インピーダンス測定による血液凝固のモニタリング

はじめに

血液凝固は、複雑でダイナミックな生理学的プロセスであり、血の塊を形成して傷ついた部位での出血を止めます。心臓バイパス手術時には、血液を体から人工心肺装置に迂回させて心肺機能を維持します。人工心肺装置を操作する臨床工学技士の役割の1つは、血の塊の発生を防ぐために患者に抗凝固剤を効果的に投与して、適切なパラメータを監視することです。このため、手術時にはヘパリンという抗凝固薬が投与されます。その後は、過剰な出血を防ぐために、この処置を早急に元の状態に戻す必要があります。1凝固と出血の微妙なバランスを保つため、患者の血液凝固時間は、手術時には30 ~ 60分ごとに監視され、手術後は、通常の凝固時間に戻るまで数回の監視が行われます。2 現在、患者の静脈ラインから採取された血液サンプルはベッドサイドでテストされ、測定された凝固時間値が抗凝固療法の調整に使用されます。

アナログ・デバイセズは、アイルランド科学基金3から資金提供されている科学、工学、技術の中心であるBiomedical Diagnostics Institute (BDI)4のパートナーです。BDIは、次世代の生物医学診断装置の開発に焦点を合わせた学際的研究機関です。BDIインテグレーション・プログラムの1つとして、アナログ・デバイセズはダブリン・シティー大学5および世界的な特殊医薬品・投薬企業と連携して、救命救急環境で治療中の患者用の凝固モニタリング装置を開発しています。このシステムは、患者の血液の凝固状態に関する情報を短時間で自動的に提供することで、患者の安全、ワークフロー、意思決定を支援し、治療成績の向上に貢献します。

血液凝固の電気測定

体内の血液凝固は、細胞やそのほか多数のアクティブ成分の影響を受けます。凝固カスケードは、血液の成分と血液の凝固形成のプロセスとの関連を示します。カスケードがアクティブになると、血液は非凝固状態から凝固状態へ進むため、分子電荷状態と実効電荷移動度が変化します。カスケードの最終ステップには、トロンビンとフィブリノゲンという2つの成分が関係します。トロンビンはフィブリノゲンをカットすることで作用し、フィブリン・フィラメントが形成されます。フィブリン・フィラメントは自然に凝集します。凝固時間の終点は、フィブリンによる凝固が形成される時間と定義されてきました。6,7

凝固血液サンプルのグローバル・インピーダンスを監視することによって、血栓形成に関連する伝導率の変化が測定されます。計測機器の性能を評価するため、データから判断された凝固時間は、最も標準的な臨床的測定による凝固時間の結果と関係付けされました。

AD5933によるインピーダンス測定

完全集積型のシングルチップ・インピーダンス・アナライザであるAD5933 8(図1)は、周波数発生器と1MSPSの12ビットA/Dコンバータ(ADC)を内蔵した高精度インピーダンス・コンバータ・システムです。周波数発生器は、既知の周波数で外部の複素インピーダンスを励起することができます。応答信号(電流)は内蔵ADCによってサンプリングされ、離散フーリエ変換(DFT)は内蔵のDSPエンジンで処理されます。DFTアルゴリズムは、各出力周波数で実数(R)と虚数(I)のデータ・ワードを返します。これらのコンポーネントを使用すれば、スイープに沿った各周波数点でのインピーダンスの大きさと相対位相を簡単に計算できます。

Figure 1
図1. インピーダンス計測システムの機能ブロック図

ブロック図を見ると、AD5933は完全にワンチップ化されたインピーダンス計測システムであることがわかります。内部デジタル処理によって、被テスト回路の複素インピーダンス計算が可能になっています。このシステムは初期キャリブレーションを必要とし、測定されるインピーダンスは高精度抵抗に置き換えられます。そして、以降の測定にそのスケーリング係数が用いられて計算が行われます。AD5933は、励起周波数レンジ1 ~ 100kHz、システム精度0.5%でインピーダンス測定が可能です(測定範囲100Ω ~10MΩ)。

血液凝固とインピーダンス変動との相関性は、以前から文献9,10,11,12,13 で確認されていました。しかし、近年になって集積回路の複素インピーダンス測定デバイスが実用化され、血液凝固時間を計測する機器の小型化が可能になりました。これは、救命救急機器の重要な課題である節電、可搬性、最終的な機器設置面積に関して、重要なメリットをもたらします。

単電源動作であるAD5933は、固定値のDCバイアスのまわりに信号振幅を集中させることがあります。これは、大部分のインピーダンス測定では重要なことではありません。しかし、DC電圧が特定の閾値を超えると、電極に接触している水溶性の伝導媒体に電気化学的プロセスが発生して、サンプルが変化します。現在のプロジェクトにおいて、AD5933による血液サンプル測定におけるこの電気分解の発生を防止するため、図2に示すシグナル・コンディショニング回路を用いて、電圧励起と電流測定がAC結合されています。

Figure 2

血液凝固計測システム

血液サンプルのデリバリー装置と計測機器とのインターフェースは重要です。この場合、血液サンプルが送られる特殊なマイクロ流体チャンネルは、AD5933計測回路に接続するように設計されました(図3)。マイクロ流体デバイスは3つの層から構成されます。最下層は、2つのスクリーン印刷された電極から構成され、AD5933回路の入出力ポート・ピンに接続されました。最上部のマイクロモールドされたポリマー・チャンネルは、マイクロチャンネルで接続された2つの容器から構成されます。凝固反応を起こす化学試薬は、このマイクロチャンネル内または中央ボンディング層上に格納できます。最上部と最下部のチャンネルは、感圧性接着剤(PSA)を用いて結合されます。1つの容器に入れられた血液サンプルが、マイクロチャンネルを満たします。これにより、スクリーン印刷されAD5933回路に接続された電極と接触します。

