概要
データ・アクイジション(DAQ)システムを最適化する際には、電源が性能に及ぼす影響について慎重に検討する必要があります。多くの場合、電源回路では、LDO(低ドロップアウト)レギュレータとスイッチング方式のDC/DCレギュレータが併用されます。スイッチング方式のDC/DCレギュレータは、出力にリップルを生じるという欠点を抱えています。このリップルの振幅は、さほど大きいとは言えません。しかし、アナログ信号経路内の主要な部品にその影響が及ぶと、異常な値が測定されたり、システムの性能が低下したりする可能性があります。シグナル・チェーンの性能の低下を防ぐには、電源の構成要素は低ノイズなものでなければなりません。また、プリント回路基板においては、複数個所で十分に電源のデカップリングを施す必要があります。
電源電圧変動除去比(PSRR)は、システムが電源の変動やノイズをどれだけ除去できるのかを定量化するための指標です。DAQ向けのソリューションは、SiP(System in Package)技術を採用することで、シグナル・チェーンの構成要素を網羅するより完全なものへと進化しています。パッケージ内に高精度のシグナル・チェーンだけでなくデカップリング・コンデンサも含めることにより、システム全体のPSRRを改善することができます。
PSRRの定義
PSRRは、電源リップルを除去する性能を示すものだと言うこともできます。基本的には、出力電圧に対する電源電圧の変化の比をdB単位で表します。
つまり、以下のような式で定義されます(A2Vは電圧ゲイン)。

PSRRは、電源のノイズや変動に対する回路の感度と、それが回路の出力に与える影響を定量化する重要なパラメータです。通常、PSRRはDCから数MHzまでの広い周波数範囲にわたって計測されます。周波数が高くなるにつれ悪化する傾向があります。
多くの場合、システム設計者は、影響を受けやすい部品に混入する可能性があるノイズやグリッチを低減するために、回路の電源ノードにデカップリング・コンデンサを付加します。例えば、アンプ回路の場合、周波数の高いノイズの混入を避けるために、電源ピンのできるだけ近くに0.1µFのセラミック・コンデンサを付加します。また、低い周波数成分をデカップリングするために、電源の近くに10µFのタンタル・コンデンサを並列に接続します。
高いPSRR性能が求められる理由
大きな出力電力に対応可能でノイズの少ない電力変換部品を必ず使用できるとは限りません。多くの場合、高い電力効率を実現することが求められるからです。バッテリ駆動のDAQシステムは、少ない電力で高い性能を実現することが求められるアプリケーションの典型的な例です。電源ノイズの影響を受けにくいDAQシステムを設計するうえでは、PSRRが重要な検討事項になります。
最新の機器では、同一のバッテリから電源の供給を受けるシステムが複数含まれていることがよくあります。その場合、いずれかのシステム/デバイスの消費電流が大きく増加すると、バッテリの電圧、あるいはそのバッテリから他のデバイスへの供給電圧が変動する可能性があります。このような理由から、システム用のバッテリ管理回路を設計するうえでは、DCのPSRRが重要な要素になります。特に影響を受けやすいシステムについては、LDOレギュレータを使用して電源の変動(電圧の降下)を防止するということが行われます。バッテリ駆動のシステムでリップルを生成する降圧/昇圧/反転レギュレータを使用する場合、ACのPSRRが非常に重要な要素になります。
産業用アプリケーションにおいても、システムのノイズは重要な仕様として扱われます。例えば、電源の近くにEMI(電磁妨害)の発生源が存在したとします。その場合、電源にEMIの影響が及び、不要なノイズや何らかのエラーが生じる可能性があります。そうしたノイズ成分を最小限に抑えるために重要なことは、プリント回路基板の設計に適切な手法を適用することです。例えば、デカップリング・コンデンサ、グラウンド、シールド、適切な部品配置といったことに配慮する必要があります。
図1に示したのは、高い精度が求められるDAQシステムの標準的なシグナル・チェーンです。ご覧のように、様々な部品が使われていますが、それぞれの部品に電源ノイズの影響が及ぶ度合いも様々です。いずれにせよ、デカップリング・コンデンサを適切に付加することにより、高い周波数における各部品のPSRR性能は向上します。

