産業用データ・アクイジション・システムの設計を簡素化する完全なセンサーtoビット・ソリューション

はじめに

多くの産業用オートメーション/プロセス制御システムの心臓部では、プログラマブル・ロジック・コントローラ(PLC)が複雑なシステム変数を監視、制御します。PLCベースのシステムは複数のセンサーとアクチュエータを使用して圧力、温度、流量などのアナログ・プロセス変数を測定、制御します。PLCは、安定した高精度の長期動作を必要とする工場、製油所、医療機器、航空宇宙システムなど、さまざまなアプリケーションに使用されています。また、競争の激しいマーケットでは、低価格化と設計時間の短縮が求められています。こういった状況で、産業用機器や重要なインフラの設計者は、精度、ノイズ、ドリフト、安全性などに対する顧客の厳しい条件を満たすために大きな課題を背負うことになります。ここではPLCを例にとりながら、低価格、多機能、高集積のADAS3022を使って難しい状況を解決する方法を示します。この例では、アナログ・フロントエンド(AFE)段を置き換えることで設計上の多くの課題を解決します。この高性能デバイスは、高精度の工業製品、計測器、電力線、複数の入力範囲を持つ医療用データ・アクイジション・カードなどに最適です。このデバイスを使用してコストや市場投入までの期間を短縮するとともに、小型で使い易いフットプリント、および1 MSPSで真の16ビット精度を実現することができます。

PLCアプリケーションの例

図1は、産業用オートメーションやプロセス制御システムで使用されるPLCの簡略シグナル・チェーンを示しています。PLCは一般にアナログ入/出力(I/O)モジュールとデジタル入/出力モジュール、中央処理装置(CPU)、パワーマネジメント回路で構成されます。

産業用アプリケーションに適用されるアナログ入力モジュールは、過酷な環境で動作するリモート・センサーの信号を取得/監視しなければなりません。そういった環境では、極端な温度や湿度、振動、爆発性の化学物質が発生または存在します。代表的な信号としては、5 V、10 V、±5 V、±10 Vのフルスケール範囲に設定されたシングルエンド電圧または差動電圧、あるいは0 ~20 mA、4 ~ 20 mA、±20 mAの範囲に設定された電流ループがあります。強い電磁干渉(EMI)が発生する長いケーブルがある場合は、高いノイズ耐性を備えた電流ループがよく使用されます。

アナログ出力モジュールは、一般にリレー、ソレノイド、バルブなどのアクチュエータを制御して自動制御システムを実現します。これらのモジュールは、通常、5 V、10 V、±5 V、±10 Vのフルスケール範囲の出力電圧と4 ~ 20 mAの電流ループ出力を提供します。

代表的なアナログI/Oモジュールは2、4、8、または16チャンネルを備えています。厳しい業界標準を満たすために、これらのモジュールは過電圧、過電流、EMI サージに対する保護が必要となります。ほとんどのPLCは、A/Dコンバータ(ADC)とCPU間、CPUとD/Aコンバータ(DAC)間にデジタル絶縁を施しています。ハイエンドのPLCでは、IEC(国際電気標準会議)標準に規定されているチャンネル間絶縁を設けているものもあります。多くのI/Oモジュールは、チャンネル別にシングルエンド/差動入力範囲、帯域幅、スループット・レートをソフトウェアでプログラムすることができます。

最新式のPLCの場合、CPUは多くの制御タスクを自動的に実行し、情報にリアルタイムにアクセスしてインテリジェントな決定を行います。CPUは高度なソフトウェアやアルゴリズム、それに診断エラー・チェックや故障検出のためのウェブ接続を実施できます。一般的な通信インターフェースとしては、RS-232、RS-485、産業用Ethernet、SPI、UARTなどがあります。

Figure 1
図1. 代表的なPLCシグナル・チェーン

データ・アクイジション・システムのディスクリート実装

工業用回路デザイナーはPLCのアナログ・モジュール、または高性能なディスクリート部品を含む類似のデータ・アクイジション・システムを作成することができます(図2を参照)。設計上考慮すべき重要事項としては、入力信号の構成とシステム全体の速度、正確度、精度などがあります。このシグナル・チェーンで使用している部品は、低リーク・マルチプレクサ「ADG1208/ADG1209」、高速セトリングのプログラマブル・ゲイン計装アンプ(PGIA)「AD8251」、高速減衰アンプ「AD8475」、差動入力18ビットPulSAR® ADC「AD7982」、超低ノイズ電圧リファレンス「ADR4550」です。このソリューションは4つの異なるゲイン範囲を提供していますが、最大入力信号は±10 Vであるため、マルチプレクサの切替え時間やセトリング時間のほかに、アナログ・シグナル・コンディショニングの諸課題を考慮する必要があります。上記のような高性能部品を使用している場合でも、1 MSPSで真の16ビット性能を達成することは容易ではありません。

