線形可変差動トランス(LVDT:Linear Variable Differential Transformer)は、直線運動を電気的な信号として検出するために使用されるデバイスです。代表的なアプリケーション分野としては、最新の工作機械、ロボティクス、アビオニクス(航空電子機器)、コンピュータを応用した製造機器などが挙げられます。実際、LVDTを利用すれば、高い精度と優れた信頼性で測定が行えます。
図1は、LVDTの構造/仕組みについて説明したものです。LVDTは、位置の情報を電気信号に変換するセンサーだと言えます。その出力は、可動磁気コア(movable magnetic core)の位置に比例した値になります。LVDTは、中心に配備された1次コイルと、外側に配備された2つの2次コイルで構成されます。いずれのコイルも円筒形に巻かれています。磁気コアは、そのトランスの内部を直線的に移動します。1次巻線はAC電圧源(通常は数kHz)によって励起され、アセンブリ内部の磁気コアの位置に応じて変化する2次電圧を誘導します。通常、磁気コアはネジ状に実現されます。それにより、動き/変位の測定の対象となる物に固定される、非強磁性ロッドに容易に取り付けられるようになっています。

2次巻線は、互いに異なる位相で動作するように巻かれています。磁気コアが中心に位置している場合、2つの2次巻線の電圧は反対の値になります。その結果、最終的な出力電圧はゼロになります。磁気コアが中心から移動すると、磁気コアが近づく方の2次電圧は上昇し、逆側の電圧は低下します。それにより、磁気コアの位置に応じて直線的に変化する差動電圧出力が得られます。この方法では、移動範囲の全体にわたり、0.5%かそれを上回る優れた直線性が得られます。LVDTは、優れた精度/直線性/感度、無限の分解能、摩擦のない動作、機械的な耐久性を備えるデバイスだと言えます。
測定範囲はLVDT製品ごとに大きく異なりますが、通常は±100µm~±25cm程度です。励起電圧の値は、周波数が50Hz~20kHzの場合で1V~24V rms程度です。磁気コアが中心に位置している場合でも、2つの2次巻線と漏れインダクタンスのミスマッチによって真のナル(null)は生じないことに注意してください。また、出力電圧VOUTをシンプルに測定するだけでは、磁気コアが存在するナル位置の側を把握することはできません。

図2に示したのは、上記の問題を解消するための回路構成です。このシグナル・コンディショニング回路では、2つの出力電圧の絶対値の差をとります。この方法を利用すれば、中心位置周辺の正/負の変位量を測定することができます。絶対値を得るための回路としては、ダイオード/コンデンサで構成した整流器が用いられることもあります。しかし、図3に示した高精度の整流器を使用する方がより高い精度と直線性を得ることができます。図3の回路では、V/Iコンバータに入力信号を与え、その出力によってアナログ乗算器を駆動します。また、差動入力の符号がコンパレータによって検出され、そのコンパレータの出力により、アナログ乗算器においてV/I出力の符号が切り替えられます。最終的な出力は、入力信号の絶対値を高い精度で複製したものになります。この種の回路は、バイポーラ・プロセスを使うことによって、ICとして容易に実現することができます。

図4は、LVDT用のシグナル・コンディショナ「AD598」のブロック図です。同ICは、LVDTを利用する際に必要なすべての信号処理に対応しており、業界で標準的に使用されています。同ICが内蔵する発振器を使えば、1個のコンデンサを外付けするだけで、20Hz~20kHzの励起周波数信号が得られます。2つのフィルタの前段には、それぞれ絶対値の検出を担う2つの回路が配置されています。各回路は、Aチャンネル、Bチャンネルの入力振幅を検出するために使用されます。中央に位置するアナログ回路は、レシオメトリックな関数である(A - B)/(A + B)を生成するために使用されます。この関数は、1次巻線の励起電圧の振幅には依存しません。また、この関数は、LVDTから出力される電圧の振幅の和は動作範囲全体にわたって一定に保たれるとの仮定に基づいたものとなっています。実際、この仮定はほとんどのLVDT製品で成り立ちますが、データシートにそのような規定がない場合、メーカーに必ず確認してください。更に、この方法は5線式のLVDTの使用を前提としていることにも注意してください。

AD598の励起電圧は、1個の抵抗を外付けすることによって、約1V~24V rmsの範囲で設定できます。駆動能力は30mA rmsです。同ICの回路は、位相シフトや信号振幅の違いによる影響は受けません。そのため、300フィート(約91m)のケーブルの終端に配備されたLVDTでも駆動できます。位置を表す出力VOUTの範囲は6mAの負荷に対して±11Vであり、最長1000フィート(約305m)のケーブルを駆動することが可能です。入力VAとVBとしては、100mV rms程度の小さな信号であっても構いません。
図5に示したのは、LVDT用のシグナル・コンディショナ「AD698」のブロック図です。この製品の仕様はAD598と似ていますが、同期復調を採用している点が異なります。つまり、信号処理の方法に違いがあるということです。シグナル・プロセッサAと同Bは、いずれも絶対値に関する関数機能とフィルタ機能によって構成されています。Aの出力をBの出力で割ることにより、励起電圧の振幅には依存しないレシオメトリックな最終出力を生成します。AD698では、LVDTの2次電圧の和が一定に保たれている必要はありません。

AD698は、ハーフブリッジ構成のLVDT(自動トランスと類似)と共に使用することもできます(図6)。この回路では、プロセッサBに2次電圧がそのまま印加され、プロセッサAにはセンタータップの電圧が印加されます。ハーフブリッジのLVDTはナルの電圧を生成しません。A/Bという比の値がコアの移動範囲を表します。

LVDTは、回転形のデバイスとしても実現できます。その種のデバイスは、回転可変差動トランス(RVDT:Rotary Variable Differential Transformer)と呼ばれます。RVDTでは、シャフトがLVDTにおける磁気コアに相当します。また、トランスの巻線はアセンブリの固定部分に巻かれます。ただ、RVDTが直線性を示すのは比較的狭い回転範囲に限られます。360°すべての回転を測定することはできません。通常のRVDTは連続回転には対応可能であり、ナル位置(0°)周辺の約±40°の範囲では直線性が得られます。感度は、周波数が400Hz~20kHz、入力電圧が3V rmsまでの範囲で、回転角度あたり2.5mV/V(代表値)程度になります。シャフトとボディを見ると、0°の位置に印がついているはずです。
参考資料
Hank Zumbahlen(編)「Linear Circuit Design Handbook(線形回路の設計ハンドブック)」Newnes、2008年