Figure 3
図3. 測定される血液サンプルを格納するポリマー・マイクロチャンネルを備えた、
インピーダンス計測システムの略図。
これによって、サンプルは凝固イベントを起こす特殊試薬と作用し、
計測デバイスAD5933で測定できるようになります。

測定されたインピーダンス応答

図4では、凝固する血液サンプルと凝固しない血液サンプルのインピーダンス応答曲線を示します。図中の矢印は、サンプルの凝固時間が確定するポイントを示します。

Figure 4
図4. 凝固しない(黒色)血液サンプルと凝固する(赤色)
血液サンプルのインピーダンス・プロファイル

図5のインピーダンス応答は、血液サンプルにおけるヘパリン濃度の増加とともに凝固時間が延びることを示します。矢印は、さまざまなサンプルの凝固時間を示します。

Figure 5
図5. 凝固時間を延ばすインピーダンス・プロファイルの比較:最短(青色)から最長(黒色)

上述のシステムを用いて、臨床的に意義のある多数の血液サンプルの凝固時間が測定されました。そしてこれらは、臨床的に最も標準的な計測システムを用いて、サンプル提供者のサンプルで行われた測定との相関関係が調査されました(図6)。

Figure 6
図6. AD5933計測システムによって測定された抽出凝固時間と、
臨床的に最も標準的な凝固時間の測定値との相関関係(各サンプルでn=6)

結論

AD5933シングルチップ・インピーダンス・アナライザは、血液が凝固する際のインピーダンス変動の測定に適用され、成功を収めました。既存の市販ソリューションに比べて、柔軟性、消費電力、小型化のメリットがあります。この種の集積回路技術を、マイクロ流体工学やサンプル操作といった異なる新技術と組み合わせれば、医療機器の将来的な研究開発のための強力なプラットフォームが実現します。


参考資料

1Bowers, John and James J. Ferguson. “Use of the Activated Clotting Time in Anticoagulation Monitoring of Intravascular Procedures.” Texas Heart Institute Journal. 20 (4). 1993. 258–263.

2Kost, Gerald, J., ed. Principles and Practice of Point-of-Care Testing. Lippincott, Williams and Wilkins. 2002.

3www.sfi.ie

4www.bdi.ie

5www.dcu.ie

6Guest, M.M. “Circulatory Effects of Blood Clotting, Fibrinolysis, and Related Hemostatic Processes.” Handbook of Physiology, Circulation III, American Physiological Society. Washington, DC. 1964.

7Brummel-Siedins, K., T. Orfeo, Jenny N. Swords, S.J. Everse, and K.G. Mann. “Blood Coagulation and Fibrinolysis.” Chapter 21 in Wintrobe’s Clinical Hematology. 11th edition. Volume 1. M.M. Wintrobe and J.P. Greer, eds. Lippincott, Williams, and Wilkins. 2004.

8ADI website: www.analog.com (Search) AD5933 (Go)

9Ur, A. “Changes in the electrical impedance of blood during coagulation.” Nature 226. 1970a. 269–270.

10Ur, A. “Determination of blood coagulation using impedance measurements.” Biomedical Engineering 5 (7). 1970b. 342–345.

11Ur, A. “Detection of clot retraction through changes of the electrical impedance of blood during coagulation.” American Journal of Clinical Pathology 56 (6). 1971. 713–717.

12Ur, A. “Analysis and interpretation of the impedance blood coagulation curve.” American Journal of Clinical Pathology 67 (5). 1977. 470–476.

13Theiss, W. and A. Ulmer. “Comparative and direct measurement of the electrical impedance in blood coagulation.” Thrombosis Research 13. 1978. 751–765.


謝辞

本稿のデータは、アイルランド科学基金の支援を受けた研究に基づいています(Grant No. 05/CE3/B754)。専門的知識と施設の利用に関しては、アイルランド王立外科医学院のDermot Kenny氏、Gerardene Meade氏、Sarah O'Neill氏、そして分子細胞治療学科の皆様に感謝します。マイクロ加工作業に関しては、Nigel Kent氏、およびTony Killard博士が主任研究員を勤めるBiomedical Diagnostics Institute(DCU、ダブリン)の凝固モニタ研究チームに感謝します。

著者

Helen Berney

Helen Berney

Helen Berney is a research engineer with the Healthcare Products Division, joined Analog Devices in February 2006. She is a graduate of Dublin City University with a BSc in Biotechnology, and has a PhD in the area of silicon-based immunosensing diagnostics from University College, Cork, Ireland. Previously, she worked on the development of sensors and integrated systems for biomedical applications at National Microelectronics Research Centre, Cork. She was awarded a Leverhulme Fellowship to work at the Centre for Nanoscale Science and Technology at the University of Newcastle-upon-Tyne, UK, on the development of microelectronics and nanotechnology for biomedical research innovation.

J.J. O'Riordan

J.J. O'Riordan

J.J. O’Riordan [jj.oriordan@analog.com], after graduating from the University of Limerick in 1984 with a BEng degree, joined the Test Development department of Analog Devices Limerick (Ireland). In 1998 he received his Master’s in Computer Systems—also from the University of Limerick. Specializing in test technology development, he has developed test programs for the first ADI MicroConverter® products and test capability for high-resolution DACs, Σ-∆ converters, low-leakage switches, and other products. More recently, J.J. has been working in healthcare technology, where he designed and built products such as a blood-coagulation monitor and a glucose meter. In his spare time, J.J. enjoys all kinds of sports and is an ICF-certified life and business coach.