AD7982では、フルスケール・ステップ入力からの過渡応答を290 ns と規定しています。したがって、1 MSPSの変換動作で規定の性能を保証するには、PGIAと減衰アンプのセトリング時間を710 nsより短くする必要があります。しかし、AD8251では10 Vステップでの0.001%(16ビット)までのセトリング時間を785 ns と規定しているので、このシグナル・チェーンで保証できる最大スループットは1 MSPSを下回ります。

Figure 2
図2. ディスクリート部品を使用したアナログ入力シグナル・チェーン

データ・アクイジション・システムの設計を簡素化する集積ソリューション

ADAS3022は当社独自の高電圧産業用プロセス技術iCMOS®を用いて製造された16ビット、1 MSPSのデータ・アクイジションICです。このデバイスは8チャンネルの低リーク・マルチプレクサ、優れた同相ノイズ除去性能を備えた高インピーダンスPGIA、低ドリフトの4.096 Vリファレンスおよびバッファ、16ビットの逐次比較型(SAR)ADCを集積しています(図3を参照)。

Figure 3
図3. ADAS3022の機能ブロック図

このセンサーtoビット・ソリューションはディスクリート実装の基板面積の1/3しか必要としないので、エンジニアは設計を簡素化でき、高度な産業用データ・アクイジション・システムのサイズ、市場投入までの時間、コストを削減することができます。このソリューションではバッファ処理、レベル・シフト、増幅、減衰、あるいは入力信号の調整が不要になると同時に、同相ノイズ除去、ノイズ、セトリング時間を考慮する必要がなくなるため、高精度な16ビット1 MSPSのデータ・アクイジション・システムの設計に関する課題の多くを解決することができます。これは、クラス最高の16ビット精度(INL:±0.6 LSB(typ))、低オフセット電圧、低ドリフトの過大温度、1 MSPSで最適なノイズ性能(SNR:91 dB(typ))を提供します(図4を参照)。このデバイスは、-40 ~+85°Cの工業用温度範囲で仕様規定されています。

Figure 4
図4. ADAS3022のINL性能とFFT性能

PGIAは大きな同相入力範囲、真の高インピーダンス入力(>500MΩ)、広いダイナミック・レンジを備えているため、4 ~ 20mAの電流ループに対応でき、微弱なセンサー信号を正確に測定するとともに、AC電力線、電気モーター、その他のソース(CMR:90 dB(min))からの干渉を除去することができます。

補助の差動入力チャンネルは、±4.096 Vの入力信号に対応できます。これはマルチプレクサ段とPGIA段をバイパスするため、16ビットSAR ADCに直接インターフェースすることが可能となります。オンチップの温度センサーはローカル温度を監視できます。

この高レベルの集積によって基板面積の節約や総部品コストの低減を実現できるため、ADAS3022は自動試験装置、電力線モニタリング、産業用オートメーション、プロセス制御、患者モニタリングのほか、産業機器分野で多く使われる±10 Vの信号範囲で動作する産業/計測機器システムに最適です。

Figure 5
図5. PGAを内蔵した、5 V単電源、8チャンネルの全機能内蔵型データ・アクイジション・ソリューション

図5は、8チャンネルの全機能内蔵型データ・アクイジション・システム(DAS)を示しています。ADAS3022は、±15 V、+5 Vのアナログおよびデジタル電源と1.8 ~ 5 VのロジックI/O電源で動作します。ADP1613は高効率の低リップルDC/DC昇圧コンバータであり、これによってDASは5 V単電源での動作が可能となります。ADP1613は、ADIsimPower™により設計したシングルエンドの一次インダクタンスĆuk(SEPIC)回路として構成されています。このデバイスは、性能に影響を及ぼすことなくマルチプレクサやPGIAに必要な±15 Vのバイポーラ電源を供給します。

表1では、ADAS3022とディスクリート・シグナル・チェーンのノイズ性能を比較しています。この表に示すシグナル・チェーン全体の総合ノイズは、各部品の入力信号振幅、ゲイン、等価ノイズ帯域幅(ENBW)、入力換算ノイズ(RTI)を使って計算しました。

表1. ADAS3022とディスクリート・シグナル・チェーンのノイズ性能


ADG1209 AD8251 AD8475 AD7982
総合ノイズ
ADAS3022 入力信号
ノイズ

RTI RTI RTI RTI SNR RTITotal SNR SNR
(μV rms)
(μV rms)
(μV rms)
(μV rms)
(dB) (μV rms)
(dB) (dB) (V rms)
ゲイン = 1 (±10 V)
6.56 124 77.5 148 95.5 208 90.6 91.5 7.07
ゲイン = 2 (±5 V) 6.56 83.7 38.8 74.2 95.5 119 89.5 91.0 3.54
ゲイン = 4 (±2.5 V)
6.56 68.2 19.4 37.1 95.5 80.3 86.8 89.7 1.77
ゲイン = 8 (±1.25 V)
6.56 55.8 9.69 18.5 95.5 60.0 83.4 86.8 0.88

AD8475とAD7982の間にある単極ローパスフィルタ(LPF)は(図2)、AD7982のスイッチド・キャパシタ入力からのキックバックを減衰し、高周波ノイズの量を制限します。LPFの-3 dB帯域幅(f–3dB)は6.1 MHz(R = 20 Ω、C = 1.3 nF)であり、これによって高速セトリングと1 MSPSの変換動作を実現します。LPFのENBW(有効ノイズ帯域幅)は次式で求めることができます。

ENBW = π/2 × f–3dB = 9.6 MHz.

