同期をとった状態でデータが生成されます。したがって、データの同期をとるために労力を費やす必要はありません。

参考資料

1Rising Prevalence of Sleep Apnea in U.S. Threatens Public Health(米国で睡眠時無呼吸の有病率が上昇、健康に対する脅威が増大する)」American Academy of Sleep Medicine (AASM)、2014年9月

著者

Yigit Yoleri

Yigit Yoleri

Yigit Yoleriは、アナログ・デバイセズの分子センシング・グループ(マサチューセッツ州ウィルミントン)に所属するアプリケーション・エンジニアです。2019年2月に入社しました。主に、ヘルスケア、民生、産業などの分野で使用される光センサー・アプリケーションを担当しています。トルコのボアズィチ大学で電気工学と電子工学の学士号を取得。カリフォルニア大学サンディエゴ校(UCSD)では、医療用機器/システムを専門領域とし、電気工学とコンピュータ工学の修士号を取得しました。

Glen Bu

Guixue (Glen) Bu

Guixue (Glen) Buは、アナログ・デバイセズの分子センシング・グループに所属するアプリケーション・エンジニアです。2018年9月に入社しました。主に、医用生体計測の技術/アプリケーションに関する研究開発に携わっています。中国の清華大学で医用生体工学の学士号を取得。パデュー大学で同分野の修士号と博士号を取得しています。