はじめに
入力インピーダンスが高く、高い周波数に対応できるオペアンプを必要とするアプリケーションは数多く存在します。その場合、オペアンプの入力容量が重要な仕様になる可能性があります。例えば、オペアンプの入力容量によって帯域幅やノイズ性能が左右されるといったことが起こり得るからです。オペアンプでは、その入力容量と帰還抵抗によって、周波数応答に1つの極が形成されます。それにより、高い周波数領域でノイズ・ゲインが増加したり、安定性に影響が及んだりします。結果として、安定性の低下、位相余裕の減少、出力ノイズの増加といった問題が生じることがあります。したがって、オペアンプの入力容量を把握しておくことは重要です。しかし、差動モードの容量CDMを計測するための従来の技術は、高インピーダンスの反転回路や、安定性の解析、ノイズの解析に基づいており、かなり冗長な手法だと言えます。
オペアンプのような帰還増幅回路において、トータルの入力容量には、グラウンドに対する負入力のコモンモード容量CCM-と並列のCDMが含まれます。CDMの計測が難しいことには、1つの理由があります。それは、オペアンプの主な役割は、2つの入力を持続的に分離することにあるからです。CDMの計測の難しさと比較すると、グラウンドに対する正入力のコモンモード容量CCM+を直接計測するのは比較的容易です。それには、オペアンプの非反転入力ピンに値の大きい直列抵抗を接続し、サイン波やノイズを印加します。その状態でネットワーク・アナライザやスペクトラム・アナライザによる測定を行えば、入力容量に起因する-3dB周波数を求めることができます。特に、電圧帰還型の増幅回路では、CCM+とCCM-は同一であると想定されます。一方、CDMの計測は、長年にわたってあまり理解されてきませんでした。様々な技術を使用しても、複数の入力電圧を等しくするよう機能する(つまりはCDMに対してブートストラップが働く)オペアンプ固有の性質から、適切に計測することができませんでした。入力を強制的に分離して電流を計測する場合、出力は逆の方向に向かおうとします。CDMをプローブする従来の方法は間接的なものであり、位相余裕の低下の影響を受けます。また、並列に存在するCCM-などの容量によって計測が複雑化していました。
通常、計測を実施する際には、オペアンプを実使用時と同じくクローズドループの条件下で正しく動作させることが望ましいとされています。現在、計測方法の1つとして、入力を分割し、出力をクリップするアプローチが提案されています。しかし、その方法だと、オペアンプのトポロジによっては、内部回路が動作不能になる可能性があります。つまり、計測された容量値には実動作時の容量が反映されていないおそれがあるということです。このアプローチでは、入力を過度に分割しなければ、入力段における非線形性や、過度な出力振幅、クリッピングは回避されます。本稿では、CDMを容易かつ直接計測できる方法を紹介します。
CDMの新たな計測手法
本稿で紹介する手法では、ゲインが1のシンプルなバッファ回路を構成し、出力と反転入力を電流源で励起します。出力と反転入力の動きは、使用するオペアンプ製品の許容範囲内に制限します。周波数が低いと、出力はほとんど変化せず、CDMには電流はあまり流れません。一方、周波数が高すぎると、意味のある結果が得られない可能性があります。中程度の周波数であれば、オペアンプのゲイン帯域幅は低下するものの、低すぎるレベルまでは達しません。オペアンプの出力は、励起するに十分な電圧が得られ、計測できるレベルの電流がCDMに流れるように変化します。
LTspice®により、図1に示したシンプルな計測用回路のシミュレーションを実施しました。それにより、この計測手法によってかなり適切な結果が得られることが確認できました。但し、LTspiceでは、理想的なノイズ・フロアを前提としてシミュレーションが行われます。そのため、現実の世界では、適切に計測を実施できるだけのS/N比が得られるのかという疑問が生じます。
角度がほぼ-90°であるということは、インピーダンスが容量性であるということを意味します。2pFのコモンモード容量は、計測を行う上での問題にはなりませんでした。CCM-が経路に存在せず、1/(2×π×f×CCM+) >> 1Ωを満たすからです。
適切な装置、適切な計測用回路が肝要