アナログ・デバイセズは、DAQシステム向けのソリューションとして、シグナル・チェーンで使用されるデバイスをSiP化したμModule®製品(以下、µModuleデバイス)を提供しています。このソリューションは、基板レイアウトの最適化やデカップリング・コンデンサの付加など、電源設計にかかわる種々の問題を解決します。例えば、「ADAQ4003」では、電源の変動に対する感度を低減するために、すべての電源(各機能ブロックの電源ノード)にデカップリング・コンデンサを付加しています。また、「ADAQ7980」、「ADAQ7988」の場合、デカップリング・コンデンサに加えてLDOレギュレータも内蔵しています。それにより、設計が更に簡素化されます。システム設計者が行う必要があるのは、µModuleデバイス向けにクリーンな電源を1つ用意することだけです。なお、LDOレギュレータは必要に応じてバイパスすることも可能です。
単体デバイスのPSRRを計測する方法
1つのパッケージにオペアンプが1つだけ含まれているものなど、単体デバイスのPSRRを計測する方法は既に確立されています。計測方法の標準化なども行われているので、共通の方法で評価を実施できます。通常、単体デバイスのPSRRは、外付けのデカップリング・コンデンサを使用しない状態で計測されます。つまり、電源レール上の大きなノイズが性能に及ぼす直接的な影響を意図的に明らかにするということです。
PSRRは、DC電源電圧に様々な周波数の信号を注入し、DUT(被測定デバイス)の出力に生じる変動量を測定することで評価することができます(図2)。計測に使用する機器としては、ファンクション・ジェネレータ、オシロスコープ、ネットワーク・アナライザなどが挙げられます。単体デバイスのPSRRを計測するには、電源電圧にAC信号を注入します。つまり、電源に対する刺激(スティミュラス)を受けて、出力にどの程度の影響が及ぶか測定するということです。

例えば、完全差動型のA/Dコンバータ(ADC)用ドライバである「ADA4945」のPSRRは、100kHzの周波数において115dBです(図3)。これは、周波数が100kHzで振幅が1VPEAKのAC信号を電源に注入すると、同ICの出力には約1.79µVPEAKの信号が現れるということを意味します。

ADCのPSRRはオペアンプの場合と同様の方法で測定できます。但し、ADCの場合、電圧出力ではなく、コード出力を対象として計測を行うことになります。ADCのPSRRを測定する際には、電源に振幅が200mVppで特定の周波数のサイン波を印加します。その周波数において、出力電力に対する印加したサイン波の電力の比を算出することでPSRRを求めます。

図4に、逐次比較型(SAR)ADCのPSRRを計測する方法を示しました。図5に示したのは、標準的な評価結果の例です。なお、DCのPSRRを計測する際には、電源電圧として公称値にオフセットを加えた値を印加します。その状態でフルスケールの信号を入力し、出力に生じる変化量の最大値を求めます。


先述したSiPデバイスのPSRRを計測するうえでは、最大30µFのバイパス・コンデンサを複数個内蔵していることが課題になります。ほとんどの信号発生器やネットワーク・アナライザは、そうした大きな容量性負荷を高い周波数領域で駆動することはできないからです。
µModuleデバイスのPSRRを計測する方法
µModuleデバイスのPSRRも、基本的には単体オペアンプの場合と同様の方法で計測します。つまり、電源電圧にAC信号を重畳した状態で、µModuleデバイスの出力に現れる変化を明らかにします。しかし、µModuleデバイスは大きなデカップリング・コンデンサを内蔵しているので、電源に周波数の高い信号を印加する際に問題が生じます。その場合、信号源の電流駆動能力が不足してしまうということです。デカップリング・コンデンサは、PSRR性能を高めるための有効な手段です。しかし、PSRRの評価にあたっては、その影響を排除し、ワーストケースにおける性能を把握できるようにする必要があります。
µModuleデバイスは、広範なアプリケーションに適用できます。ただ、µModuleデバイスは、複数の単体デバイス(機能ブロック)を内蔵しています。そのため、電源にAC成分が重畳されることにより、SiPデバイス全体にどのような影響が及ぶのか予測するのは容易ではありません。したがって、最終的なアプリケーションで使用される単体デバイスと同様に、SiPデバイスとしてのPSRR性能を評価する必要があります。
PSRRを適切に評価するためには、µModuleデバイスが内蔵するバイパス・コンデンサへの対処法と評価ボードの設計方法が非常に重要な検討事項になります。以下では、まずバイパス・コンデンサへの対処法について説明します。
バイパス・コンデンサにより、µModuleデバイスのPSRRを改善できますが、その容量値は計測方法に大きな影響を及ぼします。先述したように、多くの信号発生器は、大きな容量性負荷を駆動できるだけの能力を備えていません。ここでは、主電源に計3µFのバイパス・コンデンサを付加したµModuleデバイスを例にとります。そのPSRRを評価するためには、最高周波数が10MHzで、振幅が50mVppの信号を電源に印加する必要があると仮定します。これらの条件に基づくと、サイン波を発生させる信号発生器は、10MHzの信号を処理できるだけの十分な帯域幅を有し、約4.71Aの電流を駆動できるだけの能力を備えている必要があります。この条件は、10MHzにおけるデカップリング・コンデンサのインピーダンスによって決まります。

