次世代の航空宇宙/防衛システムには、個々の独立したシステムで従来実現されていた機能を統合することが求められます。加えて、さまざまな機能や要件に対応し、先進的でコンフィギュラブル(構成が可能)なシステムであることも要求されます。これにより、さまざまなプラットフォーム によるサポートが必要なサブシステムの数が減少し、SWaP(サイズ、重量、消費電力)を全体的に削減できるというメリットが得られるからです。また実際には、経験的知識に基づき、リアルタイムのコンフィギュレーションにも対応してほしいと言う、より難易度の高いニーズもあります。高性能で広帯域に対応する新世代のコンポーネントであれば、そのような課題に対してもソリューションを提供できる可能性があります。新世代のコンポーネントは、各システムに求められる高い性能だけでなく、多くの機能にも対応できる広い動作範囲をサポートしているからです。
将来の多くのシステムでは、ソフトウェアによって完全に機能を定義できるアーキテクチャを採用することが最終的な目標になります。そうすれば、実装や動作モードを動的に変更したり、現場で更新を行ったり、ハードウェアに変更の必要がない、もしくは変更が非常に少なくて済むように工場で構成したりすることができるからです。この場合の課題は、システムに求められる動作モードのスーパーセットをサポートすることです。つまり、マルチモードへの対応を図ることが重要な課題になります。そのために、個々の基本的なハードウェアは、必要とされる可能性のあるすべての動作モードの仕様を満たしていなければなりません。
防衛分野において、マルチモードへの対応(機能の一体化)が求められているシステムの例として、レーダーや通信向けのプラットフォームがあります。多くの場合、これらのシステムでは、複数のモードによって旧来からの動作をサポートしようとしてきました。しかし、最近ではシステムの主たる機能に加えて、電子戦機能を組み込みことも求められるようになってきました。例えば、レーダー・システムでは電子支援装置(ESM:Electronic Support Measures)、通信システムではシギント(SIGINT:Signal Intelligence)機能のサポートが進められています。もちろん、レーダーでは複数のモードに対応することが求められ、通信システムでは複数種の波形に対応することが求められています。つまり、マルチモードへの対応だけでなく、マルチファンクション(多機能化)への対応も必要になるということです。
いずれの例も 、広帯域/狭帯域に対応する機能や、求められる線形性とダイナミック・レンジが大きく異なる要件を実現する機能をシステムに組み込もうとしていることになります。全体的な目標を達成するために仕様の面で妥協できない場合には、設計者は消費電力やサイズを犠牲にしなければならないかもしれません。一例として、Xバンドのレーダー・システムと電子情報(ELINT:Electronic Intelligence) システムを考えてみます。通常、レーダー・システムは、8GHz~12GHzの中で比較的狭い数百MHzの周波数範囲で運用されます。一方、ELINTシステムでは、通常はS 、C、Xバンドのすべてを含む8GHz~12GHzの範囲で運用することが求められます。仮に、2つのシステムが同じサイズでなければならないとしたら、ELINTシステムは広い周波数範囲に対応するために性能面で妥協しなければならないかもしれません。この例では、シグナル・チェーンの線形性または消費電力と、帯域幅との間でトレードオフが生じます。
コンポーネントに対しても同じような考え方を適用すると、同じような課題に直面することになります。一般に、広帯域に対応するシステムでは、コンポーネントの線形性、ノイズ性能、消費電力のうちいずれかが犠牲になるはずです。表1は、VCO(Voltage Controlled Oscillator)を内蔵し、広帯域/狭帯域に対応するPLL(Phase-locked Loop)を例にとり、性能上の一般的なトレードオフについてまとめたものです。この表から、狭帯域に対応するデバイスの方が、位相ノイズ、性能指数、消費電力の面で優れていることがわかりますが、狭帯域に対応するデバイスでは柔軟性が犠牲になっていることも明らかです。
表1. VCOを内蔵する広帯域/狭帯域対応のPLLの比較VCOを内蔵する広帯域対応のPLL(ADF4351) |
VCOを内蔵する狭帯域対応のPLL(HMC837) |
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出力周波数 |
0.035 GHz ~ 4.4 GHz |
1.025 GHz ~ 1.150 GHz |
性能指数 |
?221 dBc/Hz |
?230 dBc/Hz |
100kHzにおけるVCOの位相ノイズ 〔dBc/Hz〕 |
?114 |
?120 |
1MHzにおけるVCOの位相ノイズ 〔dBc/Hz〕 |
?134 |
?147 |
サイズ |
5 mm × 5 mm |
6 mm × 6 mm |
消費電力 |
370 mW |
168 mW |