図1の回路では、オペアンプの出力に2kΩの抵抗を直列に接続し、励起源を電圧源から電流源へと変換しています。その結果、ノードrでは電圧が小さくなり、オペアンプの非反転入力ピンで観測される電圧と大きくかけ離れることはなくなります。また、計測の対象となるCDMの複数の入力間に流れる電流が少なく抑えられます。この回路では、テストの対象となるオペアンプ(以下、DUT)によるバッファ出力の電圧も小さくなります。そのため、CDMにおける電流も非常に少なくなるので(シミュレーションでは57nA)、現実の環境では、1Ωの抵抗を用いた計測は困難である可能性があります。LTspiceのAC解析やトランジェント解析では、抵抗によるノイズが発生しません。そのため、コンデンサを流れる57nAの電流に対しては、57nVの電圧信号が得られます。しかし、現実の計測環境では、1Ωの抵抗によって130pA/√Hzのノイズが発生します。シミュレーションでは、R1の値を50Ωや1kΩに変更することで、対象となる周波数帯において、CCM+に過剰に電流が流れるといった事態を回避できます。R1の値を変更するよりも優れた電流計測技術として、トランスインピーダンス・アンプ(以下、TIA)を使用する方法が考えられます。具体的には、DUTの非反転入力ピンにTIAの入力を接続します。そして、電圧を仮想接地に固定する間、CCM-における電流を排除するための電流を流します。これはまさに、Keysight Technologiesの「HP4192A」など、4ポートのインピーダンス・アナライザで採用されている方法です。HP4192Aでは、5Hz~13MHzの周波数範囲でインピーダンスを計測できます。同様のインピーダンス計測技術を用いた新製品としては、10Hz~120MHzに対応するインピーダンス・アナライザ「E4990A」や、20Hz~2MHzに対応するプレシジョンLCRメータ「E4980A」などが挙げられます。
図2に、計測用の回路を示しました。DUTの非反転入力ピンは、インピーダンス・アナライザが内蔵するTIAによって仮想接地されています。両入力端子が接地されている状態になるので、CCM+は計測に影響を及ぼしません。DUTのCDMに流れる微少電流がTIAの帰還抵抗Rrを流れ、インピーダンス・アナライザの電圧メータにより計測が実施されます。

自動バランシング・ブリッジ1をベースとするインピーダンス計測手法を採用した4ポートの装置であれば、CDMの計測に向けた最適な候補になり得ます。そうした装置は、両電源動作のための正負の振幅(ゼロ中心)に対応する内部発振器によってサイン波を生成するように設計されています。単電源でDUTを駆動する場合、信号がグラウンドに対してクリップされないようにバイアス機能を調整しなければなりません。図3に、HP4192Aを使用する場合、DUTをどのように接続すればよいのかを示しました。

図4に示したのは、実際の計測環境です。この環境では、プリント回路基板と配線による寄生容量がCDMに及ぼす影響を最小限に抑えるようにしています。低速のオペアンプの場合、どのような汎用基板でも使用できます。それに対し、高速のオペアンプでは、より適切な基板レイアウトが求められます。基板用の銅製仕切り板は、仮想接地されています。これは、DUTのCDMと並行する追加のフィールド経路から、入力と出力を完全に隔離するために配置しています。

測定結果と考察
まず、DUTを実装していない状態で基板の容量を計測します。図4に示した基板の容量は16fFでした。通常、CDMの容量値は数百fFから数千fFなので、基板の容量は比較的小さく無視できると言えます。
ここまでに説明した新たな計測方法により、JFET入力のオペアンプやCMOS入力のオペアンプの大半について、CDMの容量値を計測することができました。以下では、低ノイズ、高精度のJFET入力オペアンプ「LT1792」を例にとり、実際の計測について説明します。表1は、各周波数におけるインピーダンスZ、位相θ、リアクタンスXS、CDMの計測結果をまとめたものです。位相が-90°のとき、インピーダンスは純粋な容量成分に対応します。
周波数 | Z (kΩ) | θ | XS (kΩ) | CS = CDM = 1/(2 × π × XS × Freq) (pF) |
500 kHz | 33 | –89° | –32.9 | 9.7 |
600 kHz | 27 | –90° | –26.9 | 9.8 |
700 kHz | 22.6 | –90° | –22.6 | 10 |