では、十分な電流を供給できるようにするにはどうすればよいのでしょうか。対処法の1つは、「ADA4870」のような大電流を出力できるアンプを組み合わせることです(図6)。それにより、電流ソースの能力を増強することができます。この手法では、ファンクション・ジェネレータがDUTに必要なDCバイアス電圧を供給できることを前提としています。そうでない場合には、バイアス・ティーを使用してDC信号とAC信号の経路を分離するとよいでしょう。あるいは、出力に求められる要件を満たす他の信号発生器からDCバイアスを得ることでも対応できます。

なお、ADA4870の評価用ボードは、SMAに対応する入出力を備えています。そのため、評価用ボードと信号発生器の接続は比較的容易です。
評価用ボードの設計時に考慮すべき事柄
µModuleデバイスの評価用ボードを利用すれば、比較的容易にPSRRの測定を実施できます。評価用ボードに多少の変更を加える必要があるはずですが、設計を大幅に変更してもよいというわけではありません。留意すべきいくつかの重要なポイントを以下に列挙します。
- PSRRの計測対象となる各電源には、信号源からの信号の質を維持するための選択肢として、SMAを介した駆動方法を用意しておきます。
- SMAの入力から DUTの電源プレーンまでの経路においては、細心の注意を払って寄生インダクタンスと寄生容量を低減します。寄生容量や寄生インダクタンスが存在すると、対象とする周波数範囲内に不要な共振が発生する可能性があります。
- 各電源に対しては、ソリッドな電源プレーンを用意します。つまり、電源プレーンが受動部品や複数の層を介して複数のセクションに分割されないようにします。例えば、電流検出抵抗が 2つの電源プレーンにまたがるといった状態は避けなければなりません(図7)。また、図8には図7のボードの高周波等価モデルを示しました。ご覧のように、電源が層間を何度もまたがっていることから、ビアによって不要な寄生インダクタンスが形成されています。このような状態は避けるべきです。図7に示した抵抗としては電流検出抵抗を使用できますが、本来、その抵抗値は 0Ωであるべきです。図 9 に、プリント回路基板における適切な電源プレーンの構成方法を示しました。また、図10にはその高周波等価モデルを示します。




DUTがない状態で評価用ボードをテストし、対象とする周波数範囲内に不要な共振が生じていないことを確認してください。共振が生じている場合には、データ処理の際にそのことを考慮しなければなりません。各周波数について、電源の信号が期待どおりであることをオシロスコープで確認します。信号発生器のダイヤル設定を妄信してはなりません。
評価用の環境設定
PSRRの測定を行う際には、DUTであるμModuleデバイスに対して、AC成分を重畳した電源を供給する必要があります。そのためには、最高入力周波数において十分な電流供給能力が得られるようにしなければなりません。ここでは、その要件に対応する評価環境を実現するために、ADA4870の評価用ボードとファンクション・ジェネレータ「AD3256」を組み合わせ、非反転ゲインを2に設定して使用することにしました。
図11に評価用ボードの全体像を示しました。ADA4870の評価用ボードをカスタマイズし、「ADA4355」の評価用ボードと組み合わせています。

図12に示したグラフは、各入力周波数で値を取得し、FFTによって各周波数におけるパワー(dBFS)を算出してプロットしたものです。以下の式を使えば、各周波数における電圧レベルを計算できます。

その結果として得られるVOUT_PSRRを以下の式に代入すれば、PSRRを計算できます。


まとめ
本稿で取り上げたµModuleデバイスは、シグナル・コンディショニング回路、電源回路、受動部品を統合したSiP製品です。このµModuleデバイスを採用すれば、非常に小さな実装面積で、市場投入が可能なレベルの性能を迅速に実現することができます。使いやすさという面で、μModuleデバイスに並ぶものはありません。しかし、製品の採用にあたっては、事前に適切な評価を実施する必要があります。本稿で説明したように、PSRRの評価には、標準的な方法を適用することができます。但し、一般的な測定機器を使用すると、問題が生じる可能性があります。電流駆動能力の増強が必要になるケースがあるということを、ぜひ覚えておいてください。
参考資料
「Op Amp Power Supply Rejection Ratio (PSRR) and Supply Voltages(オペアンプのPSRRと電源電圧)」Analog Devices、2009年
Rob Reeder「高速ADCの電源回路設計で考慮すべきこと」Analog Devices、 2012年2月
Glenn Morita「最適な設計を行うために、LDOに関する基本的な用語を理解する」Analog Dialogue、Vol. 48、No. 12、2014年12月
Alan Walsh「Powering a Precision SAR ADC Using a High Efficiency, Ultralow Power Switcher in Power Sensitive Applications(消費電力が重要なアプリケーションにおける高精度SAR ADCへの給電方法、高効率/超低消費電力のスイッチング・レギュレータを活用する)」Analog Devices、2016年3月