1つのシステムで複数のシステムの仕様を実現する場合、常に何らかのトレードオフや妥協が伴うことになります。しかし、高速ADCや新世代のRF/マイクロ波用コンポーネントであれば、将来のシステム設計者を安堵させることができるかもしれません。なかでも、CMOSプロセスやSiGeプロセスが進化したことによって、新世代のデバイスには膨大な量のデジタル機能を組み込めるようになります。こうしたデバイスでは、信号処理性能が高まったことにより、キャリブレーションやデジタル補正が行えます。また、再構成が行えるようになったことから、従来以上に柔軟性も高まりました。さらに、必要に応じて広帯域に対応するモードを実現しながら、システム全体の性能レベルを狭帯域に対応するシステムに近づけることも可能になりました。
図1に示したのは、広帯域に対応するレシーバの一般的なアーキテクチャです。アナログ・デバイセズ(ADI)が提供する最新のRF/マイクロ波用コンポーネントを使用しています。

実際には、特定のアプリケーションの要件を満たすために、図1のアーキテクチャに対してフィルタ段やゲイン段を加える必要があるかもしれません。例えば、基本的なコンポーネントが柔軟性を備えていれば、監視システム向けに非常に帯域の広いアーキテクチャを実現できます。また、構成が可能なデジタル信号処理機能を備えることから、必要に応じてこのシグナル・チェーンに、より狭帯域に対応する機能も実行できます。加えて、このシステムでは、ダウンストリームのデジタル信号処理と共にコグニティブな機能をサポートすることができ、モードの変更を動的かつリアルタイムで行うことも可能です。
図1のシグナル・チェーンにおいて、最初の2つのステージである低ノイズ・アンプ(LNA)とミキサーはGaAS技術によって実現されています。SiGeベースの広帯域対応ミキサーによって進化が実現されていますが、フロント・エンドを構成するコンポーネントとしてGaAsベースまたはGaNベースのデバイスを使用する方法は現在でも有力です。ADIが提供するLNA「HMC1049」とミキサー「HMC1048」は、いずれも高い性能と優れたIP3(3次インターセプトポイント)を実現しており、狭帯域と広帯域の両方に対応できます。両ICは、プロセスの進化による恩恵を享受した製品です。いずれも、デジタル機能を追加することなく1つのデバイスで複数の仕様を満たせることを示す好例だと言えます。なお、RFデバイスにデジタル機能を組み込むことの利点は、シグナル・チェーンを構成する他の要素に目を向ければ見て取れます。
「ADF5355」はVCOを内蔵するSiGeベースの新たなPLLICです。54MHz~13 .6GHzという広い周波数範囲の出力をサポートしています。この広範な動作範囲は、内蔵する4つのVCOコアによって実現されています。各コアはオーバーラップする256の周波数帯をサポートしているため、VCOに対して高い感度を要求することなく、また位相ノイズ性能とスプリアス性能を犠牲にすることなく、広範な周波数に対応することが可能になっています。また、同ICでは、デジタル・キャリブレーション回路によって適切なVCOと周波数帯が自動的に選択されます。図1のシグナル・チェーンは、このADF5355によって54MHz~13.6GHzのRF周波数に対応できるだけでなく、必要に応じて固定の周波数もサポートすることが可能です。このような機能に加え、狭帯域のシステムで求められる1MHzにおいて-138dBc/Hz(標準値)という高い位相ノイズ性能も実現されます。
A/Dコンバータ(ADC)用のドライバIC「ADA4961」は、広い帯域にわたって優れた線形性を提供します。SPI(Serial Peripheral Interface)と内蔵するデジタル制御機能を使用することによって、500MHzにおいて90dBc、1.5GHzにおいて-87dBcのIMD3(3次相互変調歪み)性能を実現しています。また、同ICのデジタル制御機能により、ゲイン制御を行ったり、構成オプションであるファスト・アタック(Fast Attack)機能を使用したりすることで、システムの性能を最適化することができます。このファスト・アタック機能を利用すれば、システムの柔軟性を高めることができます。通常、Fast Attackピンは過電圧検出信号によって駆動されます。過電圧が検出されたら急速にゲインが下がるため、ADCは歪みのない状態を維持することができます。
「AD9680」はシグナル・チェーンの最終ステージに配置される 最新の高速ADCです。65nmのCMOS製品であり、14ビットの分解能、最高1GSPS(ギガサンプル/秒)のサンプル・レートを実現します。このような高いサンプル・レートと広い帯域幅を備えることから、AD9680は1GHzを超えるIF信号のアンダーサンプリングに使用できます。これにより、システムにおいてA/D変換を行う場所をアンテナの近くに移動することでシステムの柔軟性を高めるというトレンドに対応しています。加えて、同ICは業界最高レベルのSFDRとS/N比を提供します。さらに、DDC( デジタル・ダウン・コンバージョン)機能を内蔵しているため、出力帯域幅のカスタマイズも行えます。