800 kHz | 19.65 | –90° | –19.7 | 10.1 |
900 kHz | 17.4 | –90° | –17.4 | 10.2 |
1 MHz | 15.64 | –89.9° | –15.6 | 10.2 |
2 MHz | 7.76 | –89.8° | –7.76 | 10.25 |
3 MHz | 5.1 | –90° | –5.1 | 10.4 |
4 MHz | 3.74 | –90° | –3.74 | 10.6 |
5 MHz | 2.92 | –90° | –2.92 | 10.9 |
ご覧のように、表1では、500kHz~5MHzの計測結果を示しています。この周波数範囲における位相は-89°~-90°であり、ほぼ純粋な容量成分に対応しています。また、リアクタンスXSはほぼ入力インピーダンスZの合計値に等しくなります。算出されたCDMの平均値は約10.2pFです。LT1792の場合、ゲイン帯域幅積(GB積)は最大5.6MHzにすぎないので、5MHzまでを対象として計測を行いました。なお、低い周波数領域では、一貫性のある結果は得られませんでした。これは、CDMを流れる電流が急速に減少し、DUTの動作によって出力電圧が低下した一方で、XSが低い周波数領域では上昇したことに起因すると推測されます。
計測にあたっては、各周波数においてインピーダンス・アナライザから出力される信号により、DUTの出力がオーバードライブされていないかどうかを確認する必要があります。HP4192Aを使用する場合、送信される信号の振幅は、0.1V~1.1Vの範囲で調整が可能です。この信号は、DUTの出力にうねりを生じさせ、反転入力ピンにおける電圧レベルを少しだけ変動させる可能性があります。図5に、800kHzにおけるDUTの出力を示しました(緑色)。28mVppの歪みのない信号が得られています。振幅が2.76Vpp(1Vrms)の黄色の信号は、アナライザの発振出力(Osc)ポートを直接プローブしたものです。適切な計測を行うためには、DUTについてもHP4192Aの検出器についても、歪みが生じないよう注意を払う必要があります。インピーダンスと位相の値を取得する際には、プローブは取り除きました。ただ、この計測においては、プローブの影響は比較的小さいと考えられます。

次に、DUTの電源電圧を変更してCDMを計測しました。電源電圧とコモンモード電圧に対するCDMの依存性は、オペアンプ製品ごとに異なる可能性があります。つまり、トポロジやトランジスタの種類が異なれば、電源電圧の高低に応じた接合部の特性も異なると考えられます。表2は、LT1792を±5Vの電源電圧で動作させた場合の結果をまとめたものです。計測されたCDMの平均値は、9.2 pFとなっています。つまり、電源電圧が±15Vの場合と比較的近い値だと言えます。LT1792のCDMは、電源電圧を変更しても、著しく変化することはないと言えるでしょう。CCMが電源電圧に応じて大きく変化するのとは対照的です。
周波数 | Z (kΩ) | θ | XS (kΩ) | CS = CDM (pF) |
500 kHz | 37 | –90° | –37 | 8.6 |
600 kHz | 30 | –91° | –30 | 8.8 |
700 kHz | 25.3 | –91° | –25.2 | 9 |
800 kHz | 22 | –91° | –22 | 9 |
900 kHz | 19.5 | –91° | –19.5 | 9 |
1 MHz | 17.5 | –91° | –17.5 | 9.1 |
2 MHz | 8.62 | –92° | –8.62 | 9.2 |
3 MHz | 5.6 | –93° | –5.6 | 9.5 |
4 MHz | 4.07 | –94° | –4.07 | 9.8 |
5 MHz | 3.14 | –94° | –3.14 | 10.1 |
バイポーラ入力のオペアンプは、FET入力のオペアンプと比較するとわかりやすい性質を備えていると言えます。しかし、バイポーラ入力のオペアンプは入力バイアス電流が多く、CDMの電流が並列に存在するので、電流ノイズが大きいという欠点が目立つかもしれません。このような欠点に加えて、バイポーラの差動入力ペアは、並列に存在するCDMに加えて、固有の差動抵抗RDMを内在しています。表3に、低ノイズ、高精度でバイポーラ入力のオペアンプ「ADA4004」の計測結果を示しました。この表から明らかなように、位相は-90°から離れた値となり、純粋な容量性の挙動を示しません。4MHz、5MHz、10MHzでは、比較的近い結果が得られています。この例には、並列等価インピーダンスのRCモデルが当てはまることから、他の抵抗を基にCDMの値を得ることが可能です。そこで、表3には、並列コンダクタンスGP、サセプタンスBPの各値と、算出されたCDMの値を示しています。なお、CPは、CDMに等しいと仮定しています。