この計算では電圧リファレンスとLPFからのノイズを無視していますが、それは同ノイズが総合ノイズ(PGIAに左右される)に大きな影響を及ぼすことはないからです。

ここで、±5 Vの入力範囲を用いた例を考えてみましょう。この場合、AD8251はゲイン2に設定されます。減衰アンプは4つのすべての入力範囲に対して0.4の固定ゲインを設定するので、0.5 ~ 4.5 Vの差動信号(4 Vp-p)がAD7982に供給されます。ADG1208のRTIノイズは、ジョンソン/ナイキスト・ノイズ式(en2 = 4KBTRON

ここで、 KB = 1.38 × 10 23 J/K, T = 300K, and RON = 270 Ω から得られます。

AD8251のRTI ノイズ(入力換算ノイズ)は、ゲイン2に関してデータシートで規定されているように、その27 n V/√Hz のノイズ密度スペックから得られます。同様に、AD8475のRTI ノイズはゲインが0.8(2×0.4)の場合の10n V/√Hz のノイズ密度から得られます。それぞれの計算においてENBW = 9.6 MHz です。AD7982のRTI ノイズは、ゲイン0.8を使って95.5 dB SNR(データシートに規定)から計算されます。シグナル・チェーン全体の総RTIノイズは、ディスクリート部品に起因するRTI ノイズの2乗和平方根(RSS)に基づいて計算されます。89.5 dBの総SNRは、SNR = 20 log(VINrms/RTITotal) の計算式から求めることができます。

特に低ゲイン(G = 1やG = 2)、低スループット・レート(1MSPSよりかなり低い値)の場合に言えることですが、ディスクリート・シグナル・チェーンの全体的な性能と理論的なノイズ推定値はADAS3022に匹敵します。しかし、それでも理想的なソリューションというわけではありません。ADAS3022はディスクリート・ソリューションよりもコストを約50%、基板面積を約67%低減でき、同ソリューションでは提供できない3つの入力範囲(±0.64 V、±20.48 V、±24.576 V)にも対応することができます。

結論

次世代の産業用PLCモジュールは、高精度、高信頼動作、機能的な柔軟性のすべてを、小型で低価格のフォーム・ファクタで実現することが求められます。業界トップレベルの集積性や性能を備えたADAS3022は、広範囲の電圧/電流入力をサポートし、産業用オートメーションやプロセス制御で使用されるさまざまなセンサーに対応することができます。ADAS3022はPLCアナログ入力モジュレータなどのデータ・アクイジション・カードに最適であり、産業メーカーはこのデバイスを使って自社のシステムを差別化して、ユーザの厳しい要求を満たすことができます。

EngineerZoneAnalog Dialogue Communityに掲載している”Data Acquisition Systems”についてのブログ(英語)についてのコメントもお待ちしております。

参考資料

Kessler, Matthew「昇降圧コンバータで高い効率を実現する同期整流反転SEPICAnalog Dialogue, Vol. 44, No. 2, 2010

Slattery, Colm, Derrick Hartmann, Li Ke「PLC評価用ボードによる産業用プロセス制御システムの容易な設計Analog Dialogue, Vol. 43, No. 2, 2009

回路ノートCN0201「Complete 5 V, Single-Supply, 8-Channel Multiplexed Data Acquisition System with PGIA for Industrial Signal Levels

チュートリアルMT-048「Op Amp Noise Relationships; 1/f Noise, RMS Noise, and Equivalent Noise Bandwidth

著者

Maithil Pachchigar

Maithil Pachchigar

Maithil Pachchigarは、アナログ・デバイセズのシステム・アプリケーション・エンジニアです。産業&マルチマーケット事業部門(マサチューセッツ州ウィルミントン)に所属しています。2010年に入社して以来、高精度のシグナル・チェーン向けソリューションを担当。計測分野、産業分野、ヘルスケア分野のお客様をサポートしています。半導体業界には2005年から携わっており、数多くの技術資料を執筆/共同執筆してきました。インドのセダー・バラブヒバイ国立工科大学で電子工学の学士号、サンノゼ州立大学で電気電子工学の修士号、シリコン・バレー大学で経営学の修士号を取得しています。