AD9680は構成が可能なデジタル信号処理回路を備えています。このため、狭帯域に対応する機能や広帯域に対応する監視機能をサポートできます。また、内蔵のDDCをディセーブルにしてバイパスすることで、500MHzを超える瞬時監視帯域幅にも対応できます。DDCを利用することにより、構成が可能なデシメーション・フィルタを使ってデータレートを下げる前に、狭帯域IF信号をベースバンド信号にデジタル処理でミキシングするためにデジタル数値制御発振器(NCO:Numerically Controlled Oscillator)を設定することができます。これにより、ADCが最大サンプル・レートで動作している際に出力データの帯域幅を60MHzに下げることが可能になります。デジタル信号処理を利用すれば、低い帯域におけるシステムのS/N比を高めることができます。また、広帯域/狭帯域に対応する構成可能なシグナル・チェーンに求められる柔軟性が得られます。
この例では、受信側のパスに着目しましたが、送信側向けにも同様の集積レベルのICが提供されています。例えば、新世代のD/Aコンバータ(DAC)は、構成が可能なインターポレーション・フィルタとデジタル・アップ・コンバージョン機能を備えています。こうした製品も、先述したような広帯域対応のRF/マイクロ波用コンポーネントと共に使用されます。
本稿で取り上げた例は、広帯域に対応する新世代のデバイスが、より重要度が増すデジタル信号処理やデジタル機能をどのように組み込んでいるのかということを示しています。また、将来のシステムでは、従来は実現できなかった性能レベルでマルチモードの動作に対応するために、動的な構成をどのように行うのかということもご理解いただけたでしょう。この例は、狭帯域に対応する機能と広帯域に対応する機能は共存できないという従来の考え方を否定するものです。簡略化を図るために、本稿で示した解析結果には、フィルタリングにおける課題や消費電力についての分析は含まれていないことに注意してください。これらの要素は、現実の設計における何らかの選択や、シグナル・チェーンのアーキテクチャに大きな影響を与えることもあります。しかし、広帯域に対応する高性能のデバイスとレベルの向上した信号処理 によって、将来は構成が可能でコグニティブなソフトウェア定義型のシステムが有望な選択肢になることは間違いなさそうです。
「AD9361」のようなRF ICは極めて高いレベルの集積度を実現しています。この種の製品は、デジタル機能とアナログ機能の境界は消滅しつつあるということを示しています。同ICは、デジタル・フィルタとキャリブレーションの機能を備えるダイレクト・コンバージョンのアーキテクチャをサポートします。これにより、70MHz~6GHzのRF入力周波数と最大56MHzの帯域幅に対応可能な高い柔軟性を提供します。

AD9361は構成可能であることから、電子監視や電子戦のほか、レーダー、通信、データ・リンクなど、広範な用途に対応できます。また、キャリブレーションやプロセッシングといったデジタル機能により、ダイレクト・コンバージョン・システムでよく見られる多くの課題を解決することが可能になります。これまでにないレベルの集積度とコンフィギュラビリティを実現しており、コグニティブで多機能なシステムに対応することができます。従来のICでは、このレベルの統合と性能は両立できませんでした。
多くのシステム設計者は、周波数や温度の変化にも対応してイメージ除去を行わなければならないといった制約を克服することができませんでした。このため、ダイレクト・コンバージョンのアーキテクチャの採用を避ける傾向がありました。現在では、デジタルとアナログの結合の度合いが増し、高度なキャリブレーションやプロセッシングの機能がIC に組み込まれるようになりました。この結果、上述したような課題に対するソリューションを提供できるようになりました。また現在では、性能を大きく低下させたり、消費電力を大きく増やしたりすることなく柔軟性を高めることも可能です。現時点でも、狭帯域のみを対象とし、ディスクリートのコンポーネントを使用した専用のシグナル・チェーンの方が良好な性能が得られるかもしれません。しかし、こうした性能の差は確実に小さくなっています。
ソフトウェア定義型のシステムでは、すべてのアプリケーションに対してRF/マイクロ波用の単一のシグナル・チェーンで対応できるようにすることが最終的な目標となります。この目標に向けては、多機能でコグニティブなアプリケーションをサポートする単体のトランシーバといったコンポーネントが理想的なものだと言えます。現実的には、すべてのシステムに対応できるようになるまでには相応の時間を要するでしょう。それでも、新たな開発が進み、新たなICがより多くの機能を備えるようになったことで着実に目標に近づきつつあります。単にRF性能を向上させるということではなく、デジタル信号処理を付加することによって、マルチモード対応に向けた課題の一部を軽減/解決するソリューションが今後も提供されるはずです。いずれは、1つのデバイスまたはカスケードに接続された広帯域対応のデバイスによって、あらゆるアプリケーションに対応可能な単一のソリューションが提供されるようになるはずです。真のソフトウェア定義型システムへの移行が現実になるまでには、それほど時間はかからないかもしれません。