周波数 | Z (kΩ) | θ | GP (µS) | BP (µS) | CP = CDM = BP/(2 × π × Freq) (pF) |
500 kHz | 29.4 | –36° | 27.5 | 20 | 6.4 |
600 kHz | 27.2 | –41° | 27.6 | 24.1 | 6.4 |
700 kHz | 25.3 | –45.4° | 27.6 | 28 | 6.4 |
800 kHz | 23.5 | –49° | 27.9 | 32 | 6.4 |
900 kHz | 22 | –52° | 28 | 35.7 | 6.3 |
1 MHz | 20.7 | –54.3° | 28.1 | 39.3 | 6.3 |
2 MHz | 12 | –72.6° | 24.9 | 79.4 | 6.3 |
3 MHz | 7.8 | –79.2° | 24 | 126 | 6.7 |
4 MHz | 5.8 | –81.8° | 24.5 | 171 | 6.8 |
5 MHz | 4.7 | –83.5° | 24.2 | 212.7 | 6.8 |
10 MHz | 2.5 | –86° | 28 | 319.5 | 6.3 |
表3の結果から、ADA4004のCDMは、約6.4pFだと考えられます。また、計測の対象とした周波数範囲において、CDMと並列にコンダクタンスGPが存在し、純粋な容量成分ではないということもわかります。更に、ADA4004の入力差動抵抗は、約40kΩ(25μS)であるということも算出できます。
ゼロドリフト・アンプの「LTC2050」や高速バイポーラ・オペアンプ「LT6200」など、他の製品の計測も試みました。しかし、一貫性のある結果は得られませんでした。ゼロドリフト・アンプの場合は、スイッチングに伴うアーティファクト、高速バイポーラ・オペアンプの場合は過剰な電流ノイズが原因でそのような結果になったのだと考えられます。
まとめ
CDMの計測は、それほど難易度の高いものではありません。1つだけ注意が必要なのは、HP4192Aでは振幅と角度によってインピーダンスの値が提供されるという点です。容量値を算出する場合には、シンプルに直列接続/並列接続された抵抗とコンデンサを想定したいところですが、オペアンプの入力インピーダンスは、より複雑である可能性があります。容量値の算出は、必ずしも想定どおりに行えるわけではありませんし、各種のオペアンプごとに条件が異なるかもしれません。例えば、容量性のリアクタンスが入力インピーダンスに匹敵する周波数範囲は、製品ごとに異なる可能性があります。入力段の設計、使用する素材/プロセス、ミラー効果、パッケージといったあらゆる要素によって、差動入力インピーダンスの値とその計測方法は左右されると考えられます。本稿では、JFET入力のオペアンプとバイポーラ入力のオペアンプを例にとり、それぞれのCDMを計測しました。また、バイポーラ入力のオペアンプについては、RDMの値も算出しました。
参考資料
1 Gustaaf Sutorius「Challenges and Solutions for Impedance Measurements(インピーダンス計測の課題と対策)」Keysight Technologies、2014年3月
謝辞
この課題を提起したBrian Hamilton、サポートしてくれたAaron Schultz、Paul Henneuse、意見や情報を提供してくれたHenry Surtihadi、Kaung Win、Barry Harvey、Raj Ramchandaniに感謝します――Glen Brisebois
Glen Briseboisと共にこのプロジェクトに取り組む機会を与えてくれたPaul Blanchard、Matt Duff、Jess Espiritu、Kristina Fortunadoに感謝します――Arthur Roxas