概要
LEDマトリックス・マネージャICを活用すれば、自動車用の高度なフロント・ライト・システムを実現できます。それにより、自動車メーカーは車両の安全性を高めることができます。それだけでなく、自社のブランドをより際立つものにすることが可能になります。LEDマトリックス・マネージャは、シームレスな統合度と、安全機能に支えられた高い性能を提供します。また、電磁干渉(EMI)を効果的に低減する役割も果たします。加えて、対数をベースとするフェードイン/フェードアウト機能を提供します。更に、オン抵抗RDS(ON)が低いという特徴を備えているだけでなく、最適な動作を得るためのスルー・レート制御機能を提供します。本稿では、LEDマトリックス・マネージャを採用することにより、車載フロント・ライト・システムの設計においてどのようにインテリジェンスを高められるのかを明らかにします。
はじめに
最近の自動車では、インテリジェントなフロント・ライト・システムを採用する例が増えています。その年間成長率は8.3%にも達します1。この動向を後押しする主な要因は2つあります。1つは、自動車にはより高い安全性が求められているというものです。そして、もう1つの要因としては、自動車メーカーが唯一無二のブランド・アイデンティティを確立したいという希望を持っていることが挙げられます。高度なフロント・ライト・システムは、グレアフリーのハイ・ビーム、LED、マトリックス照明を実装することで実現されます。それらの要素を組み合わせることにより、アダプティブ・ドライビング・ビーム(ADB:Adaptive Driving Beam)システムが構成されます。同システムは、対向車や歩行者の視界が妨げられるリスクを軽減します。一方、運転者の安全性と快適性を更に高めるために、自動車メーカーはアダプティブ照明機能(AFS:Adaptive Lighting Function)も採用するようになりました。そうした機能の例としては、コーナリング・ライトやダイナミック・カーブ・ライトなどが挙げられます。
LEDマトリックス・マネージャは、マトリックス照明/ピクセル照明の電流を効率的に管理するという重要な役割を果たします。通常、6~12個の内蔵スイッチを使用することでLEDの電圧(最大65V)を制御します。それにより、設計の簡素化と開発時間の短縮に貢献します。定格電圧が5V~14Vの内蔵MOSFETは、RDS(ON)の値が小さいことを特徴とします。そのため、LEDに供給する電流量については最大2Aまで対応できます。
通常、LEDマトリックス・マネージャでは、パルス幅変調(PWM)をベースとする調光機能を使用します。同機能については、高い性能を得るために最適な設定を適用できるようになっています。例えば、PWM調光を行う際、異なる状態の間でスムーズな遷移が得られるように設定することが可能です。また、PWM調光向けに内部クロック/外部クロックを制御するためのオプションも用意されています。
LEDマトリックス・マネージャの調光性能は急速に向上しています。それにより、安全性の向上、ドライビング・エクスペリエンスの改善、ブランド・アイデンティティの強化を図れるようになりました。
LEDベースのヘッドライトの長所
現在、自動車のフロント・ライトの光源としては、ハロゲン・ランプ、キセノン・ランプ、LEDランプのうちいずれかが使用されています。従来、ハイエンドの車種ではキセノン・ランプが一般的に使われていました。しかし、現在ではLEDランプの人気が高まりつつあります。LEDランプは、近いうちに最も一般的な選択肢になると考えられます。
表1は、3種の光源についてまとめたものです。LEDランプでは、ハロゲン・ランプよりも高い輝度が得られます。しかし、キセノン・ランプほど明るくはありません。一方で夜間の使用を考えると、キセノン・ランプではまぶしすぎる可能性があります。一般に、ハロゲン・ランプでは消費する電力のうち20%程度しか光に変換することはできません。それに対し、LEDランプでは80%を光に変換できます2。LEDランプの場合、初期コストが高くなります。ただ、寿命が長く、エネルギー効率が高いので、長い目で見ればコストを低減できます。また、LEDランプにはサイズを抑えられるという特徴もあります。そのため、自動車メーカーはヘッドライトを設計する際、高い自由度が得られることになります。
ハロゲン・ランプ | キセノン・ランプ | LEDランプ | |
輝度 | 低い | 高い | 中程度 |
エネルギー効率 | 低い | 中程度 | 高い |
寿命 | 短い | 中程度 | 非常に長い |
サイズ | 大きい | 大きい | 小さい |
価格 | 安い | 中程度 | 高い |
LEDをベースとするフロント・ライト・システム
図1は、LEDランプを使用するフロント・ライト・システムの構成例を示したものです。ご覧のように、このシステムはマイクロコントローラ、電圧源、電流源、LEDランプなどから成ります。LEDランプが含まれている部分はLEDモジュール(LM:LED Module)と呼ばれます。一方、マイクロコントローラは、LMに外付けされる形のLED制御モジュール(LCM:LED Control Module)に実装されます。多くの場合、LCMはCAN(Controller Area Network)バスを採用しています。その用途は、アニメーションや輝度などを含むLMのステータスを監視したり、ステータスの情報を通信によって伝送したりすることです。LCMが備えるLEDドライバは、一般的に昇降圧のトポロジに対応しています。例えば、6個または12個のLEDを使用するなど、様々な構成のLMに対応できるようになっています。図1の例の場合、LCM内のLEDドライバは電圧源と電流源の両方の機能を提供します。一般に、電圧源の機能は、バッテリの電圧をLEDの個数に応じて決まるより高いレベルに変換する役割を果たします。一方、電流源の機能は、昇圧された電圧を低下させると共にLMに対して一定レベルの電流を供給します。
図1. LEDランプを使用するフロント・ライト・システム
自動車のフロント・ライト・システムは、以下に挙げるような複数の照明機能を備えています。
- ロー・ビーム・ヘッドランプ(LB)
- ハイ・ビーム・ヘッドランプ(HB)
- デイタイム・ランニング・ライト(DRL)
- フロント・ポジション・ランプ(PL)
- 方向指示器
それぞれの照明機能に対応するLMでは、異なる数、異なる色のLEDを使用します。したがって、LCMは、輝度の調整に対応できる適切な電流源を備えていなければなりません。なお、コストの削減を目的として、DRLとPLなど、2つ以上の照明機能が1つのLMに統合されるケースもあります。
図1のLMで使用されている「MAX25608」がLEDマトリックス・マネージャICです。この種の製品は、様々な調光のシナリオに応じてLEDを個別に制御するために使用されます。シナリオの例としては、ウェルカム機能やワイピング・インジケータなどがあります。このLEDマトリックス・マネージャICは複数のスイッチを内蔵しています。それらのスイッチの動作は個別にプログラムすることが可能です。それにより、LEDストリングに対応する各スイッチの間でLEDをバイパスすることができます。各スイッチは、完全にオン、完全にオフ、フェード遷移モードあり/なしの調光に対応します。調光に使用するスイッチング周波数は、内部発振器によって設定することもできますし、外部クロック源に同期するように設定することも可能です。
スマートな照明機能を実現するADBシステム
ADBシステムは、ハイ・ビーム・ヘッドランプを制御するためのスマートな機能を提供します。それにより、運転時の条件に基づいてビームのパターンをアダプティブに調整することが可能になります。フルに点灯しているハイ・ビーム・ヘッドランプは、対向車の運転者や前方にいる歩行者の視界を妨げる可能性があります。ADBシステムのアダプティブな機能を使用すれば、明るい照明を自動的に消灯したり部分的に点灯したりすることができます。その結果、対向車の運転者や歩行者はまぶしさを感じにくくなります。様々なハイ・ビーム・ヘッドランプには、解像度の面でそれぞれに異なる要件が存在します。そのため、ADBシステムのLMは、4個以上のLEDゾーンを制御するために4個以上のLEDマトリックス・マネージャを使用して構成されることがあります。LEDマトリックス・マネージャを使用すれば、ADBシステムの実装が容易になります。そのADBシステムでは、LM内のLEDを個別に調光することができます。
LEDマトリックス・マネージャによる障害検出/保護
LEDがオープンまたは短絡の状態にある場合には、そのことを検出する必要があります。これは、安全を確保するためには不可欠な機能だと言えます。そうした安全機能を備えるシステムであれば、潜在的な障害の影響を軽減することができます。また、フロント・ライト・システム内のLEDがオープン/短絡の状態にあるか否かを確認することは、起こり得る様々な問題の検出にも役立ちます。このような理由から、LEDマトリックス・マネージャはオープン/短絡に対する保護機能を提供します。MAX25608の場合、オープン/短絡に関連するあらゆる障害を追跡することが可能です。LEDがオープンになるという障害を検出する際には、次のような機能が働きます。すなわち、LEDに対応する個々のスイッチのドレイン‐ソース間電圧がオープン検出用の閾値を上回るとトリガされます(図2)。その上で、ステータス用のレジスタを介して障害の報告が行われます。例えば、スイッチのドレイン‐ソース間電圧が4.88Vで、オープン検出用の閾値が4.66Vに設定されているとします。その場合、LEDのオープンに対応する障害検出機能がトリガされます(図3)。一方、LEDの短絡の検出機能は、スイッチのドレイン‐ソース間電圧が、スイッチがオープンの状態に対応する短絡検出用の閾値を下回った場合にトリガされます。そして、ステータス用のレジスタを介して障害の報告が行われます。図4に示したのが短絡を検出している場合の例です。クロス・スイッチの電圧は2.4Vであり、短絡に対応する閾値は1.4Vに設定されています。この場合、LEDの短絡の検出機能がトリガされます。
図2. LEDの障害検出に関連する要素
図3. MAX25608によるLEDのオープン検出。チャンネル2はドレイン電圧、チャンネル3はFLTB、チャンネル4はLED電流を表しています。
図4. MAX25608によるLEDの短絡検出。チャンネル2はドレイン電圧、チャンネル3はFLTB、チャンネル4はLED電流を表しています。
UARTによる安全な通信
MAX25608は、UART(Universal Asynchronous Receiver/Transmitter)をベースとするマルチドロップの通信をサポートしています。具体的には、最大16個のMAX25608とマイクロコントローラの間で通信を行うことが可能です。図5、図6に、writeコマンドとreadコマンドの例を示しました。データのセキュリティを確保するために、read/writeのトランザクションはパケットに巡回冗長検査(CRC)用の3ビットのデータを適用することで保護されます。マイクロコントローラから誤ったCRCデータを備えるデータ・パケットが送信された場合、MAX25608は応答することなくその通信を破棄します。
図5. writeコマンドの例
図6. readコマンドの例
通信が失われた場合、MAX25608はUART用のウォッチドッグ機能を使用して、スイッチを事前に構成された状態に移行させます。マイクロコントローラの通信ラインが、設定された時間を超えて非アクティブな状態のままになると、フォルト(障害)インジケータが点灯します。また、UART用のウォッチドッグが有効である場合、LEDは事前に構成された状態に移行します。図7の例では、UART用のウォッチドッグ・タイマーは500ミリ秒に設定されています。UARTのレシーバーの信号が480ミリ秒にわたって非アクティブな状態になると、LEDはオフの状態に移行します。事前に構成したLEDの状態がオフであるため、このように動作します。
図7. MAX25608が備えるUART用のウォッチドッグ機能。チャンネル1はUARTのレシーバー、チャンネル2はドレイン電圧、チャンネル3はFLTB、チャンネル4はLED電流を表しています。
LEDマトリックス・マネージャの性能
MAX25608には、統合度/性能と安全性/柔軟性が高いという特徴があります。また、EMIの低減機能を備えることも特徴の1つです。それぞれの概要をまとめると以下のようになります。
- 統合度:対数をベースとするフェードイン/フェードアウト機能を提供します。これを使用すれば、LED のプログラマビリティを簡素化すると共に、システムのバス・ラインの負荷を軽減することが可能になります。
- 性能と安全性:LEDのオープン、短絡、オープントレースを検出するための高度な障害検出機能と管理機能を備えています。また、RDS(ON) が小さいので、LED に対してより多くの電流を安全に供給できます。
- 柔軟性:多数のLEDピクセルを管理するための複数のICをサポートします。1 ストリング/ 12 個の直列スイッチや、2ストリング/ 6 個の直列スイッチなどの形でLED のグループを構成できます。
- EMIの低減:スルー・レートを制御する機能によって、EMIとノイズを低減することが可能です。
熱性能やEMI性能といった性能指標については簡単に評価することができます。図8に示したのは、12個のLEDに1.5Aの電流を供給した場合の熱画像です。ここでは、LEDマトリックス・マネージャのすべてのスイッチを閉じた状態で、昇降圧LEDドライバ「MAX25601」によってLEDを駆動しました。室温の環境において、温度はわずか30.4℃しか上昇していません。
図8. MAX25608を使用したシステムの熱画像。12個のLEDに1.5Aの電流を供給しています。
また、上記と同じ試験環境で、12個のLEDに対して1Aの電流を供給したとします。MAX25608は、アナログ・デバイセズ独自のチャージ・ポンプの設計を採用しています。その効果により、EMIのスパイクは観測されません(図9)。
図9. MAX25608の伝導EMI
続いて、各チャンネルに2個のLEDが接続されたHブリッジ対応のLEDドライバ「MAX25600」によって、MAX25608を駆動するケースを例にとります。MAX25600には、4.7μFの出力コンデンサとフィルタ(1μHのインダクタと0.1μFのコンデンサ)を追加しています。その場合、調光時の電流スパイクは図10のようになります。
図10. 調光時の電流スパイク
まとめ
現在は、自動車の電動化とインテリジェント化が急速に進んでいる状況にあります。そうしたなか、照明システムは、現在/将来の車両においてますます重要な機能になります。照明システムには、高い柔軟性/効率/信頼性が必要です。また、よりパーソナライズされた芸術的な効果を提供することが求められます。特に、ADBとAFS(アダプティブ照明機能)は高度な安全機能であると見なされています。それらの設計には、精度/効率/信頼性の高いLEDマトリックス・マネージャが必要です。
参考資料
1 Sejal Akre「Automotive Intelligent Lighting System Market Research Report Information by Technology(Xenon, LED, Halogen), Type of Light (Intelligent Ambient Lighting, Adaptive Headlight), Vehicle Type (Passenger,Commercial) And Region (Asia-Pacific, North America,Europe, And Rest Of The World) . Market Forecast Till 2032(車載インテリジェント照明システムの市場調査レポート -技術(キセノン、LED、ハロゲン)/種類(インテリジェント・アンビエント照明、アダプティブ・ヘッドライト)/車種(乗用車、商用車)/地域(アジア太平洋、北米、欧州、その他) - 2032年までの予測)」Market Research Future、2024年3月
2 「LED vs Halogen Bulbs(LEDとハロゲン・バルブの比較)」DISPLAYS2GO、2023年8月